嫌いじゃない (1/7)
※若サカズキさんと先輩
※敵キャラ、他部下、給仕女性など名無しオリキャラが出たりするので注意
※暴力的な表現、スプラッターな表現などが微妙にあります
俺が別の世界へ来てしまったのがどうしてなのかは、全く分からない。
ただ、ここが俺の生まれ育った世界でないことだけは、随分と早くに発覚した。
何せ、ギネスブックに載っていてもおかしくないような大きさの生き物が海を泳いでいたのだ。あれだけ大きくて不思議な姿をしていればテレビでだって取材されるだろうに、俺は今まで見たことが無かった。
身の回りの植物たちも殆どが知らないもので、最初は食べるものを探すのにも苦労した。
何か『主人公』的な要素があるわけでもなく、明らかにうっかりとここへやってきてしまった風の俺には、現状、帰り方すら分からない。
無人島で数か月を過ごし、運よく通りかかった船に助けて貰った頃には俺はそう理解していた。
どうにも、この世界には奇想天外な島がいくつもあるらしい。
それなら、どこかの島でなら、俺が元の世界へ帰る方法だって見つかるかもしれない。
『旅行』で島々を回ろうにも先立つものが無いから、どうせならそういう職業についた方がいいんだろうか。
世話をしてくれた人に少しばかり相談したら、『海賊』か『商人』か『海兵』になるしかないんじゃないか、と言われた。
どうやらこの世界には『海賊』なるものがいるらしい。
まるでどこかの漫画みたいな話だ。
それなら、どうせなら正義の味方になってみようかな、なんて軽い気持ちで『海軍』へ入隊したのが、つい数年前のこと。
どうやら本当にここがあの『漫画』と同じ世界だと気付いたのは、入隊してからしばらく後に遭遇した未来の『英雄』に強く背中を叩かれた時のことだ。
しかし彼は随分若くて、きっと俺が知るあの『漫画』の世界はこれから随分先になるんだろうということが分かった。
それならまあ、色々なものに備えながら生きていこうかと、そう考えていたのだ。
できる限り被害を小さくしながら頑張っているうちに、小さな隊も任されるようになった俺のところへ新たな『部下』の書類が回ってきたのは、それなりに戦える海兵となった頃のこと。
目の前に出された書類とそれに添えられた写真に、軽く首を傾げる。
「……自然系能力者ですか」
「ああ」
悪魔の実と呼ばれる果実を食べた超能力者が、この世界には大勢いる。
その中でも随分と強い能力であると位置付けられた自然系でも、書類に記載されているその能力は、敵以外も巻き込みやすいものであると書かれていた。
マグマグなんて可愛い名前がついているくせに、書類に書かれている文面と写真に写っている鬼神のような姿には容赦というものが存在していない。
いっそ断りたいほどだが、多分断る自由は無いのだろうと判断して、俺は書類と写真へ向けていた視線を上官へ向けた。
厳しい顔をしている相手へ、それでは、と言葉を落とす。
「僭越ながら、お願いがあります」
「何だ」
「消火器を配備する許可を頂きたいのです」
「……消火器?」
怪訝そうな声を出した相手へ、訓練する時間も欲しいと控えめにお願いする。
天下の海軍本部が火災でどうにかなるなんて問題だし、焼死なんて苦しい思いはごめんなのだ。
※
「まァ、とりあえずこれからよろしく頼む」
笑顔でそう言った俺に対して、寄越された返事は睨みだった。
サカズキという名前のその海兵は、どうにも不愛想な奴だった。
どうして海兵になったのか、という問いには『海賊を殺せるから』という単純明快かつ根の深そうな回答があり、どこぞの上官が使うのと同じ言葉で海賊を罵るその様子には一切の迷いも無い。
俺が任されている分隊は海賊を殺すより民間人の逃走や自身の命を優先することの多い隊で、恐らくそれを聞いているんだろうサカズキは明らかに不服を感じている様子だった。
しかし、俺の一存で隊を変えてやることは出来ないんだから仕方の無いことだ。
軽く肩を竦めて、とりあえず分隊内で回覧している文書の束を一つサカズキへと差し出す。
「次の遠征は三日後だ。予定はこれで確認しておいてくれ」
初めて本格的に代表することになる遠征に眉を寄せていたのだが、この予定を組んだ時から恐らく、上官殿はこの海兵を俺の分隊へ在籍させるつもりだったに違いない。
遠征で討伐する対象は小さな島を踏みにじっている海賊で、つい一週間前、島から逃れることのできた子供が助けを求めて、やっと裏が取れたらしい。
俺や他の海兵達はみんな人命救助に力を入れて、前線は恐るべきマグマ人間たるサカズキの好きにさせろと、まあそう言うことだろう。
「海賊に対しては、お前に任せるから」
俺としては生かして捕縛したいところだが、こいつはそれを許さないだろうな、と考えながら俺は目の前の新しい部下を眺めた。
悪い人間だってすぐに殺すのはよくない、というのは、俺が教えられて育った『日本』の常識であって、普通ならグランドラインでは通用しない。
だけど、暴力に暴力で返しても自分の拳が痛むだけだし、海軍へ入隊した頃、やむを得ない状況で相手を切ったり撃ったりした後は、数日間は物を食べる気もしなかった。
何年も海兵をしているうちにどこかが慣れてしまったのか、あの頃のようなことはもう無いが、それでもやっぱり、進んで人間を殺すことは出来ないでいる。
俺の言葉に軽く眉を動かして、サカズキがじろりとこちらを見下ろした。
甘いことを言うなと言葉もなく詰られた気がして誤魔化すように笑うと、こちらを見ているその目が少しばかり眇められる。
体格のいいサカズキにそんな風な顔をされると、威圧感がとても強い。
町中のチンピラだったら走って逃げるだろうなと考えるが、サカズキを巡回させるのは気が引けた。
配属の時に貰った報告書には、女性を狙った悪漢を路地を巻き添えにして殺したと言う記載もあったのだ。
同行する海兵が消火器をいくつか抱えて歩く羽目になることは目に見えている。
この世界の消火器は俺の知っている消火器よりも強力だったが、それだって万能じゃない。
それに、こいつにそんなことをさせても仕方の無い気がする。
俺の目の前の海兵は、この世界があの『漫画』の通りに進むなら、いつか海軍大将になり、そして海軍元帥になる男なのだ。
「ただ、俺が撤退してほしい時は撤退してくれ」
「……分かりました」
サカズキから落ちた吐き捨てるような言葉に、よろしく頼むよ、と自己紹介の時と同じ言葉を口にした。
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