チャカと誕生日
※NOTトリップ主は市民(商人)で幼馴染
※緩く捏造
チャカには、ナマエという名前の友人がいる。
幼い頃から近しい間柄だった、幼馴染である彼は、今は城下に店を構え、物を売り買いする商人の一人だ。
十年ほど前に移住を決めた親から譲り受けた店は、いつも変わりなく街角に佇んでいる。
チャカの住まいが城下にあった幼い頃は、ナマエを店まで送っていくのがチャカの日課だった。
その店がそのままナマエたち一家の住居であったことと、遊び場からの帰り道にナマエの家があることが殆どだったことが原因の一部ではあるが、少し遠回りをしてもできるだけ一緒に過ごしたいくらいには、仲の良い友人であったとチャカは思っている。
否、今もまた、ナマエは大事な友である。
「チャーカ」
だからこそ、この暴挙にも耐えているのだと、果たして当人は理解しているのだろうか。
腕を組み、眉間に皺を寄せたチャカの頭が、わしゃわしゃと武骨な商人の手で撫でられている。
その指が擦るのはしっかりと切りそろえられたチャカの黒髪ではなく、似た色味の短毛である。
頭上に生えた一対の耳は三角で、時々ぴくりと揺れるのを、楽しそうにナマエが眺めている気配がする。
ゴザを敷いて座った床の上にはいくつも酒瓶が転がっていて、つまんでいたつまみもほとんど空だった。
獣人化したチャカの鼻をもってしなくてもわかる通り、チャカの友人は酔っぱらっている。
酔いに任せてべたべたとチャカにくっつき、動物が触りたいと失礼なことを言ってチャカに変身をねだったのは、ほんの十分ほど前のことだ。
「まったく……羽目を外し過ぎだ」
「チャカがのんでいいっていったんだろー」
頭をされるがままにしながら、とりあえず転がっていた酒瓶を引き寄せたチャカに、傍らの友人がなんだよぅと間延びした声を出した。
ナマエが話すたびに酒の匂いが強くなるので、やはり相当に酔っているのだろう。
「飲んでいいと言ったが、ここまで飲めとは言っていない。わたしが持ってきた酒をすべて開けたんじゃないのか?」
「まだ一本残ってる」
言葉を紡ぎ、ナマエの指が寂しげに佇むひと瓶を示した。
確かに、コルクはまだきちんと封の役目をはたしているようだ。
何故だか少し離れたところに置かれているそれにチャカが首を傾げると、チャカの頭を撫で続ける男が楽しそうに口を動かした。
「あれはチャカの誕生日に飲むんだぁ」
「……あれは、お前への贈り物であるはずだが」
訳の分からないことを言われて、チャカは困惑しながら変身を解いた。
黒い髪がするりと伸び、一対の耳が消える。楽しそうに頭を撫でていたナマエも感触の違いに気付いたのかその手を止めて、少し不満そうにしながらもその手を降ろした。
今日は、〇月◇日だ。
すなわちそれはこのチャカの友人の誕生日であり、チャカがこの店を訪れた理由だった。
宮殿に勤め、警護の任についたチャカが城下へ降りたのは久しぶりのことで、現れたチャカを『久しぶりだな』と笑って受け入れたナマエは、去年と同じ顔をしていた。
祝福の言葉と共に渡した酒を喜んだナマエの笑顔が、チャカの頭をよぎる。
「わざわざわたしの誕生日まで取っておくのか?」
「そうだよ」
チャカの問いに、酔っ払いは案外はっきりとした返事を寄こした。
座ったままで一生懸命に体を倒して伸ばしたその手が、離れた場所に置いてあった酒瓶を捕まえる。
大事そうにそれを引き寄せ、そうして自分の膝へ寝かせるように置きながら、倒れていた姿勢が戻った。
「せっかくチャカがくれたんだし、大事にしておこうと思ってさァ」
「酒は飲まねば意味のないものだが」
「飲みすぎって止めたくせにィ」
「度を過ぎなければの話だ」
にやりと笑った相手が肘でつついてきたので、チャカはきっぱりとそう言った。
チャカが久しぶりに訪れたことではしゃいだのか何なのか、今日のナマエはずいぶんと酒を飲んでいた。きっと明日は二日酔いに苦しむことだろう。自業自得ではあるが、世話はまた手を焼きそうだ。
外泊の届を出しておいて正解だったと考えたチャカの横で、だって、とナマエが呟く。
「チャカのことだから、すぐ自分の誕生日忘れちまうだろ?」
「それは……」
「だから、これ、うちの見えるとこに飾っておこうと思ってさァ」
そうしたらチャカだって見るたび思い出すだろうと、ナマエが言う。
名案だろうと胸すら張った友人に、チャカはその口からため息を漏らした。
「それは、わたしがこの店を訪れることが前提の話じゃないのか」
「え!? もう来ないのか?」
「いや、そうは言っていないが」
「なんだよもォ、脅かすなよォ」
慌てたような顔をしたナマエが、チャカの返答に眉を寄せて、子供のように口を尖らせた。
小さな頃のようにふるまう相手を見やって眉を寄せたチャカの方へ、ナマエが体を寄せる。
「チャーカ」
間延びした呼びかけは、ナマエとチャカが小さかった頃から、何度も耳にした言葉だった。
成長し、確かに成人した男であるはずのナマエが目を細めて笑うと、いつでもチャカは目を逸らすことが難しくなる。
同性で、そこまで美男でもないはずのナマエに眼を奪われるのが何故なのか、気付いてしまったのは随分と昔のことだ。
すべてを気のせいで片付けて放り投げ、何度も何度も踏みつぶしておいたというのに、くすぶるものは一向に消えてくれないでいる。
「もっかい触らせてくれよ」
おねがい、と手を合わせて無邪気にねだる相手に、チャカの目は眇められた。
しかしそれでも、目の前の相手は誕生日だからと、そんな言い訳を胸の内に零して、その体が悪魔の実の能力を使う。
完全にジャッカルと化した姿を見せたこともあるが、その時の不埒者はチャカを転がして腹まで触ろうとしたので、獣人化はチャカの示す最大限の譲歩だ。
「お、やった」
「十分だけだ」
「えー、ケチー」
チャカをそんな風に詰りながら、嬉しそうに笑った友人がチャカの頭を撫でる。
無防備に開いた体は押しやれば簡単に倒してしまえそうで、酔いの回った体でナマエがチャカからのがれる可能性は、万に一つも無いだろう。
噛みつき、むさぼり、自分のものにする。
心さえいらないなら、その程度のこと、チャカには造作もない。
しかし、ナマエは、チャカの大事な友である。
だからこそこの暴挙にも耐えているのだが、当人はそのようなこと理解していないのだろうと、チャカの口からは二回目のため息が漏れたのだった。
end
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