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スキンシップ
※notトリップ主人公は白ひげクルー
※マルコの能力に対する捏造



「人体の構造には大きな欠陥がある」

「なんだよい、急に」

 眉間にしわを寄せながら唸ったおれに、横に座っていた相手が少しばかり首を傾げた。
 思い思いに食事をとっていた夕食も終わり、今日は見張りの当番も回ってこない。
 となれば酒を飲むしかないだろうと、とっておきのひと瓶を手にしたおれが傍らの彼に声を掛けたのは、つい先ほどのことだ。
 酒があるなら付き合ってやると誘われた立場で随分偉そうなことを言った一番隊長は、そのまま食堂へ向かって台所の住人につまみを頼み、そうしておれと連れ立ってモビーディック号の甲板へとやってきた。
 半分以上かけた月が傾く星空には雲が散っているが、それほど雲行きも怪しくない。
 いい風だと夜風にあたりながら二人して座り込み、あちこちで酒盛りしている他の仲間達と同じように、酒を楽しんでいるところだった。
 自分には弱めの酒を用意したし、せしめてきたつまみは美味しい。
 ほんの数秒前まで、おれだって楽しい楽しい酒盛りだった。
 しかし、今は。

「…………いたい……」

 声を漏らしつつ、おれは自分の口元を軽く抑えた。
 おれのその様子を見てか、呆れたようなため息が寄こされる。

「なんだ、また自分の舌を噛んでんのかよい。毎度どうやってそんな器用なことを」

「舌じゃない……頬肉」

「尚更どうやって噛んでんだ」

 痛みをこらえるおれをよそに、マルコの声が笑いを含んだ。
 確かに、おれだって自分で自分が信じられないが、口の中にあるものを噛んでしまうのはままあることだろう。
 舌の端だの頬の内側だの、柔らかい部分の傍に歯という凶器がある、人間の体のつくりが悪い。
 笑いごとじゃないぞ、と相手へ唸りつつ、とりあえず口に残っていた摘みを飲み込んだ。
 じんわりと生臭い鉄の味がするのは、別に今口にした焼き鳥が半生だったなんてわけじゃない。

「血の味がする」

「血まで出てるのかよい」

 まずさを感じてうめくおれに、横に座ったままのマルコがそう言った。
 そうかも、と答えて、少しつばも飲み込む。
 じんわりと口の中に広がる血の味はそれでも変わらず、患部を確認してみようかと舌を動かしたが、おれが噛んでしまった場所は舌先では触れない場所のようだった。
 もごもごと口の中を動かし、それでも確かめられなかったことにため息を零しながら、ひとまず酒を飲む。

「……っ!」

「沁みてるじゃねェか」

 びく、とわずかに身を揺らすくらいには沁みた痛みに、おれの様子を見ていたマルコがそんな風に言葉を零した。
 これは、案外しっかり噛んでしまったようだ。このまま口内炎になるかもしれない。
 それは嫌だなと思いつつ、これ以上患部を刺激しないために、手に持っていたままだった串を皿へと置く。焼き鳥はまだ串に半分残っているが、これはあきらめた方が良さそうだ。

「口の中って薬とか塗れるっけか?」

「あるにゃァあるが、苦ェから嫌がられるんだよい」

「苦いのはおれも嫌だ」

「ガキか」

 マルコが笑うが、口の中がずっと苦いなんて御免だ。唾を飲んでも薬の味なんて、気が滅入ることは間違いない。
 ほかに方法は無いのかと視線を向けると、おれの方を見やったマルコが、仕方ねェな、と言葉を零す。
 その手がちゃぷりと酒の残った瓶を揺らし、肉のいなくなった串と共に甲板へ置き直した。

「ほらナマエ、ちっと痛ェとこを診せてみろよい」

「マルコが医者みてェなこと言う」

「おれァ医者だ。ほら、あーん」

 子供に言うみたいにしながら、ひょいと顔が近付けられる。
 覗き込む相手へ口を向けて、おれは言われるがままに大きく口を開いた。
 唾を飲むと舌が動いて、喉の奥が締まったのを感じる。

「ん、あァ、こいつはまた派手に噛んじまってるねい」

 おれの口の中を覗き込み、そう呟いたマルコがわずかに眉間へしわを寄せた。
 その左手がおれの顔を掴み、何故だか親指が唇の端に触れる。
 どうしたのかと思ったら、今度はマルコの右手がおれの顔に触れた。
 問題は、その指が青い炎に包まれているということだ。

