副船長が酷い
※主人公はロジャー海賊団の見習い(無知識トリップ主)
※若レイリー注意
びゅうびゅうと、風が吹く。
湿り気を帯びた大気の圧力で木々が枝や幹を圧し折られんばかりにねじ曲がり、草や葉のこすれあう耳障りな音が風の音へと紛れ込んだ。
踏みつける落ち葉達が湿っているのは、先ほどから何度も雨が降ってはやんでを繰り返しているからだ。
「サイクロンってすっごいですねェ、副船長」
両手に荷物を抱え込み、海側から吹き付ける風に背中を押されながら歩いて、俺はそんな風に呟いた。
そうだなと答えた副船長は、俺より多くの荷物を持っている。
オーロ・ジャクソン号がこの島へとやってきたのは、ほんの数時間前のことだ。
大きなサイクロンが近寄っていて、このままでは航行が不可能だと判断したのは航海士だった。
どこかの島へ避難せねばと話が出たとたんにこの島が見つかったのは、きっと我らが船長の幸運の賜物だろう。
うまい具合に避難できる洞穴も見つかったので、俺達はそこへ物資を運んでいるところだった。先住熊がいたらしいので、今日は熊鍋だ。
「今日から二日くらい、島へ籠るんですよね?」
「見立てではそうだな。通り過ぎるのが早ければ、出発はもう少し早いかもしれないが」
やれやれとため息を零す副船長に、そう言うもんですかと頷いた。
台風なんて、本当に久しぶりだ。
『前』の世界だったら交通機関がどうなるかを気にしてテレビをつけたものだったが、この世界にはテレビもないし、気象衛星からの情報を基にした天気予報や台風の進路予想もない。
こういうときは不便だなァと思うのだが、無いなら無いで何とかなるのが世の常だ。
耳に触れた風が通り抜けながら音を立てて、そのわずらわしさに少し顔を逸らせると、副船長がちらりとこちらを見た。
「どうした」
「いや、風がうるさくって」
聞かれた言葉に答えつつ、肩を竦める。
片手で耳を押さえたいくらいだが、両手は荷物で封じられている。
まあ今日の宿へ入ればこれも解決するだろうと考えて、落ち葉を踏みしめる足に力を入れた。
「なるほど、確かにな」
「風が強いってのも考え物ですよねェ……おっと」
相槌を打ってくる副船長へ言いながら歩いたところで、後ろから吹き抜ける風がぐいと背中を押しやる。
そのことでさらに足を進めやすくなった俺は、数歩副船長より先行して、副船長の前に陣取るような位置を取った。
どうせなら、このまま俺が先頭を歩いて道を作ってしまおう。森の中でも、少しは踏み固められた道があれば、後続になる副船長だって進みやすいはずだ。
そのまま道を開くために先へ進もうとすると、おい、と声を掛けた副船長がすぐに俺の傍へ並んだ。
「先行するなと言っただろう」
船を降りた時に言われた言葉を繰り返して、副船長がため息を零した。
「全く、お前もシャンクスもバギーも、すぐに勝手をする」
「ええ……? 俺は、シャンクスやバギーよりは聞き分けいいと思いますよ」
失礼なことを言われたので言い返すが、どうだろうな、と鼻で笑われてしまった。
シャンクスやバギーというのは、俺と同じくオーロ・ジャクソン号に乗っている、俺の同僚である見習い達だ。
ちなみにあいつらは俺より先に島へ降りていて、今は多分『狩り』をしている。
洞穴の主を仕留めたのが他のクルーだったので、それにかこつけてまたお互い張り合っているのだ。
そんなことより荷物を運べよと俺は言ったのだが、男と男の勝負なんだと言われてしまったので諦めた。
男と男の勝負では仕方ない。
みんな俺やシャンクスやバギーを子供扱いするが、俺達にだって面子はある。
「諌めなかったんだから同類だ」
「副船長が理不尽だァ……」
きっぱりと寄こされた言葉に口を尖らせると、副船長は軽く笑い声を零した。
