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会える島
※無知識トリップ主人公は年下



「…………どうするかな、これ……」

 ぽつりと呟いた俺の視線は、自分が居座る山小屋の外へと向けられていた。
 特殊なガラスらしい窓の向こうで、びゅうびゅうと風が吹き白い雪が舞っている。
 どう見ても寒そうで、外を出歩くなんてもってのほかと言った光景だ。
 しかし、この山小屋へたどり着いてもう半日、外の景色はずっとこれである。
 もともと食料は持ってきたが、このまま春までここにいるわけにもいかない。暖炉へは部屋の隅にうずたかく積まれていた薪を使用しているが、それだっていずれは尽きてしまうだろう。
 雪が積もっているからか、それとも風がどんどん強くなっているからか、時々ぎしぎしと山小屋がきしむ音すらする。

「…………やっぱり、もう少し待ってから登るべきだったかなァ……」

 後悔を口にして、はあ、とため息を零す。
 冬島の真冬の雪山なんて、どう考えても相手にしてはいけない状況だ。
 だと言うのにそれを選び取ってしまった自分のうかつさが情けない。島民には何度か止められたというのに。
 この島の噂を聞いてから、ずっと気が急いていたせいだろうか。
 そんなことを考えて、俺がもう一つため息を零したところで、何故だかどん、と強く扉が叩かれた。

「!?」

 驚きのあまり体が跳ねてしまって、思わず扉の方を向きながら身構える。
 ただの風か、それとも穴持たずの熊にでも狙われているのか。
 恐ろしい想像に温かい室内でじわりと背中が冷えたのを感じながら、俺はすぐそばに置いてあった薪の一本を両手で掴んだ。
 熊だったりなんかすればこんなもの役に立つはずもないが、ないよりはましだろう。
 ばくばくと心臓を跳ねさせながら、扉が破られたら襲い掛かれるように構えつつ、じっと扉を睨みつける。
 扉がさらに数回叩かれて、それから、蹴破られるでもなくドアノブが動く。かちゃり、と音を立てたそれに、ぱちりと目を瞬かせた。
 押し開かれた扉からびゅうと冷たい風が吹き込んで、それと同時にのそりと中へ入り込んできた大きな影に、薪も握りしめたままでほっと息を吐く。
 何せ、室内へ入り込んできた相手は、誰がどう見ても熊じゃなかったのだ。

「ニューゲートさんだ……」

「なんだ、ナマエじゃねェか」

 雪まみれの外套もそのままに、入り込んできた相手が長刀を扉の傍へ立てかけ、扉を閉めながらそう言った。
 ニューゲート。
 エドーワード・ニューゲートと言う名の白いお髭のめちゃくちゃ大柄なその人は、俺より結構年上で、海賊で、俺の顔見知りだ。
 顔を合わせたのは半年ぶりだろうか。
 久しぶりですねと声を漏らして、手元の薪を放って相手へ近付く。

「どうして、こんなところに?」

 何か、『海賊』の気を惹くようなものでもこの島にあったんだろうか。知らなかった。
 俺の問いに、町へ向かうために山越えをしたんでなァ、とあっさりとニューゲートさんが言う。

「いつもの『ご家族』は?」

「山に登ったところではぐれちまったが、問題ねェ」

 吹雪がやめば探しに出ると、そんな頼もしい言葉が返る。
 俺だったら雪山ではぐれて遭難なんて泣いてしまう気がするが、さすがに天下の白ひげ海賊団は感覚が違うらしい。
 感心しつつ外套を脱ぐ相手の手伝いをして、室温で溶け始めた雪を少しだけ払う。
 それでも外套は濡れていたから、乾かすためにと暖炉の近くへ移動した。
 随分と背の高い小屋だったが、この外套を干すのでぎりぎりだ。
 当人にとってはやっぱり低いのだろう、慣れた仕草で膝を曲げている相手は、俺がやることを止めもせずに体から雪を払っている。

「それで、ナマエ。こんなとこで何をしていやがるんだ?」

 そうして寄こされた問いかけに、ええと、と俺は声を漏らした。

「この島の噂、聞いてます?」

「ログを貯めるために入っただけだ。噂があるってのか?」

「そうなんですよ、この島でこの時期に山に登ると、稀に『会いたい人に会える』って」

 なんとも非現実的な話だ。
 けれども、俺が生まれて育ったのとは違うこの世界では、俺からすれば不思議なことがそれはもうたくさんある。
 だから、そんな話を聞いた時、これは頼ってみるのも手ではないかと思ったのだ。

