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アクマの恋
※主人公は『超・高悪圧思念魔人類』で知らずのうちにトリップ(気付かない)
※若ニューゲート注意
※超人学園との混合


 『超・高悪圧思念魔人類』、通称『悪魔』。
 それは、誰かがオレ達へ付けた名称だった。
 巨大な木の根に城を築き、地下深い場所にある魔界ですべてを支えるこの木を守り、地上世界の大体の生き物より長い年月を生きている。
 魔皇と明皇の交わした条約を違えてはならないと教えられているからこそ、『地上世界』の輝きを知る者はほんの一握りだ。
 それでも憧れて魔界を出ていく者はいたし、きっとオレのことも、そう思われているんだと思う。
 しかしオレは、声を大にして言いたい。
 『オレは部屋で寝ていただけなんだ』と。

「……『海』ってすごいな……」

 魔界には無かった巨大な水たまりを眺めて、オレはしみじみ呟いた。
 水たまりはどこまでも続いていて、空の青さを反射して輝いているように見える。
 目が覚めた時、オレはまるで見たことのない場所に倒れ伏していた。
 どこにも灯りが無いのに明るい周囲、吹き抜けた風、見たことのない植物と真上に広がる青にそこが『地上世界』だと認識したのは、わけのわからない状況で十分ほどぼんやりしてからのことだ。
 思わず自分の尻尾を引っ張ってしまったが、とても痛かったので間違いなくこれは現実だ。
 わけもわからないままぼんやりしていたら悪そうな顔の心優しい人間が現れて、持っていた武器と有り金と情報を全部置いて行ってくれた。
 ここは『島』で、周囲は『海』と呼ばれる水たまりで囲われているらしい。
 一人の情報だけを信じてはいけないと思ったので立ち寄った村でも聞いてみたが、村の人々も大体似たようなことを言っていた。
 そして、どうもこの世には、オレ達とはまた違う『悪魔』がいるらしい。
 逆に、誰も『超・高悪圧思念魔人類』という名称を知らなかった。
 誰かがオレ達へ振った分類であるはずなのに、おかしな話だ。

「……うーん……オレは泳げるんだろうか」

 村を離れて歩いた先、高台に登ったところで見えた青い『海』を見ながら、ぽつりと呟く。
 どのくらいの深さなのかは知らないが、さすがにバスタブ程度の深さということは無いだろう。
 足もつかないとなれば泳ぐしかないのだが、泳ぐのなんて子供の頃バスタブでやったきりだ。
 船というのに乗った方がいいんだろうが、親切な人に船を貰ったとして、オレがそれを漕いで行けるとは思えない。
 仲間というのを見つけた方がいいんだろうかと、そんなことを考えたところで、マントの下でぴこりと尻尾が動いたのが分かった。
 顔がにやけたのも分かったので、慌てて引き締めようとしているがうまく行かない。
 だってそうだ、仕方ない。
 明けの平和条約がある以上、地上世界なんて、一生歩くはずのない場所だったのだ。
 帰り方を探すまでの短い時間だが、それならそれで楽しまないでいられるか。
 帰ったらまたずっとあの木を守って暮らすのだと思えば、色んな思い出を作ってから帰った方がいい。
 座り込んでいた場所からうきうきと立ち上がって、港というのがあるところへ向かうために足を動かす。
 初めて歩く『地上世界』に年甲斐もなくはしゃいでいたオレが、運命の出会いを果たしたのは、それから一時間ほど後のこと。







「『海』、だぁあああああ!」

 港のある集落へとたどり着いたオレが、すぐさまその場から駆け出したのは、目の前に広がる大きな水たまりに、もはや我慢もできなくなったからだった。
 だって『海』だ。どんな味がしてどんな感触でどんな温度なのか、何一つ知らない。
 感情をコントロールするのは得意ではないが、早く駆けたい一心で焦燥を速さに変えて、素早くその場から疾走する。

「とう!」

 そうしてそのまま集落の先の水たまりに張り出した橋から『海』へ飛びこんだオレは、じゃばん、と音を立ててオレを受け入れてくれた『海』が、とんでもなく深いことを知った。
 目を見開いて見下ろした先に、底が見えない。
 驚いて開いた口から泡が漏れて、慌てて水を掻く。口に入った水がしょっぱい。
 じたばたと両手も両足も動かしたらどうにか水面へ顔を出すことが出来たが、そこで遭遇したのは、目の前の壁だった。
 なんということだ。登る場所がない。オレが飛び込む時に踏んだ橋の上にすら、水面からでは手が届かない。
 さらに言えば、両手も両足もじたばたしていないと、体があの底なしの暗闇に引っ張られてしまいそうだ。
 緊迫で強化した手を使って壁に穴をあけようとしてみたが、うまくいかない。テンションがあげられないのだ。

「た、たすけて……!」

 自分があまり泳げなかったという事実に体が冷える。どうにも自分が助かる未来が見つからない。
 地上世界は恐ろしいところだ。
 どうしよう、とじたばた動きながら涙目になっていたら、ひょいと伸びてきた何かがごつりとオレの頭を小突いた。