「んあ?」

「歯ァ立てたら同じだけ噛んでやるから覚悟しとけよい」

「!」

 言い放ったマルコの指が、まとわりつく炎ごと、ぐいと口の中へと押し込まれた。
 その事実に目を見開き、反射で閉じかけた口をどうにか開いたおれに、マルコの目がわずかに細められる。
 どうやらおれが噛んだ場所らしい、奥の方へとたどり着いた指の一本がぐりぐりとおれの口の内側をこすりつけているが、同じだけ口に入った他の指は、まるで揶揄うようにおれの舌や歯を撫でていた。
 ほんの少し焼き鳥の味と、他の何かの味がする。少ししょっぱくて、でも全然はっきりとしない、肌の味だ。
 吐きそうになる手前を嬲られて、舌すら満足に動かせず、口に溜まる唾を飲みこむことすらままならない。
 慌てて酒瓶を持っていない片手を動かし、マルコの腕を掴んでみたが、引きはがすこともできなかった。

「ん、んあ!」

「仕方ねェ奴だよい、あと十数えたら終わりにしてやるから我慢しろ」

 おれの口の中を好きにしながら、そう言ったマルコがいーち、にーい、と間延びしながら数を数える。
 逃れようと顔を傾けても逃げられず、その拍子にどろりと口の端から唾液が零れ落ちた。マルコの左手の親指が、顎へ伝い落ちたそれをぬぐうように動く。
 じゅう、と数えあげたマルコの指が動き、おれの上顎をぬるりと撫でながらおれの口から出て行った。
 ぞわりと背中が震えたのも構わず、解放されたのと同時に自分の口を片手で押さえ、ひとまずマルコから少しだけ距離を取る。
 顎にこぼれた唾液をこすりながら睨みつけると、おれの視線を受けた相手が肩を竦めた。

「治してやったってのにどういう反応だよい」

「治すにしてもやり方があるだろ、やり方が!」

 声を上げつつ、おれはもう少しごしごしと自分の口周りを擦った。
 不死鳥に変化出来る動物系能力者のマルコは、不死身とも思える速度で自身の傷を治すだけでなく、その青い炎で誰かの傷を癒すことが出来る。
 大きな怪我には時間がかかるが、小さな怪我ならそれほどの労力もない、とは本人の談だ。
 それでも、マルコが誰かの怪我を治してやることは、そこまで頻繁にあることじゃなかった。
 だから今の行為は確かにマルコの優しさかもしれないが、その前に当人の許可を取ってほしい。
 いくら指とは言え、口に無理やり突っ込まれたい人間なんてそうはいない。

「触らなけりゃ治せねェよい」

 そんな風に言いながら伸びてきたマルコの両手が、ぐりぐりと無遠慮におれのズボンにその手をこすりつけた。
 人の服で唾液を拭いた相手に、ぎゃあと思わず悲鳴が上がる。

「何しやがる馬鹿マルコ!」

「自分の唾なんだからそう騒ぐもんでもねェだろう」

「人の服で汚れを落とす奴があるかー!」

 理不尽極まりないことを言い出す相手に抗議するも、はいはい、とマルコは適当に相槌を打った。
 そして、一応多少は綺麗になった手で酒瓶を捕まえて、また一口中身を飲む。
 ちゃぷりと音を立てたそれを聞き、もう少しマルコから距離を取りながら、自分の手に持っていたままだった酒瓶を掴みなおす。
 中身をぐびりと口に含み、そのまま飲んでみても、先ほどの痛みは感じない。確かに傷は治っているようだ。
 それを確かめるように少し舌を動かしたところで、先ほど最後に上顎を撫でられた感触を思い出してしまい、おれは眉間のしわを深くした。
 本人にそんな意図は無かっただろうに、ちょっと気持ちよかったというのはどうなんだ。

「……もう、ぜってェ口の中は怪我しねェ……!」

 そして万が一怪我をしたとしても、絶対マルコには言わない。
 そんなことを胸に誓ったおれのすぐそばで、そうしろよい、とけらけら笑ったマルコの手が、ちゃぷりとまた酒瓶を揺らした。



end


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