ペロスペローと誕生日
※有知識転生トリップ主人公はシャーロット・ナマエ(4歳)
「誕生日おめでとう、ナマエ」
それは私からの誕生日プレゼントだ、と優しげな声と共に示されたものに、俺は眉を下げた。
座り込んだ姿勢のまま、じっと相手を見上げると、大きなキャンディケインでこつりと床を叩いた目の前の相手が、ふうとため息を零す。
「可愛い弟にそんな顔をされると困っちまうぜ、ペロリン♪」
「ペロスにぃ……」
「だが駄目だ」
きっぱりと寄こされた言葉に、俺はしょんぼりと肩を落とした。
そうしてそのまま、自分の手元を見下ろす。
小さな子供特有の細い腕に巻き付いているのは、大きな手枷だった。
隙間すらほとんどないほどぴったりの大きさで、枷部分に継ぎ目の一つもないのは、それがほんのついさっき、するりと巻き付いて固められた『飴』だからだ。
間をつなぐ鎖も美しい虹色をしていて、揺らすとちゃらりと音がする。
先ほど少し舐めてみたが、あまり溶けなくて、何より全然美味しくなかった。キャンディなのにしょっぱくて苦くて甘いって言うのはもう訳が分からない。
「ナマエ、答えてごらん」
落ちてきた言葉と共にひょいと動いたキャンディケインの先が、俺の顔を掬い上げるように下から顎先に触れた。
促されて顔を上へ向け直すと、俺を見下ろしていた相手が少しばかり身を屈めている。
長い舌をちらりと揺らした、派手な服装を好む目の前の相手は、ペロスペローという名前の、今のこの俺の『兄』だ。
『ご機嫌よう、おれの新しい弟は君かな? ペロリン♪』
体が思い通りに動かず、困惑と恐ろしさに情けなくも泣きそうだった俺をひょいと持ち上げて、顔を覗き込まれた。
死んだはずの自分が、漫画の世界とよく似たところへ生まれ直していると気付いた一番最初のきっかけは、この兄を見た時だった。
いくら写実的になっているとは言っても、さすがにこの兄の見た目は特徴的すぎる。
更には悪魔の実だの偉大なる航路だの、たまにコンビニで立ち読みする少年漫画の世界だと認識するには十分すぎる情報もついてきて、俺は自分がフィクションの世界とよく似た場所に生まれたということを理解した。
後から顔を会わせた母親もまた規格外だったし、他の兄弟達も同じで、もはや疑う余地すらない。
だから俺は大人しく、シャーロット・ナマエとして今を生きている。
「なんでこんなことをした?」
俺を上から覗き込む兄は笑顔だが、目は真剣だ。
じっとこちらを覗き込み観察するそれを見上げて、俺は用意していた言葉を口にした。
「ペロスにぃたちみたいに、うみにでてみたくって」
俺の家族は海賊だ。
今は一国を治めているが、それでもあちこちへ船を向けるし、そうでないときは国のために働いている。
目の前の相手なんて、もう一か月ほど休暇も取らずに働いていると聞いていた。キャンディを操るペロペロの実の能力者は、作り出すものも素晴らしく、そして優秀ゆえにその能力を使わない事柄でも引っ張りだこだ。
生まれて数年しかたたない俺は小さいし弱いので、船に乗りたいと言ってみても乗せてもらえないし、仕事を手伝ってみたいと言っても手伝わせてもらえない。
ならばと与えられた部屋を抜け出して、あちこちに隠れてついには島を出る船へと密航した。
そろそろ置いてきた手紙が見つかる頃かなと思っていたら、倉庫に押し入ってきたキャンディ大臣によって捕縛されてこの様である。
連れ帰られた船の一室で、座り込んだ俺の両手はキャンディによって戒められ、実は足にも同じものがつけられている。
「ママは寛大だが、『脱走』には容赦しない。賢いお前には分かっていたことだろう?」
そんな風に言いながら、兄の手がゆらりと振るわれる。
それだけで俺の体の下へキャンディが滑り込み、ずるりと出来上がった机の上に座る格好で体の高さが変わった。足がまるで動かないので、足についていた枷と同化したようだ。
どことなく兄がいつも体を向けている机に似たそれの足がさらに伸びて、俺の顔が屈むのをやめた兄の頭と同じ高さにまで上がる。
「ママの手にかかればお前はすぐに死んでしまう。おれ達だって、庇ってはやれない」
自分の浅はかさが分かっているのかと言わんばかりに見つめられて、俺は目の前の相手をじっと見つめ返した。
そんなこと、言われなくても知っている。
立ち読みした漫画と『似ている』だけとは言え、伝え聞くビッグ・マムの苛烈さときたら、俺が海兵だったら見かけても見ないふりで通り過ぎたいくらいだ。
そして、だからこそ、俺は今回『家出』を企てたのだ。
だってそうすれば、母親の苛烈さを知っているからこそ、絶対に俺を追ってくる人がいる。
「ごめんなさい、ペロスにぃ」
素直に謝罪を口にすると、伸びてきた手がそっと俺の頭を撫でた。