※
洞穴にたどり着いた俺達が軽く仕度をした頃、仲間達も続々と同じ場所へとやってきた。
ただの熊の縄張りだったらしいそこを少し広げて、みんながちゃんと休めるように準備も出来た。
風が強くなったところで洞穴の出入り口にはバリケードを張り、密閉した場所で火をたくのは危険だからと灯り用の夜光石をいくつか転がしてある。
食事も終えて、何人かは酒盛りを行い始めて、俺もその傍で酒を分けてもらいながら、酔っ払い達の話す面白い話を聞いていた。
それがいつの間にか眠ってしまっていたらしいと分かったのは、ふと目を開いた時のことだ。
「起きたか」
「……んえ、あれ……副船長?」
上から落ちてきた言葉に、思わず漏れた声が寝起きの掠れ方をしている。
ゆっくりもぞりと身じろいで、俺はその場から起き上がった。
体にかかっていた薄い毛布が少しばかり落ち、膝にかかったそれを見下ろしてから、もう一度傍らを見やる。
「……副船長?」
なんで俺は、この人の膝の上にいるんだろうか。
生まれ直したこの世界で、まだまだ大人と呼ぶには若い体は確かにそこまで大きくはないが、副船長だって巨人族やミンク族ほど大きな体はしていない。
現に俺の足は副船長の膝の上から零れ落ちている状態だった。
別にそれは良いのだが、いや良くないが、それよりも疑問なのは、何故副船長が俺を抱え込むようにしているのかだ。
しかも他のみんなより程よく洞穴の出口に近い、少し離れた場所にいる。
すぐ傍らに夜光石があるせいかまざまざと分かった状態に身じろぐと、お前が乗り上げてきたんだろうと副船長がため息を零した。
「え、俺が……?」
まるで身に覚えのない事実に、ぱちりと目を瞬かせる。
「酔っていたようだったがな。眠いと言い出して近寄ってきて、わざわざ人の膝の上に乗り上げただろう」
地面は固いから嫌だとわがままを言っていたなと続いた言葉に、俺はどうにか記憶を辿れないかと努力した。
確かに、酒を飲んで酔っ払っていた自覚はある。
話を聞くのは楽しかったが、だんだんと眠気も出てきて、寝ようとして、しかしいつもより硬い寝床に不満を持った覚えもある。
それでも、最初に寝床にしようと思ったのは、二人いるミンク族の上だったような気がする。
しかしそこにはすでにバギーとシャンクスが転がっていて、羨ましいから退かして奪おうと考えて。
『眠っている人間に無体を強いるんじゃない。こっちへ来い』
「…………あれ? 副船長が呼びましたよね?」
「……覚えていたか」
ち、と舌打ちが聞こえたが、気のせいだと思いたい。
よいしょととりあえず副船長の膝を降りた俺は、膝に残った毛布をそっと副船長へと掛けた。
それから少し入り口の方へと近寄って、バリケードの向こう側を確認する。
真っ暗な外はどうなっているのか分からないが、風に吹かれた大粒の雨がバリケードを叩いているのは分かった。
「ちょうど真っただ中ですね」
「そうだな。まだ中央に入った様子もない」
この分では通り抜けるのに一日以上掛かるかもしれないなと続いた言葉に、俺も頷いた。
それからそろりと副船長の隣へ戻って、そのまま座り込む。
「もう寝ないのか」
「目が覚めてきたんで、もう少ししたらまた寝ます。副船長は寝ないんですか」
「どこかの誰かにベッドにされたんでな」
「だから、それは自分でさせたんですよね?」
シルバーズ・レイリーという名のこの人は、基本的には破天荒な船長の抑え役なのだが、どうにも時折理不尽なことを言う。
シャンクスとバギーに訴えても伝わらなかったが、ロジャー船長にはめちゃくちゃウケたので船長にも心当たりがあるはずだ。
今も多分真ん中あたりでぐっすり眠っているんだろう船長がいる方を見やってから、俺はそのまま視線を傍らへ向けた。
