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プリンと誕生日
※様々な決着がついた後の世界
※C家は平常運転
※プリンの婚約者→夫はNOTトリップ主で特殊設定多めにつき注意



 『ビッグ・マム』の威を借りたい王国が、王子を一人婿に寄こした。
 一番年かさの兄が端的に紡いだその言葉は、恐らくただの事実に過ぎない。
 その相手に選ばれたのは適齢期の娘だったプリンで、嫁に出すのではなく婿を迎えたのは、母親がプリンを手放すつもりはないという証でしかなかった。
 別に、プリンはそんなことどうでも良かった。
 ナマエという名前の、他国の王子だというその男は確かに優しそうな顔はしていたが、強面の兄達を見かけることの多いプリンからすれば覇気に欠けるとしか言いようがない。
 自国の服装なのだろうが、長い襟の端を頭の上まで引っ張ってボタンで留めるシャツも変だし、姿勢はいいが動きが遅い。
 せめて髪色は金が良かったし、何なら少し髭を生やした野性的な風貌でもよかった。手足が長くて見た目では分からないくらい体を鍛えていて、たまに煙草を吸っていたりしたっていい。料理がとても上手で、プリンを抱きしめてくれる力強さがあったらもっといい。
 そんな風に考えて、脳裏に浮かんだ男の顔が誰なのかに気付いてしまったプリンがぎろりと顔合わせの部屋で婚約者を睨みつけてしまったのは、馬鹿なことを想像した自分に対する苛立ちだってあったのかもしれない。

「? どうかしました?」

 不思議そうに少しだけ首を傾げたナマエという名の王子は相変わらず、海賊国家にやってきているというのにぼんやりした顔をしている。
 もっとしゃっきりした顔をすれば、もう少し見られるかもしれないのに。
 そうでなくとも、顔合わせを始めて今日で一週間。
 プリンの婿となるこの男は、大体いつも穏やかに微笑んでいるばかりで、怒った顔も見たことがなければ焦った顔も見たこともない。
 強面の兄達は『自分達の前でも同じだから肝の据わった奴だろう』というが、単にのんびりしすぎているだけなのではないだろうか。

「…………ねェ、ナマエさん」

「はい?」

 そこまで考えたところで一つ思い付き、プリンは両手をそっと合わせて相手へ近寄った。
 上背だけはある相手が、ほんの少しだけプリンを見下ろす。背中に定規でも入っているのかと尋ねたくなるほどぎこちない動きだ。
 それを見上げて、こっちを見て、とプリンは声を掛けた。
 自分へ注がれる視線をしっかりと受け止めて、その額が第三の瞼を開く。
 母親にすら嫌われた三つの瞳が、三か所からじっと自身の婚約者を見つめた。
 この男もきっと、今までに出会った多くの人間と同じように、驚いたり気味悪がったりするだろう。
 慌てふためいて逃げようとしたところで記憶を奪い取ってしまえばいい。なんなら、虫に怯えたなんていう情けない記憶と変えてしまったって面白そうだ。
 自分に刃を立てるような悪趣味な悪戯を仕掛けてあくどく微笑んだプリンの前で、ぱちりとナマエが瞬きをする。
 みるみるその目が驚きに見開かれ、やはりと祈る形に組んでいた手を解いたプリンの前で、しかし何故だか男は柔らかく微笑んだ。

「随分と個性的ですね」

 それから寄こされた言葉に、プリンの方が思考を停止させてしまう。
 戸惑うプリンをよそに、今日はそう言う感じですか、と呟いた男の手が、自分のシャツの襟を辿った。
 頭の上までたどり着いたその手がぷちりとボタンをはずして、上に引っ張られていた襟がはらりと落ちる。

「じゃあおれも」

 そんな風に言い放ち、ナマエの両手がひょいと自分の頭を持ち上げた。
 胴体と別れた先で、微笑んだ男が瞬きをしている。
 首の中頃から、まるでどこかの剣豪に切り払われたかのように、その体は真っ二つだ。

「………………えっ?」

 せめて悲鳴を上げなかったことは褒めてほしいわと、当時の自分を思い返して眉を寄せたプリンが言ったのは、それから数か月も後になる。







 プリンの夫となった男は、首のとれる人間だった。
 先祖にそういう人間がいたらしく、遺伝で時たまそういった人間が生まれる家系なのだとナマエがプリンへ話して聞かせるまでは、紆余曲折あり、しばらくの時間がかかったが、それはまあ良しとしよう。
 プリンの結婚式は盛大に開かれて、大きなウェディングケーキにシャーロット・リンリンもご満悦だった。
 とある海賊が作ったあのクリームを作らなくてはならず試行錯誤を重ねたが、プリンからしても満足のいく出来だ。
 そして現在、プリンの手は今日もまた、ボウルの中に滑らかなチョコレートをこしらえている。

「……んー……よし!」

 満足のいく出来になったチョコレートでいくつかの菓子をこしらえて、プリンは満足げに微笑んだ。
 トレイに皿を乗せ、その隣にカトラリーも乗せて、身支度を整える。
 エプロンを外した代わりにストールまで巻いてから、トレイを持ち上げた彼女は厨房を後にした。
 甘い香りに満ちた厨房を出て息を吸い込むと、少しだけ新鮮な空気が入り込み、それからトレイの上の甘いチョコレートの香りが改めて鼻をくすぐった。
 いくつかの菓子に並んでおかれたティーカップサイズの小さなケーキには、ホワイトチョコのチョコレートプレートまで乗っている。
 記した文字にうきうきと足を動かしたプリンが向かったのは、当然ながら夫のいる一部屋だった。

