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ビブルカード
※主人公は海賊王世代1匹狼系海賊(無知識転生トリップ主)
※軽い捏造



 港に大きな船があると気付いたのは、借りて入り浸った宿の部屋の窓を三日ぶりに開き、すがすがしい朝の空気を吸い込もうと身を乗り出した時だった。
 窓から望む港に堂々と錨を下ろしているらしいそれは、誰がどう見ても海賊船だ。
 はためく黒旗のマークは、あちこちで騒動を起こしては仲間を集め海を行く『ロジャー』と肩を並べる海賊ものだった。

「ニューゲートのとこも狙ってるのかァ……」

 『宝島』のうわさを聞いて島までやってきたのだが、これはとても分が悪い。
 エドワード・ニューゲートの海賊団は大所帯で、傘下も多いのだ。
 出し抜こうと頑張ればどうにかできるかもしれないが、生まれ直した第二の人生、俺の信条は『あくせく働かない』である。以前の人生が働くために生きているかのような社畜だった反動かもしれない。
 もちろんたまには働くし金は必要で、海を渡る船を繰る時にきびきび働かないなんてことはないが、一昨日から一週間は久しぶりの陸地を愛すると決めたのだ。
 連中が手を出すなら身を引くことにしよう。何なら、集めてきた情報をそれなりの値段で売り付けて路銀にしてもいい。
 夜になったら適当に大通りでも歩いてみるかな、なんてことを考えつつ窓の内側へ身を引き、そのまま真横のベッドへ倒れ込んだところで、ばさり、と鳥がはばたくような音がした。
 朝からカラスが飛んできたのかと思わず見やった俺の視界に、人が開け放った窓から侵入してくる青い炎が映り込む。
 超常現象この上ないが、見覚えのある炎だ。

「不法侵入はんたーい」

 ベッドに寝ころんだままで声をあげた俺の目の前で、みるみる青い炎が消えていく。

「何馬鹿言ってんだよい」

 炎の代わりに床を踏みつけてそこに佇んでいるのは、胸に大きく『白ひげ』のマークを刻んだ海賊だった。
 朝にふさわしく少し眠たげな眼が、じろりとこちらを見下ろす。

「いや、不法侵入じゃねェか、マルコ坊や」

「誰がボーヤだ」

 指さして指摘すると、眉を寄せた相手にげしりとベッドの端からはみ出ていた足を蹴られて、仕方なく俺はベッドの上に起き上がった。
 マルコの方は窓枠に腰を落ちつけることにしたようで、優雅に座って片足まで組んでいる。この部屋の窓の外には柵もないんだが、危なくはないだろうか。

「朝の散歩か?」

「あァ、どこから探したもんかと思って飛んでたら、獲物の方が顔を出してきやがったんだよい」

 おれが鷲だったら今頃命はねェぞと言葉を寄こされて、へえ、と声を漏らす。
 大通りでも歩けば向こうから寄ってくるだろうと思ったが、まさか朝から探しに来ていたとは思わなかった。
 思わず見やった先で、窓のふちに腰かけた海賊が口を動かす。

「なァ、ナマエ」

「やなこった」

「……まだ何も言ってねェだろうがよい」

 寄こされた言葉の先を読んで返事をすると、不満そうに顔が顰められる。
 そうは言っても、この場でマルコが寄越す言葉なんて、どうせ『観念して『白ひげ』の船に乗れよい』だろう。
 もしかしたら『おれ達の仲間になれよい』かもしれないし、『おれの家族にならねェか』かもしれない。
 三つめは一昨年だかに遭遇した時に言われた言葉だ。プロポーズでもしてるのかお前はと尋ねたくなるくらい真剣な顔だったなと、遠い記憶を思い返してから軽く息を零す。

「俺は一人がいいの」

「……またそれか」

 俺の断り文句を聞いて、マルコは眉間の皺を深くした。
 この世界に生まれ直して、もはや数十年。
 前世の記憶なんてばかばかしい話は誰にもしたことがないが、その頃の『俺』から考えればあまりにも常識はずれな強さを手に入れた俺は、自由を求めて海へ出た。
 うっかりと首に賞金までかかってしまって、まっとうな仕事に就くのは難しくなってしまったが、どちらかと言えば良い方の海賊として生きていくのも、まァ楽しいもんだ。
 のんびりやるのが楽しくなってしまって、今更規律を定められた海軍になんて入隊もできないし、死ぬのはきっと海の上だろう。
 同じ頃に賞金がかかったニューゲートやロジャーとは、たまに出会って酒を飲んだりもする。
 他にも同世代は何人かいたし、一人でうろうろする俺に『うちに来るか』と声を掛けてくる奇特な奴らだって、多少はいた。
 それらの誘いに対する俺の返事は、さっきと同じだ。

