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眩さのヒミツ
※トリップ系海兵(雑用上がりの下っ端)と海軍大将黄猿さん



 うちの海軍大将殿は、眩しい。
 まあ、ピカピカの実とか言う悪魔の実を食べたと言う話だから仕方の無いことだ。
 悪魔の実とはどうしようもなくまずいらしいが、基本的に能力者達はそれを完食すると聞いた。
 あの人もそうだったんだろうか。そんな我慢強いところがあるとは知らなかった。

「……さて」

 軽く声を漏らして、両手を使って抱えているものを抱き直す。
 この大量の紙束を、さっさと会議室まで運ばなくてはならない。
 いつもならカートを使うところだが、先日の怪獣大戦争の所為で半分が溶けて消え、新しいものはまだ届いていないのだ。
 大将赤犬直属の海兵から申し訳なさそうにカートを差し出されたが、元々はサボりにサボっていた大将青雉が悪いのだろうし、何より俺より向こうの資料の方が多かったので遠慮した。
 暴れた怪獣の両方はすでに海軍元帥殿に叱られているそうで、新たなカートの購入資金は両者の懐からだという話だ。
 それならきっと、立派なカートが手に入るに違いない。
 元々がたついているカートが多かったので、これは嬉しいことだ。そう思わないとやってられない、とも言う。
 さっさと運んで、次の仕事へ向かおうなんて考えながら、そのまま会議室へと踏み込む。

「……あ」

「オォ〜、重そうだねェ〜」

 そこで思わず声を漏らしてしまったのは、窓を背中にして座っている海軍大将が室内にいたからだった。
 慌てて片手で資料を抱え直して敬礼すると、ふるりと腕が震える。
 室内より明るい屋外を切り取った窓を背中にして、俺の様子に笑う海軍大将は相変わらず眩しかった。
 必死に片腕で資料を支えながらそんなことを考えて軽く目を眇めると、『敬礼はいいから落とさないようにしなよォ〜』と優しげに言葉を寄越される。
 はい、とそれへしたがって敬礼をやめた後、俺はきょろりと部屋の中を見回した。
 しかし、室内に他の人影はない。
 壁にかかっている時計の針も、会議が始まるより一時間ほど早いことを示している。
 戸惑う俺へ軽く手を振って、椅子に座ったままの大将が言葉を投げた。

「思ったより早く積んでた仕事が終わっちまってねェ〜……休憩がてら、早めにきたんだよォ〜」

「あ……そ、そうですか」

 それなら良かった、と軽く胸を撫で降ろして、俺はそのまま資料を手に机へと近付いた。
 卓上へ運んできた紙束を置き、その上からまず一人分の資料を手に取って、きちんと整えたそれと共に机を迂回する。

「どうぞ」

 言葉と共に差し出すと、俺より早く部屋の中にいた海軍大将殿が、ひょいとそれを受け取った。
 資料をめくるその姿を見やり、やはり眩い彼からすぐに目を離す。
 そうして、小さな紙ずれの音を聞きながら来た道を戻り、先程置いた紙束の上から一人分ずつ資料を手にして、広い机の上へと並べていった。
 一つだけある小さめの椅子は、恐らくつる中将のものだろう。
 最後の一つを丁寧に並べて、よし、と一つ頷いたところで、ぱらぱらと軽く続いていた紙ずれの音が止む。
 それに気付いて視線を向けると、俺が先ほど整えて渡した書類束をひょいと机の上へと放って、大きな椅子に背中を預けた大将の目がこちらを見たところだった。

「こいつァ、長くかかりそうな議題だねェ〜……」

「一時間を予定しているとお伺いしておりますが」

「『予定』だろォ〜? 三時間はかかるだろうねェ〜」

 はー、と軽くため息を零した大将に、そちらから目を逸らしながら、そうかもしれませんね、と軽く同意する。
 何せ、今日は海軍上層部の会議だ。
 王下七武海ほどじゃないが、一癖も二癖もある面々が揃いぶむ。
 大参謀がある程度は取り成してくださるだろうが、きっと今日も通路まで海軍元帥の怒鳴り声が聞こえるに違いない。
 かの英雄が演習に出ているのが唯一の救いだろう。あの人がいたら、きっと五時間はかかる。
 頑張ってください、と応援することしか出来ない俺は、コーヒーでもご用意します、とだけ言葉を落とした。
 それから頭を下げて退室しようとしたところで、ああちょっと、と声が掛かる。

