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マグカップ
※主人公は白ひげクルーで有知識トリップ主



「誕生日おめでとう、マルコ」

「……よい?」

 白ひげ海賊団が乗り込む船、モビーディック号の一室。
 ある朝目覚めての開口一番、寄こされた言葉の意味が理解できず、マルコは寝ぼけ眼のままで首を傾げた。
 そんなマルコに笑ったナマエが説明した話によると、なんと、今日という日付はマルコの誕生日であるらしい。
 生まれた日で、それを祝ってもらえるということは、マルコも知っている。
 だがしかし、マルコは自分が生まれた日付を覚えていなかった。
 『オヤジ』の誕生日を祝う日が来た時にそれに気付いて、じゃあ自分は祝ってもらえないんだなと、少しだけ寂しく思った覚えがある。

「……なんできょうよい?」

「まァ、いいじゃねェか」

 勝手に決められた日付に首を傾げたマルコへ向けて、ナマエがそんなふうに言葉を紡ぐ。
 そしてそれから、何か欲しい物はないか、と問いが寄越された。

「誕生日プレゼントだけど、やっぱほしいもんがいいだろ?」

「たんじょーび……プレゼント……」

 にかりと笑った相手の台詞を、ぼんやりと繰り返す。
 欲しいものを、ナマエがくれる。
 一体何を貰うのが一番いいんだろうかと、マルコの頭がぐるぐると回転した。
 促されるまま着替えて、部屋を出て、顔を洗って、朝食の席についてもその状態で、朝いちで飲むことになっているミルクを半分ほど飲んだところで、ようやく『欲しいもの』が決まる。

「あったかいのいれるコップがほしいよい」

「お、やっと決まったか。 あー……マグカップか?」

「よい!」

 寄こされた言葉に、マルコは大きく頷く。
 元気の良い返事を受けて、ナマエが不思議そうに首を傾げた。

「もう手に持ってるじゃねェか」

 言葉と共に指で示されたのは、マルコの両手が掴まえた大きなマグカップだ。
 使い古したそれは、ナマエから渡されたおさがりの一つだった。
 割れても欠けてもいないそれを、マルコはもちろん大事に使っている。
 向けられた指先を追うようにして自分の手元を見下ろし、牛乳が半分入ったマグカップを確認したマルコは、その顔を改めてナマエへ向けた。

「これはこれよい」

「ふうん?」

 不思議そうにしながらも、『新しいのが欲しいってことか』と考えたらしいナマエはマルコの希望を叶えてくれることにしたらしい。
 ひょいと姿を消してから数時間、昼食の前にはモビーディック号へと帰ってきて、マルコの目の前に包装もされていない黒いマグカップを差し出してきた。
 オレンジ色の月と黒い空がプリントされたそれはマルコの手にちょうどいい大きさで、程よい重さをマルコの両手が受け取る。

「ありがとよい、ナマエ!」

 生まれて初めてもらった『誕生日プレゼント』に、頬を染めて喜ぶマルコを見下ろして、よしよしとナマエの片手がマルコの頭を撫でた。

「なかなかいいのが見つかったんだよな。面白いもん見せてやるから、何か飲もうぜ、マルコ」

「よい? おもしろいもん、よい?」

 言われて不思議そうにしながらも、マルコはこくりと頷いた。
 促されるままに歩き出して、もうすぐ昼食が始まる時刻となるあわただしい食堂へ向かう。
 キッチン側まで入り込んでいったナマエが兄弟の誰かに文句を言われながら帰ってきて、その片手に温かい湯気を零すケトルを持っていた。
 もう片方の手に持っているのは、たまにマルコが飲ませてもらえるココアの粉が入ったものだ。よく見れば、小脇にミルクの瓶まで抱えている。

「ごはんまえなのに、あまいののんでいいのよい?」

「いいのよいいいのよい。ちょっとだけよい」

「まねっこだめよい!」

「ははは」

 けらけら笑いながらテーブルにケトルや瓶を置いたナマエが、ひょいとマルコを掴まえて椅子へと引き上げる。
 それからマルコの手から贈り物を奪い取り、慌てて手を伸ばしたマルコの手が届く範囲に置き直した。

「あっちいの入れるから、今は触るなよー」

「よい」

 寄こされた言葉に答えつつ、マルコはじっとナマエがくれた黒いマグカップを見つめる。
 さらさらと適当な量のココアをカップの中へと入れたナマエが、それからケトルをマグカップの上で傾けた。
 あたたかいお湯が注がれて、そのとたんに、マルコの目の前にあるカップが変化する。

「…………?!」

 思わず目を見開いて言葉を失ったマルコの目の前にあったのは、先ほどまでの黒いマグカップではなかった。
 上から下へ、まるで拭い取られるかのように黒が消えていき、そしてその下から青空の色があらわれる。
 オレンジの月が太陽へと変わり、一番下には他より少し濃ゆい青が敷かれていた。青空と、海原だ。

「まほーのコップよい……!」

「魔法っつうか、マジックっつうか」

 冷めたらもとに戻るけどなと言いながら、ナマエの手がミルクを追加で注ぎ、一緒に運んできたらしいマドラーでマグカップの中身をかき混ぜる。
 終えてからそのまま差し出されて、マルコの両手が恐る恐る小さなマグカップを掴まえた。
 見下ろした先には、美味しそうなココアが入っている。
 あたたかいそれを両手で支え、マルコの真剣な視線がナマエへ向けられた。

「ん? どうした?」

 まだ熱いか、とミルクを追加するか気にしているらしい相手を見つめて、マルコ少年が真剣に相手へと尋ねる。

「……ナマエは、まほーつかいさんよい?」

 グランドラインには、マルコには想像もつかないようなことがたくさんある。
 マルコ自身も悪魔の実の能力者だが、ナマエは泳げるから違うはずだ。
 けれどもどう考えても、このマグカップはマルコにとって、魔法以外の何物でもない。

「これのんだら、マルもまほーつかいになっちゃうよい?」

 飲んだらまた何か不思議なことが起きてしまうのではないかと、両手でカップを支えたままでそんなことすら考えながらのマルコの問いに、何故だかナマエが目を丸くする。
 それから何故だかとても心配そうな顔をして、そっとマルコの方へと体を寄せてきた。

「……マルコ、お前な、やっぱり海賊に向かねえんじゃないか?」

「マルはゆーかんなるうみのおとこよい!」

 失礼なことを言われて、マルコは声を上げた。
 いやだってお前素直過ぎて心配になるよ、と更に失礼なことを言われて、ぷくりとマルコの頬が膨れる。
 間違いなく心配そうな顔をしているが、なんだか馬鹿にされているような気がした。
 許せない気持ちでとがった口に、自分で持ち上げたカップを押し付けて傾ける。

「あちゅっ」

「あーあー、もー」

 まだ冷めていなかったココアの熱に思わず上がった悲鳴のおかげで、ナマエの手が傾けたミルクがカップの中へと注がれた。
 おかげでココアはぬるくなったが、そのせいで早くマグカップが冷えてしまい、青空と海がすぐに黒へと沈んでしまったのは、とても残念なことだった。


end


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