星を取りまく空 | ターコイズ
※子マルコ注意
※notトリップ主は白ひげクルー(古参)
とにかく、この子供は手がかかる。
「マル、これがほしいのよい」
べったりとショーウィンドウに張り付いていた時から分かっていたことだが、びしりとガラスの中を指さして主張しだしたチビ助に、おれは深くため息を零した。
おれとマルコが足を止めているのは、島の中にあるとある宝石店の前だ。
ガラスケースの中にはあれこれと貴金属が展示されていて、太陽の日差しを軽く弾いてキラキラと輝いている。
マルコが指で指示しているのは、その一番端に置かれた、丸く磨かれた鉱石だった。
空と海を足して混ぜたような色をして、鎖の着けられた恐らくネックレスの類だろうそれがおれ達を見上げている。
「宝石を欲しがるなよ」
「ナマエ、なんでもかってくれるってゆった!」
呆れて言葉を落とすおれに、子供が地団駄を踏む。
確かにそう言った。
何故なら今日は、この子供の誕生日だからだ。
十月五日であると子供の誕生日が船の中に知れ渡ったのはつい先日のことで、それじゃあせっかくだから祝ってやるか、とおれは子供を船から連れ出していた。本当は作業が入っていたが、右手の怪我で免除されたというのも大きい。
本を読みたがり資料を欲しがる子供のことだからと、何か欲しいものがあれば何でも買ってやるぞと安請け合いをした覚えは、確かにある。
「いや、だからってお前……」
普段宝石になんて興味も持っていなかったくせに、一体どうしたというのか。
眉を寄せつつ見下ろすと、マルコはむっと眉を寄せていた。
頬を膨らませて、明らかに拗ねる一歩手前の顔だ。
それを見下ろし、仕方ねェなァ、とため息を零す。
これだからマルコに甘いだのなんだのと言われるのだが、男が自分の言った言葉を撤回するなんて、そんな格好悪いことが出来るわけもない。
「で、なんだ、そのターコイズでいいのか」
「ん! あおいの!」
どうやら色味に目を惹かれたらしい子供の主張を受けて、値札を確かめたおれは、子供を片手で持ち上げた。
抱え上げた子供は不思議そうにしながらも嬉しそうだが、これから店内に入るのだ、他に目移りされて値の張るものを強請られても困る。左手で捕まえた子供を右腕に座らせるようにしてから、そのまま店内へと入り込む。
店内にいた店主に声を掛け、さっさと支払いを済ませると、ショーウィンドウの中で子供の目を奪った罪作りなターコイズはそのままおれ達の手元へとやってきた。
「ほら」
「よい!」
包みすらもしてもらわなかったそれを無造作に差し出すと、嬉しそうな顔をした子供が受け取る。
小さな手がべたべたと石に触るのを好きにさせながら店を出ると、おれの腕に抱え上げられたままのマルコは、とても嬉しそうな顔をした。
「ナマエ、ナマエ、これ、マヨケのいしだってしってるよい?」
「マヨケノイシ?」
「わるいことからまもってくれるんだって! おまもりよい!」
一体どこから得た知識なのか、両手でターコイズを持った子供がそんな主張をする。
その言葉におれは、子供が色だけで石を選んだわけではないらしいということに気が付いた。
いや、『魔除けの石』だの『お守り』だのになる石なんて他にもいくつもあるから、その中からターコイズを選んだのは色のせいかもしれないが、それはそれだ。
「知らなかったなァ」
「ナマエはフベンキョーよい」
「おれが知らねえことはお前が教えてくれりゃあいいだろ」
「まかせろよい!」
生意気な子供が胸を張り、それからその両手が石を離した。
代わりにその両手が鎖を広げるように持ち上げ、おれの腕の中で小さな体が身じろぐ。
「ん? どうした、降りるか?」
こちらへ体を向けた子供へ尋ねつつ足を止めると、人の腕の中で立ち上がるようにして体を伸ばしたマルコは、両手で広げた鎖の輪におれの頭を通した。
するりと抜けた鎖がおれの首裏に触れて、胸元に丸い石が当たった感触がある。
石のありかを確かめ、それからおれの顔を覗き込んだマルコが、にまりと笑った。
「ナマエ、あんまりにあわねえよい」
ひひ、と笑い声すら漏らした子供の両手が、がしりとおれの体に抱き着いた。
まだ笑い声を零している子供を腕に抱いたまま、とりあえずその背中に手を添える。
片手を首に回せば、指に鎖が触れた。
「……ん? いらねェのか?」
「ちがうよい。これはマルのよい。だから、それをナマエにあげるのよい」
おれにはよく分からない話をして、もう少しばかり笑ってから、マルコがそっとおれから体を離した。
間近の目がこちらを見上げて、降りたいとおれへ告げる。
だからそのまま下へ降ろすと、数歩おれより先へ進んだマルコは、くるりと振り向いておれを見上げた。
「おまもりがあるから、ナマエはもうケガもしないでかえってくるのよい」
そうして寄こされた言葉に、おれは自分の片手を軽く動かした。
指三本を合わせたように巻かれた包帯は、おれがこの間の海戦で負った怪我の名残だ。
普段の生活にもそれほどは支障のない怪我だし、もうすぐ包帯もとれると言われている。
マルコはそれを聞いていたし、怪我なんてする方が良くないんだとよく分からない理論を振りかざして怒っていたような気がしたが、どうやら『お守り』を強請ったのはおれに渡す為だったらしい。
数秒掛けてその事実を飲み込み、なんだそれ、と思わず言葉を零して笑う。
「自分で自分の分買ったようなもんじゃねェか」
「それはマルのよい! マルがナマエにあげたの!」
「いやいや、宝石渡すんなら自分の稼ぎで買えよ」
両手を振り上げて主張する子供に笑いつつ、仕方ねえな、と言葉を零した。
誕生日プレゼントをそんなことに使わせるなんて、そんなわけにはいかない。
「じゃあ礼に本でも奢ってやるよ。この前読みたがってた本があったろ」
「! よい!」
ぴょん、と嬉しそうに飛び跳ねたマルコは、小さな目をキラキラと輝かせて、すぐにいこう、とおれの左手を捕まえた。
ぐいぐいと人の手を引いていく子供を追いながら、てくてくと足を進める。
胸元に置かれた石の重みは、まあ、悪くはない。
ene
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