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アスター
※主人公は無知識トリップ主で海兵さん
※そこそこ名無しモブ注意



 俺には両親がいない。
 いや、正確にはいるはずなのだが、どうやっても会うことが出来ない。
 公園からボールを追って出たはずの場所が見知らぬ通りで、わけが分からず呆然としていたところを拾われた。
 白い帽子に白いコートの警察は『海軍』で、意味不明な話ばかりする俺の相手をして里親まで探してくれたんだから、きっとあの海兵はいい人だ。
 どれだけ泣いても帰れなくて、どうやったって帰る道が見つからなくて。
 優しい里親の下でけれどもその優しさをなかなか受け入れられないまま、毎日泥の沼をもがくように生きていた。
 俺が『友達』を見つけたのは、そんな時だ。

『ねえ、君、どうしたの?』

 帰り道を探して、歩き疲れて物陰に蹲っていた俺へ声を掛けてきたのは、俺と同い年くらいの子供だった。
 『海軍』の帽子を被って、『海兵』の制服に似た服を着ている。
 『ドレーク』と名乗ったその子供は、急に話しかけられて戸惑う俺をよそに、わざわざ俺の横で屈みこんで、話をし始めた。
 父親が海兵だとか、帽子は父親からおさがりを貰ったんだとか、どこそこの通りに住んでいるんだとか、今日はこれから公園に行く予定なんだとか、俺のことを何度か見かけていただとか。
 好きな食べ物の話も聞いた。チキンライスだそうだ。

『それで、君はこんなところで、何してるの?』

 ひとしきり自分の話をしてから尋ねられて、俺は言葉に詰まった。
 何をしているのかと聞かれたら、そんなもの、『帰り道』を探しているに決まっている。
 ここは俺が生まれて育った場所じゃない。何なら恐らく、『日本』のある『地球』じゃない。
 アニメや漫画やゲームのようなおかしな事実ばかりを目にして過ごして、違和感は確信に変わっていた。

『…………帰り道を、探してるんだ』

 だから俺はそう言って、先ほど『ドレーク』にされたことをやり返した。
 自分がどうしてここにいるのかが分からない。親切な人が助けてくれた。優しい里親がいる。
 けれどもどうしてもここから帰りたい。家に帰りたい。家に帰って、両親といつものように食事がしたい。
 あと、好物はオムライスだ。
 俺のそれを聞いても、『ドレーク』は笑わなかった。
 それどころか、どうしようもなく真剣な顔で、そっとその手が差し出された。

『じゃあ、ぼくも手伝うよ』

 俺には眩しいくらい、『ドレーク』は普通の、素直な子供だった。
 『なんで』と尋ねてしまったのは、初対面の相手が自分を手伝う意味が分からなかったからだ。
 なんだかんだと『ドレーク』はこじつけた理由を言い募り、最後には『友達になろう』なんて中々面と向かって言わないようなことまで言いながら手を握られた。
 握りしめてきたその掌は俺より少し小さいくらいで、けれども、蹲っている俺をぐいと引き起こすその力は強かった。
 そのまま、『ドレーク』の案内で待ちのあちこちへ連れて行かれて、家まで送ってもらって。
 翌日からは『ドレーク』が俺を迎えに来るようになって、それから俺は毎日、唐突に現れた『友達』と一緒に時間を過ごした。
 『ドレーク』が、親の事情で引っ越していくまで、ずっと。







