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わるいひととわがまま
※『わるいひと』シリーズ
※ドフ誕



 ナマエの大事な『悪い』大人は、とある国の王様だ。
 恐ろしいものから救ってくれた英雄だと、国民は皆ドンキホーテ・ドフラミンゴを慕っていて、そんな彼の誕生日ともなれば国を挙げて祝われる。
 それを笑顔で受け止め笑って流して、それでも夜にはファミリーだけで宴を行うドンキホーテ・ファミリーは、それこそナマエにとってはあたたかな家族のようだった。

「……ん……」

 ふと、ナマエの意識が夢の中から浮上する。
 目を開いてすぐ目の前にあったのは、いつもの通りのたくましい胸板だ。
 それを辿るように上を向けば目を閉じたままの海賊がいて、静かに眠り込む相手に、ナマエは少しばかり身じろいだ。
 ちらりと見回した室内は、そろそろ朝を迎えようとしているのか、少しばかり明るい。
 視界の端にちらりと映ったカラフルなものへ視線を送ると、部屋の端にはたくさん積まれたプレゼントがあった。ファミリーからのものと、ファミリーが『安全』だと確かめた諸々だ。
 ファミリーからの贈り物は全て包みが開かれていて、ジョーラが『若様』に贈ったくまのぬいぐるみの足が、半分閉じた箱からはみ出していた。
 楽しかった一晩があっと言う間に終わってしまったという事実は、少し寂しいものもある。
 けれども、ナマエにとっては今日こそが本番だ。
 もぞり、とその場で動いて、ナマエの体が自分に触れている腕の中から逃れようと動く。
 けれども、あともう少しで抜け出せる、と言ったところで、大きな掌ががしりとナマエの肩を捕まえた。
 そのことに少し驚いたが、いつものことなのですぐに気を取り直して、ナマエが視線を腕の主の顔へ向ける。

「おはよ、ドフラミンゴ」

「おう……」

 寝起きの掠れた声で相槌を打った相手が、それから大きくあくびをした。
 そのまま起き上がる相手へ合わせてナマエも起き上がると、ドフラミンゴの手がサイドテーブルへと伸びる。
 そこに置かれていたきらびやかな首輪を手に取った相手に、ナマエが顔を上向かせて応じる。
 いつもの通り、ドフラミンゴの物である証がその細い首に巻き付いて、ぱちぱちと留め具を填め、それから首輪と肌の隙間を確かめるようにドフラミンゴの指がナマエの首回りを軽く辿った。

「そろそろまたでかくするか」

「苦しくないよ」

「余裕をもってねェとなァ」

 寄こされた提案に首を傾げたナマエに、ドフラミンゴが笑う。

「似合ってるぜ、ナマエ」

 毎朝の儀式のように寄こされた言葉に、ナマエもその口を少しだけ笑みの形にした。
 もはや恒例のことだが、言われて嬉しいものはいつでも嬉しい。
 ナマエはドフラミンゴのものだと、少なくともドフラミンゴはそう思ってくれていると分かるからだ。
 ナマエの顔を見下ろしたドフラミンゴの手が軽くナマエの髪を撫でつけて、それから、さて、と言葉を零した。
 いつもと違うそれは間違いなく『昨日』の続きで、そのことに気付いたナマエが少しだけ背中を伸ばす。
 そのことに、ドフラミンゴがフフフフと笑い声を零した。

「そう居住まいを正さなくても、取って食いやしねェよ」

 お前が食ってほしいんなら別だが、と続く言葉がどこまで真実かはナマエには分からないが、ナマエを食べなくては死んでしまうような状況にまで追い込まれたなら、ドフラミンゴは遠慮なくナマエを食べるべきだと思う。
 しかし、国王であり王下七武海であるドフラミンゴがそんな極限状態に置かれることは無いだろうとも分かるから、そんな事態は起きないだろう。

「俺、頑張る」

 そう意気込みを口にするのは、ナマエが昨日渡したドフラミンゴへの誕生日プレゼントのせいだ。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴは、それこそなんでも持っている。
 海賊で国王で悪い人間なのだ。自分が欲しいものなんて自分で手に入れるに決まっていて、だからいつも、ナマエはドフラミンゴへの贈り物に頭を悩ませていた。
 相手を喜ばせたいという考えからの悩みは幸せな時間でもあるが、その結果ナマエが作り出した今年のドフラミンゴへの贈り物は、『ドフラミンゴの願いごとを頑張って叶えます券』という、見た目からすると子供だましなものだ。
 だが、なんとも幸いなことに、ナマエには何人かの海賊とのツテがある。
 それらを駆使してでもドフラミンゴの願いごとを叶えると意気込んで作り出した一枚の紙切れに、驚いた後で笑ったドフラミンゴが、さっそくその願いを口にしたのが昨日の宴の中。

『それなら明日、おれに三つわがままを言え』

 誕生日プレゼントを使った願いごとにしてはあまりにもおかしなものだったが、ドフラミンゴは撤回しなかった。
 困惑して、それでも『そんなことされて嬉しいのか』と尋ねたナマエへドフラミンゴが頷いたので、ナマエに他の選択肢はない。
 すなわち、今日のナマエはドフラミンゴに対して三つのわがままを言わなくてはならない。
 小さいわがままはカウントしないとも言われているので、いくつものわがままを考えるために、昨日は寝る前にうんうん悩んでしまった。
 それでもどうにか思いついたいくつかのわがままを抱えるナマエを見下ろし、そうか、と答えたドフラミンゴがサイドテーブルからサングラスを手に取る。
 それで目元を隠しながらベッドを降りた相手に、ナマエもそれへ続いた。

「さて、さっさと腹ごしらえして備えるとするか。おれを困らせてくれるんだろうな?」

「ドフラミンゴ、困る?」

「フッフッフ! そいつァお前次第だ」

 楽しそうにそんなことを言う相手に、ナマエは少しばかり首を傾げた。
 どうしてナマエにそんなにもわがままを言わせたいのだろうか、というのが昨日からの疑問だが、そもそもナマエはドフラミンゴへわがままを言ったことが片手で数えるほども無い。
 ドフラミンゴがしてくれることならなんでも嬉しいし、ドフラミンゴの言うことを聞くのがいつものナマエだからだ。
 だから、ドフラミンゴの『願いごと』は、絶対に叶えてみせる。

「それじゃあナマエ、最初のわがままはなんだ?」

「えっと……ドフラミンゴと二人だけで、他の島に行きたい」

 並んで顔を洗いに行きながら、寄こされた問いかけに、ナマエは用意してあった『わがまま』を口にした。
 寄こされた、ドフラミンゴが『なるほど』と頷く。

「今日はおれもお前と出かけたい気分だったんだ、それは『わがまま』に入らねェな」

 けれどもそんな風に言葉を落としてきたので、ナマエの誕生日プレゼントを消化するには、まだまだ時間が必要なようだった。



end


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