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カフェラテ
※混合設定につき注意
※某進撃の巨人のモブが敵に頂かれてワンピースへ死亡トリップして白ひげ海賊団に心臓を捧げた
※無知識トリップ
※アンケート『マルコへ渡す誕生日プレゼントは?』結果



「買ってきたもんは断るから、そのつもりで来いよい」

 最初に面と向かって寄越された言葉に、俺は目を瞬かせた。
 見やった先には仏頂面のマルコがいて、眉間に皺まで寄っている。
 なんとも不機嫌そうな顔だが、怒っているわけではなさそうだ。
 もうすぐ、マルコの誕生日がやってくる。
 その話を俺が聞いたのはつい一昨日のことで、誕生日と言えば相手を祝う日だ、ということは流石に俺だって知っていた。
 生まれて育った世界でだって、一応はあった風習だ。
 そして、あの頃よりも今の俺は持ち物と生活環境に恵まれている。
 働いていれば食べきれないくらいの食事を貰えて、寒すぎたりしない場所で眠れた。服だって最低限あるし、生きていく上では何も困らない。
 だから、使わない金は貯まるばかりだ。
 最初の頃は新しい『家族』達の為に使えるならと島へ着くたびあれこれ買い込んでいたのだが、数か月前、『いい加減にしろ』と怒ってきたのは目の前の相手だった。
 なんでもないのに貢ぐなと言われて、そんなつもりじゃなかったのにと肩を落としたのも、記憶に新しい。
 けれども『誕生日』なら、『なんでもない日』じゃない。
 これは久しぶりに金を使う機会だと、弾んだ気持ちでほしいものを聞きに来たというのに、正面から寄こされた言葉に俺は眉を下げた。

「……そんな顔したって、受け取らねェもんは受け取らねェ」

 こちらを睨みつけてそう言い放ったマルコが、話は終わりだとばかりに本を広げる。
 少し前から読み書きを習って、多少読めるようになった俺にでもわかる、なんとも難しそうな書籍だ。表紙からして、この前教えてくれた変な貝の本のようだ。

「どうしてもって言うんなら、祝いの言葉だけ寄こしゃいいんだよい」

 目は本へ向けたまま、そんな風に言われて、俺は握りしめてきた麻袋をそっと握り直した。
 中でベリーがかちゃりと音をたてたが、どうやらこいつの出番はないらしい。
 ここ最近の天気は穏やかだ。室内だって、決して冷えているわけじゃない。
 だというのに何でこんなに腹の底が寒いのか分からなくて、拳にこもる力が強くなった。

「分かった。……誕生日おめでとう、マルコ」

 漏れた言葉は小さく、けれどもきちんとマルコの方へ届いたのか、受取人からは『よい』と相槌だけが寄越された。







「暗ァい顔してんなァ、ナマエ!」

 そんな時は飯だと、明るく寄こされた言葉と共に目の前に皿が置かれた。
 短時間で出来上がった料理は、いつもと同じく美味しそうな匂いがしている。
 見上げた先には厨房を任されているうちの一人がいて、マルコとはまた別の意味で目立つ髪型の相手がにんまりと笑っていた。

「そうか?」

「おうよ。鏡見てねェのか?」

 皿を受け取りながら首を傾げると、答えた相手が俺の向かいへ座る。
 その前には俺と同じ料理の乗った皿があり、相手も食事休憩らしいということが俺にも分かった。同じ料理だが、量は俺と倍ほど違う。
 この船の男連中は、大体が大食漢だ。
 俺からすれば胃に底なしの穴が開いているんじゃないかと思うほど、よく食べる。
 船に乗って最初の頃は、俺も同じくらいの料理を出されていた。
 食べ物を残すなんて考えられないことで、どうにか毎回必死になって食べている。時々横から腹を減らした連中につまみ食いされていたが、正直助かっていたくらいだ。
 おかげで俺の体重は明らかに増え、筋肉量も増して身長も少し伸びた。
 料理の量が程よく減ってくれたのは、船にきて半年くらいしてからのことだと思う。

『いい加減食える分だけ出してやれよい』

 呆れた声を出しながら、マルコが俺の目の前で皿から料理を半分くらいさらってくれたのが、そのきっかけだった。
 思えば、基本的に俺の生活の変化は、マルコがきっかけになっていることが多い。
 『白ひげ海賊団』と遭遇した一番最初、殺されかかっていた俺を助けたのもマルコだった。
 俺を息子と呼んでくれ、家族にしてくれた船長と同じく、マルコは大事な一人だ。
 その相手のことを思い出して、それから先ほどのことを思い返したところで、ぺち、と額を叩かれた。
 驚いて顔をあげれば、どうやら俺の額を指ではじいたらしいサッチが、テーブルに肘を置いてフォークを持っている。