「『会いたい人』か」

「そうなんです、生き別れた兄弟だとか、自分が欲しい悪魔の実を持っている商人だとか、娘の病気を治せるお医者さんだとか」

 噂で聞いた『実例』を指折り数えて、すごいですよね、と笑う。
 百発百中ではないらしいが、それでも、もしかしたらと思ったら、足を向けずにはいられなかった。
 俺の話を聞きながら、体の雪を落とし終えたらしいニューゲートさんが、少しばかり場所を移動した。
 暖炉から程よく離れた一角に腰を下ろし、膝にその肘が乗る。

「それで、『誰』を探してんだ?」

 俺よりずいぶん低い声がそんな風に言葉を零して、俺は反射で口を開いた。

「ええと、あの」

 そのままいつものように誤魔化そうとして、けれども、この人相手だったらそれは必要なかったんだ、ということも思い出す。
 だってこの人は、俺が『この世界』へ来た時、一番最初に出会った人間だ。

「俺の、『帰り方を知ってる相手』を」

 だから、俺は包み隠さずそう答えた。
 何がきっかけだったのかも分からない。
 けれども、どう考えても生まれて育ったのとは違うこの世界へとやってきてしまったのは、もう何年も前の話になる。
 目の前に突然現れたのだという俺を捕まえて海への落下を防いでくれたのは、今よりもう少しだけ若かったエドワード・ニューゲートだった。

『お前は、海賊にゃあ向かねェなァ』

 俺の身の上話を聞いて、しみじみそんな風に言い放って、俺を平和な島へ降ろしてくれた。
 そこから自分で旅立ったのは、やっぱり、家に帰りたかったからだ。
 この広大な偉大なる航路の中で、本当に時々だけど今日みたいに顔を合わせることもある。
 最初に顔を合わせた時は『何故ここにいるんだ』と怪訝そうな顔をしていたけど、俺の目的を話したらあっさり受け入れて笑ってくれた。
 頑張れよ、と背中を叩かれたのは初めてで、あれからどれだけ諦めようかなと思っても、その顔を思い出して頑張っている。

「まァ、噂なんで、本当かどうかも分からないんですけどね」

「グララララ! それでも、てめェは信じてるんだろうが、ナマエ」

 言葉を零して笑った俺に、ニューゲートさんも笑い声を返してくれた。
 何年も未練がましく諦められない俺に、呆れの目線を向けられなかったことにほっとして、俺もさっきまで座っていた位置に戻る。
 そこから見やったニューゲートさんの居場所は、やっぱり山小屋の端で、暖炉から遠い。

「もっと近くに寄った方がいいんじゃないですか?」

「いいや」

 尋ねた俺に首を横に振ったニューゲートさんは、そこに座ったままで『それより』と声を漏らした。

「最近、また賞金が上がったみてェじゃねェか」

「……そうなんですよ……」

 世間話のように繰り出された話題に、俺はがくりと肩を落とした。
 この世界には、『賞金首』というのが存在する。
 いや、俺が生まれて育った日本にだってそう言うのはあったが、全然捕まらない凶悪犯に対するものだとか、そのくらいだ。
 こんなに大勢の海賊や悪党に賞金をかけて、財政は大丈夫なのかと世界政府が心配になるくらいには、賞金首がいる。
 そして、何故だかその末端に、俺の名前が加わっているのである。

「あれって、せめて金額を下げることは出来ないんですかね……」

「賞金の値下げを交渉したいってェのか? 変わった野郎だな」

「死活問題なんですよ」

 最初は確か、うっかりと天竜人の前を横切って、そのままどうにか逃げ出したということだった。
 そこから、次の島まで乗せて行ってもらう約束をした船が海賊船で、その船の悪事を少しだけ手伝うことにもなった。
 怖すぎて逃げ出したら海軍と遭遇して逃げたり、逃げ込んだ先が悪党の巣窟だったり、うっかりしでかしたことが悪いことに繋がってしまって、きっかけだからと俺まで罪を問われたり。
 気付けばこの首にかかっている金額が、なかなか困った額にまで引きあがってしまっている。
 
「俺は普通に街を歩きたいんです。この前なんて、泊まってたホテルのオーナーに売られちゃって」

 宿に帰ろうとしたら海兵が入っていくのが見えた時の困惑と、こっそり裏口から入って様子をうかがっていたら自分の部屋の鍵を渡しているのが見えた悲しみは、なかなか言葉では言い尽くせない。
 あれは怖かったなァとしみじみ頷いていると、ニューゲートさんが眉を寄せた。