夜光石が照らしてもいまいち薄暗い洞穴の中で、俺の視線を受け止めた副船長がちらりとこちらを見下ろす。
どうした、と視線に問われた気がして、俺はみんなが眠っている方を指で示した。
「酒が必要なら拾ってきますか」
みんな楽しく酔っぱらって眠ったようだが、開いていない瓶の一つや二つあるだろう。
思い出してみると、副船長はあまり酒を飲んでいなかった気がする。
しかし俺の言葉に、いや、と副船長は首を横に振った。
「全員が酔って眠ってしまっては、何かあった時に対処が遅れる可能性もある」
「えー、でも、酔っててもみんな結構起きますよね」
船で酒盛りをしている時だって、敵襲などがあればそのまま戦闘へもつれ込むのだ。
俺は少し弱い方なので船ではあまり飲まないが、仲間達はみんなしっかり飲んでいる。
副船長だって似たような感じだっただろうと言葉を重ねると、副船長が少しこちらへ体を傾けた。
「なんだ、おれを酔わせたいのか、ナマエ?」
囁くように言葉を寄こされて、俺は目の前の顔をじっと見つめた。
薄暗い場所では、目の前の相手の顔色までは分からない。昨日も遅かったみたいだから疲れた顔をしていそうなものだが、それすら見えない。
しかし、わずかに漏れた呼気から香ったアルコールに、なんだ、と思わず眉を寄せた。
「すでに酔っぱらってるんじゃないですか」
いつ飲んだのか分からないが、副船長もしっかり酔っていたらしい。
そういえば、そうでなくては俺を膝で眠らせるなんて馬鹿みたいな行動はしないだろう。
全然気づかなかったなとため息を零してから、俺は少しだけ副船長との距離を開けた。
そのうえで、こちらに傾いていた頭を両手で捕まえて、ぐいと引っ張る。
「!」
副船長が息を飲んだような気配がして、そのまま倒れた体が、俺の方へと寄りかかってきた。
座っていた位置を少し調節して、胡坐をかいた自分の膝の上に相手の頭が乗ってしまうようにする。
「はい、じゃあ膝を貸してあげますから、寝ちゃってください」
動かした手で強引に相手の顔から眼鏡を奪い、折りたたんだそれを自分の服の胸元に掛けた。ここなら、間違って壊して怒られることも無いだろう。
俺の手を追うように動いた副船長の手が、途中であきらめたように降ろされる。
「……なんだ、この扱いは」
唸るような声は小さく、もぞりと身じろいだ副船長は、毛布を自分に掛け直した。
「お前は本当に、時々おれを年上と思わない扱いをするな」
「そんなことないですよ、副船長」
落ちた言葉にそう返しつつ、俺はそっと片手を副船長の頭に添えた。
片手でそのまま右耳を軽く塞いだのは、洞穴の入り口のバリケードが、風が吹きつけるたびに音を立てるからだ。左耳は俺の膝へ押し付けられる格好になっているので、騒音対策は万全だ。
「…………硬い」
副船長は、俺の手を引きはがそうともせずに、そんな文句を言った。
それが床に対してなのか俺の膝に対してなのかは分からないが、どちらにしてもどうしようもないことなので、我慢してください、と言葉を落とす。
わずかなため息が副船長の口から漏れて、ぺち、と俺の膝小僧が叩かれた。
「もっと柔らかくならないのか」
「俺男の子なんで無理ですね」
どうやら先程の文句は俺の膝へのものだったらしい。
やっぱり、副船長は理不尽だ。
それでも、酒の力は偉大だったのか、そのまましばらく待っていたら小さく寝息が聞こえてきたので、俺は少しの間、副船長の枕という役目を果たした。
お役御免となったのは、シャンクスやバギーが起きだしてきて、その気配に気付いた副船長が目を覚ましたからだ。
もう少し休んでいても良かっただろうに、まったく、あいつらは騒がしいお子様である。
end
戻る | 小説ページTOPへ