ボルサリーノさんとその部下
※主人公は海兵さん
「だってほらァ、今日はハロウィンだろォ〜?」
「……だからって海軍大将がそんな恰好してる理由にはならないと思いますよ」
にこにこと笑って執務机に向かっている相手に、ナマエはそう反論した。
十月の末日。
世間ではハロウィンだの何だのと言われて、マリンフォードの街並みもそれに合わせたものに変わっている。
出勤途中に見かけたいくつかを思い出してはみるものの、目の前の海軍大将がいつもとまるで違う格好をしているという事実と、どう結び付ければ良いのかが分からない。
「大体、仮装して『お菓子』を貰うんですから、そう言うのは子供の役目でしょう」
なんで貴方が仮装しているんですかと腕を組んで見やると、似合わないかい、と目の前の上官が首を傾げる。
白いシャツに裏地の赤い黒のマント、赤いベスト。黒いリボンのタイを首に巻いて、いつものサングラスまで外している。
誰がどう見ても吸血鬼だと分かる見た目になっている相手に、ナマエはため息を禁じ得ない。
「赤犬殿が見たら怒られますよ……」
「サカズキも少しは遊び心の分かる奴だよォ〜」
だから大丈夫と上官は笑っているが、その言葉が本当だとはとても思えない。
さっさと着替えてほしいところだが、ナマエが書類を届けに行って戻るまでの間にこれだけ素早く着替えた相手だ。何か目的があるのだろう。
「何がしたかったんですか、ボルサリーノ大将」
だからそう尋ねながら、ナマエは運んできた書類を上官の机へ置いた。
受け取ったそれを端へ寄せて、にこにこと微笑んだ相手がナマエを見上げる。
寄こされた笑みをどこかで見たことあると考えたナマエは、それが海賊討伐の時にたまに見る顔だと気付いて少しばかり目を逸らした。どうやら上官殿は、とても機嫌が良いらしい。
「ハロウィンにこんな格好したら、してェことなんて一つだろォ〜?」
「はあ……街中でも練り歩きたいんですか?」
確かに、今日はハロウィンだ。祭りとしての催しも行われるので、夕方にもなれば、仮装した子供や大人が町中を歩いていることだろう。
海兵も数人警邏で回っているが、大体そう言う時は海軍大将に警邏の担当は回ってこない。海軍の最高戦力がうろうろしていては、祭りの夜に海兵たちが羽目を外せないからだ。
それでもどうしてもというなら任務をねじ込むか、と考えを回したナマエの目の間へに、ひょいと手が差し出される。
反射的に横へ避けようとしてから、掌を上向きにされていることに気付いたナマエが、飛びのきかけたところを堪えた。
「オ〜……猫みてェな反応だねェ〜」
「ボ、ボルサリーノ、大将?」
「trick or treat、ってねェ〜」
戸惑うナマエの顔を見上げて、椅子に座ったままの相手がそんなことを言う。
紡がれたそれは夕方ごろに出歩く子供たちが口にするはずの呪文で、ハロウィンの常套句だ。
寄こされた言葉に、ナマエの目がぱちりと瞬く。
それからやがて、じとりとボルサリーノを見つめて、ナマエの口からため息が漏れた。
「全く……大将、子供じゃないんですから……」
「なんだァ、用意してねェのかァい?」
長い指を蜘蛛の足のように動かして、ボルサリーノが楽しそうに言う。
それなら、と何か言葉を続けようとした相手に構わず、ナマエはスーツのポケットからひょいと摘みを取り出した。
それをそのまま、目の前に晒された恐ろしい兵器の掌へ乗せる。
「はい、どうぞ」
「…………ン〜?」
がさ、と音を立てた小さな包みに、ぱちぱちとボルサリーノが瞬きをした。
いつもはサングラスの内側で目立たないその目が、不思議そうに引き寄せた自分の掌を見つめる。
「…………なんで用意してんだァい……?」
「だって、ハロウィンですからね」
不思議そうに寄こされた言葉に、ナマエはそう答えた。
悪戯好きの同僚が何人かいて、何度かそいつらの被害に遭ったからこそハロウィンの対策をここ数年怠ったことは無いだとか、そんなことまでは答える必要もないだろう。
ちなみに、包みの中身はただの駄菓子だ。
「部屋を出る前には着替えてくださいよ。ホント、赤犬殿が怖いんですおれは」
「サカズキは大丈夫だよォ〜、センゴクさんは怒るだろうけどねェ〜……」
「余計嫌ですよ!」
海軍元帥の名前を出されて悲鳴を上げたナマエの前で、ボルサリーノがそっと手元の菓子を机の端へ置く。
「…………え、ボルサリーノ大将、なんかしょんぼりしてません?」
肩を落としたその様子に気付いてしまったナマエが声を掛けてみても、なんでもねェよォ、と大将黄猿は力なく答えるだけだ。
まさかハロウィンを口実に他愛もない悪戯がしたかっただけだなんていう上官の思惑に気付けるはずもなく、ナマエはただ首をひねるのだった。
end
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