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ダイフクと誕生日
※無知識転生トリップ系主人公はシャーロット・ナマエ(男児)



 両手両足を動かして、うきうきと縄を登る。
 帆より上へたどり着いてから太い支柱に跨って、俺は彼方に広がる海を見た。
 いくつかの島と共に広がる、見渡す限りの、青と蒼と藍。
 すごいとしか言いようのない大海原だ。
 吹き抜ける風は潮の匂いをはらんでいて、肌がべたつくような気がするそれですらも俺をわくわくさせた。
 だって、こんなに遠出するのは久しぶりだ。

「わがまま、言ってみるもんだなァ」

 しみじみそんな風に呟きつつ、俺は視線を海から少し下へ向けた。
 俺をここまで運んできた船は貨物船で、すでにポリポリ島へ入港している。
 荷物を運ぶ大人達を見下ろして、ふむ、と一つ頷いた。
 俺の見た目が小さいからか、手伝いはすでに断られている。
 ナマエ坊ちゃんはどうぞお気になさらずと言ったのは、俺の世話を任されている世話係だった。
 俺のことをどれほどの暴君だと思っているのか、めちゃくちゃに気遣いをしまくっていた誰かさんは、今は船内でぐっすりとお休み中だ。こっそり抜け出してきたので間違いない。

「んー……あ」

 さてそろそろ降りるか、なんてことを考えながらなんとなく港を眺めていた俺は、そこに現れた人影に気が付いて声を上げた。
 何人かの人間を従えて、港を歩いているのは誰がどう見ても、俺の兄のうちの一人だ。今日もまた、くりくりの坊主頭がとても目立っている。あの髪型は豆大臣だからなのか、聞いてみたことはない。

「しまった……」

 顔を合わせる前に降りようと思ったのに、と慌てて体を後ろへずり寄せる。
 しかし俺が降り始めるよりも早く、動きを止めた相手がきょろりと周囲を見回した。
 そして、何故分かったのか、その目が自分より背の高いマストを見上げて、その上にいる俺を発見する。
 それと同時に体格に比べて小さな手が小刻みに自分の体を撫でて、どこからともなくぼわんと煙が立ちのぼった。
 真っ白なそれから現れたのは今俺を見た相手より少し大きく見える人影で、体の半分が煙に溶けたままのそれをなんと呼ぶのかを、俺は知っている。
 すぐさま飛んできた『魔人』は少し慌てた顔をしていて、そのことがなんだか面白くて思わず笑ってしまった俺の体が、ひょいとマストの上から持ち上げられた。
 おや、と驚く間もなくそのまま体が降下して、エレベーターに乗った時みたいな浮遊感に目を瞬かせる。
 もちろんそのまま甲板にたたきつけられるなんてことはなく、途中で降下を止めた魔人は俺の体を船上から港まで運んでいった。

「ったく、なァーにしてんだナマエ」

 体はまだ宙に浮いたまま、その顔の高さまで持ち上げられている俺を見やって、ため息を漏らしたマメマメタウンの豆大臣が、そんな風に言い放つ。
 ちょっと海を見てただけだよとそれに答えると、馬鹿か、とあきれの滲んだ声が寄こされた。

「あんなとこに登って、落っこちたらどうするつもりだ。煙と何とかは高いとこが好きだって言うがよォ」

 やれやれと首を横に振り、片手がこちらへ伸びてきた。
 求めを受けて俺の体を差し出した『魔人』は、ダイフクと言う名の俺の兄が俺の体をつかんだところで、ぱっとその姿を消してしまう。
 そうなると俺の体を持ち上げているのは目の前の兄だけになるわけで、がくんと体が下がったことに慌てて、俺は相手の腕に半ばしがみ付いた。

「に、兄ちゃん、落っこちる……!」

「おう、なんだ、随分重たくなったじゃねェか」

 両足まで使ってしがみ付いた腕の主が、そんな風に言って笑う。
 それよりちゃんと抱き上げてほしいと訴えると、仕方ねェなと答えた相手が改めて俺の体を引き上げた。
 頭から真っ逆さまに落ちる可能性は無くなって、ほっと一息零す。
 俺の兄達は大体規格外の大きさなので、落とされると地味に痛い。ましてや石畳の上だなんて、当たり所が悪かったら骨にヒビでも入りかねないのだ。
 引き上げた俺の体の向きを変えた兄は、俺の体をそのまま自分の肩口へ座らせた。筋肉質で広い肩口は、着ている服の関係もあって、座り心地はなかなか良い。