 空気を割るような雄たけびが、びりびりと鼓膜を痺れさせる。
 それを聞いて『ひっ』と短く悲鳴を上げた腕の中の子供に、よしよし、と小さな背中をそっと撫でた。

「そんなに怖がらなくても、あれに噛まれたりしねえからな」

 言いつつその顔を軽く覗き込めば、視線に気付いた子供が小さく頷く。
 怯えの滲むその頬にはいくらか傷がついていて、海賊が無遠慮に放った砲撃の被害者であることは今更確認するまでもない。
 膝を怪我した子供を抱えて衛生兵のいる方へ運びながら、俺はちらりと先程の雄たけびを上げた『奴』の方を見やった。
 まだ立っているらしい巨漢の海賊と対峙しているのは、誰がどう見ても恐竜だ。
 動物系の悪魔の実の能力者である海兵が、尻尾を振り回し歯を使い、目の前の敵を追い詰めていく。
 見ている間に決着がつき、がぶ、と大きく噛まれた海賊がわずかに悲鳴を上げた気がした。
 まあ、そんなものは自業自得なので、俺は子供を衛生兵のもとへと届ける。
 何人かの海兵が待機している避難所の傍にはテントが張られていて、手が空いていそうな奴を探した。
 子供の姿を見せびらかすようにして進んでいるが、子供の名前を呼ぶ誰かもいない。親は近くにいないようだ。

「こっちも頼む」

「はい、わかりました。…………あー……」

 ようやく見つけた衛生兵へ声を掛けて、子供を差し出す。
 返事をした衛生兵が受け取るも、何故だか俺にしがみ付いている子供の手が俺の服を握ったままだ。
 少し困った声を出す衛生兵が子供の体をくいと引っ張るが、子供の方は泣きそうな顔で俺を見上げていた。

「どうした? 早く治療して貰わないと、あちこち痛いままだろ?」

 言葉を掛けつつ、ひょいとその場に屈みこむ。
 衛生兵の力だけで上がっていた子供の体へ軽く手を添え、地面につきそうだった足を裏側からすくい上げた。
 屈んだ自分の立てた片膝へ子供を座らせるように移動させると、衛生兵がさっさと子供を手放す。
 治療道具を取り出し始めたその背中をちらりと見やってから、子供がじっとその視線をこちらへ向けた。

「い……いたいの、やだ……」

「ははあ、なるほど」

 涙目の訴えに、俺は一つ言葉を零した。
 確かに、消毒液と言うのは大体染みるものだ。痛い想いも怖い想いもしながら半壊した家屋のクローゼットに隠れていた子供は、どうにもそれが恐ろしいらしい。

「しかし残念ながら、治療は痛いもんなんだよな」

「ナマエ曹長、そこは嘘でも痛くない大丈夫って言うところですよ」

 俺の発言を聞きとがめて、衛生兵の方からそんな言葉が寄こされる。
 嘘を吐いてどうするんだよとそちらへ言い返して、俺は自分の膝に座る子供を見やった。

「でも替わってやることも出来ないし、治療しない方が長い間痛いのは分かるだろう」

「…………う……」

 俺の口から出たのは真実だが、子供の目に涙の膜が張った。
 泣かせるのは本意ではないので、片膝に座ったままの子供の手へ、そっと触れる。
 俺の服を掴んでいるままだったその掌と服の間に指を押し込んで、外れたその小さな掌を緩く握り込んだ。

「俺に出来ることはこうやっててやることくらいだ。少しだけ我慢してくれないか?」

 そっと囁いて、子供の顔を覗き込む。
 相変わらず子供は涙目だが、俺の言葉に少し考えるようなそぶりをした後、小さく頷いた。
 それを受けて、衛生兵が素早く行動を開始する。
 頬や膝にある傷の汚れを落とされ消毒され、薬を塗っていかれる間、びくびくと体を震わせた子供の小さな手が俺の手を握りしめようと動いた。
 されるがままに指を握らせてやって、動かせる親指でその小さな手を軽く撫でる。
 子供の治療が終わり、そこでようやく小さな相手の親が見つかって、そちらへ引き渡すことが出来た。
 何度も頭を下げる親の横で、少しだけ手を振った子供に、俺も同じように手を振り返す。

