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良き仕合わせを一つ、二つ
※『夢の島からの脱出』と同じ設定
※『夢の島からの脱出』以前→乗船くっつき後



『あれ、それじゃあ今日はニューゲートの誕生日じゃないか?』

 いつもの会話のあと、教えて貰った日付に気付いて俺がそう言った時、ニューゲートは珍しくその目を丸く見開いた。
 案外明るい星々の光に照らされたその顔が不思議そうな表情を宿し、その目でしげしげと俺を眺めて、何でそんなことを知っていやがる、と口にする。
 放たれた言葉に首を傾げてから、だってほら、と俺は両手をニューゲートの顔の前に掲げて見せた。

『しー、ろーく、で白ひげ。だろ?』

 いつだったか、コミックスで見かけた語呂合わせである。
 ここ何回か会う間に生えたニューゲートの髭は、元々毛色が薄いのか、丁寧に整えられた『白ひげ』だ。
 これを示すのはお前しかいないじゃないかと笑って言えば、俺の両手と俺の顔を眺めたニューゲートが、やれやれとため息を吐いた。

『……偶然の語呂合わせで当てられちまうたァな』

 少し複雑そうな顔をしている相手に、ははは、と笑う。
 本当は偶然なんかじゃないけど、今それを言ったって仕方ない。
 だから俺はその代わり、ニューゲートへ向けていた両手をひょいと自分の目の前に掲げた。

『ん……っ』

『…………何をしてやがるんだ?』

 ぐぐっと指先に力を入れて気合いを込める俺の横で、ニューゲートが不思議そうな声を出す。
 それを放っておいてしばらく同じようにした俺は、しかし両手の中に何も生まれないことを確認して、はあ、とため息を吐きながら両手を降ろした。

『せっかくだから、ケーキの一つでも出てこないかと思ったのに』

 本当に『夢』の世界なら俺の望み通りになってくれてもよさそうなのに、俺の両手は何一つ生み出さない。
 あまり甘いものを食べないから、うまく想像出来ないのが悪かったんだろうか。次回の為にケーキ屋でもめぐってみるべきか。
 それとも、やっぱりここは、ただの『夢』ではないんだろうか。
 俺が眠りにつくたび訪れるこの島で出会うニューゲートが、俺の言葉に『そんな芸当ができるのか』と面白そうに言う。

『できる気がしたんだ』

『『気』がしただけでそんな真似が出来たら苦労はしねェなァ』

『全くだ……』

 放たれた言葉にがくりと肩を落としてから、ごめんな、と傍らに謝った。
 何の謝罪だ、と問われたので、ちらりと視線をニューゲートへ向ける。
 俺よりずいぶん体の大きなニューゲートは、体格に似合った穏やかな目をこちらに向けていた。
 それを見あげながら、返事をするために口を動かす。

『せっかくの誕生日なのに、何にも祝ってやれないで』

 すでに『家族』が出来ているらしいニューゲートのことは、きっと離れた場所にあると言う船に置いてきた『家族』達が祝ってくれるだろう。
 絶対にそれには敵わないとしても、軽い贈り物くらいはしたかったのに。事前に次に『行ける』日付が分からないと言うのはこういう時に不便だ。
 はあ、とため息を零した俺の横で、なるほど、とニューゲートが呟いた。

『そういや、まだお前ェには祝われてねェなァ、一言も』

『あ』

 そういえば確かに、『誕生日』だと気付いたのに『おめでとう』の一言も言っていない。からかうように落ちた言葉でそれに気付いて、慌てて体をニューゲートへ向けた。

『誕生日おめでとう、ニューゲート』

 取り繕うように言って、心からおめでたく思ってるぞと拳を握る。
 真剣な顔をしたはずなのに、俺を見下ろしたニューゲートはその口元をにやりと弛めていた。
 明らかに信用していないその顔に、本当だからな、と言葉を重ねる。

