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愛玩動物
※そこそこの捏造注意
※主人公はnotトリップ主人公でCP9



 昔、スパンダム長官は象を飼っていたことがあったらしい。
 自慢話の中に混じるそれは、親におねだりして買ってもらったなんて言う自分の富をひけらかす為のエピソードだが、一応彼なりに可愛がっていたようだ、というのがおれの認識だ。
 小象の方にだって、その心は伝わっていたに違いない。そうでなければ、サイファーポールやそういった教育をされていないただの象が、自分の主を銃撃されて、庇って死ぬなんて目には恐らく遭わない。
 おれには理解できない感情だが。

「だからよ、おれァ次に飼うなら、死なねえ象がいいと思ってたんだぜ、ファンクフリード」

「パオン!」

 手入れの合間にそんな話をしている長官に、その手元の剣が鳴き声を上げる。
 ゾウゾウの実を『食べた』象剣を愛でる長官に、おれはどうにかため息を飲み込んだ。
 普段なら『ファンクフリードを鳴かせないでください』と注意するところだが、ここは長官の執務室で、室内にいるのは長官殿と護衛役のおれくらいだ。まだ許されるだろう。
 ファンクフリードはもしもの時の切り札なのだ。よその人間に手の内を晒す必要はない。

「長官、ファンクフリードの鼻は切れ味がいいんですから、触るにしても気を付けてくださいよ。また素手で触って」

「うるせェなナマエ、おれが何年ファンクフリードの手入れをやってると思ってるんだ、怪我なんて……イテェ!」

「パオオオオ!?」

 声を掛けたことで注意力を削いでしまったのか、指先を鋭い切っ先に引っ掛けた長官が悲鳴を上げた。
 明らかに動揺したファンクフリードが、申し訳なさそうに鼻を丸める。
 ため息を零して、おれは置いてあった救急箱と共に長官の傍へと近寄った。

「はい、手を貸してください。こんな傷ただのかすり傷じゃないですか、そんなに騒いで」

「馬鹿お前、こんなに血が出てるじゃねェか! 死んじまう!」

 悲鳴を上げる長官の指からは確かに血が滴り落ちているが、別に指が無くなったわけでもない。
 はいはい、と適当な相槌を落としつつ、おれは長官の手をひょいと持ち上げた。
 箱から取り出したガーゼを当てて、少し強く傷口を押さえる。

「いででででっ」

「パオ、パオオオ……」

 押さえる力が強かったからか、痛みに悲鳴を上げる長官の手元で、ファンクフリードが鳴き声を零す。

「長官、一度ファンクフリードを鞘に納めては? あんまり痛がるから怯えてますよ」

「だからいってェんだよ! ……ああ?」

 眉を寄せて悲鳴を漏らした長官の目が、ぎろりと自分の手にある象剣を見やった。
 寄こされた視線に、ファンクフリードがまた鼻を丸める。
 明らかに怯えを見せるそれを見て、ゆらりと手を動かした長官は、しかし自分へ傷を負わせた相手を床に捨てるでもなく、くるりと回したそれを鞘へと納めた。

「お前は悪くねェぞファンクフリード。急に話しかけてきたナマエが悪ィんだ」

 さらには慰めるようにそんな理不尽を紡ぎつつ、その手がぽんぽんとファンクフリードの柄を叩く。
 それへ答えるようにこぼれたファンクフリードの声は、どことなく安堵したように響いて聞こえた。

「……相変わらずペットには優しいですね、長官」

「あん? 絶対裏切らない武器を大事にすることの何が悪ィってんだ」

 思わず呟いたおれへ、じろりと視線が向けられる。
 それからおれが掴んだままの手がぐいと引っ張られ、痛いからそろそろ手当てを終わらせろ、と言葉が寄こされた。
 それにはいと答えて、触れていた手のあちこちに伝っていた血を別のガーゼで拭い去る。
 押さえたことで多少ましになったらしい傷口に血を止める処置をして、麻酔入りの薬も塗っておく。

「縫った方が早そうですが」

「縫う!? このおれの指を縫うって言ったかナマエ!?」

 絶対嫌だと声を上げる長官に、そうでしょうねと答えつつ手当を施していく。
 この人の手にある傷のうちのいくつかは、今のようにファンクフリードを触ってできた傷だ。
 自分で扱う剣で自分を傷つける間抜けさがおれにはよく分からないが、基本的に素手を晒さないこの人が素手で触るのもファンクフリードくらいなものなので、加減が分からないのも致し方ないことかもしれない。

「大体だな、お前が声を掛けなけりゃァおれだって指を切らなかった! お前が悪ィんだ!」

「はい、そうですね、おれが悪いです」

 ぷんぷん怒り出した長官へ適当に相槌を打つと、なんだその言い方はとさらに怒り始めてしまった。
 この人は喜怒哀楽が分かりやすく、単純だ。
 かつての過去を懐かしんで語って、演技でもなく笑って、ペットを可愛がって、すぐに怒って。
 おれがサイファーポールとして教育されていく過程で置いてきたものを目の前で見せられるというのは、なんとも不思議な感覚だった。
 奇妙な動物を愛でているような気持ちになってしまって、どうにも世話をしたり構いたくなる。
 カリファがこの人をつついて反応を引き出すのも、きっと物珍しいからに違いない。

「そういえば長官、今日ってファンクフリードの誕生日じゃありませんでしたっけ」

「ん? ああ、そうだ! だから今晩はファンクフリードをディナーに……」

「さすがに外でゾウゾウの実を使わせるわけにはいきませんよ。ファンクフリードは奥の手なんですから」

 強制的に話題を変えると、まだ怒っていたはずの長官はすぐさま楽しそうな顔になった。剣に『誕生日』なんて概念はおかしな話だが、目の前のこの人が取り決めた日付だ。
 相手を見ながら注意をすると、なんだと、と眉を寄せた長官がその目をさ迷わせる。

「……なら、シェフを呼んで……」

「民間からですか? その後殺しても良いなら許可もできるかと思いますが……」

 CP9の長官の『秘密』を知るのだ。そのくらいの処置は必要だろう。
 そう考えてのおれの発言に、すぐ殺そうとするな! と理不尽を叫んだ長官が、怪我をしていない方の手でびしりとおれを指さした。

「じゃあナマエ! お前が作れ!」

「……はい?」

「もう決めたぞ! 長官からの命令だ! おれとファンクフリードが満足できる飯じゃねェと許さねェからな!」

 護衛に対してなんとも職権乱用なことを言い放ち、長官が椅子の上でふんぞり返った。
 その腰辺りからパオパオと声がするのは、ファンクフリードも同意だという意思表示だろう。この象は一度教育が必要かもしれない。
 代替え案をいくつか考えて、しかしそれを提案して飲ませる面倒さを感じたおれは、長官の前でため息を零した。

「了解しました。それなりには作れますから、それなりに作ってきます」

「それなりじゃ許さねェ!」

「パオン!」

 騒がしい長官殿とそのペットにはいはいと返事をして、護衛の代役を頼むために小型電伝虫を取り出す。
 前を辞して数時間後、おれが持ち帰った料理は人と象剣両方から『まあまあ』と評価をされたが、しまりのない顔で食事をされて料理は一つも残されなかったので、上々の仕事は出来たようだった。


end


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