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ゾロと初蝶の日主
※『初蝶の日』設定
※トリップ主とゾロはお付き合いしている
※ワンピースの世界にハロウィンと言う概念がないという捏造



「今日はハロウィンだ!」

 カレンダー片手に声を上げたナマエをきっかけに、メリー号はあちこちが飾り付けられた。
 ろうそくにオレンジのかぼちゃ、蜘蛛の飾りに蝙蝠のタペストリー。
 話を聞いていたらしい狙撃手が用意したそれらが船を飾り、楽しそうに笑った船医が呪文を唱えては航海士から菓子を貰っている。
 ゾロはと言えばいつもの通り、甲板の端で酒を傾けているだけのことだが、その恰好はいつもとは違った。

『ゾロにはこれが似合うと思うんだよなー』

 そんな風に言いながらワノ国風の服を持ち込んだナマエに、そうかと答えて着込んだ服はゾロのサイズにぴったりだった。
 赤黒い汚れのついた包帯を頭に巻かれさらしに使われ、顔に汚れも塗りたくられ、さらには頭の端に折れた矢まで貼り付けられた。
 ナマエが力いっぱい頑張ったおかげか、腰に刀を下げたゾロはすっかり死者のように見える。
 ゾロの姿を初めて見た時など船医が医者を探しに行こうとしたくらいだったので、なかなか本格的な見た目だ。
 その船医も今はかぼちゃの被り物をしてニコニコとしているので、ゾロはそれを遠目に眺めつつ、近寄ってくる足音を聞いていた。

「ゾーロ!」

 少し間延びした呼び方をしながら、近寄ってきた相手が傍らで立ち止まったのを受けて、ゾロの視線がそちらを向く。
 見やった先に立っていたのは当然ナマエで、その見た目もまた化け物のそれだった。
 ハロウィンと言うのは、ナマエ曰く、仮装をして楽しむものらしい。
 呪文を唱えれば菓子が貰えるという話で、それを聞いて瞳を輝かせていた船長に至っては、最終的に航海士が怒るほどに呪文を連呼してコックに蹴られていた。
 頭の上に三角の耳を一対並べ、にこにこ笑っているその唇から作り物の犬歯をちらつかせた男が、ゾロを見上げて嬉しそうな顔をする。

「うん、やっぱり似合ってるな!」

「そうかよ」

 自分がコーディネイトした格好のゾロを見上げての発言に、ゾロは軽く答えた。
 東の海でゾロが出会ったナマエと言う男は、以前から不思議なことを言うやつだった。
 ゾロも船長も、他の誰も知らない『故郷』の話をして、船の上でできそうなことならそれらを試したりする。
 あまりにも『故郷』の話をするから、『帰りたいのか』とゾロは一度だけ尋ねたことがある。偉大なる航路に入る、ほんの少し前のことだ。
 その時のナマエはとてもきょとんとした顔をして、それからとても寂しそうな顔をした。

『そう思ってたけど……ゾロ達に会えなくなっちゃうし……それはやだなァ……』

 故郷と仲間を天秤にかけて、そうして仲間の方を取った相手に、ゾロはなんと答えたのだったろうか。
 覚えていない記憶を探っているゾロの前で、ひょいとナマエが手を動かした。
 差し出された掌には平たくて丸いものがいくつか張り付けられている。肉球のつもりだろうか。

「ゾロ、トリックオアトリート!」

 触ればふにふにとしていそうなそれを晒して、ナマエが口にしたのは、ナマエ自身が船長や船医たちに教えていた呪文だった。
 悪戯か、お菓子か。
 それを唱えて菓子を強奪するのだというナマエの言う『ハロウィン』は、やはりおかしな風習だ。
 事前に用意をしていたらしい菓子がそれぞれ配られたが、もうすでにゾロの手元にはひとつも無い。

「菓子は全部チョッパーにやったぞ」

 酒を片手にゾロが答えると、えっ! とナマエが声を上げる。
 その顔はとても残念そうで、腹が減ってるんならいくらでも食ってこい、とゾロは甲板の中央を指さした。
 わざわざ船内からテーブルを出してきて、コックが料理をふるまっている。
 普通の食品から菓子類、飲み物に至るまであれこれとあって、船医など片手の籠からあふれる菓子をそのままに食事をしていた。

「お腹が空いてるんじゃなくて、俺はゾロからお菓子貰いたかったのに」

 一つくらい残しててくれてもいいじゃないかと不満を口にしたナマエに、へえ? と声を漏らしたゾロは、降ろされかけたその手を軽く捕まえた。狼男の掌の肉球は、予想通りふにふにと柔らかい。
 ゾロからの接触に、ナマエがびくりとその身を固まらせる。
 体に力が入って殆ど動かなくなったが、それが怯えているからではないということくらいは、ゾロにも分かっていた。
 ろうそくと月明かりだけの甲板でも、目の前の顔が赤いのは分かる。
 ナマエは少しおかしな男だ。
 どう見ても男性で、本人だって自分が男だと分かっているのに、男のゾロを好きだと言う。
 変な格好をして接触してくるようになる、そのもっとずっと前からゾロが察していた事実だ。
 しかしまあ、そんな相手を自分も好きなのだから、ゾロだっておかしな男ではあるかもしれない。

「菓子が無くて悪ィな。それで、悪戯はしねェのか?」

 捕まえた手がおずおずと逃げ出そうとするのをしっかりと掴み直して、ゾロは尋ねた。
 悪戯か、お菓子か。
 そんな脅し文句を寄こして、菓子を渡さなかったのだから、ナマエがすることなんて一つしかないだろう。
 自分より少し背の低い相手を見下ろして、ゾロの口元がにやりと笑みを刻む。
 額を覆う包帯のせいで目元に落ちた影が笑みの悪辣さを際立たせたが、ゾロ自身には分からないことだ。
 ひい、とも何とも言い難い声を漏らしたナマエがそのまま動かなくなって、その様子に笑みを深めたゾロがナマエへ身を寄せたところで、放られたトレイがゾロとナマエの間を横切って距離を取らせた。
 おれの前でいちゃつくんじゃねェつったろうが! と怒鳴り込んできたラブコックにゾロが舌打ちしたのは、まあ、仕方のないことだろう。



end


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