「それで、マルコへの誕生日プレゼント、何にするか決めたのか?」

 飯を食ったら買いに行くんだろうと続いた言葉に、俺はそっと眉を寄せる。
 それからふるりと首を横に振って、美味しそうな料理に添えられたフォークを掴まえた。

「買ってきたら、受け取ってくれないらしい」

 先ほどのマルコの発言を思い出すと、やっぱり何故だかどこかが寒い。
 肩を落としての俺の発言に、何故だかサッチは『ははァん』と納得したような声を漏らした。

「似たようなこと言ってたな、そういや」

「似たようなこと?」

「『ナマエが自分で使わねェもんを選んでたら止めてやれよい』ってな」

 目まで少し細めて、あまり似てない物真似をしたサッチが、俺へ向けてにかりと笑った。
 寄こされた言葉の意味を吟味して、そうか、と俺はさらに肩を落とした。
 生まれて育ったあの世界では、生きていくことで必死だった。
 俺の親族をすべて食らった『巨人』と呼ばれる化け物達をすべて根絶やしにしたいと願っていて、けれども弱くて怖がりな俺はその道にたどり着くことの出来ないまま、駐屯兵団として生きていた。
 壁を維持し、扉から害ある連中を払いのけ、誰かの家族を守ると決めて、一匹でも多くの敵を殺したいと願いながら、必死になって生きていたのだ。
 抗って足掻いて意地でも生き延びて、しかしいつかはきっと、ふざけた化け物達に食われた死体の塊として道端に吐き出されるんだろうと、そんな未来を感じて怯えていた。
 だから食料品や必要分の物資以外で自分の為に金を使うことの意味を見出せなかったし、『別の世界』に来た今でもそれは変わらない。
 取り分を最小限にしていても金は貯まる一方で、それなら他へ還元した方が有意義だ。
 それなのに、マルコは最近俺にそれを禁止している。

「こうなるともう、金の使い道が分からない……」

「なんつう贅沢な悩みだ」

 羨ましい、とため息を零されて、俺はフォークを握ったままでサッチへ視線をやった。
 金に困っているんだろうか。
 それなら、どうせ使わないものだから用立ててもいい。
 けれども俺の考えを読んだように、それもダメだってよ、と言葉を紡いで笑ったサッチの手が、自分の料理を口へ運んだ。

「ナマエはもう少し、自分の為にちゃんとすべきだってな。まァ、そこはおれも賛成なわけだが」

「自分の為になんて、別に俺は今の状態で」

「お前のそれも分かるけどよォ」

 口の端に米粒を付けて、しかし気にせずフォークを口にくわえたサッチが、何故だか右手で拳を握る。
 それを自分の胸元へ寄せられて、さらに左手を自分の後ろへ回され、見せつけられた姿勢に俺はなんだか恥ずかしくなった。
 俺が『この世界』へ持ち込んだものは、そんなに多くない。
 壊れて動かない立体機動装置、折れたスナップブレード、それからその誓いだ。
 誰にも見られない場所でこっそりやっていた筈のそれがマルコに見られていて、それどころか他にも何人も目撃者がいたと知った時の羞恥と言ったら、もしも飛べたら飛んで逃げ出したいくらいだった。

「『これ』で誓った通り『白ひげ』に全部を捧げてェってのは分かるけど、おれ達は家族だろ、ナマエ。尽くしっぱなしでいいわけねェんだ」

「……見返りが欲しくて、物を贈ってたんじゃない」

 眉を寄せて言葉を紡ぐと、それも知ってらァ、と笑ったサッチが構えを解く。
 口にくわえたままだったフォークをひょいと摘まみ上げて、その切っ先がピラフの横のフライを刺した。

「気持ちが大事なんだ。金をたくさん使うのがいいことってわけじゃァねェよ」

 そんな風に言って、サッチが笑う。
 寄こされた言葉に、諭されたような丸め込まれたような気持ちになって、俺はとりあえず手元のフォークで昼食をつついた。
 相変わらず、サッチの作った料理は美味しい。
 調理を担当する人間は他にもいるが、彼らもサッチも、別に報酬を貰ってその仕事をしているわけじゃない。
 ただ当たり前に作業をしているが、他の仕事に比べても大変な分類のものだ。
 わざわざそれを引き受けているサッチと、俺が誰かの為に物を買いたいのと何が違うんだろうかと、そんなことを考えながらちらりと視線を向けると、俺の視線に気付いたサッチが食事の手を止める。

「どうした、ナマエ。うまいか?」

「……うまい」

「だろー?」

 俺の言葉にそんな風に答えて、サッチの手がフォークを操る。
 これはどうやって作った、これは誰が採ってきたと解説が始まって、それを聞きながら、俺は口の中身を飲み込んだ。