『時間を合わせられないのが悪いんだ。ちゃんとお前の誕生日当日だって事前に分かってたら、もっとちゃんと用意してた』

 『向こう』から何を持ち込めるかは分からないけど、それなりに確認や訓練だってしていた筈だ。
 いっそ今から始めてもいいかもしれない。ケーキと添い寝なんかしたら翌朝のシーツがすごいことになりそうだけど、ニューゲートの為なら頑張ってもいい。
 俺の顔を見下ろして、グララララ、と低く笑い声を零したニューゲートが、大きな手で軽く俺の背中を叩いた。

『別に物はいらねェよ。欲しいもんは自分で手に入れらァ』

『そう、か? そうだな……ニューゲートは海賊だからな』

 俺のよく知る海外映画やらの『海賊』よりも全うそうな風貌だけど、確かにニューゲートは海賊なのだ。
 たまにきかせてくれる話にだって、海軍やよその海賊船を襲ったと言う話が混ざっている。金銀財宝より『家族』を選ぶニューゲートにも、『家族』を養うための資金は必要だと言うことなんだろう。
 船に戻ったら、その『家族』に祝ってもらって嬉しそうな顔をするに違いない。
 そこまで考えると、少し寂しい気もした。
 俺だってニューゲートを喜ばせたかったんだなと、そこでようやく気付く。
 いや、『喜ばせたかった』ってどういうことだ。

『…………』

 思わずニューゲートの方から顔を背けて、真正面に広がる暗くて穏やかな海を眺めた。
 少し離れた場所に一隻の船が見える。
 あれがニューゲートの船だろうか。灯りが焚かれているのは、ニューゲートを待っているからかもしれない。
 あそこにはニューゲートの大事な『家族』がいて、ニューゲートのことを待っている。
 『家族』を待たせてまでこうやって会いに来てくれるところからして、多分ニューゲートは俺のことを『友人』くらいには思ってくれているだろう。
 出会った頃はそうでも無かったのに、今はもうすっかり年上になってしまったニューゲートは、俺にとってだって大事な『友達』だ。
 だから、そんな相手を『喜ばせたい』なんて思っても、不自然じゃない。大丈夫だ。
 何となく胸の内でそう繰り返して、うむ、と一つ頷いた俺の横で、それに、とニューゲートが言葉を落とす。
 何に続いた言葉か分からず視線を戻すと、ニューゲートもいつの間にか海の方を見やっていた。
 夜の海の向こうで輝くかがり火と、『元の世界』じゃ見られないような明るい星空がニューゲートの横顔を照らしている。

『当日に会えて、祝いの言葉まで貰った。それで十分だ』

 ゆったりと、どことなく嬉しそうに、ニューゲートがそんなことを言う。
 声を漏らすこともできずに息を飲んで、俺はすぐさまニューゲートから顔を逸らした。
 じわ、と顔が熱くなった気がして、木陰の方に身を寄せる。
 これだけ暗いんだから、影に入れば全く俺の顔色なんて見えないだろう。
 そう信じて、だけどニューゲートがこちらを見たらどんな顔をするかも分からないからニューゲートの方を見れないまま、俺は小さく拳を握った。
 これは、『この世界』では普通の親愛表現なんだろうか。
 いや、そうだろう。そうに決まってる。恥ずかしがってる俺が多分おかしいのだ。だけど、普通、こんなこと当人へあっさり言えるものだろうか。

『……ニューゲートは、謙虚だな。海賊なのに』

『ん? そうか?』

『そうだ』

 俺の言葉へ不思議そうな声を出したニューゲートへ、顔を向けることなくきっぱりと言うと、グララララ、とニューゲートがまた笑った。
 とても楽しそうだったけど、やっぱり何だか恥ずかしかったから、俺はその後中々ニューゲートの方を向くことが出来なかった。







 はあ、とため息を零すと、すぐ横に軽く音を立てて大きな酒樽が置かれた。

「どうした、ナマエ」

 それと同時に笑いを含んだ声を落とされて、どうしたもこうしたも、と声を零しながらちらりと視線を向ける。
 今、間違いなく俺の顔は赤いだろう。触らなくたって熱いのが分かる。
 少しでも熱を下げたいところだが手元には何もなく、仕方なく軽く拳を握りながら、少しばかり口を尖らせて言葉を落とした。