「……はー、次行くかァ……」

 ずっと変な姿勢で座り込んでいた軽く伸ばしたところで、頭に乗っていた帽子が落ちた。

「おっと」

 気付いて振り向こうとしたら、ぽん、と今落としたばかりの帽子が頭の上に乗せられる。
 おやと視線を向けると、いつの間にやら後ろに海兵が立っていた。

「ドレーク」

「相変わらずだな、ナマエ」

 返事の代わりのようにそんな言葉を寄こされて、確かに帽子を落とすドジはよくやってるな、と軽く笑う。
 そうしてそれから、目の前の相手の体をしげしげ眺めた。

「……なんだ?」

「いや、怪我はしてねェかなと思って」

 ちょうど衛生兵もいることだし、怪我をしているなら治療して貰えばと思ったのだが、どうやらドレークは無傷のようだ。武装色の覇気でも使っていたのかもしれない。
 もう終わったのか、と尋ねれば、当然だ、とドレークが頷く。
 その手が軽く後方を示し、そちらを見やった俺は、引きずられるように連行されていく海賊達の姿を見た。
 海軍に追われて逃げ込んだ島の港町をこれだけ破壊したのだ。是非ともインペルダウンにぶち込んでほしいものである。
 なるほどなと納得して、俺の視線がドレークへ戻される。

「相変わらず強ェな、ドレーク」

 見やった先の誰かさんは、悪魔の実の能力者だ。
 先程海賊と相対していたあの恐竜こそがその能力によるもので、人間が人間ならざる何かに変身できるというこの世界は、俺にとっては相変わらずの『異世界』だった。
 ひょっとしたらそれこそ、そう言うものの無かった俺の生まれ故郷の方が、俺の妄想なのかもしれない。
 厳しくても優しかった父親の顔も、穏やかな母親が作ってくれたオムライスの味だって、もう思い出せない。
 だから本当にあったかどうかすらも、もはや分からないことだった。

「俺だってもう少し鍛えりゃなァ」

 恩人を頼って海兵になってから、ずっと体を鍛えてはいるのだが、俺はどうも非力な方の人間だった。これはもう、人種や体質が違うとしか言いようがない。
 海賊に立ち向かうよりも、後方支援をすることの方が多いので、俺はよくこの目の前の海兵が暴れまわる様子を眺めていた。
 見る見るうちにその体が膨れ上がり、大きな恐竜が、目の前の敵を蹂躙する。
 爽快ともいえるその暴れっぷりは、子供には刺激が強いかもしれないが、俺にとっては今更、怯えたり怖がったりするものでもない。
 口に出したりはしないが、格好いいなァ、とも思っている。

「ナマエが鍛えたところでな」

「うわ、出たよ」

 寄こされた事実が耳に痛いので、俺はため息交じりに首を横に振った。
 先程から衛生兵のどこかへ行けと言う視線を感じるので、事後処理を行う為にその場から歩き出す。
 ドレークは俺についてきたので、二人で仲良く移動した。
 たどり着いた大通りでは、あちこちで建物が壊れている。
 すでに作業に当たっている同僚達と同じく、俺達も損壊の多い建物の傍へと移動した。

「鍛えりゃちょっとは違うだろ。俺の目標はゾオン化したお前をひょいと持ち上げることなんだよ」

「重量上げに特化しても意味がない。大体、おれはそこまで重くないぞ」

「そうだなァ、ドレークは羽のように軽いよな」

 適当な言葉を交わしながら、とりあえず手近ながれきを転がす。
 ころりと転がったそれは家の壁だけあってなかなか重たいが、動かせないわけもない。
 俺と同じように、ドレークもがれきを道の端へ寄せていた。
 その姿をちらりと見やる。
 真面目に行動しているその姿は、誰がどう見ても立派な海兵だ。
 ある日突然引っ越していった『友達』が、これまたある日突然目の前に現れたのは、つい半年ほど前のことになる。
 さすがに顔を合わせてもお互いに気付くことはなく、しかし同期同士での訓練中に自己紹介をしたところで、お互い相手に気付いた。

