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たのしい遠足
※『いと弱きもの』のトリップ系男児とミホーク



「今日は船のらないの?」

 朝目を覚まして、身支度と朝食。
 それらをたどり着いた島の一角にあった宿でこなした後、宿を出た男が向かった先が船着き場の方でないのを見て、ナマエが首を傾げた。
 それを受けて、ああと答えた男がすたすたと足を進める。
 珍しいこともあるものだと目を瞬かせながら、ナマエはそのままぱたぱたと駆けて歩いていく男を追いかけた。
 背中に収めた大きな黒刀と、そしてきっとどこの誰でも見たことのある顔だろう男は、ナマエが追うのをちらりと一瞥した後は、気にした様子もなく歩みを進めていく。
 『王下七武海』の『鷹の目』はやはり有名なのか、行き交う人はみな男を遠巻きにしているようだった。
 『鷹の目』は優しいのにと不満も感じるが、しかしそんなことをいちいち言いまわって歩いていたら、ナマエは男に置いて行かれてしまう。
 ぶんぶんと手を振って足を踏み出し、男と並んだ小さな子供に、遠巻きにしていた島民の何人かが慌てたような顔をする。
 やめろ坊主危ないぞこっちに来るんだと、見ず知らずの子供へ寄こされたわずかな視線と手招きを、ナマエはつんと顔をそらして受け流した。
 その拍子に見上げた先で『鷹の目』が少し笑ったような気がしたが、それを確かめる前に目的地へたどり着いたらしい男が店へ入ってしまったので、ナマエも慌ててそれを追う。

「これを二つ寄こせ」

 食べ物の匂いがするそこは、どうやら弁当を売っている店であるようだった。
 威勢よく答えた相手がそれから慌てたような声を出したので、『鷹の目』に気付いたんだろう。それでもしっかり応対してるので、ナマエのなかでこの店の受付にいる女性は良い人になった。
 いくばくかのベリーを支払い、包むから待てと言われて待ちの姿勢に入った『鷹の目』が、ふとカウンターの内側を見やってから、軽く顎に手を当てる。
 その目がもう一度ナマエを見下ろし、何を考えているか読み取りづらい猛禽類のような眼差しが、ナマエのなにかを検めた。

「……それから、それも一つ」

 言葉と共に壁際を指さした『鷹の目』に、何を買ったんだろうとナマエは目を瞬かせ、ぴょんと『鷹の目』の傍で飛び跳ねて、カウンターの内側を覗き込んだ。







 今日の『鷹の目』は、この島の中央にあるなだらかな傾斜の『山』に目的があるらしい。
 前に買ってもらった靴はすっかりナマエの足になじんでいて、ナマエの小さな頭には帽子も乗っている。
 つい今しがた道端で拾った木の棒を手に持ち、腰に木刀を差した子供は、随分とうきうきとした足取りで均された山道を歩いていた。
 いつもなら『鷹の目』の後ろを歩いてついていくが、今日はあらかじめ目的地を知らされていたし、道は一本道だ。
 時々ちらちらと後ろを振り向くと、同じ道を歩いている『鷹の目』が数歩後ろにいるのも見える。

「そう何度も振り向いていては転ぶぞ」

 何度目かでそう注意を寄こされて、転ばないよと反論しながら、ナマエは土をけ飛ばすようにして歩いた。
 その背中には鞄が背負われていて、その肩からは革紐で斜めに掛けられた水筒がぶら下がっている。ちゃぷりと水音を立てる筒の中には革袋が入っていて、中身はただの水だ。

「今日はおべんとだもん、転んだらぐちゃぐちゃになっちゃうから転ばない!」

「荷物がなくとも転ばぬよう注意を払うべきだな」

 あきれたように『鷹の目』は言うが、分かってるよと答えたナマエの顔は緩みっぱなしだった。
 何せ、鞄の中には二人分の弁当と共に、とても大事なものが入っている。
 少しだけ歩みを緩めて、後を追いかけてきていた『鷹の目』に並んでから、ナマエは傍らの男を見上げた。

「ねー鷹の目、この山のぼったら何があるの?」

「『何』があるのかを確かめに行くところだ」

 『鷹の目』の答えは、山を登り始める前と何も変わらない。
 しかしそれは自分が求める答えではないので、少しだけ眉を寄せて悩んでから、ナマエは言葉を選びなおした。

「じゃあ、鷹の目はここに何があったらいいって思ってる?」

「ふむ」

 寄こされた言葉に、今度は『鷹の目』が考え込む。
 そのままで十歩ほど進み、焦れたナマエが少し口を尖らせたところで、『鷹の目』がちらりとナマエを見下ろした。

「貴様は、何を望む?」

「え? 俺?」

 落ちてきた言葉は答えではなく問いかけで、唐突なそれにナマエは目をぱちぱちと瞬かせた。
 そんなことを急に言われても、ナマエは『鷹の目』が山へ行くというからついてきただけだ。
 ええと、と真面目に考えて、ナマエは『鷹の目』から前方へと視線を戻した。

「うーん……公園とか? 長い滑り台とかブランコとか回るジャングルジムとか、あったらいいなあ」

「回るじゃんぐるじむ?」

「そう! いっかいだけ遊んだことあるよ。なんか古くてキケンで危ないからなくなったんだって」

 大人からの説明を思い出しながらそう言ったナマエに、つまりは遊具か、と『鷹の目』が頷いた。

「貴様は遊びにきたつもりだったか」

「だってなんか、遠足みたいだし」

 落ちる言葉に自分の鞄の紐を触りながら答えて、ナマエは笑った。
 海の上ではなく地面を歩いて、水筒をぶら下げて帽子をかぶって、鞄の中には弁当も入っているし、その上には大事なものまで入っている。『遠足』と呼ぶのにぴったりだ。

「おべんと食べたらおかしも食べようね!」

 ふんわりと甘い匂いを漂わせていた、チョコチップ交じりのクッキーを思い出して言葉を紡いだナマエに、今日は機嫌がいいな、と『鷹の目』が首を傾げる。
 そうは言うが、とても美味しそうなお菓子を買ってもらって、喜ばない子供がいたらそれは嘘というものだ。
 一応ナマエだって、自分がわがままをしてついて行った『鷹の目』に、あれこれとおねだりをしたりしないだけの常識は持っている。ロープだの着替えだの、必要なものは買ってと頼むが、嗜好品がそこに含まれないことは分かっているのだ。
 だからこそ、買ってもらったお菓子を大事に楽しむために、うきうきと足を動かしている。

「はしゃぐのは構わんが、期待を膨らませても肩透かしを食らうだけだぞ」

「いーの! 公園がなくても、それはそれで!」

 そこに何があったって、『鷹の目』と並んで弁当やお菓子を食べることは決まっているのだ。
 何ならナマエの分だと渡された水筒から水を分けてあげてもいい。なぜなら『鷹の目』は、自分の分の水を持っていない。
 木の枝を握ったこぶしを突き上げて、いくつか歌まで歌いながら、ナマエが『鷹の目』と共に山の頂上へとたどり着いたのは、それから一時間もしないうちのこと。
 いくつか岩の転がったそこは見晴らしもよく、木陰は涼しかったので、ひと時の休憩に最適の場所だった。
 『鷹の目』はナマエの傍を離れていかなかったので、恐らくそこには『鷹の目』が『あったらいいな』と思ったものが無かったんだろうと思ったナマエは、『鷹の目』の行動を追及しなかった。
 子供というのは、案外空気を読むものなのだ。



end


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