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本日限り有効
※トリップ主は白ひげクルーでサッチと両想い




「ほら、今日はサッチ隊長の誕生日ですから」

 にこりと笑って寄越された言葉に、ああそうだったな、とサッチは言葉を零した。
 一般的な『大人』の年齢になって久しい今日、いちいち歳を取ると言う日を喜んでいられるわけも無いのだが、『家族』達はみんながみんな、『家族』が無事に年齢を重ねられたことを喜んで祝いの言葉を寄越してくれる。
 前倒しで言われることも幾度かあったが、そういえば今年はそれも無かった、と昨日のことを思い浮かべて一つ頷き、それで、とサッチは天井を仰いだ視線を目の前の青年へと戻した。

「どうして、おれがこうなってんだよ」

 問いかけたサッチの体は、両腕を除いて厚手の毛布に巻き付けられた簀巻きの状態だった。
 その両腕も、前で合わせて伸縮性のある包帯らしきものにしっかりと巻き付かれているので、まったく自由がない。
 久しぶりに辿り着いた島は冬の到来し始めた秋島で、中々の寒さだったからさっさと寝てしまおうと部屋を暖め酒を飲んで、昨晩のサッチはしっかりと毛布へくるまり眠ったはずだった。
 酒に弱かった覚えはないが、飲みなれない酒だったためかぐっすりで、先程自然に目を覚ますまで全く気付かなかった事態である。
 じとりとサッチがその目を眇めると、だって、とナマエが子供の様に言葉を零した。

「サッチ隊長の誕生日ですよ」

「おれの知る誕生日ってのァ簀巻きにされる日じゃなかった筈だが、お前の変わった故郷ではそうなってんのか?」

 サッチやマルコ達の知らない『故郷』の話を聞かせる元漂流者へとサッチが問うと、やだなァそんなことあるわけないじゃないですか、と妙に明るい言葉が返った。
 それからその手が鏡を掴まえ、どうですか、とサッチへそれを向けて見せる。
 鏡の中の己のリーゼントが人の手によりしっかりと作り上げられたのを確認して、サッチの口からは溜息が漏れた。

「この間、髪形の話を振ってきたのは今日の為かよ……」

「マルコ隊長達に実験台になってもらった甲斐がありました」

「何だそれ」

「すっごい笑ったらとても殴られました」

 痛かったです、と申告して叩かれたのだろう頭をさするナマエに、おれも見たかった! と軽く身悶えてから、そうじゃなくて、とサッチはすぐにナマエを睨んだ。

「だから、どうしておれがこうなってんだって聞いてんだろ」

「だから、今日がサッチ隊長の誕生日だからですよ」

「ぜんっぜん回答になってねェんだってさっきから! もう少し詳しく言え!」

 首を傾げたナマエへ向けてサッチが声を上げると、寄越された言葉に少しばかり困った顔をしたナマエが、ふるりと首を横に振った。

「去年、自分の誕生日ケーキを作ったって聞きました」

 そうして放たれた唐突な言葉に、は、とサッチが声を漏らす。
 戸惑うサッチを気にせず、ナマエは言葉と共に右手の指を折り曲げた。

「その前の年は一日かけて宴会の料理を作って、その前の年は自分で仕留めた海王類を使って、その前の年は隊長の作った酒が主に振舞われて、その前は……」

 言葉と共に辿られる己の記憶に、サッチはわずかに眉を寄せて首を傾げる。
 どれもこれも、確かに去年より以前のサッチの誕生日の様子だった。
 サッチ自身ですら、言われるまで思い出せないような物すらある。
 昨年の夏、サッチが海で拾った漂流者には知る由もないことであるはずだが、誰かがそれを語って聞かせたのだろうか。
 何とも記憶力のいい話だと眉を寄せたサッチの前で、ひとまず十年ほどの『サッチの誕生日』を語って聞かせたナマエは、それからじとりと何故か非難がましい視線をサッチへ向けた。

「自分の誕生日に、何働いてるんですかサッチ隊長」

「いや、そりゃおれだって働くっての……他の奴らの誕生日でもあるんだし」

「駄目です」

 それの何がいけないんだと尋ねる前にきっぱりと切り捨てられ、な、とサッチが声を漏らす。
 両手を組み、じとりとサッチを見据えたままで、ナマエはサッチへ向けて言葉を続けた。