「一人の方が気楽だろ」

「咳をしてもひとりだって飲んだくれて泣いてたのはどこの誰だよい」

「素面の時に酒の場での話しちゃう?」

 記憶にない話を引っ張り出されて顔を顰めた俺の横で、マルコが肩を竦める。
 一体いつの話だろう。ニューゲートのところで酒を飲むのはままあることで、酔いつぶされて朝までうっかり寝たことも、そこそこの回数がある。
 新入りの頃から顔を見るたび構っていたマルコに懐かれたのはもう何年も前の話で、ニューゲートの船に乗るたび近くへ寄ってきていたから、酒を飲んで泣く俺に絡まれたんだろう。
 寂しいおっさんの嘆きに同情したのかと見やった先で、別にそれが原因じゃねェけどよい、とマルコが不満げな顔のままで言葉を零す。

「電伝虫も連れてかねェ、縄張りももたねェじゃ、どこで何してるかもわからねェだろうが。どっかでおっちんでんじゃねェかと記事確認するのも面倒くせェんだから、さっさと『白ひげ』になっちまえよい」

 寄こされた言葉に、俺に何かあっても新聞沙汰にはならないんじゃないかと思ったが、俺は一つ首を傾げてそれを聞き流すことにした。
 そうしてそれから、はた、と一つ思い出して、ベッドの上にまた転がる。

「おい、まさか寝る気かよい」

「いやいや、ちょっと待ってろ」

 怪訝そうな声音を寄こされながらベッドの上で手と体を伸ばして、壁際にぽいと置いたままだった鞄を掴まえる。
 まあまあ重量のあるそれを掴んで引き寄せ、もう一度ベッドへ座り直すと、窓に座るマルコは先ほどの声音の通りの怪訝そうな顔をしていた。
 部屋の中を見回したが、暦が見当たらない。しかしまァ、まだ十月を過ぎてはいない筈だ。

「よっと……ほら、これ」

 鞄の中に手を入れて、そこから掴みだした一つの瓶をそのままマルコの方へと投げる。
 寄こされたそれを片手で受け止め、マルコの目が怪訝そうに瓶を見やった。
 その片手に握り込めそうな小瓶の中には、親指の爪ほどの大きさの紙片が一枚入っているだけだ。

「これ……?」

「俺のビブルカード。この前誕生日だったろ、お前」

 十月五日で『マルコ』だから覚えろと、おねだり交じりの主張をされたのはもうずっと昔の話である。
 最近店を訪れる機会があったので、試しにと作ってみたのだ。大きさに合わせて随分な金額になるので、こじんまりとしたものしか作れなかったが。

「やるよ」

 誕生日プレゼントだ、と言葉を紡ぐと、俺の言葉を聞いたマルコの視線がこちらへ向く。
 不意を突かれたような、戸惑う眼差しを受け止めて、俺は相手に笑いかけた。

「俺が死んだら燃えて消えるらしいから、そうなったら瓶ごと捨てちまえ」

 この世界に、俺の家族はもういない。
 それは俺が海へ出る前にあった様々なことが原因で、別に自分の境遇を不運だとか不幸だとか、そんな風に思ったことはなかった。
 生まれた時につけられた名前はあの日家族とともに埋めて、『ナマエ』という、自分の頭の中にあった名前を名乗って生きてきた。
 いつかきっと俺は海の上で死んで、そうして、『ナマエ』を知る人間だっていなくなる。
 世の中そんなものだから、マルコがいちいち俺のことを気にする必要なんてない。

「あだっ」

 そんなこと考えていたら、ものすごい勢いで額に物が投げつけられた。確認しないでもわかる、俺が先ほどマルコへ放った小瓶だ。
 割れなかったらしいそれと共にベッドの上に倒れ込む形になった俺の上へ影が落ち、シーツの上に転がった小瓶が回収される。

「馬鹿なことばっかり言ってんじゃねェよい、馬鹿ナマエ」

 呆れたような、いらだったような声が落ち、額を抑えながら視線を向けると、窓枠から離れたマルコがこちらを見下ろしていた。
 舌打ちまでこぼれているが、怒りたいのは唐突に瓶を投げられた俺の方じゃないだろうか。

「まァ、いい。ビブルカードを寄こしたんだ、今後おれにつきまとわれても文句は言わせねェ」

「え? いや、ちょっと」

「自分で蒔いた種だろうがよい」

 せいぜい後悔しろと悪辣な笑みを寄こしたマルコは、片手で握った小瓶をポケットへ仕舞いこみ、そうしてぱっと窓から外へ飛び出して行った。
 ばさばさと風を切る羽ばたきを聞いて、じんじん痛む額を抑えたままでとりあえず起き上がった俺は、ぼんやりと開け放たれた窓を見やる。

「……ええ……?」

 どうもあまり良くないものを贈ってしまったらしい、と気付いたが、後の祭りと言う奴だった。
 どこに隠れてもやってくるマルコに口説き落とされたかどうかは、五日後の俺に聞いてほしい。


end


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