トウマと誕生日
※映画『呪われた聖剣』設定
※主人公は海兵さん(notトリップ主)で補給兵
※ある程度の捏造あり
小舟から降ろした補給物資を、いつものところへと運ぶ。
ふうと汗ばんだ顔を拭ったところで、ぱたりと小さく音がした。
「あれ、配給当番だったんですか、ナマエさん」
「おう」
足音を鳴らしながら階段を降りてきた相手からの言葉に、おれはひらりと手を振った。
偉大なる航路の一角、アスカ島の港からここまで運んだ物資達は、すでに船着き場の所定の場所へきちんと積み上げてある。
手伝いが来るのを待ってからやっても良かったが、さっさと休憩したいので終わらせてしまった仕事だ。
お疲れ様です、なんて言いながら近寄ってきた相手が、少し下からこちらを見上げる。
純真さの残る眼差しに茶色の癖毛、そばかすの散った顔は幼気で、子供のように帽子の角度をずらして被っている相手に笑って手を伸ばしたおれは、横へ向いていたつばをつまんで正面へ戻した。
「ちゃんと被らないと、上官殿に怒られるぞ」
「やだな、上官がいらっしゃる時はちゃんとしてますよ」
これはおしゃれです、なんて言いながら、おれが直したばかりの角度が元通りにずらされて、帽子に刻まれた笑顔が視界に入る。
「おれだって広義的には上官じゃねェのか」
「だって、ナマエさんは怒らないじゃないですか?」
眉を寄せて尋ねたおれに、そんな返事が寄越される。
帽子に刻んだマークそっくりの顔をする相手に、仕方の無い奴だな、とおれは小さく肩を竦めた。
目の前に佇むトウマと言う名の海兵は、半年ほど前におれがこの島へ運んだ海兵のうちの一人だ。
そうして元々は、おれが生まれ育った島にいた子供だった。
「おれが可愛がってること知っててそんなこと言うたァ、可愛くねェ弟分だ」
「ひどいなァ」
しみじみ呟くおれの前で、トウマが言う。
ついこの間まで『正義の味方になる』なんて言いながら棒切れを振り回していた小さな子供が、すっかり大きくなって海兵になってしまったのだから、時間の流れというのは早いものだ。
「さて、手伝いに来たんだろ? これを運ぶのはよろしく頼むな」
「あ、はい、もちろん。ナマエさんはここまででお願いします」
船着き場に積んだ荷物を指で示すと、あっさりとトウマが頷く。
船着き場から続く小さな階段を昇っていった先は、そのまま海軍の剣術道場だ。
海兵達が過ごす場所の日用品は、当然海軍が賄うものである。
アスカ島とその周辺を担当する部隊に所属しているおれがここへ来るのはいつものことだが、最近は何故だか、ここより上にあがっていくことがなくなってしまった。
今みたいに、現れたトウマに止められてしまうからだ。
聞いてみた様子だと、おれの同僚達も、同じように上へあがらせてもらえなくなっているらしい。
『荷運びも鍛錬だと師範が言ったんです』とは最初の頃のトウマの台詞で、確かにこの大荷物を運んでいくのは鍛錬にはなるだろう。
しかし、明らかに様子がおかしい。
何せまず、他の門弟は殆ど姿を現さない。
何か人に見せたくない秘密の特訓でもしているのかと思って探ったことはあるのだが、鬼気迫る雰囲気で剣を振り回す海兵達の姿は見かけたものの、そこまで特殊な何かは無かった。
上官に言ってみても、数か月前の海賊の襲撃のせいで気合が入っているんだろうと言われるばかりで、埒が明かない。
なんだか嫌な感じがするのに、その正体をつかめないでいる。
どちらにしても、可愛い弟分を置いておきたい場所じゃなくなっているのは確かだ。
「……トウマは、いつ頃支部へ戻るんだ?」
「え?」
荷物を検め、かけた縄の強さを確認していたトウマが、おれの言葉にこちらを向いた。
不思議そうなその顔で、ぱちぱちと瞬きをしてから、その口が笑みを作る。
「そんなの、僕がもっと強くなってからに決まってるじゃないですか」
どことなく作り笑いめいたそれに、おれは少しばかり眉を寄せた。
そのまま、目の前の弟分を頭から足の先まで確認する。
少なくとも、怪我をしたりはしていないようだ。もし目立つ怪我の一つでもあったなら、そのままひっ捕まえて連れて帰るのに。
小さな頃なら頼ってくれただろうになと思うと、おれの口からため息を零した。
幸せが逃げますよとこちらを見やって言い放ったトウマが、それから、何かを思い出したのか自分のポケットへ手をやる。
「そうだった。ナマエさん、これ」
「これ?」
ポケットから掴みだしたものを差し出しながら近寄られて、おれは相手へ掌を向けた。
真上にやってきた拳が開かれ、中から落ちたものがころりとおれの掌を転がる。
小さなそれは、トウマの体温が移っているのか少し温かい、小さな石の置物だった。
美しい蒼の石でできた荒い削りの小鳥をつまみ上げ、しげしげと見つめる。
「どうしたんだ?」
「誕生日プレゼントですよ。今日でしたよね? おめでとうございます」
尋ねたおれへ寄こされた返事に、そういえば、とおれは一つ頷いた。
今日は〇月◇日。
確かにトウマの言う通り、おれの誕生日だ。
「よく覚えてたなァ」
「この前、たまたま、なんとなァく思い出したんですよ」
嬉しくなってトウマを見やると、つんとトウマが顔を逸らした。
そんな風には言うが、思い出したからってわざわざ、石を削って飾りを作ろうなんて思いもしないだろう。おれだったら、誕生日おめでとうの一つで終わらせてしまう自信がある。
律儀な奴だなと相手を眺めて笑うと、ちら、とこちらを見たトウマの顔にも笑みが浮かんだ。
「ちょうど補給日でしたから、来た人に渡してもらうよう頼むつもりだったんです。タイミング良かったですね」
そんな風に言って向けられるその微笑みは、先ほどの作り笑いめいたものとは違う。
小さな頃に向けられたそれと同じものを見つめて、ほんの少しだけ安堵する自分がいた。
トウマは大きくなったが、昔と変わらないところもある。
この剣術道場を選んだのだって、ここの師範が恐ろしく強いという噂を聞いて、正義の剣とやらを習得したいという志からだ。
それはつまり『正義の味方になる』と言って駆けまわっていたあの頃と変わらぬ想いを持っているということで、海兵としてこれ以上相応しいものもないだろう。
安定を求めて入った節すらあるおれからすれば、随分とまぶしい奴だ。
「ありがとうな。次の担当の時には、お返しでも持ってきてやるよ」
「誕生日プレゼントにお返しって、普通します?」
変な人だなァナマエさんは、となんとも不名誉な言葉を寄こしながら、トウマがくすくすと笑う。
それを見やって同じように笑ったおれは、トウマが喜ぶ贈り物は何が良いだろうかと、そんなことを頭の端で考えた。
『次』に会う時も今と同じように笑わせてやれたらいいと、そう思いながら。
end
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