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答えに違いはない
※『疑問に答えはない』の続き



 カタクリがナマエという名の男に出会ったのは、とある日のハクリキタウンでのことだった。
 いつものように遠征を終え、久しぶりに自分が与えられた島を回るかと、その足を向けたのだ。
 その男はただ単に、店先を掃除していただけだった。
 顔立ちも髪色も平凡で、人の注目を集めるような服装をしているわけでもない、ただの民間人だ。
 しかし、その姿を認めたカタクリが違和感を抱いたのは当然であったし、それが『何故』なのかを理解した時に抱いた衝撃は、少なくともその場では決して口外してはならないことだった。
 カタクリは『完璧』であることを目指している。
 家族を守れる強さを求め、その為に絶え間なく努力しているし、数秒先の未来を読めるほどの見聞色の覇気は、それこそカタクリの武器の一つだ。

「おい」

「はい? ……はい!?」

 だというのに、どう見てもただの民間人であるはずの男の、『先』が読めない。
 これは、由々しき問題だった。







 ナマエと名乗った男は、長いものに巻かれ、強いものには逆らわない小市民だ。
 それを把握したカタクリがナマエを連れまわすのに、それほど時間は掛からなかった。
 向かう先は他に人間の見当たらない場所だ。自然にあふれたそこでナマエを放り出し、一等目立つ気配を追うために瞑想をする。
 そこまですればナマエの気配は確かに読めるが、しかし、どうしてだか見聞色の覇気だけが通じない。

「またすごいところに来ましたね、カタクリ様」

 真下に砕けた岩と海原の広がる絶壁で、恐る恐ると言った風にそちらを覗き込んだ男が、素早くカタクリの傍へ戻りながらそう言った。
 ちらりとそちらへ視線を向けたカタクリは、落ちたくねェなら大人しくしていろ、とだけ告げて瞑想の姿勢を取った。
 自分の休みに合わせて捕まえ連れ出しているカタクリへ、男がそうやって話しかけてくるようになったのは、何度目のことだったろうか。
 毎回毎回、人の予定を気にせず現れるカタクリにナマエはあまり怒ることも無く、それを受け入れた。
 もちろん抵抗などカタクリが許すはずもないが、最初から抵抗しようという様子も見られなかったように思う。
 将星と呼ばれるカタクリの力量を考えれば当然だが、初対面では随分と怯えられていたと覚えているだけに、月日というものは人を慣らすものだ。

「じゃあ、あの辺をモデルにするかな……」

 それどころか、連れては来るものの、こうして自由にさせるカタクリに学習したのか、『暇つぶし』の何かを持参するようにもなっていた。
 今日はどうやら絵画らしい。先日は妙な砂糖細工だったなと、カタクリは自分から離れていく気配を追いかけてもう一度ちらりと視線を向けた。
 カタクリへ無防備に背中を向けているナマエは、カタクリがその背中を見ていることにすら気付いた様子がない。
 そうして相変わらず、どれだけ見聞色の覇気を使ってみても、座る場所を決めて座り込むその行動すら先読みすることが出来なかった。
 出会ってもうじき二年、カタクリは間違いなく昨日よりも強さを増している筈だというのに、おかしな話だ。

『イレギュラーが一人だけだってんなら、その一つを潰しちまった方が早ェんじゃねェか? ペロリン♪』

 カタクリが、自身が『完璧』でないことを晒せる数少ない兄弟のうちの一人は、そんな風に言って長い舌を揺らした。
 確かにそれも手段の一つだが、ナマエが初めてだっただけで、第二、第三の『イレギュラー』が現れないとも限らない。
 兄は『完璧主義だな』と笑っていたが、これはカタクリにとっては譲れないことだ。
 シャーロット・カタクリは完璧でなくてはならない。
 どう見ても弱く、無防備でしかない市民の動向すら読めないなど、そんな馬鹿な話があっていいはずがないのだ。

『あァ、何だ。カタクリ、お前、』

 笑い交じりの兄の言葉を思い出しながらカタクリの見つめた先で、座り込んだ男がぺらりとスケッチブックを開く。
 持ち込んだ道具で絵を描こうとして、それから何かに気付いたように自分の手にあるものを見つめたようだった。
 何をするのかと見つめた先で、カタクリに見られてることに気付いた様子もなくペンへ顔を近づけた男が、おもむろに口を開く。

「……うわっ これチョコだ……!?」

 誰がどう見てもチョコペンだというのに、今更なことを言いながら口を覆った男は、自分の歯型がついたペン先をまじまじと観察していた。
 あまりにも馬鹿らしく、子供のようなその仕草に、カタクリがぽかんと相手を見つめる。
 ほんの数歩離れた場所に腰を落ち着けていたナマエが、はっと素早く振り向いたのは、その時だった。

