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認知不足につき (1/2)
勘違い主人公シリーズ
▼シャチ寄り視点


 ハートの海賊団は現在、資金難に陥っていた。
 物資の補給まではどうにか済んだが、しばらく金になるような争いすらなかったからだ。
 いっそ民間船を襲えば早いかもしれないが、そこまでのことはしないと告げたローが選んだのは、たどり着いた島の小さな賭場だった。

「次は……白の、7」

 そして、一人の男の傍に札束が積み重なっている。
 からからとルーレットの上を回るボールが音を立て、そうして緩やかにポケットへと収まった。
 入り込んだポケットは、誰が見ても間違いなく白の7だ。

「うおおおおお!」

 周囲から声が上がり、同じように声を上げたシャチが拳を握った。
 自分の分の掛金はすでに失い、手持ち無沙汰になるところだったが、先ほどからずっとドキドキとハラハラが止まらない。
 それもこれも、すぐそばに座っているこの仲間が、先ほどから大勝ちを繰り返しているからだ。

「すげェ、すげェぞナマエ! お前これで食ってけるなァ!」

「それは難しいと思う」

 ばしばしと肩を叩いたシャチに怯むことなくそう言って、ナマエが椅子から立ち上がる。
 その手が持っていた袋へ無造作に札束やコインを放り込み、青ざめているディーラーを一瞥することもなくシャチの方へ体を向けた。

「これだけあれば足りるか?」

「足りる足りる! 船長に聞いてみるか?」

 差し出された袋を受け取ったシャチが笑い、そのままナマエと同じくくるりと後ろを向いた。
 先程から何度かカードで賭けをしていたトラファルガー・ローの姿を探すと、ちょうどゲームを終えたらしい相手が立ち上がったところだった。
 酒の入ったグラスを片手にしているが、酔っている様子もない。

「船長、ナマエがすっげェ稼いだやつ!」

「ああ、知ってる。さっきからここまで聞こえてたぞ、野太ェのが」

 笑ったローの言葉に、確かにそうか、とシャチも笑う。
 強引すぎる強運で勝っていくナマエにギャラリーが出来ていくのは当然で、先ほどもシャチとナマエの周囲にはガタイの良い連中が集まって来ていたのだ。
 振り向けばナマエもシャチとローの方へ歩いてくるところで、その後ろにぎらついた目つきの男が数人見えた。
 夜道で出会ったら身ぐるみ剥がれそうな視線だ。
 うひゃあこわい、とにやついて声を漏らしたシャチをよそに、後ろからの視線に絶対気付いている筈のナマエは後ろを一度も振り返らない。
 そのまま近付いてきた相手を一瞥して、ローの手が半分以上中身の残っているグラスを近くのテーブルへ置いた。

「今日はもう引き上げるぞ」

「アイアイ!」

 寄こされた言葉にシャチが返事をすれば、それが聞こえていたらしい仲間達も適当に勝負を切り上げていく。
 外で待つつもりなのか、そのまま歩き出したローにシャチとナマエがついて行き、三人は他の仲間達よりも先に賭場から足を踏み出した。
 見上げた空は月もなく、裏通りにあたる目の前の通路は暗く怪しげだ。
 そして、外に出てきた三人を待ち構えていたのは、先ほど見たのより大柄な男達数人だった。
 思わず後ろを振り向いたシャチの視界で、室内にいた店員たちが不自然に目を逸らす。

「ありゃ」

「ありがちだな」

 シャチの横で、ローが鼻で笑った。
 確かに、大勝ちした客を外で襲わせて資金を回収するというのはありがちすぎる。
 少し考えて、シャチはローの傍で軽く店の方を指さした。

「こっちの方が早いんじゃ?」

 どう考えても、目の前の男達は店の連中の手先だ。
 襲い掛かってくるなら当然倒すが、ついでに店の方も潰してしまえば資金難からも脱却できる。今更罪状が増えたところで、ローやシャチ達の賞金額が上がっていくだけなのだから問題ない。