「サッチは、なんで料理するんだ」

「そんなのお前、自分がうめェもん食いてェからに決まってるだろ」

 放たれた返事に、ぱちりと目を瞬かせる。
 サッチは、俺の方を見て少しばかり不思議そうにした後、でもあれだな、と言葉を紡ぎつつ片手を動かす。

「ついでにお前らにも食わせてるが、うまいって喜ばれると『よっしゃ!』ってなるし、不味いって言われると『次はうめェもん食わせてやるから首洗って待ってろ!』ってなるよな」

 昔はさんざん喧嘩したもんだなァとしみじみと言葉と続けながら、サッチのフォークがピラフをさらう。
 昼食を食べ進める相手を見つめて、それから少しだけ押し黙った俺は、なるほど、と一つ納得した。

「……俺、さっき、嘘ついたみたいだ」

「なんだって?」

「見返りは、欲しいな」

 別に特別感謝をされたいだとか、物で好意を釣り上げたいとか、そこまでのものじゃない。
 けれども、例えば自分が買ったものを誰かに渡したとして、その人が喜んでくれたら嬉しかった。
 俺を『家族』にしてくれたみんなに、『オヤジ』と呼ばせてくれる船長に、一番最初に助けてくれたマルコに、自分が受けたものを返したかった。
 その一番手近な手段が物を買って渡すことで、たくさん買えばその分返せた気がした。
 ひょっとしたらマルコは、俺のそんな気持ちくらいお見通しだったのかもしれない。

「……あんまり金を掛けないで、マルコを喜ばせる方法ってあると思うか?」

 おずおずと呟いて見つめると、俺の言葉にきょとんと眼を瞬かせていたサッチが、それから軽く肩を竦めた。
 仕方ねェなと呟いた口に笑みが浮かび、その手が改めてフォークを構える。

「そんじゃ、まァ、さっさと食っちまえ。手伝ってやるよ」

 あっさりと寄こされた了承に、俺は慌てて頷く。
 その後に続けた『ありがとう』の言葉に、サッチはいいってことよと軽く笑った。







 何かを作るというのは、とても大変だ。
 そのことを痛感しながら、俺が運んだものをテーブルに置くと、本を読んでいたマルコが少しばかり怪訝そうな眼を向けた。

「なんだよい」

 戸惑いを宿した声音で尋ねては来ているが、部屋に入ってから用意をしたんだから、俺が運んできたものがコーヒーだということくらいはマルコだって理解しているだろう。正確にはカフェラテという奴だ。
 表面に浮かんだスチームミルクが象るのは、この船の黒旗にもしっかりと示された、『白ひげ海賊団』の象徴だった。
 少し崩れているが、なかなか満足のいく見た目だ。

「コーヒー」

 だからそう答えて、俺はマルコへどうぞと掌を向けた。
 怪訝そうな顔をしたまま、受け取ったマルコがしばらくコーヒーの様子を眺めて、それからカップへ口を付ける。
 見つめた先で一口二口と中身を舐め、それから口から離したカップを改めて見下ろしたマルコが、何かを考えるように眉を動かした。

「……お前が淹れたのかよい、ナマエ?」

「一応は……サッチがずっと、見ていてくれたけど」

 豆のひき方から淹れ方に至るまで、厨房を預かる男に教授してもらった一品だ。
 何か食べ物を用意したらどうだというのがサッチからの提案で、しかし時間もないし練習で食材を無駄にすることは出来ないのではないかという俺からの苦言の結果、たどり着いたものだった。もちろん、材料費はすべて支払った。
 美味しいコーヒーというのを淹れるのはとても大変で、何度も作っては試し飲みして、俺もサッチも通りかかった色んな連中の腹もすっかりコーヒーで満ちている。それでも多分、みんなはこの後の宴で料理を腹いっぱい食べるに違いない。

「なるほど」

 俺の言葉に相槌を打ちつつ、マルコの手がくるりとカップの中身を揺らす。
 崩れたマークがわずかに波打ったのが見え、気に入らなかっただろうか、とその顔をじっと見つめてみると、やれやれとばかりにため息を零したマルコの視線がこちらを向いた。

「ありがとよい、ナマエ。うめェ誕生日プレゼントだ」

 俺の狙いを見透かしていたらしい相手からの言葉に、俺はぱちりと瞬きをした。
 自分から『プレゼントの代わり』なのだというつもりだったのに、先回りされてしまった。予想外だ。
 何と答えようか、と少しばかり目を逸らして、そわそわと身を揺らした俺をよそに、マルコがカップに再び口を付ける。

「しかし、オヤジのマークが崩れちまったのは残念だ。また淹れてくれよい」

「ど……努力する」

 もう一度同じように淹れて来いと言われたら無理なのではないかと思うが、マルコが望むなら頑張ろう。
 同じ味のコーヒーは無理でも、ミルクで絵を刻む方は何とかなるに違いない。
 わずかに拳を握っての俺の発言が面白かったのか、マルコの方からわずかに笑い声が漏れる。
 コーヒーの香りが漂う室内は暖かで、昼前に感じた冷たさはもう、どこにもいないようだった。


END


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