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あなたの容姿に酔う | 風蝶草
※NOTトリップ主人公はよその海賊さんで美形で少々ナルシスト
※主人公の容姿に華美な設定があるので注意



 めめしい男だ、というのがマルコの最初の印象だった。
 日差しを受けて海を往く男だとは思えないほど白い肌に銀の髪、ゆるく巻いたそれを丁寧に一つに編んで、海賊らしさのあるつばの広い帽子を被り、陰から赤い瞳がこちらを見やる。
 人形のように整った顔が、憂いを帯びたものから、ぱっと輝きを宿した。
 マルコを見つけて近寄り、なあ、とマルコへ声を掛けてきたその海賊は、ナマエという名前だった。

「お前って船医だろう? おれの火傷を治せないか?」

 手配書で見たことのある顔がそんな風に言って、そっとマルコの腕を掴む。
 初対面で馴れ馴れしい相手に眉を寄せつつ、火傷、と繰り返したマルコは男の姿を検めた。
 医者として、助けを求められたならほんの少しは手を貸してやることも吝かではない。
 だが見たところ、大きな怪我をしている様子は見受けられなかった。
 しいて言うならその右手の人差し指にくるりと包帯が巻かれているが、本当に小さな範囲だ。

「どこの話をしてんだよい」

「え!? してるだろう火傷! ほら! ここ! おれの美しい指が!」

 マルコの言葉に本当に驚いた顔をして、男は自分の幹部を指さした。
 小さな範囲に巻かれた包帯を目に、マルコは盛大に顔をゆがめて、取りすがってきた男の手を払う。
 男がちっと火傷したくらいでよそ様に頼ってんじゃねェよい、と低く唸ると、男は目を丸く見開いた。
 変なことを言われた、と顔に書いてある相手に舌打ちを零したのが、マルコとナマエの初対面だ。







 銀の髪に白い肌、赤い瞳に整った顔立ち。
 服装を整えすぎると男装の女だと思われるからと少し衣服を着崩して、細剣を腰に下げ、気まぐれに女や男を垂らし込んでは陸を楽しむ。
 ナマエというのは海賊の名前で、そして何度となくマルコの前に現れた。
 白ひげ海賊団に接触を図ろうとしているのかと思ったがそうではなく、本人曰く『マルコに会いに来た』らしい。本当かどうか、そこを確かめたことは無い。

「やあ、マルコ! 今日も元気に不機嫌そうだな」

「お前ェが来るまでは機嫌も良かったよい」

「なんだとそれは大変だ、ほら、おれの顔を見てごらん、気分が良くなることは間違いない」

 そんな馬鹿なことを言って笑いながら、近寄ってきた男がマルコの顔を覗き込む。
 広いつばの陰にマルコを入れて、日差しを避けた場所でマルコを見つめる長いまつげに縁どられた双眸は、てらりと光を舐めるルビーの色をしている。
 見た目からすれば確かに、目の前の相手は美しい男だった。
 女どころか男までたらし込めるのも、見た目の美醜だけで言えば、まあ仕方のない話かもしれない。
 しかしその言動はとてもおかしく、マルコとしてはたらし込まれる連中の趣味が分からない。

「目が二つと鼻と口が一つずつついてるだけじゃねェか」

 人の顔に手まで添えてきた相手の手を掴んで引き剥がし、マルコは言葉を投げた。
 掴んだままの手をちらりと見下ろすが、ナマエの指はいつもと変わらない。
 見たところ、大きかったり小さな怪我をしている様子もないし、それを理由にマルコへまとわりつくことはなさそうだ。
 相変わらず海を往くというのに荒れの無い手を離すと、さっと逃げたその手が自分の帽子の角度を直した。

「おれの顔を見てそんなことを言うのはマルコくらいだ」

 口をとがらせてそんな風に言いながら、何故だかナマエの目が笑っている。
 その顔は何ともいつも通りで、マルコはため息を零しつつ足を動かした。
 数秒もおかずにマルコの後を追いかけた男が、マルコの隣に並ぶ。

「マルコ、どこへ行くんだ?」

「別にどこでもいいだろよい」

「目的もなく徘徊しているのか? ボケるにはまだ早いぞ」

「うるせェよい」

 人をボケ老人扱いした男に唸ると、冗談だと笑った男がマルコの方へ少しだけ近寄った。

「でも、目的がないなら、おれもついていってもいいだろう? せっかく会えたんだし」

「おれァ別に会いたかなかった」

「会いたくないのに出会う……これはもう運命というやつか」

「馬鹿ばっかり言ってんじゃねェよい」

 おかしなことばかり言う相手にため息を零して、マルコはじとりと傍らを見やった。
 寄こされた視線を受け止めて、ナマエが笑う。
 嬉しげなそれはマルコの前でしばしば見せる表情で、何故だか分からないが、マルコは目の前の相手に好かれていた。
 初対面のあの日、すげなく断っても縋ってきた相手に仕方なく治療を施してやったのが悪かったのだろうか。
 それとも、二度目に遭遇した時、盛大に顔を顰めて邪険に扱ったのが楽しかったのか。
 そうだとすればこの美形は被虐趣味があるということになるのだが、マルコはそこを突き詰めて確認したことはない。