「確かにな」

 シャチの提案にローが答え、その目がちらりとナマエを見やった。
 どうする、と続いた問いかけに、視線を返したナマエが口を動かす。

「ローに任せる」

 あっさりとしたその言葉は、ローに対する信頼で満ちているようにシャチは感じた。
 ローとしても満足のいく言葉だったのだろう、そうか、と答えたローの片手が差し出され、中指を立てて目の前の男達を挑発する。

「店はうちの連中を楽しませてるからな。見逃してやる」

 だがお前らは別だ、と続いた言葉と共にサークルが展開する。
 争うという意思表示に口を緩めたシャチが、金の詰まった袋を握りしめて構えを取る。コインも詰まった袋だ。サップの代わりにはなるだろう。ナマエが構えないのはいつも通りで、今更気にならない。
 戦いの火ぶたは切って落とされたが、ペンギン達がシャチ達を追って出てくる数分の間に決着がついた。




▼ペンギン寄り視点


 ナマエはかなり、トラファルガー・ローのことを大事にしている。
 これは日々その様子を見せつけられているペンギンの認識だが、間違いではないだろう。

「ロー、これ」

「ん? ……希少本の筈だがな。どこで見つけた?」

「そこの古本屋で、偶然」

「偶然か」

 ローが何とか言う学者の医学書を探していれば、どこからともなくそれを見つけてくる。
 本と言うのは希少になればかなり値も張るはずだ。先日の金策の取り分を全額使ったのではないだろうか。ペンギンの中に疑いが生まれたが、金の使い道は本人が決めることなのでそこは飲み込む。
 しかしそもそも、この広い海でそうも『偶然』に出会うことがないことなんてペンギンにすらわかり切ったことだ。
 そこで本を片手ににやにや笑っているローにだって当然分かっているはずだが、ローはそれ以上の追及はせず、よくやった、と目の前の男を一言褒めた。
 そして褒められた方の当人は少しばかり首を傾げて、たまたま見つけただけなのに、と嘘を言う。
 似たようなことが何度か目の前で行われているだけに、ペンギンの口からはため息が漏れた。

「あれ! なんだ、ナマエの奴、もう見つけちまったのかー」

 近くの本屋からひょいと姿を現したシャチに、そうみたいだな、と相槌を打つ。
 また負けたと笑っているシャチは、そう言えば先程ナマエに『どっちが早くキャプテンの探し物を見つけるか』なんて馬鹿みたいな勝負を仕掛けていた。
 ずっと負け越しているのにたまにそう言う勝負を挑むこの友人は、なんとも懲りない男だ。

「この島に無い可能性だってあるってのに、よくそんな勝負を仕掛けるな」

「どこ探しても見つからなかったら引き分けにしかならねえじゃん?」

 意味の分からぬ理屈を紡いだシャチが、にんまりと笑みを深める。

「それに、おれと勝負したら、絶対ナマエが勝つだろ」

 船長の欲しいもんが手に入るのが一番だよなァと続いた言葉に、ペンギンは思わず瞬きをした。
 思わず傍らの男をまじまじと見つめてしまって、寄こされた視線にシャチが少しばかり身を引く。

「な、なんだよ?」

「……いや……お前、本当にシャチか?」

 まさか、毎回そこまで考えて行動しているとでもいうのか。あのシャチが?
 困惑が声にすら乗ったらしく、戸惑ったようにその場に笑みを落としたシャチが、それからペンギンの言葉を理解して口を開く。

「おれだって色々考えてるに決まってんだろ! ばかペンギン!」

 子供のような語彙力で人を罵り声を上げるシャチが手を振り上げたので、ペンギンは急いでその場から逃げ出した。
 追いかけてくる気配を感じつつちらりと見やれば、探していた本を入手して機嫌のよいローが傍らのナマエに何かを話しかけている。
 ナマエも表情は変わらないが、楽しげなのは間違いなかった。







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