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お酒
※何気にトリップ系主人公は白ひげクルー
※マルコが不在



「マルコの誕生日プレゼントが決まらない?」

 実り豊かな秋島へ辿り着いた、その日の昼下がり。
 島へ降りたはずがいつの間にか帰ってきていた『弟分』の暗い顔の理由に、サッチは軽く首を傾げた。
 その目がちらりと見やるのは、とりあえずと掴まえて連れ込んだ船内の一室、キッチンと食堂が一体となっているそこの椅子に座ったナマエがそっと隣の椅子へと座らせた、背の高い包み二つだ。

「じゃあソレなんだよ? 酒にするってはしゃいでたじゃねェか」

 形からしてどう見ても酒瓶が入っているだろう包みを見やってのサッチの言葉に、そうじゃなくて、と言葉を零した男は、やはり困った顔をしたままで少しばかり目を伏せた。

「どっちがいいか、決められなくて……」

「どっち?」

 寄こされた言葉にサッチが目を瞬かせると、そう、と答えた相手、ナマエがその目をサッチへ向けた。

「マルコ隊長が好きな酒が多い島だって言ってたじゃないですか」

「ん、ああ、まァな」

 頷いたサッチの手が、ぬるい茶の入った湯呑をナマエの方へと置く。
 久しぶりに訪れた縄張りは、良い酒の多い島だ。
 特に秋口ともなればあれこれと売り出されるころで、不死鳥マルコの誕生日プレゼントを悩んでいた弟分に、『ちょうど良かったじゃねェか』と笑って背中を叩いてやった覚えが、確かにある。
 確かその時、特にマルコが好んで飲んでいた銘柄を、いくつか教えてやった筈だ。
 メモは取らなかったが、ナマエという青年はまあまあ賢い。
 しっかり覚えて探しに行くだろうということをサッチは疑いもしなかったし、恐らくその想像の通り、探してきた銘柄があの包みの中に入っているに違いないだろう。
 サッチの反応に、それで、とナマエがやはり困った顔をする。

「店先で二つまでは決めきれたんですけど、結局選びきれなくって」

「そんで、まァ両方買ってきたと」

「はい」

 なるほどと言葉を零したサッチの前で、ナマエが頷いた。
 マルコが好んでいた酒は、どれも値の張るものであった筈だ。
 豪気なことだと軽く笑って、何を買ってきたんだとサッチが尋ねると、ナマエが酒の銘柄を口にした。
 二種類の名前を聞いて、サッチの眉がわずかに動く。

「……こりゃまた、両極端なもんを選んだなァ」

「はい……」

 恐ろしく度数がきつく、じりじりと舐めて胃に落ちる熱を楽しむ一本と、喉を落ちた後に口へ残る香りや味を楽しむ、杯を重ねやすい弱さのもの。確かにどちらも、サッチが教えた銘柄だ。
 大きさが違うのはそのせいかとナマエのとなりに座る二つをもう一度見やったサッチの前で、どっちがいいと思いますか、とナマエが尋ねた。

「おれに聞くのかよ」

「ずっと考えてるんですけど、やっぱりどうにも決められなくって」

 つまみも買ったし後は渡すだけなんですけど、と呟くナマエの顔は、真剣そのものだ。
 不死鳥マルコが海で拾った漂流者は、最初の頃は貧弱で誰がどう見ても陸の上の一般人だったが、今はすっかり日に焼けて、海の似合う顔になっている。
 日差しと潮風でいくらか色の抜けた髪を見やり、そうだなァと呟いてから、サッチはぴんと人差し指を立てた。

「あれだ。マルコに選んでもらえよ」

 自分が拾ってきた『弟分』をマルコが可愛がっていることは、白ひげ海賊団の中では周知の事実だった。
 どうでもいい選択でも、ナマエが持ち込んだものをマルコは鼻で笑わないだろう。むしろ、朝から一人で島へ降りたナマエに気付いていくらか斜めになっていた機嫌が、するりともとに戻るかもしれない。
 今頃は部屋で薬の在庫や不要な本の確認をしているだろう『本日の主役』を言葉で示したサッチに、なるほど、とナマエが名案を聞いたかのように目を丸くした。
 その手が傍らの二本を大事そうに抱えなおし、すぐさま立ち上がる。

「俺、行ってきます!」

「おう、転んで割るなよ」

「転びません!」

 子供へ向けるように言い放って笑ったサッチへ言い返しつつ、晴れやかな顔をした青年は素早くそのまま足を動かした。
 決して走らないよう気を付けながら、部屋を出ていくその背中をサッチが見送る。

「……おれ、強い方の酒選んで、ナマエと一緒に飲んで強過ぎる酒に酔っぱらったナマエを面白がりながら介抱して構う方に100ベリー」

 完全にナマエの姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなったところで、そんな風な言葉と共に、カタリと一枚のベリー硬貨がテーブルの上へと置かれた。
 サッチが傍らを見やると、どこから話を聞いていたのか、部屋の端にいたはずのハルタがにんまりと笑いながらテーブルへ腰を下ろしたところだった。

「それじゃァおれは、弱い方の酒を選んでナマエにも飲ませて、楽しそうに飲むナマエを見て自分も楽しむ方に100ベリーとしようか」

 そして、確かハルタの相手をしていた筈のイゾウまで、そんなことを言いながらベリー硬貨を一枚テーブルへ転がす。
 勝手に賭けを始めた連中に、サッチはごそりとポケットを探りながら、わかってねェなァと言葉を放った。

「マルコは『海賊』だぜ? 両方頂いてナマエと一緒に少しずつ飲んで、あとはどっかに隠しちまう方に100ベリーだ」

 自信に満ちた言葉と共に掴みだしたベリー硬貨一枚をテーブルへ置き、代わりに結局ナマエが手を付けなかった湯呑を掴む。
 両方なんて言い出したら賭けになんないじゃんと眉を寄せるハルタの隣で、自信があるならもっと賭けろとイゾウが煽るのを聞きながら、口を付けた湯呑の茶はやはり温かった。
 三人の賭けの結果が分かるのは、恐らくは今夜の宴の最中である。


end


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