「金を払った客を売るたァ、ふてェ野郎だ」

 どこのどいつだ、と続いた声が、少し怒りをはらんでいるように聞こえる。
 怒ってくれているらしい相手を見やり、まァもういいんですけど、と俺は肩を竦めた。

「あのホテルのことより、今後の宿のことですよ。泊めてくれる店は普通にあるんですけど、どうしてもちょっとドキドキしちゃうっていうか」

「…………相変わらずだなェ、ナマエ」

 建設的な話をしたくて続けた言葉に、はあ、とニューゲートさんがため息を零した。
 頬杖をついていた手を動かし、その背中が壁に寄せられる。
 海賊に向いていないと改めて言葉を寄こされて、俺もそう思います、と一つ頷く。
 大体、俺は賞金が掛けられるような人間になるつもりだってなかったのだ。
 俺の話を聞いたニューゲートさんだって、そう思ったから俺をあの島へ置いて行ってくれたはずだった。
 俺があそこから離れなかったら、多分そのままのんびり暮らせていたかもしれない。

「……帰る手立ては、まだ見つかってねェのか」

「まだですよ。でなかったら、ここにいません」

 尋ねられて答えたところで、すり、と大きな手が自分の片手をさすったのが見えた。
 あれ、と目を瞬かせると、俺の視線に気付いたニューゲートさんが動きを止める。
 自然な仕草で腕に触れていた手が離れたが、そこをさすっていた、と言う事実は変わらなかった。

「…………もしかして、寒いのでは?」

「いいや」

 尋ねた俺に大柄な誰かさんが首を傾げるが、そんな仕草では誤魔化されない。

「もっと暖炉の傍に行きましょうよ、ほら、この辺とかあったかいですし」

「おれァ暑ィのが苦手でな。火元にちけェのは遠慮するぜ」

「いや、えー?」

 自分と暖炉の間を示したのにそこで拒否されて、俺はますます困惑した。
 暑がりなんて初めて聞いた。絶対嘘だ。
 一体何を遠慮しているんだろうか。わざわざ壁際にくっついて、外からの冷えを感じていては温まるものも温まらないだろう。
 もう一度誘っても断られて、むっと眉を寄せる。
 そっちがそのつもりならと、俺は傍らに置きっぱなしだった鞄を捕まえた。
 掴んで引っ張り出したのは、常日頃からお世話になっている寝袋だ。
 なんとも素晴らしいことに、ボタンをはずすと一枚の毛布のようになる。
 この世界の人間に合わせたそれは俺には少し大きいが、ニューゲートさんには小さめだ。
 それでも無いよりマシだろうと勝手に考えて、手に持ったそれと共に立ち上がる。

「おい、ナマエ?」

「どーぞ!」

 怪訝そうな顔をした相手へ言葉を放ち、俺は持っていたそれをニューゲートさんへ押し付けた。
 もふりと柔らかいそれで、相手の膝を隠す。
 本当は全身くるりと巻いてあげたいのだが、さすがに無理だ。
 触れた体はやっぱり少し冷たく感じて、とりあえず俺の寝袋で覆えていないその腕を軽くさする。

「絶対寒いですって。ちゃんとあったまってくださいよ」

「てめェが寒いんじゃねェのか、ナマエ」

「俺は暖炉に近いんでマシです」

 確かに寝袋に包まったら間違いなく温かいが、一人暖炉の傍でぬくぬくとやって顔見知りを凍えさせるなんて、そんなの鬼の所業だ。俺には出来ない。
 しばらく腕をさすって、少しはあったかくなったかなとぺたりと触り直したら、何故だか目の前で座っている大男さんがため息を零した。

「……仕方のねェ野郎だ」

「え? ……うわっ!」

 落ちた言葉と共に、その手でがしりと体が掴まれる。
 驚いた俺の体がそのまま引き倒されて、わけもわからないでいるうちに、気付けば俺はニューゲートさんの膝の上に座っていた。
 肩まで寝袋の毛布に包まれて、背中にはみっしり詰まった筋肉の感触がある。
 慌てて立ち上がろうとしたのに、その前に毛布の上から乗せられた掌によって阻まれる。