ふわりと甘い匂いがするのは、袖口のカフスボタンもキャンディだからだろうか。
いくら『大臣』の肩書を持っているとはいえ、俺が知る限り、俺の『兄』達でここまで忠実にそれをこなしているのは、目の前のこの兄くらいなものだ。
能力を使ってなんでも作るし、子供にはキャンディを配る。歌って踊れて優しいとなれば慕う人間も多く、それに比例して頼る人間も多い。
普通なら無理なものは無理と言って断りそうなものだが、頼られることに慣れている俺達の長兄は、能力も高いせいで寄越されるすべてを請け負ってばかりだった。いつか倒れるんじゃないかと不安になるほどだ。
どうかと思うと物申したいが、さすがに生まれて四年の俺が意見できるような相手でもない。
「まったく、お前のおかげで仕事も他に任せてきちまったぜ」
ため息を零しながらそんな風に言った兄が、両手でひょいと俺を持ち上げる。
動かなかったはずの足がキャンディ製の机から離れ、俺は兄に抱き上げられる格好になった。
両手が戒められているせいで抱き着くこともできず、とりあえず近くの服を掴まえる。
兄はそのまま歩き出して、俺を放り込んでいた一室から外へ出た。
「ペロスにぃ?」
「これからお前はお仕置きだ、ナマエ。罰はしっかり与えなきゃ、おれの気が収まらねェ」
そんな風に言われて少しばかり身を縮めたが、その点については身から出た錆だ。
甘んじて受けようと決めて、おずおずと口を動かす。
「……おれ、ママにもおこられる?」
「怒られてェんなら知らせてやるぜ? ペロリン♪」
尋ねた俺への返事は、予想の通りだ。
弟妹に甘いこの兄は、母親には知らせずに俺を追いかけてきたらしい。協力したのが兄弟なら、そちらもきっと口が堅い人を選んだことだろう。
おこられたくないと首を横に振ると、くくくく、と兄が笑う。
先ほどまで怒っていたにしては機嫌が良いなとそれを見上げると、俺を運ぶ兄がちらりとこちらを見た。
「何をされるか気になるか?」
罰を恐れて見つめたと勘違いしたのか、そんな風に言葉が寄越される。
あまり酷いことはされないだろうからそこまで気にはならないが、兄の気が済むようにと頷くと、兄は俺を片方の手で抱えなおした。
空いた手を俺の目の前に出して、ピンと人差し指が立てられる。
「まずはそうだな、ケーキ責めの予定だ。あと一時間もしたら、シフォンがケーキを届けに来る。カタクリくらいの大きさだ、覚悟しろ」
「ケーキはママとたべたよ?」
「そいつァバースデーケーキだろう?」
一緒にされちゃあ困ると言われて、ぱちりと瞬きをする。
けれども気にした様子もなく、私が見張っていてやるから全部食べるんだな、と笑った兄がもう一本指を立てる。
「それ以外では水責めだな。汚ェところにいた罰だ、私が直々に沈めてやる。石鹸の泡とヒートダイアルの轟音とタオル責めもセットだぜ」
「それっておふ……」
「さらには愚痴責めだ。聞きたくなくてもこれから日付が変わるまでずっと話しててやる、私の溜まりに溜まった不満を聞いていけ」
思わず言いかけた俺の言葉を遮るようにそう言って、兄は指を三つ立てた手を揺らした。
はたしてそれは、お仕置きと言えるんだろうか。
シフォンと言う名の姉のケーキが美味しいことは知っているし、確かに体は汚れているから、風呂に入るなんてありがたい話だ。
しかも拭いてくれて乾かしてくれるつもりでもいるらしいし、言っていることからしてその間ずっとこの兄は一緒にいてくれるつもりだろう。
戸惑いを浮かべた俺の目の前で、兄がにやりと口元を笑ませる。
「……これで狙い通りか? ペロリン♪」
悪い顔でそんな風に言われて、俺はぱちりと目を瞬かせた。
その言葉に、兄に自分の『狙い』がバレていたと気付いて、思わずそっと目を逸らしてしまう。
今日は、俺の誕生日だ。
忙しい兄は、それでもこの〇月◇日に十数分だけ時間を作ってくれて、『ママとの茶会の後にお茶をしよう』と誘ってくれた。
だからこそ、俺はその時間を狙って家出して、兄が見つけるように家出の書置きまで残したのだ。
そうすればきっと、この兄が追いかけてきてくれる。
その確信があったこその行動だったし、結果として兄は仕事を全部放って俺を探し出してくれた。
まさか狙いが気付かれているとは思わなかったが、そうなるとなんとなく、バツが悪い。
「…………じゃあ、ペロスにぃはきょう、おやすみ?」
「可愛い弟のわがままじゃあ仕方ねェ」
「ふつうのヒトは、もっとおやすみとるんだよ」
むっと眉を寄せ、目を逸らしたままの俺の発言に、兄はくくくと笑うばかりだ。
手の上で転がされたようで不満だが、とりあえず望んだ誕生日プレゼントを貰えそうなので、まあ良しとしよう。
end
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