「……ニューゲートは変わらないなァ、と思って」

 今日は、俺がこの船に乗ってから初めての、ニューゲートの誕生日だった。
 やはり俺の今までの予想の通り、船の上のニューゲートの『家族』達は全員が大騒ぎだ。
 それどころか傘下の海賊団とやらからもこの数日はひっきりなしに贈り物が届いていて、その一部は部屋の端に所狭しと積まれている。
 入りきらない分はモビーディック号の甲板にすら並んでいた。
 その殆どが酒だったのは、まあニューゲートが恐ろしいほど酒好きであることを考えると当然だとも言える。
 俺が贈ったのは、他の何人かのクルー達が贈る物をリサーチしながら自分で選んだ、ニューゲートのサイズのグラスだった。
 俺には耳慣れない名前の堅い材質で出来ているらしいそれは、今のところリボンが掛かったまま部屋の端に置かれている。
 選び抜いたそれを用意するのはなかなかに大変で、あちこちのクルーに相談していたから、ここ数日はあまりニューゲートと一緒にいられなかったのは事実だ。
 まさか本人の耳のあるところで相談をするわけにもいかないから、ニューゲートに隠れてこそこそしていた自覚もある。
 プレゼントを運んで来た時、少し驚いた顔をしたニューゲートが『様子がおかしかったのはこの所為か』と笑ったから、喜んでくれたんだと思って嬉しかったのに。

「おれァ、素直な気持ちを言っただけのことだがなァ」

「だからって……人前で言わなくてもいいと思うんだ」

『お前からの贈り物なら、今朝みてェに祝ってくれるだけでも十分だったんだがなァ』

 そんな風に言って、グラララと笑ったニューゲートが俺を引き寄せて膝に座らせ、こちらへ顔を近付けた時、その場にいたのは俺とニューゲートだけではなかったのである。
 焦った俺がニューゲートの顔を押しやりながら顔を向けた時には、ニューゲートの『家族』達はそっとこちらから顔を逸らしていて、更には俺が呼び止めるのもきかずに運び入れたものを置いて静かに去って行ってしまった。
 そしてそれっきり、誰も部屋にやってこない。
 明らかに気を使われたと思うと、何だかもう、なんとも言えない。
 確かに今朝、何となく気分が乗ってそんなことはしたけど、あの時は俺とニューゲート以外に誰もいなかったのだ。
 いくら俺とニューゲートの仲が公認のものではあるとは言え、そんな話を公然とするなんて恥ずかしすぎる。
 部屋から逃げ出したいものの、『家族』達と顔を合わせるのも恐ろしい。

「何だ、二人きりの時に言いやァさせたってのか?」

 酒が入っているからか、それとも今日と言う日だからか、いつも以上に機嫌のいいニューゲートがそんな風に言って、俺の方へと軽く体を倒してくる。
 試すように覗き込んでくるその顔をちらりと見やってから、なんて奴だ、と俺は呟いた。
 俺を置いて年上になってしまったくせに、そんな嬉しそうで楽しそうな顔なんて、しなくてもいいんじゃないだろうか。
 そんな顔をされたら、駄目だとも言えない。

「…………朝のと同じくらいのなら、別にいい」

 だからそう言って、くるりとニューゲートの方へ体を向ける。
 それから近かった顔へ片手を伸ばすと、ニューゲートが更に嬉しそうにその目を細めた。
 暴力も使わずに自分の欲しいものを手に入れるなんて、四皇とやらになるらしいエドワード・ニューゲートは恐ろしい海賊だ。

「……誕生日おめでとう、ニューゲート」

 そんなことを囁いて、そっとニューゲートへ顔を近づける。

「あっちィなァ、ナマエ」

 めちゃくちゃ恥ずかしいことをさせておいて、俺の唇の温度に笑ったニューゲートはひどい奴だったけど、とても嬉しそうだったから許してやることにした。



end


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