「で、世話係はどうした?」

「え? あー……」

「……サボりか。いい度胸だ」

 寄こされた言葉に何と答えたものかと思ったら、眉間のしわを深くした兄がわずかに唸る。

「あ、待って待って!」

 その手が体を擦ろうとしたので、俺は慌てて声を上げた。
 気遣い屋の面倒くさい世話係ではあるが、兄に罰される姿が見たかったわけじゃない。今だって、勝手に気をまわしてぐったりしていたから、少し眠ったらいいと提案したのは俺の方なのだ。
 すぐそばの頭にしがみついて、船の方を睨んだ顔を自分の方へ向けようと引っ張る。

「あの、あれなんだ、俺がすごいこっそり抜け出してきただけで、ちょっとほら遠くまで海が見たかったから!」

「そのせいで怪我してたら、当然世話係が責任を取るもんだろうが。腕の一本程度で済ませてやる」

「怪我! 怪我してないし! ダイフク兄ちゃんが降ろしてくれたからっ」

 だから大丈夫、怒らないでと声を上げて、俺は目の前の顔にしがみ付いた。
 基本的に、俺たち兄弟は仲が良い。
 年が近ければ相応に喧嘩もするが、年が離れた弟妹はほとんどただ可愛がる対象であるらしい、と俺が気付いたのはいつ頃だっただろうか。
 見た目は怖くて言うこと成すこと物騒だが、この兄だってそんな兄弟のうちの一人だ。
 魔人を使ってあやされた赤ん坊の頃から、そんなこと俺自身にだってわかり切っている。

「ごめんなさい、もうしないから……っ」

 許して、と言葉を放ちつつ目の前の額としょりしょりする髪の生え際に頬を擦り付けていたら、やや置いてむんずと服の背中を掴まれた。
 それと共にぐいと引っ張られて、驚きに目を瞠った俺の体が宙に浮く。
 後ろをうかがうといつの間に現れたのか、先ほど消えたはずの魔人がいて、俺の体はそのままそっと下へ降ろされた。
 靴底がきちんと石畳に触れたことを確認してから消えていく魔人を見送って、そのまま視線を上へ向ける。
 俺の兄達はみんな体格が良く、降ろされてしまうとなかなか顔が見えない。
 どうにかその表情を伺おうと少し背伸びをして覗き込むと、いつも胸を逸らしている相手が少しばかり身をかがめてこちらを見た。

「ったく、仕方ねェな」

 次はねェぞ、と唸るように言われて、こくこくと頷く。
 どうやらそれで納得してくれたらしく、一瞥を船に向けてからくるりとそちらへ背中を向けた兄が、行くぞ、と声を寄こした。
 それに従って俺も足を動かす。相手はただ歩いているだけだが、足の長さの関係で、俺の方は小走りだ。

「どこ行くの?」

「どこってそりゃァ、おれの屋敷だ。ペロス兄から事前に連絡があったんでな」

「事前に連絡?」

 どういう意味だろうと首を傾げつつ、俺は兄の傍を走る。
 俺の言葉にため息を零して、今日は何月何日だ、と逆に問いが落とされた。

「今日は……〇月◇日だけど」

「そうだな。ママとのお茶会はどうだった?」

「ママが美味しそうにケーキ食べてた……あ! 俺誕生日だよ!」

「知ってらァ」

 答えている途中で今日という日のことを思い出して言葉を紡ぐと、笑い交じりの返事が落ちた。
 今日は〇月◇日。すなわち、今の俺の誕生日だ。
 だから今日のおやつはバースデーケーキだったし、海を見たいから少しだけ島を離れたいという俺のわがままが叶えられた。
 行き先が豆大臣のところだったのは、ちょうど船が出る予定だったのと、それから俺がこの魔人使いに懐いているからだろう。だって魔人が出せるのだ。格好いいに決まっている。

「豆乳プリンをバケツサイズで用意してある」

「バケツサイズ……!?」

「前にバケツ分喰いてェっつってたろうが。豆大福もあるぞ」

 感謝しろよと言葉を落とされ、おお、と俺は一人で感嘆の声を上げた。
 豆大臣らしく豆製の食べ物を作ったりすることの多い兄だが、俺の為にプリンまで作ってくれたらしい。
 これは楽しみだと目を輝かせた俺の頭を、ぽんぽん、と軽く兄の手が叩く。
 それから、ちらりとその顔がこちらを向いて、にやりと笑みが寄こされた。

「誕生日おめでとう、ナマエ。早くでかくなれよ」

 いつまでもチビのままじゃァ弱っちくて仕方ねェ、なんて言葉を寄こされて、俺はむっと眉を寄せた。
 確かに今の俺は小さいが、そんなの生まれて数年しか経っていないからだ。兄達くらいの時間を生きていたなら、それこそどでかく育っているに決まっている。

「チビは余計! すぐ大きくなるんだから!」

「わははははは!」

 非難の声を上げて飛び跳ねた俺の横で、兄はけらけら笑っていた。



end


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