「入るわね、ナマエ」

 結婚を機に呼び捨てることになった名前を紡ぎつつ、扉を叩いたその手でそのまま、返事も待たずに扉を開く。
 現れたプリンに微笑んだプリンの夫が、もうそんな時間なんだね、と言葉を紡いだ。
 三時のお茶は一緒にとろうというのは、プリンが夫に出した結婚生活のうちの条件だ。
 そこそこ頭の良いらしいナマエは率先してプリンの仕事を手伝ってくれているが、放っておくといつまでも仕事から手を離さない。
 プリンだって試作を重ねている時は似たようなものだが、一緒にいる時間は取る必要があると考えている。
 仕方がない。だってナマエはプリンの夫なのだから。

「お茶を淹れるよ」

「私がやるから、貴方は机の上を片付けて」

「あれ、そうかい?」

 言葉と共に立ち上がろうとした相手へプリンが言えば、首を傾げつつも夫は素直に言うことを聞く。
 広げた書類を片付ける相手を横目に、先に運ばせてあったポットから紅茶を二杯淹れて、プリンはトレイを手に持ちナマエの方へと近寄った。
 書類を重ね、ペンを片付けてスペースを作った男の前にトレイを置くと、それを追いかけるように視線を降ろした相手が、あれ、と目を丸くする。
 その視線が小さな小さなチョコケーキに注がれているのを見て、むに、とプリンの口がおかしな方向に曲がった。
 こらえきれず少し顔を逸らして、つんと顎を逸らす。

「き、今日は〇月◇日だから、仕方なく作ってあげたわ。貴方なんかの為に使える分のチョコレートを使ってあげたのよ、小さいけど文句言わないで」

 大きなケーキを作ってしまっても、プリンとナマエだけでは食べきれない。
 誰かを招くなら最終的にはシャーロット・リンリンを招くことになり、母親が来れば茶会の主役は彼女になることなんて、プリンには分かり切ったことだ。
 だったらせめてとチョコレートの素材から拘り、数日かけて用意した最高級のチョコレートで作ったケーキである。
 たくさん甘いものが食べられないナマエだって一人で食べられるだろう大きさにして、足りないならつまめるようにと他にも菓子をいくつか付けた。
 すべては〇月◇日という、ナマエの誕生日を祝う為だ。
 プリンの放った言葉を聞いていたナマエは、なるほど、とひとつ呟いた。
 それを感じてちらりと見やったプリンの視界に、微笑む夫の顔が映り込む。
 結婚してからというもの、何故か時々うまく真っすぐに言葉を紡げなくなったプリンに対して、ナマエが怒ったことは一度も無かった。
 穏やかな眼差しを注がれて、プリンの眉間に皺が寄る。
 三つ目まで開き、じとりと注がれた三つの視線に、しかしナマエはただ微笑んだ。

「うれしいよ、ありがとう」

 さらにはそんな素直な言葉まで寄こされて、プリンはさらに目を眇めた。
 細い腕が伸び、自分の夫の頬に触れる。
 プリンの意図に気付いた夫が目を見開いて抵抗するよりも素早く、プリンのその手は夫の頭の上のボタンをはずし、そのままナマエの頭をあるべき場所から奪い取った。

「わわっ」

 すぐさま引き寄せれば、首の半分から下を失ったはずのナマエが声を零す。頭と体が離れても、ナマエの食事や発声には影響がない。
 相変わらず不思議だわとそれを抱き込みながら見下ろして、プリンは行儀悪くナマエが使っていた机の上に腰かけた。
 深く腰掛け、自分がつけてきたストールをするりと外して、膝の上に敷く。
 その上に自分が奪った頭を置くと、両手で抱えるようにして支えた先の頭が不思議そうにプリンを見上げた。

「どうしたの」

 尋ねながら、その目が瞬きをする。
 まるで幼い子供のようなそれを見下ろして、なんでもないわ、とプリンは言葉を紡いだ。
 その手がトレイを自分の傍へと引き寄せて、手にしたフォークをケーキに突き刺す。
 バースデーソングも歌ってあげていないが、きっとプリンの夫はそんなこと気にもしないだろう。

「さ、口をあけて」

「食べさせてくれるのかい」

 戸惑ったようにそんなことを言いながら、しかし彼は素直に口を開いた。
 あー、と声まで漏らしたそれをふさぐために、プリンの手が相手の口にチョコレートケーキを詰める。
 プリンがわざと多めに入れたせいで口の端が汚れてしまったが、当人は気にした様子もなく噛み締めたケーキを飲み込んで、それからにこりとプリンへ向けて微笑んだ。

「美味しいよ」

 おれの奥さんは料理上手だね、なんてありきたりな誉め言葉を寄こす相手に、こんなの普通よ、とプリンは告げた。
 わずかに湧いた嬉しさがプリンの唇を軽くゆがめたが、当人は必死になって口を引き締めて我慢する。ちょっと褒められたくらいでへらへら笑うような安い女だなんて、夫になった男に思われてはたまらない。

「もう一口欲しいな」

「そう。じゃあ、はい」

 二回目からは仕方なさを装って、プリンの手がフォークを操る。
 そうして彼女の作った特製ケーキは、丸ごと全て夫の胃へと収まったのだった。



end


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