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秘密のひととき | クレオメ
※notトリップ系主人公と若めのマルコ


 おれの真上で青く晴れ渡っていた空を通り過ぎた太陽が、ゆっくりと水平線を目指して沈んでいく。
 それと共に差し込む橙が、青い空も緑の葉も船も、等しくオレンジに染め上げた。
 空に散っていた白い雲が空の暗さを背負いながら茜色を宿して、青と紫と橙の狭間でやがてやってくる夜を告げている。
 それを見上げてぼんやり過ごしていたおれの真後ろで、ざくりと草を踏んだ音がする。

「また口が開いてるんじゃねェのかよい、ナマエ」

 笑いを含んだその声に、おれは開いていた口を閉じた。
 それからそのまま、あおむけに倒れ込むようにして後ろを見やれば、さかさまになった視界に、こちらを見下ろしている男が映り込む。
 おれと同じオレンジをその体に受けて、あちこちを橙に染めたその男の腕から立ちのぼってすぐに消えた炎は、橙に染まり切らない蒼だった。

「不死鳥マルコ」

 手配書で見た名前を呼びながら、さらに後ろに倒れ込む。
 背筋と腹筋だけで体を支えているおれを見て、呆れた顔をした相手がおれの方へと近寄った。
 その膝がずいとおれの頭の下に入ったので、仕方なく姿勢を戻す。

「どこででも寝転ぼうとしてるんじゃねェよい」

「別にどこででも寝ているわけじゃないぞ」

 どこぞの海兵じゃあるまいし、おれにそんな趣味はない。
 だからそう言い返しつつ、おれはそのまま立ち上がった。
 服についていた草を軽く払い落としながら、改めて海を見る。
 おれが居座っていたここは、島の中でも随分と日当たりが良く、拓けていて、そして遠くまで海が見える場所だった。
 芝生に似た草が生えていて、居心地も良い。
 鳥が運んだのか最近はあちこちに花まで生えていて、今日もすくすくと育った花が、夕焼け空を目指して顔を上げている。漂う良い香りに視線を向ければ、背の高い茎の先に開いたいくつもの花が、まるで蝶のように風で揺れていた。

「どうだか。最初に会った時だってここで寝てたじゃねェか」

 肩を竦めてそんな風に言い放つマルコに、いつの話をしているんだ、と少しばかり笑う。
 確かにマルコと出会ったあの日、おれはここで日向に誘われて昼寝をしていた。
 しかしそれは最初の一回だけだし、何度も何度も言われるほどのことじゃないと思う。
 今まではおれしかいない場所だったからそうしていただけなのだ。今日のように、誰かがやってくるかもしれない場所となればまた勝手が違う。

「それより、どうしたんだ、こんな時間に」

 適当に話題を変えつつ、おれはマルコの方へ視線を向けた。
 夕日を背負っているおれを見やったマルコが、まるでにらみつけるように眩しげに目を細めている。
 もともと眠たげに瞼の厚い目がさらに細くなっていて、そっちが寝そうな顔をしているなと笑いながら、少しばかり立ち位置を変えた。
 それに合わせておれを見ながら姿勢を動かしたマルコが、その横顔に夕日を受けながら答える。

「ただの散歩だよい」

「散歩? 白ひげ海賊団の『不死鳥』が、こんなところに?」

 それなりに栄えた島にある高台とはいえ、ここには草木以外に海賊の気を惹くものなんて何もない。
 何より、『白ひげ』なんて大物が近海に来ているならおれの耳にだって入ったはずだし、そんな情報は今朝まで欠片も無かった。
 とすれば、マルコはここまで単身飛んできたことになる。
 いくら空を自由に飛べる悪魔の実の能力者とは言え、わざわざそんな『散歩』をするだろうか。
 首を傾げたおれを見て、マルコが軽くため息を零す。

「……見てえツラがあったから来ただけだよい」

「見たい顔」

「ん」

 軽く頷きつつ、その指がおれの方を示した。
 向けられた指先に瞬きをして、それから一度後ろを見やり、そこに揺れる花達や草木しかないことを確認してから、もう一度マルコの方へ顔を戻す。
 辿るように自分を指さすと、他に誰がいるんだ、とマルコが唸った。

「いや……いやお前、それはまずいんじゃないか……」

 男相手にとかそんなことよりも、わざわざ『おれ』に会いに来た海賊に、おれは困った顔をした。
 もしかして、おれがここでぼんやりしている時にたまに出くわしていたのも、偶然ではなかったのか。
 今さら過ぎる自覚に眉を下げたおれに、知らねえよいとマルコが軽く口をとがらせている。
 まるで子供みたいな表情をする相手に、おれは軽く頭を掻いた。
 指に触れるのは自分の髪の感触で、いつもの帽子はそこには無い。
 しかし、マルコはおれを知っているんだから、帽子がないことは理由にならないだろう。

「今日くらいイイじゃねェか。カテェこと言うなよい」

「今日くらいって……」

「今日は、おれの、誕生日だ」

 言葉を区切るようにしながら言って、マルコが何故だか胸を張った。
 顎まで逸らして、ちらりとその目がこちらを見る。
 それを見ながら、誕生日、とおれはマルコの言葉を口の中で繰り返した。
 今日は、十月五日だ。
 それがマルコの誕生日というのは初耳だが、嘘を言っている顔にも見えない。
 目を瞬かせて、とりあえず口を動かす。