「み、見ました!?」

 なんだか少し顔まで赤らめて、慌てたような声を出した男が自分の体の陰にペンを隠している。
 そんなことをされたところで、現場を見ていたカタクリには関係の無いことだ。
 腕を組んだままでその様子を見つめていると、カタクリが『見ていた』という事実を受け止めたらしい男が、いやあのその、と声を漏らしつつカタクリの方へとにじり寄ってきた。

「違うんですよ、あの、別になんでも口に入れるわけじゃなくてですね」

 あまりにも美味しそうな匂いがしたからだとかなんだとか、チョコペン職人が聞いたら喜びそうなことを言いながら、何やらナマエが必死に言い訳をしてくる。
 その様子があまりにもおかしくて、ふ、とカタクリの口からわずかに笑いがこぼれた。
 当然、カタクリの顔半分は布地で隠されているため、相手に微笑みが伝わるわけもない。

「腹が減ってるなら食えばいい」

 万国は菓子に満ちた国だ。
 家屋すら食糧で作られていることが多く、『期限切れ』になれば食べてしまって構わないのがこの国での常識で、それは消耗品にも適応される。
 ナマエの手元のチョコペンはもちろんまだ期限切れではないだろうが、持ち主が食べたいのなら食べてしまえばいいのだ。
 だからこそのカタクリの言葉に、えええ、とナマエは何やら困った声を零した。
 それからその目が自分の手元を見つめ、鉛筆を模したチョコレートを、それからそっと降ろす。

「これ一個しか持ってきてないのに、一人でおやつを食べるのはちょっと……」

 とてもとても困ったように、ナマエがそんなことを言う。
 おかしな話を始める男を見つめて、カタクリはわずかに目を細めた。
 相変わらず、ナマエは言うこと成すこと平凡だ。
 ハクリキタウンに住んでいるのだから、将星シャーロット・カタクリの『伝説』は耳にしている筈である。
 弟妹が好き勝手言うのを好きにさせていたら出来上がった完璧な男は、メリエンダすら一人で過ごす。
 当然、今日のメリエンダはまだ先の時刻だ。いつも、カタクリがナマエを連れ出すのはメリエンダの前で、カタクリがナマエを連れて帰るのもメリエンダの時刻が迫った頃と決めている。
 だから『おやつ』なんてもの、一人分か二人分かをナマエが気にする必要もないことだ。

「自分一人で食えばいい」

「そんな見せびらかすように食べるのはちょっと」

「チョコレートが食いたいならショコラタウンへ行く」

 だからおれには不要だと言葉を重ねたカタクリに、何故だかナマエがぱちくりと目を瞬かせた。
 そうしてそれから、なるほど、と納得したように笑う。

「どうせなら妹の作った奴が食べたいってやつですね」

「…………」

「あ、いやあの、すみません……」

 おかしなことを言いだした相手にカタクリが視線を注ぐと、何か自分で勝手に解釈したらしいナマエが、そっとカタクリの前から身を引いた。
 怯える小動物のようにそろりとカタクリから離れて、先ほど放り出したスケッチブックの方へと戻っていく。
 ちらちらと寄こされる視線を遮断するためにカタクリが目を閉じると、ほっと息を零す音がした。
 少しして、スケッチブックが開かれる音が聞こえたのをきっかけに、カタクリの目がまたゆっくりと開かれる。
 相変わらず、ナマエの背中は無防備だ。
 こちらを振り向く気配すらないその背中を見つめてから、カタクリの腕がゆっくりと解かれる。
 ナマエはただの市民だ。シャーロット・リンリンへソウルを捧げて、この国で暮らしている。
 ハクリキタウンにいるのだからカタクリのことを知らないわけがないし、今のようにカタクリへ怯えることも多い。カタクリが威圧しようが威圧しまいがそれには関係なく、怯える姿はたまに見かける小動物のようだ。
 だというのに、何故だか時々、カタクリをただの男のように扱った。
 将星と呼ばれる強大な海賊ではなく、ただの、弟妹がたくさんいるだけの男のように。
 不愉快ではないが、不可解だった。
 そうして相変わらず、見聞色の覇気はたった一名に対してだけ、発揮されない。

『お気に入りだから消したくねェってだけかと思ったが、違うのか』

 兄が笑っていたのを思い出し、そんなわけはないとカタクリは記憶の中の相手へ返事をした。
 カタクリのこれは、自分を完璧に近付けるための行為だ。
 極めた見聞色の覇気をさらに高めるために、取っている行動でしかないのだ。

「……」

 これは次の休日も連れ歩く必要がありそうだと、そんなことをカタクリが考えているともつゆ知らず、ナマエはスケッチブックへ向かってせっせと何かを描いていた。



end


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