「今年の俺達からの誕生日プレゼントです。今日のサッチ隊長は、一日お休み。包丁を握ることは許されません」

「休み、って」

 きっぱりと放たれた言葉に、サッチは改めて己の体を見下ろした。
 相変わらず毛布で簀巻きの胸から下は、しっかりとロープまで巻き付いているせいで、それをはぎ取ることすら出来はしない。
 肌寒い秋島だったから良かったものの、もしもこれが夏島だったなら地獄だったろうなと少しばかり考えて、両手すら拘束された海賊がその目をナマエへ戻した。

「これ、おれに何一つ自由がねえんだけど」

「そのために俺がここにいます。夕方までの我慢ですから、何かあれば俺へ命令してください」

 尋ねるサッチへそう言って、ナマエがむんと胸を張る。
 夕方まで、という言葉に、どうやらサッチは自分が殆ど部屋の外へも出されないだろうと言うことを理解した。
 よくよく耳を澄ませてみれば、少し騒がしい様子が通路側からうかがえる。
 恐らく、サッチやサッチと近い日付の誕生日のクルー達を祝う宴が用意されているところなのだろう。確かに、もしもサッチに自由があったなら、その手伝いをしたことは想像に難くない。
 ふうん、と声を漏らしてから、サッチは拘束されたままの腕を見下ろした。
 伸縮性のある包帯は、サッチの腕に痛みは与えていない。
 引きちぎることなど容易いだろうが、そうすれば目の前の彼がまなじりをつり上げることは簡単に分かった。
 しかし、怒るだけならまだいいが悲しげな顔までされてしまったらどうしようか、と考えると、サッチの腕に入りかけた力が抜ける。

「……おれの見張り役をお前にしたの、マルコだろ」

「? はい」

 一番役に立たないからと言われました、とナマエは少し口を尖らせて答えたが、恐らくマルコは適材を適所に配しただけだろうとサッチは理解した。
 サッチが、己が海から拾い上げたこの青年を特別扱いしていることくらい、どうやらマルコにはお見通しであったらしい。
 まあ、サッチがセットした自分の髪に触れさせるのはナマエ相手ぐらいなのだから、先日食堂でサッチへ髪形の話を振ったナマエに触らせていた時点で気付かれていても仕方ない。
 いや、ひょっとすると、二人がこっそりと『恋人同士』として通じ合っていることすら知っているのかもしれない。
 『秘密にしてほしい』と言った妙に恥ずかしがり屋なナマエがもしもその事実を知ったら、今度はナマエが部屋に閉じこもってしまうだろう。
 そうなったら世話を焼いてやるべきかと考えながら、サッチは身動きできない自分の体に肩を落とす。
 二人きりで部屋に閉じ込められるのはまあいいとしても、手も足も出ないまま夕方まで我慢するしかないのか、とため息を零したサッチの向かいで、あの、とナマエが声を漏らした。

「俺、ちゃんと役に立ちますから。それを解いたりする以外のことだったら何だって言うこと聞きますから、何でも言ってください」

 あ、トイレの時だったら解いてもいいって言われてますよ、と更に言葉を続けるナマエの顔は、真剣そのものだ。
 放たれた言葉に目を丸くしたサッチが、まじまじと目の前の青年を見つめる。

「……ナマエ、お前さ」

「はい?」

「…………ほんっとーに、海賊に向いてねェよな」

 サッチがそう言ってやり、言葉の撤回を待ってみても、ナマエは不思議そうに軽く首を傾げるばかりだ。
 自分がどんな爆弾発言をしたのかも、恐らく分かっていないに違いない。
 両手も両足も拘束されたまま、好きに身動きも出来ないサッチは、そのままにまりと楽しげに笑った。
 どうやら今年の誕生日プレゼントは、『宴』だけではなかったらしい。
 どうせなら首にリボンの一つでも巻いてほしかったところだが、『海賊』が包装を気にしても仕方の無い話だったので、サッチはありがたくそれを頂戴することにした。



end


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