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目を覚ましてはいけない
※notトリップ主人公はハートクルーでローと付き合ってる



 船長の誕生日はつつがなく終わった。
 祝おうそうしよう宴だなんだと騒いだ連中も、今はすっかり夢の中。
 わざわざそのために探して乗り込んだ島は都合よく無人島で、航海士のミンク族いわく明日の昼間では晴れているという話だった空は、日付が変わったこの時刻、真っ暗で彼方まで星が散っている。
 綺麗なそれを砂浜に寝転んで見上げたおれは、その現実逃避もつらくなってきてちらりと傍らを見やった。
 宴の最中、寝落ちた覚えは確かにある。
 だっておれは酒に弱くて、だけども騒いで飲むのが好きだから、大体真っ先につぶれる。そのくせ醒めるのも早いので、こうして宴が終わった頃に目を覚ますのだ。
 しかしそれはそれとして、おれの右腕をしびれさせている存在は、一体どういうことなのか。

「あー……船長?」

 声を掛けてみても、おれの右腕を枕にしていらっしゃる昨日の主役殿は目を開かない。
 いつもはその頭に乗っている帽子すらどこかに行っていて、案外跳ねのある髪の毛を俺の腕に押し付けるようにしながら、トラファルガー・ローがそこに転がっていた。
 酒に酔っぱらってそのまま眠る船長というのは、レアだがたまには見る光景だ。
 しかしそう言う時は大体鬼哭を抱いていたり、そうでなくても端っこに座っていることが多い。それでも誰かを枕にしている時は、毛皮がいい感じのベポを相手にしている時だ。
 まさかおれの腕をベポと間違えているのかと考えが至ったが、さすがにおれはあそこまで毛深くないので違うと思う。
 一体いつからこの格好だったのか、すっかりしびれた右腕は力を入れてみてもほとんど動かず、砂にめり込んでじりじりと冷えを感じさせる。
 いい加減ほぐしたいので起きてほしいのだが、声を掛けてもトラファルガー・ローが目を覚ます様子がない。

「うーん……」

 いっそ起き上がって引っこ抜きたいが、そうしたらこの船長の頭が砂の上に落ちる。
 髪の毛に砂が混じって不機嫌な顔になる船長というのも別に見ないわけじゃないが、せっかくの誕生日の終わりをそんな思い出で締めくくるのは、少しばかりしのびない。
 とすれば、どうするべきか。

「……服でも脱ぐか……?」

 星を見上げながら考えて、そこまで考えが至ったおれは、左手をそっと動かした。
 寝ころんだままでつかんだシャツをたくし上げ、上に引っ張る。
 そのまま自分の視界を遮るくらいは持ち上げたが、残念ながら左腕だけでは服を脱ぐことが出来なかった。頭に巻き付けただけだ。腹が寒い。

「……何してやがるんだ、ナマエ」

 これはいかん、とシャツを戻したところで、右側からそんな声が掛かる。
 それを受けておれが傍らを見やると、じとりと寄こされる視線が頬に突き刺さった。
 おれの腕を枕にしていたおれ達の船長が、不審者を見る目でこちらを見ている。

「あ、おはよう、船長」

「まだ夜だ」

「いや、そうだけど」

 寝起きだからか酒のせいでか掠れた声音で言い放つ相手に答えつつ、おれは少し身じろいだ。
 枕にされている腕が動いて、もぞりと船長が身じろぐ。

「動くな」

「いや、腕がしびれてるから。起きたんなら欲しいんだけど」

「…………起きてねえ」

「起きてる!」

 面倒くさがったらしい船長が唸りながら目を閉じたので、慌てて声を上げた。
 これだけ会話して起きてなかったらびっくりだ。

「腕の一本や二本、しびれたってどうとでもなる」

「しびれさせない生活がしたいんだけど」

 そうでなくとも、自分の腕を枕にしてくれたらいいだけのことだ。
 ごろりと寝返りを打ち、そのついでに腕をもう少し引いてから、おれはまだおれの腕を枕にしている船長の顔を見た。

「船長、ほら、もうおれの腕枕は終わり。もう少ししたら片付けもしたいんだ、おれは」

 宴は終わったようだが、あちこちが散らかり放題だ。
 大体片付けはおれや同じく酒の抜けやすい連中で、逆に準備は二日酔いしやすい連中が行っている。体調次第ではその限りでもないが、まあ、大体はそんなものだ。
 おれの言葉に眉間のしわを深くして、船長は寝返りを打った。
 しかし、そのまま離れていくかと思ったら、むしろこちらへ転がってきてしまった。
 人の胸元へやってきた相手に目を瞬かせたおれをよそに、伸びてきた腕がおれの左肩を捉える。

「船長?」

 戸惑いつつ声を掛けても、ぐり、とその額をこちらの体に押し付けてくる相手は答えない。
 妙に甘えを見せる相手に、おれはとりあえず周囲を見回した。
 死屍累々に転がる酔っ払い達はみんな眠り込んでいて、とりあえずおれ達に注目している奴はいない。
 もしかしたら何人か目を覚ましているかもしれないが、いつものように見ないふりをしているだろう。

「……ロー?」

 それを確認してから名前を呼びつつ、よいしょ、とおれは体を起こした。
 人の肩に腕を回していたローの体も砂浜から浮き上がり、そのまま俺の膝の上に転がる。立てた片膝でその背中を支えたが、ずしりと体重を掛けられているのを感じる。
 しびれた右腕は動かず、血が通い始めてじんじんと痛みはじめた。
 動かせもしない腕を船長の手が掴んで、そのまま俺の掌を自分の腹の上に置く。
 おれの手についていた砂がその服を汚したが、本人はあまり気にしていないようだ。

「お前が起きるんなら、おれも起きる」

「別にローは寝てていいのに」

 相変わらず目元の隈が濃い相手を見下ろして言うと、はん、と船長が鼻で笑った。

「おれを眠らせてェんなら、大人しくおれのベッドにでもなるんだな」

 そんな風に言い放つ、昨日の主役殿は何とも高慢な顔をしている。
 妙なわがままばかり言う相手にくすぐったくなるのは、膝の上に転がる誰かさんの思惑を、恐らく正しく理解したからだ。
 おれ達の船長は、甘える時まで偉そうだ。
 それを可愛いと思うのは恋人の欲目か、それとも仲間達みんながそうなのか。
 今度話し合ってみたいもんだと思いつつ、仕方ないな、と言葉を零したおれは、持ち上げた左手をとりあえず自分の服で拭いた。
 砂を落とした指で、おれの膝の上に横倒しになっている相手の頭を軽く撫でる。

「誕生日は終わったってのに、わがままなんだから」

「夜が明けるまでは日付も変わらねえ。まだおれの誕生日だ」

「変な理屈だなァ」

「前にお前が言ったんだろうが」

 いつだったか記念日に遅刻したおれの発言を言質にとって、そんな風に言った船長がふてぶてしく笑う。
 可愛い相手の頭をもう一つ撫でて、おれはとりあえず、愛しのトラファルガー・ローが満足するまで付き合うことにした。
 真上には満天の星が広がるばかりで、太陽が昇るにはまだ遠い。



end


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