「いっ ……ぶはっ!」

 攻撃に思わず体が水へと沈んで、慌てて水面へ顔を出す。
 そこで目の前にあったのは棒の先端で、こんなに人が慌てているのに攻撃をぶちかましてきた相手を圧し折ってやろうと、オレは両手でその棒を握りしめた。
 しかし、オレがそのままそれを圧し折る前に、ぐい、と体が上に引っ張られる。

「へ? うわ、わ!」

 驚く間もなく、オレの体は水を離れて中へ浮き、ぶらりと両足が揺れた。

「何をしていやがるんだ、テメェは」

 呆れた声音で言葉を零したのは、大男だった。
 おかしい。オレの何倍もありそうな体をしている。
 オレの知る悪魔達だって、こんな大きさはしていない。
 オレが掴み、今現在宙へ浮く為の頼みの綱となっている棒は、大男が持っている武器の柄の部分だった。
 ぐいと引っ張られてされるがまま、オレの体が『海』の上を移動して、それから地上へと降ろされる。
 そっと触れた足に力を入れ、佇んだオレが手を離すと、男は出していた棒をくるりと回して引っ込めた。先ほどまで後ろに向いていた刃の部分が、しっかりと下を向く。

「た、助けてくれて、あの、ありがとう……」

「まァ、別に大したこたァしちゃいねェ」

 おずおずと礼を言うと、大男はあっさりとそう言った。
 悪魔一人の命を救っておいて、そんなことを言い放つ男に、オレの中の何かがぎゅんと音を立てた気がした。
 じわ、と体の内側で煮えた熱が、ゆるりととぐろを巻いていく。

「この海にああも無防備に飛び込むたァ、随分と世間知らずだな、テメェは」

 『グランドラインの恐ろしさを知らないのか』と聞かれたが、グランドラインというものが何なのか分からないので、曖昧に首を傾げる。
 頭を動かすと少し額がひりついた気がして、オレは片手をそこへと添えた。
 じりじり痛いそこは、先ほど棒の先にぶつけたところだ。
 押すと少し痛いのは、たんこぶでも出来てしまったからだろうか。

「どうした? あァ、さっきぶつけちまったところか」

 どうにか治せないかと片手を添えたオレを見下ろし、そう呟いた大男がひょいと身を屈めた。
 大きな顔が目の前にやってきて、驚いて身を引くオレを気にした様子もなく、伸びてきた大きな手がオレの頭を軽く掴む。

「見せてみやがれ。……大丈夫だ、血は出ちゃいねェ」

 濡れて張り付いた前髪を軽く分けて、患部を確認した大男はそう言ってにやりと笑った。
 それを目にしただけで、先ほど感じた熱がむらりと燃え滾ったのを感じた。
 ゆるりと指がオレの額を撫でて、それから離れる。

「男ならその程度の怪我を痛がるんじゃねェぞ、坊主」

 そんな風に言いながら、大男はポンとオレの頭へ手を乗せた。
 その言葉で、どうやらオレを子供だと思っているらしいということは理解した。
 『超・高悪圧思念魔人類』は地上世界の生き物に比べて長生きで、体の時間もそれに合わせて進む。今のオレは、大男からすればただの子供に見えるだろう。
 つまりは対象外だ。
 そう分かっていても、煮えたものがさらに熱へと変わっていく感覚は、オレに嘘を吐かせない。

「好きです」

 素早く両手を動かして、自分の頭から離れた大きなその手を掴み、オレは目の前の相手へそう告げた。
 ぽかんと目を丸くした相手が、オレの顔を見て少し戸惑った顔をする。
 何故だかは分からないが、オレは気にせず両手の力を込めた。だってそうでもしなければ、この口から熱が塊となって出ていってしまいそうだった。

「めちゃくちゃ好きです。助けてくれたお礼に、嫁か夫にしてください」

 子供は三人欲しいです、と真剣に続けた言葉に、何故だか頭を叩かれた。解せない。







 『悪魔』は感情をエネルギーに変換する。
 怒れば電撃、悲しめば冷気。調子に乗れば周囲をてかてかと光らせることもあるし、慈愛が傷を癒し、身の内に巣くう恋と劣情はそのまま熱に変換される。

「だからオレを連れて歩いたら便利だと思うんだ!」

「人の船の帆に大穴あけておいてどの口が言いやがる」

 呆れたように言い放った大男に、だからこうして直してるじゃないか、と両手を使ってアピールした。
 大体、もはや耐えきれなかった恋熱を空へ向けて放ってしまったのだって、半分くらいはオレのことをひたすらにときめかせたこの大男が悪いのだ。オレだけじゃないと思う。

「いいからさっさと手を動かしやがれ、馬鹿ナマエ」

「はァい」

 呆れたようにため息を吐かれて、とりあえずせっせと両手を動かして、開いた穴を塞いでいく。向かいでは、船の主も同じように手を動かしていた。
 エドワード・ニューゲートという名前だった大男は、村でひたすらに付きまとって最後はそのまま船に乗り込んだオレを、仕方なく受け入れてくれたようだった。
 これはもう後はねんごろになってスポポポンと三人くらい子供が出来そうなものだが、まだ結婚はしてくれないらしい。地上世界って難しい。