「それでも、おれとしては運命だよ、今日という日にお前に会えるなんて」

 嬉しそうな顔で歌うように言葉を紡いだ男に、マルコは少しばかり首を傾げた。
 どういう意味かと視線を向けた先で、ナマエがごそりと自分のサッシュベルトへ触れる。
 よく見れば腰に差しているのはいつもと違う短剣で、掴んだそれがそのまま鞘ごと舞うこの方へ差し出された。

「ほら」

「……なんだよい」

 妙にごてごてと装飾を施されたものを差し出されて、歩きながらマルコがそれを受け取る。
 手に触れる鞘にはあちこちに彫り物が施され、さらには宝石らしいものが張り付けられていた。鞘や柄を飾るものは蝶のようにも見えたが、どうやら花のようだ。
 重さといい、細工の細かさといい、随分と値が付くものだろう。

「マルコの為に選んでとっておいたんだ。貰ってくれ」

 それを押し付けた本人が、マルコへ向けてそう言った。
 言葉の意味を考えて、マルコが視線をナマエへ戻す。
 寄こされた視線を受け止めて、帽子を被った海賊がにっこり笑った。

「誕生日おめでとう!」

 お前が生まれてきてくれて良かっただとか、何だとか。
 歯の浮くような言葉まで続けて寄こされた祝福に、マルコの目が瞬く。
 確かに今日は、十月五日だ。
 それはマルコの誕生日で、祝ってやると言った仲間に夜まで船に戻ってくるなという理不尽を申し付けられている。
 しかし、そんなものを、どうしてこの男が知っているのか。
 疑問を抱いたマルコの顔を見上げて、不思議そうな顔をしているな、とナマエがふふんと鼻を鳴らした。

「おれのこの美貌に掛かれば、欲しい情報なんてすぐに集まる……あいたたたたた!」

「うちの家族をたらし込んだら承知しねェと言ったはずだけどねい」

 言葉と共に胸を逸らした男に、マルコは容赦なくその顔を片手で捕まえた。
 マルコの誕生日なんて情報はどうでもいいが、それを手に入れるためにナマエが家族へ色目を使ったのだとすれば、それは由々しき問題だ。
 この野郎という気持ちが指に力を込めて、痛みが強くなったからかナマエが慌てたようにマルコの腕を叩いた。
 もがく男の頭からはらりと帽子が落ちたので、そこでようやくマルコが男を開放する。
 両手でマルコの指が抑えた辺りを撫でさすり、自分の顔がどうにもなっていないことを確認したナマエが、落ちた帽子をすぐに拾い上げた。

「酷い……酷いぞマルコ……おれの美しいこの顔を攻撃するなんて……」

「馬鹿みてェなこと言ってんじゃねェよい」

 恨みがましく言葉を放られて、マルコがふんと鼻を鳴らす。
 それからちらりと見やると、自分を見ているナマエの視線とかみ合った。
 赤い瞳を潤ませて、眉を下げ、もがいたからか少し血色の良くなった顔でマルコを見上げた男が、むっと口をとがらせている。
 その表情の何がハマったのかは自分でも分からないが、マルコは思わずその顔をまじまじと見つめ直してしまった。

「え……あ、えっと、何……?」

 あまりにもじっと視線を注いだからか、戸惑ったらしいナマエが珍しく少しばかり身を引く。
 涙が引っ込み、慌てたようにその帽子が頭へ乗せられ、顔に影が掛かった。
 そのことを残念に思った自分を感じて、どう言うことだろうかとマルコは内心首を傾げる。
 マルコの前で様々な顔をするナマエだが、涙目というのはそう言えば、今まで見たことが無かった気がする。
 だから珍しかっただけなのか、それとも、それ以外に理由を感じたのか。
 よく分からないが、嗜虐趣味という言葉が脳裏に過り、マルコは先程の自分を彼方へ投げ捨てることにした。他人をいたぶって喜ぶ趣味だなんてそんなもの、かの偉大なる『白ひげ』の息子にはふさわしくない気がするからだ。

「しかたねェ、夜まで暇だ、何か奢れよい」

「あれ? おれたかられてないか?」

「おれの家族をたらし込んだのはそれでチャラにしてやる」

「たらし込んだんじゃなくって、おれの美貌が口を滑らせただけでだな」

 きゃんきゃんと反論してくる相手を放って歩き出せば、話しながらナマエがそれについてくる。
 そのまま二人で昼間から酒を飲み、マルコは久しぶりの陸を満喫した。
 放置できない酔っ払いを仕方なく夜の宴に連れて帰ったところ、心優しい家族達は笑って受けいれてくれた。


end


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