「それは……おめでとう」

「おう」

 おれの贈った祝福に、マルコがこくりと頷いた。
 その口がゆるく弧を描いて、目の前で白ひげ海賊団の男が笑う。
 年端もいかない子供でも無いくせに、嬉しそうな顔をする相手に、おれは少しばかりため息を零した。

「……せめて事前に言ってくれないと、プレゼントも用意できないんだが」

「なんだ、おれに何かくれるつもりだったのかよい、『ナマエ』が」

「そりゃ、おれだって人間だし」

 意外そうな声に心外だと眉を寄せつつ、おれは自分の胸に手を当てた。

「友達の誕生日プレゼントくらい用意するさ、知っていれば」

 消えもの、装飾品、それとも少し珍しい本の類が良いだろうか。
 どちらにしても、きっとマルコは受け取ってくれただろう。
 それが分かるくらいには、おれは目の前の男と親しいつもりだ。
 だからこそのため息に、マルコがおかしそうに笑う。

「会いに来るのもダメだと言った奴の台詞とも思えねェよい」

「そりゃお前、本当は駄目だろ。わざわざおれに会いに来るなんて」

 ちゃんと家族に言ってきたのかと尋ねると、子供じゃねェんだからそんなわけないだろうとマルコが答える。
 それじゃ駄目だろうと眉を寄せると、近寄ってきたマルコがおれの顔を睨みつけるように覗き込んだ。

「どうせおれのことは捕まえねェだろよい、『ナマエ中将』?」

 目つきはきついながらも笑った彼が口にしたのは、おれの肩書きだった。
 おれは、この島からほど近い海軍支部の『海軍将校』だ。
 本来なら海賊なんて全員捕まえていくべき職業で、息抜きに訪れた島で出くわした大物に、おれはそりゃあもう驚いた。
 驚いたが、しかし、それで終わった。

「まァ、休みだからな……」

 初対面のあの日、おれが目の前の相手を捕まえようとしなかったのは、そんな理由からである。
 大体、海兵にもどうしようもない人間がいるように、海賊にだってそこまででないやつもいるというのがおれの持論で、だからこそ海軍本部から随分遠い今の支部へと辞令が出たのだ。

『海軍支部も近いから、悪いことするんでなけりゃ気を付けてけよ』

 寝ているところを倒れているのかと勘違いされて起こされ、話をして、別れる時にそう言ったおれに、マルコはとても不思議そうな顔をしていた覚えがある。
 やっぱり海兵じゃないんだろうと何故だか言われたのを思い出したが、何度目かに『偶然』出会った時に仕事着を見せているから、おれが海兵であることはもう納得済みのはずだ。
 だというのに、海賊がわざわざ『海兵』に会いにくるなんて、本当に、何を考えているんだろうか。

「じゃあ平気だ」

 しかしおれの想いをよそに、そんな風に言って笑ったマルコが、とんとおれの肩を叩いた。
 それから緩く掴まれて、されるがままにそれを受け入れる。

「おれァ今日は誘いに来たんだよい。誕生日の近い連中を祝って宴をやるから、ナマエも来ねェかってよい」

「海兵を海賊船に呼ぶんじゃありません」

「言うと思った」

 冗談だ、なんて言ってけらけら笑ったマルコの手が、おれの肩から離れる。
 そのまま青い炎がその手を包んで、オレンジに色づいていた腕が青い炎の翼に変わった。

「それじゃ仕方ねえ。次会う時に受け取ってやるから、おれへのプレゼントも用意しとけよい、ナマエ」

 高慢に言い放つ男におれが呆れた視線を向けると、それの何が面白かったのか、マルコはまた笑った。
 両腕が炎と共に翼へ変わり、ばさりと羽ばたいたそれに合わせて大きく風が起きる。
 周囲の草木達がざわめいて、夕方から咲き始めた花がちらちらと揺れたのが視界の端に入った。

「マルコ、」

「じゃあな、ナマエ」

 また会いに来てやるよい、なんて高飛車に言い放った男が笑って、その翼が大きく羽ばたく。
 炎をまとったその体が上空へ飛び上がり、見る見るうちに青い炎に包まれた鳥になった。
 夜に沈み始めた空に目立つ炎が上空で旋回して、半分以上沈んだ太陽を目指すように飛んでいく。
 離れていくそれを、片手で目元に影を作りながら見送って、青い炎が太陽の輝きに紛れて見えなくなったところで、おれはそっと水平線から目を逸らした。

「次会う時って……いつだ?」

 思わず呟いてしまうのは、ここへ来る日を約束したことなんて、今まで一度も無いからだ。
 故郷であるこの島の、通いなれたこの場所でおれが時間を過ごすのはそこそこ頻繁にあることで、そしてそこへマルコが現れるのは、本当に時々だ。
 つまり、おれはマルコと会うまで、マルコに渡す『誕生日プレゼント』をずっと持ち歩かなくてはならないんだろうか。
 こいつは困った、と顎を軽く撫でる。

「小さい何かにしないと……」

 いつでもポケットに入れておけるようなものでないと難しそうだ。
 まさか強請られたプレゼントを用意しないなんて選択肢が選べるはずもなく、呟きつつ考えながらおれがその場を離れたのは、マルコと別れてすぐのこと。
 火の鳥が空を飛んでいったという噂が聞こえたが、その彼が今日誕生日だということを知っている人間は島におれ以外いそうになかったので、相談相手は見つけられないのだった。



end


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