「エド……ニューゲートは、手先も器用だな」

 オレがやるより丁寧に繕われていく帆を見て呟くと、テメェが雑なんだ、とエドワードは低く唸った。
 そうかなと首を傾げつつ、もう少し丁寧に出来るよう気を付けながら針を動かす。
 無機物にも慈愛が効くならもう少し綺麗に出来たのだが、オレ達の感情エネルギーは壊すことに特化していて、癒しの力は生きている者にしか効果がない。

「それで、テメェは『アクマ』なんだつったが、その目は『アクマ』特有のもんなのか」

「魔眼か? うん、そうだ」

 エドワードの両目とは多分雰囲気が違うだろう目を向けて、オレは頷いた。
 魔眼と呼ばれる『悪魔』特有のこの両目は、テンションで簡単に変化する。
 親や兄弟が思念を扱うところを見ていたら簡単に分かることだし、日常だから気にしていなかったが、どうやら地上世界では珍しいものらしい。
 エドワードは『海賊』という職業であるらしいから、オレの目が珍しいのを気に入ってくれたらいいなと期待して視線を向ける。くり抜かれるのは困るが、横に置いて飾りたいと思わせたらもう勝利は確定したようなものじゃないだろうか。
 しかし『そうか』と相槌を打ったエドワードは、気にせず帆の修繕を行っていた。

「おれが食った『悪魔の実』とはまた別モンみてェだな。相変わらず、この海じゃおかしなことがありやがる」

「エド……ニューゲートも『アクマ』なのか?」

 それにしては尻尾が見えないと視線を向けると、エドワードが肩を竦める。

「おれァ『悪魔の実の能力者』だ。『アクマ』じゃねェ」

「?」

 よく分からず首を傾げたオレの向かいで、エドワードは最後のひと針を終えたようだった。
 残りは頑張れよと言いながら立ち上がった相手に、慌てて自分の両手を動かす。
 本当はどこまでもついていきたいが、任された仕事を放り出していったら呆れられてしまう。妻になるにしても夫になるにしても、それは良くない。好感度は大事だ。
 昔本で読んだ、年下の男に尽くす嫁を思い出しながら、丁寧に針を使う。
 少し不格好だがようやく帆の穴は塞がって、広げたそれに満足したオレは、そっとそれを畳んだ。

「エドワード! 違ったニューゲート! 終わった!」

 ばっと持ち上げたそれを手に駆け出して、船の主のところへ運ぶ。
 小さな船の中に入ってすぐの場所で、『海』の地図の横に不思議な形のコンパスを置き、針路を確認していたらしいエドワードが、飛び込んできたオレを見やってグラララと笑った。

「やりゃあ出来るじゃねェか、ナマエ」

「もっと褒めてくれ!」

 向けられた笑顔に嬉しくなって、帆を持ったまま相手へ飛びつく。
 そうすると大きな手ががしりとオレの頭を捕まえて、おざなりにがしがしと撫でた。
 それだけでもとんでもなく幸せなので、口元が弛むのを止められない。
 カッカッと胸の内が熱を持ったのを感じて、そこでオレは身を引いた。

「また恋熱出そう」

「やめろアホンダラァ」

 べち、と頭を叩かれたが、頼んだら褒めてくれるエドワードも悪いと思う。
 口を尖らせたオレを見やり、エドワードはため息を零した。

「次の島まで距離がある。これ以上帆を傷つけたら許さねェぞ」

「エド……ニューゲートに怒られるのは困る……褒められたい……」

「だったら大人しくしていやがれ」

 きっぱりと寄こされた言葉に、はいと大人しく返事をした。
 帆に穴をあけたせいで、なんだか困った子供扱いをされている気がする。
 絶対にオレの方が年上なのに、これは困ったことだ。
 こんなだからエドワードに名前を呼ばせてもらえないのだろうか。
 『変な感じがしてくすぐってェからニューゲートにしろ』と言われてしまってから、オレはずっとエドワードを『ニューゲート』と呼んでいる。
 少し寂しいが、名実ともに伴侶となればオレもナマエ・ニューゲートになるんだから、そうしたら『エドワード』と呼んでも許されるに違いない。
 となれば、オレはエドワードに認められなくては。

「……あの、他にも何かオレが出来ることってあるか?」

「ん? あァ、そうだな。見張りをしてろ。船影が見えたら呼べ。相手が海賊なら狩りだ」

「分かった!」

 与えられた仕事に拳を握って頷くと、エドワードがわずかに笑った。
 見とれてしまうそれからどうにか目を引きはがして、帆を片付けつつ、次の仕事へと向かう。
 見張りとなると高いところから見るのがいいから、とマストへよじ登り、頂上に座り込んで、見渡す限りの『海』を見つめて目を凝らした。
 気合を入れて目を凝らしていたオレが、良い天気にうっかり転寝しかけてマストから落ちたのは、それから一時間くらい後のこと。
 とんでもなく怒ったエドワードは、しかし落下したオレのことをすごく心配してくれたようだったので、オレの身の内に巣食う熱は冷めることを知らないのだった。



end


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