ぬいぐるみ
※主人公は白ひげクルー
「…………む」
マルコは、その眉間にぎゅっと可愛らしい皺を寄せた。
じとりとその目が睨みつける先にあるのは、首にリボンを巻いた大きな『ぬいぐるみ』である。
色は薄い水色で、ふんわりとした起毛の布地は滑らかだ。つんと突き出たくちばしも恐らく同じ材質のものでできていて、飾りボタンの瞳がじっとマルコの方を見ている気がする。
赤いリボンが似合いのそれは誰がどう見ても『ひよこ』のぬいぐるみで、そしてなんと海の男であるマルコへのプレゼントだった。
「そんなに睨まなくてもいいだろ」
傍らで様子を見ていた贈り主が、軽く笑って言葉を投げる。
これが睨まないでいられるかと、マルコは小さな手に拳を握った。
今日は、マルコの誕生日だ。
最初から船ではみんなが祝ってくれる予定で、様々な贈り物がマルコへと渡された。
小さめのダガーに、欲しがった本に、服に食べ物にと様々だったが、いろんなそれらを受け取って戻った部屋の中に、この目の前の敵がいたのだ。
「……マル、ガキじゃねェよい」
むむむ、と口すらとがらせてそんな風に言い放ちつつ、マルコはずいとベッドへ近寄った。
床に固定されたベッドの上にいる不法占拠者を睨みつけるも、飾りボタンの目は素知らぬふりを続けている。
「別に子供扱いしたわけじゃねェんだけどなァ」
そんな風に言いつつ、近寄ってきた男がひょいとぬいぐるみを掴まえた。
そのまま持ち上げられてしまい、目の前から奪われた事実に目を見開いたマルコが何かを言うより早く、視界が薄い水色に染まる。
もふ、と柔らかな感触が顔じゅうに広がり、驚いて後ろに引いた体を押されてベッドへ倒れ込んだ。
ぎしりと体の下で小さなベッドがきしむ。
「な、なにするのよい!」
「まァまァ、どうだ、やわらかいだろ」
一番いいのを選んできたんだぜと言いながら、男の手がぐいぐいとぬいぐるみをマルコへ押し付ける。
マルコの両手の間に押し込まれ、抱きかかえる格好にさせられてしまったマルコは、目の前のひよこのぬいぐるみへまたも顔を押し付ける羽目になった。
内側に体が吸い込まれてしまうような、何もかもを受け入れ受け止めるような柔らかさに、思わずマルコの手が滑る。
掌で撫でた生地も確かに手触りがよく、マルコの体ほどもある大きさのそれは、抱きかかえて寝るには最高の大きさだった。
さらに言えば、しばらく贈り主の部屋に隠されていたのだろう、ほんのりとたばこの匂いがする。
かぎ慣れたそれは、マルコがナマエという名の男にまといつくとき、大体香っているものだった。
マルコの体温を吸い込んだぬいぐるみが温かく、柔らかく、安心する匂いまですることに体を弛緩させかけたマルコが、そこで慌てて飛び起きる。
「お、耐えたか」
傍らで見守っていたらしい男の発言に、マルコの目がぎろりと相手を睨みつけた。
子供のマルコのにらみなど怖くないのか、笑っているナマエはいつもと変わらない。
憎たらしいその顔を見上げて、マルコは両手でぬいぐるみを掴まえた。
「マルはガキじゃねェよい!」
「なんだ、気に入らないか?」
イルカとかの方がよかったか、と言葉を寄こしながら、男の手がぬいぐるみへと近付く。
回収して行こうとするかのようなその手付きに眉を寄せ、身をよじったマルコは、哀れなぬいぐるみを自分の背中へ庇った。
ふかり、と柔らかい感触が腕に当たる。もたれ込んでしまいたいほどの柔らかさを、マルコはぐっと体に力を入れることでこらえた。
「……オトナだから、しかたねェからもらってやるよい」
きっぱり言い放ったマルコの言葉に、ナマエがわずかに目を瞬かせる。
そうしてそれから、面白がるように唇を緩めて、そりゃァよかった、と言葉が落ちた。
ついでにマルコの方へと差し出されていた手がマルコの頭を掴まえて、ぐしゃぐしゃと髪を乱すように頭を撫でる。
「誕生日おめでとうな、マルコ」
「…………よい!」
寄こされた言葉へ返事をしつつ、マルコの片手はぎゅうと後ろへ庇ったぬいぐるみの端を掴まえていた。
『仕方なく』受け取ったぬいぐるみの居住地がベッドの上となったのは、その日の夜からのことである。
end
戻る | 小説ページTOPへ