『…………え? ドレーク?』

『…………ナマエなのか』

 相手を指さして目を丸くした俺の向かいで低く声を零し、ついでに『人を指さすな』と注意してきたドレークは、思い出してみればあの頃と変わらない瞳の色をしていた。
 俺としては、俺より小さくて可愛かった友達が、俺よりでかくなっているという事実がどうにも納得がいかない。これも人種の差なんだろうか。
 どこに行ってたんだ、何してたんだ。
 そんな質問を放り投げたが、ドレークからまともな返事は無かった。
 きっと言いにくい色々なことを経験して、悪魔の実の能力も手に入れて、そうして今は海兵になったのだ。
 それだけ分かれば十分だと自分の問いを取り下げた俺は、だいぶ聞き分けの良い大人になっている。

「そういえばナマエ。休暇の話だが」

「ん? ああ」

 しみじみ自分の成長をかみしめていたところで、ドレークの方からそんな声が掛かった。
 寄こされたそれに返事をしつつがれきを運ぶ。落としたそれが石畳にぶつかって、ごつんと鈍い音を立てた。
 休暇と言えば、来週に設定された二日間の有給のことだ。
 同じ日にとろうとドレークに言われて、別にいいかと日付を合わせた。
 どこかへ一緒に出掛けるつもりらしいドレークから、プランは任せてくれと言われているので全部丸投げだ。
 まあ、マリンフォードは広いから、出掛ける先なんていくらでもある。

「船の予約をしたから、朝に迎えに行く」

「ああ、わか……船?」

 夕方には酒場にでも行きたいな、なんてことを考えていたところで耳に飛び込んできた言葉に、俺はがれきを持ち上げようとしたその姿勢のままで横へ顔を向けた。
 どういう意味だと視線を向けたら、船だ、と回答なのかどうかも分からない返事をしたドレークががれきの傍のベンチを動かす。
 町の人々の憩いになっただろう花壇も、逃げ惑う人に踏まれてぐちゃぐちゃだった。

「いや……船? どこに行くんだよ?」

 まさか、マリンフォードを離れてどこかへ行くつもりだったのか。
 戸惑う俺に、ドレークはマリンフォードからほど近い島の名前を口にした。確かにそれなら二日で行き来できそうだが、睡眠は船の上でとることは間違いない。
 なんでまたそんな島へ、と首を横に傾げる。俺は知らなかったが、何か楽しい催しでもあっただろうか。

「何をしに行くのか、と言う顔だな」

「いや、まあ……そりゃそうだろ」

 ほとんど廃材と化しているベンチを動かすドレークへ答えながら、俺はドレークの方へと近寄った。
 バキバキになってしまっているベンチの端を掴んで、ドレークと同じ方へそれを運ぶ。
 それにしても、ドレークの目的が分からない。
 こんな奴だったかなと視線をちらりと向けると、思ったより真面目な顔をしている相手がそこにいた。
 別に、島へ行くのは悪戯だとかただの思い付きと言うわけでもなさそうだ。

「ドレーク?」

「マリンフォードで見つからないなら、『他』を探すべきだろう」

「ん?」

 しかし訳の分からないことを言われて、俺は首を傾げた。
 なんの話だと見つめても、ドレークはそれ以上は何も言わない。
 ただその手がベンチを端に寄せ、俺が手を放すより早く別のものに取り掛かった。
 大きいがれきを選んで運んでいく姿を見やって、先ほどと逆側に首を傾げる。
 見つめてみても、ドレークはこれ以上は何かを言う気が無いようだ。
 変な奴だなァなんて思いながら、俺も作業を再開させて、さっさと通りを綺麗にした。
 ドレークの目的を聞き出せたのは、それから一週間後の休暇に、新たな島へ向かう船の上でのことだ。

『じゃあ、ぼくも手伝うよ』

 素直なドレーク少年は、俺自身すらも信じられなくなりつつあったあの日の俺の言葉を、いまだにちゃんと、信じてくれていたらしい。



end


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