「はい?」

「コーヒーはいいから、ちょっとこっち来なよォ〜」

 呼ばれて視線を向けると、ひらひらと大将が俺を手招いていた。
 大きな窓を背負って座る彼のその動きに目を瞬かせながらも、ひとまず言葉に従って近寄る。
 机を挟んで先ほどと変わらぬ距離で立ち止まった俺を、大将はじっと見つめていた。

「…………」

「……あ、あの……?」

 注がれる視線を受け止めて、目を逸らしていいか分からずに必死になっていると、だんだんと自分の目に力が入ってくるのが分かる。
 俺の目の前に座る海軍大将は、光人間だ。
 恐らくそのせいだからだとは思うのだが、通常時でも妙に眩しく見える時がある。
 今のように大きな窓を背中にされるとその眩さは更に強くて、俺は長時間目の前のこの人を見ていることが出来なかった。
 どうしても目を眇めてしまうし、最終的には逸らしてしまう。
 少し失礼な気もするが、こちらだって自分の網膜を守るのに必死なのだ。

「……大将?」

 そして、やはり堪え切れず目を逸らしながら、何か用事があるのかと尋ねてみる。
 俺のそんな様子を気にした様子もなく、ん〜、と声を漏らした大将が言葉を紡いだ。

「オォ〜、思い出したァ……ナマエ、って言ってたねェ〜」

「……え」

 そうして寄越された言葉に、思わず視線を目の前の相手へと戻す。
 『異世界』へとやってきて、いくつかの仕事に就こうとして失敗した俺が就職することになったのは、『この世界』で正義を大義名分に掲げている集団だった。
 今の俺は、ただの海兵だ。
 それも、ほとんど雑用に近い仕事しかこなしていない、下級も下級。
 身体能力が低いのは俺がこの世界に飛び込んでしまった異分子だからで、どれだけ鍛えても超人的な能力は身につかない。
 能力者になれば話は別なのかもしれないが、まず『異世界』の人間である俺に悪魔の実の能力が宿るかどうかも分からないし、現在も非能力者なのだから、つまり俺のカテゴライズは雑魚一択だろう。
 そんな俺の名前を、どうして目の前のこの人が知っているのだろうか。
 配属された部隊が海軍大将黄猿の直下にあるからか、たまにこの人と遭遇もする。
 名乗ったことだってあるが、興味なさげな顔をしていたから絶対に覚えていないと思っていた。
 どうしよう、嬉しい。
 たかが上官に名前を憶えられていただけで嬉しいだなんて、どうかしていると思うが、やっぱり嬉しい。
 そんな自分に戸惑いながら見やった先で、大将が身じろぎした。
 どうやら足を組んだらしいその様子を確認して、それから、注がれる視線と眩さに押し負けてそっと目を伏せる。

「……俺の名前、ご存じだったんですね」

 光栄です、と言葉を落としつつ視線を向けているのは、先程俺が並べた机の上の資料達だ。
 大将の向かいにある椅子は大きいので、恐らく他の海軍大将が座るんだろう。俺は会議の様子を見たことがないから分からないが、何となく座るなら大将青雉なのではないかと思っている。

「まァねェ〜」

 俺の言葉に相槌を打った大将は、そのまま言葉を続けた。

「わっしをそんなに睨むのは、わっしのとこだと君くらいだからねェ〜」

「…………え」

 軽く笑いを含んだ声を寄越されて、再び視線を向かいへ戻す。
 こちらを見ている大将は笑っていて、やはりその姿は眩かったが、今はそれに目を伏せている場合じゃない。
 酷い誤解を受けている。

「に、睨んでいません」

「オォ〜……嘘吐きは海兵さんに連れてかれるよォ〜?」

 相手の言葉を否定すると、おどけたような顔をして大将がそんなことを言う。
 子供に言うようなそれに一歩前へと近付いて、睨んでいません、ともう一度繰り返した。
 俺の台詞に、大将が首を傾げる。

「さっきだって睨んでたじゃないかァ〜」

「ですから、睨んでいません。さっき……先ほどは、少し眩しくて目を細めたかもしれませんが」

 寄越される言葉をもう一度否定して、釈明を続けることにする。
 俺は悪くない、とは言わないが、もともとは眩しいこの人が悪いのだ。
 体が大きいせいもあるだろうが、何よりその眩さのせいで、離れた場所にいてもすぐ分かる。
 何となく視線を向けて、その眩さにそっと目を逸らすのは俺の日常だった。
 むしろ、周りの人間達がどうしてああも普通に接していられるのかすら分からない。
 これが『この世界の人間』と『異世界の人間』の違いなんだろうか。
 それとも、別に何か要因があるのか。
 俺には全く分からないから、対処のしようがない。
 そして、今日は明るい外の日差しを差し込ませる窓を背負っているから、一際眩しい。
 だから目を眇めたり逸らしたりしていただけだというのに、まさかこんな誤解を受けるだなんて思わなかった。
 サングラスの着用許可を申請する必要があるんだろうか。
 しかし、雑魚ともいうべき下っ端海兵がそんな生意気なことを言ったら、上官や同僚に何か言われそうな気もする。快適な生活を送るためには、そういう目立った行動はしたくない。