「ニュ、ニューゲートさん?」

「被るもんが一枚しかねェんだ、諦めろ、ナマエ」

 きっぱりと落ちた言葉に、ええ? と変な声が漏れた。
 それだったら暖炉の傍に寄ってくれたらいいのだ。
 いや、それでも被るものが一枚しかないことは間違いないし、ニューゲートさんをよそに自分だけ温まることはやっぱりできないから、そうなるとこれも仕方のないことなんだろうか。
 ぐるぐるとそんなことを考えて、考えて、ええと、と声を漏らす。

「……男なんか膝にのせても堅いだけでは?」

 俺は温かいが、ニューゲートさんは固いし重いし邪魔なだけじゃないだろうか。
 俺の言葉に、ニューゲートさんがもぞりとその手を動かす。
 俺の体を抑え込んだままの掌はとても大きく、ぐり、と指で押されて腹が少しくすぐったい。

「やわっけェじゃねェか」

「失礼な! 俺だってちゃんと鍛えてるんですよ!」

 落ちた言葉に、すぐさま腹へ力を入れる。
 俺の強靭な腹筋を確かめるように俺の腹をもう一度軽く探ったニューゲートさんは、何故だかそこでぱっと俺の腹から手を放した。
 どうやら俺の腹筋のたくましさに驚いたらしい。俺の努力も実っているようだ。
 そのことに内心胸を張った俺の後ろで、少し身じろいだニューゲートさんが、俺にかけた毛布の両端をしっかりと抑え込む。
 それをされると、俺は彼の膝から降りることも出来ない。
 少し格闘して、そして諦めた俺は、大人しくニューゲートさんへ背中を預けることにした。
 成人男性を膝に乗せるなんて、相変わらずエドワード・ニューゲートの大きさはけた違いだ。
 噂によれば巨人と言うのはもっと大きいらしい。さすが偉大なる航路、わけが分からない。

「そういや、ナマエ。さっきの『噂』の話だがな」

 俺専用のソファと化していたニューゲートさんが言葉を落としたので、なんだろうかとそちらを見上げた。
 すぐ真後ろにいる相手の顔は見ることが難しいが、室内をゆったり温めている暖炉を眺めているらしい相手の髭が、炎に照らされて色を得ているのが分かる。

「『会いたい人』に会いに来た側はともかく、その相手側は、なんでこの山に登っていやがるんだ」

「え? えーっと」

 疑問を声で落とされて、俺は少しばかり考えた。
 生き別れた兄弟だとか、自分が欲しい悪魔の実を持っている商人だとか、娘の病気を治せるお医者さんだとか、そんな、聞こえた『実例』を脳裏に浮かべる。
 兄弟は、お互いに会いたいと思っていたのかもしれない。商人だって、悪魔の実は高いから、その買い手を探していたのかもしれない。
 けれども医者は? それ以外は?

「…………ん〜?」

 確かに、言われてみれば、相手側は山に登る必要もない人達だ。
 そちらの事情なんて考えもしなかったなァと、首を傾げてから、考えても出てこない答えに体から力を抜く。

「偉大なる航路だからじゃないですかね」

「投げっぱなしの回答じゃねェか」

「だって、俺は会いに来た側だから分からないですよ」

 元の世界へ帰るための方法を知っている誰か、なんていうあいまいで漠然とした希望だが、俺の言葉は事実だ。
 今こそ登らなくてはと思っていた。誰に止められたって突き進んだ。
 その結果、こんな吹雪に見舞われて雪山の山小屋にこもっているわけで、しかもどうやら空振りだったようだが、それでも、俺はここへ『会いに来た』のだ。
 だから分からないと後ろ側の相手へ言うと、そうか、とニューゲートさんが声を漏らす。
 落ちた声には何故だか笑いを含んでいるような、それ以外の感情もあるような気がして、俺は首を傾げた。

「ニューゲートさん?」

「詫びに、吹雪がやんだらうちの船に招待してやらァ。温かい飯でも食わせてやる」

「わび?」

 急になんだろうかと戸惑った俺に、なんでもねェよ、とニューゲートさんは言葉を落とした。
 それ以上追及するな、と言う声音を感じたので、納得はいかないもののそのまま受け止めて、大人しくその膝の上に収まる。
 ようやく吹雪の気配がやんだのはそれからしばらく後のことで、うつらうつらとしていた夢うつつの意識の端で、ニューゲートさんを呼ぶ誰かの声が遠くに聞こえた。



「お、なんだオヤジ、そろそろ顔が見てェって言ってた相手に会えるたァ、強運だねい」

「……寝てんだ、静かにしてやれ、マルコ」

「分かったよい」



 そんな会話も聞こえた気がしたけど、もしかしたら、ただの夢だったのかもしれない。



end


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