「ん〜?」

 俺の前で、不思議そうな声を漏らした大将が、くるりと自分の後ろを振り返る。
 そしてそこにある大きな窓を見やり、なるほど、と声を漏らした。

「っ」

 それと同時にぴかりと何か強烈な光が室内を照らして、網膜をやくそれに思わず目を閉じて顔を逸らす。
 閉じた瞼の裏に補色の残像が揺れていて、片手で軽く目を押さえたりしていると、とんとん、と後ろから誰かに肩を叩かれた。

「それなら、こっち向きならどうだァい?」

 そうして、上からそんな風に声が落ちる。
 驚きに声も出せぬまま慌てて振り返ると、未だちかちかと補色の残像を散らす視界に、先ほどまで椅子に座っていた筈の大将の姿が映り込んだ。
 光人間らしく光になって移動したらしい、と把握して、真後ろへと向き直る。

「……大将、せめて一声おかけ頂けると、心の準備ができると言いますか……」

「オォ〜、悪かったねェ〜」

 俺の言葉に大して悪びれた様子もなく笑ってから、それより、と言葉を落とした大将が両手を自分のポケットへと入れる。

「わっしの方をご覧よォ〜」

 そうして楽しそうに言葉を放たれたので、仕方なく残像の散る視界を我慢して、俺は自分の前に佇む海軍大将を見上げた。
 遠目にもどこの誰か分かる黄色のスーツの上で、大将がこちらを見下ろしている。
 サングラスの向こうからその目がこちらを観察しているのが分かったので、何秒でも見つめていられるよう気合いを入れたが、やはり耐えられずにゆっくりと目を眇めてしまった。
 そして最終的に目を逸らすと、ほォら、と大将が声を落としてくる。

「やっぱり睨んだじゃないかァ〜」

「……いえ、これはその、まだ目が眩んでいてですね……」

 片手でわざとらしく目元を押さえながら呟いて、それに、と言葉を続ける。

「大将は『光人間』なのですから、眩しいのも仕方の無いことだと思います」

 つい先ほどだって能力の発露で俺の網膜に攻撃を仕掛けてきたのだ。
 一度か二度、演習で一緒になったこともあるが、能力を発露させて全身を輝きで満たしている時はもちろん、大佐クラスを足で転がしている時だって基本的にこの人は眩い。
 道を歩いている時だって、誰かと話している時だって、影にいようが屋内にいようが、見ているだけで落ち着かなくなるくらい眩しい。
 そうだ、眩しいものは眩しいのだ。

「大将は眩しいです」

 短くそう述べると、ん〜? と軽く声を漏らした大将が、少しこちらから体を離した気配がした。
 ちらり、と見やった先にあった体が先ほどより離れていたので、俺も随分と人の気配に敏くなってきたものだと思う。
 そのままそろそろと視線を上向けると、こちらを見下ろしていた大将が、俺の目を見つめ返して不思議そうに声を漏らした。

「……能力を使ってない時は、普通の人間なんだけどねェ〜?」

「…………」

 自然系能力者が何か言っている。
 まったく肯定できないそれを否定するように『眩しいです』と俺が繰り返しても、大将はどうも納得はしてくれなかった。







 それからというもの、時々近寄ってきては話しかけてくださるようになったので、俺は仕方なく、生意気と小突かれることを覚悟してサングラスの着用許可を申請した。
 拍子抜けするほどあっさりと許可は下りたが、当然ながら華美なものは駄目なので、選びに選んで持ち運びのしやすい大きさのシンプルなものを購入してきた。
 一番色味の暗いものを選んだので日常的には着けられないが、必要なのはただ一人と遭遇する時だけなので問題ない。
 今日も、近寄ってきた相手に気付いて素早く取り出したサングラスをかけると、俺のそれに気付いた誰かさんが俺の前で立ち止まって、俺の暗い視界で楽しそうに笑う。

「オォ〜、今日も似合ってるねェ〜」

「ありがとうございます」

 そして相変わらず、サングラスを着けていても時々困るくらい、うちの海軍大将殿は眩しいのだった。



end


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