サルデスと誕生日
※主人公はNOTトリップ主で職員
※細かな捏造多め
天下の大監獄に配属されて、まさか日常業務が裁縫だなんて、一体どこの誰が考えついただろうか。
「……うーん……よし! いい出来!」
両手で広げた大きな被り物を広げて、丁寧に縫い付けた髑髏が頭に当たる部分にしっかりとくっついていることを確かめたおれは、そう言って大きく頷いた。
そこでこんと頭を叩かれて、あいた、と小さく声を漏らす。
唐突な攻撃に眉を寄せ、おれは加害者の方へ顔を向けた。
「何するんですか」
「急にデカい独り言を言うからだ」
頭がどうにかなったのかと思ったぜ、なんて言い放ち、こちらを見上げているのは牢番長殿だった。
ここは基本的におれが一人で作業をしている一室だ。いつの間に入ってきたんだろうか。
他の職員たちが持っているのによく似た三又の矛が、こんこん、とおれの頭をその長い柄で叩いている。
痛くはないものの、とんでもないことをしでかす相手の武器を掴まえておく。
この人のこのトライデントだけは、柄の部分に笛がついている。海の格闘家達を指揮するためのものなのだ。
「笛のとこが駄目になったらどうするんですか」
「おいナマエ、どれだけ石頭のつもりだ?」
おれの非難を鼻で笑って、けれども牢番長は攻撃しようと込めていた力を抜いた。
それどころか大事な矛を手放されて、こちらが手を離すことも出来ない。
慌てたおれが何かを言うより早く、どれ、と小さなその手がこちらへ伸びた。
おれが今仕上げたばかりのかぶり物を掴まれて、仕方なく反対側を引っ張って広げ直す。
「……ふん、なかなか良い出来じゃねェか」
おれが作りあげたそれを見つめ、布の端の返しまで確認してから、牢番長はそう言った。
そうでしょう、とおれも胸を張る。
おれが縫い上げたそれは、椅子に座ったおれより小さいこの人が率いる、そこいらの職員より恐ろしく強い部下たちのためのものだ。
ブルーゴリラ、通称ブルゴリと呼ばれるあのゴリラたちは、みんな同じコスチュームを身に着けて頭を隠している。
そして頭頂部あたりに縫い付けられた髑髏のマークは、牢番長の頭にある帽子のそれと同じ。つまり、チームとしてのトレードマークだ。
いっそその立派な角と同じような格好いい飾りも付けたらと提案したこともあるが、ブルゴリには邪魔だと言われて一蹴された。
確かに、海を泳いで海王類を追い回すこともあるブルゴリ達に必要なのは抵抗の少ない曲線であって、ただの飾りでしかない尖りは水の抵抗を生むばかりかもしれない。
あちこちで暴れることになるブルゴリたちが被り物を落とさないよう内側に細工をして、さらにはそれでも汚れたりほつれたり破れたりするものを補修したり新しく作ったり、というのが、今のおれの仕事だった。
自己申告書類に『裁縫が得意です』なんてどうしようもないことを書くからこういうことになるんだと思う。しかし、アピール欄なんて他に何を書いたらいいかも分からなかった。
「これが最後か?」
「今朝の確認では、もう終わりの予定でしたが……追加ありましたか?」
両手でさっさとおれが作った物を小さくまとめ、おれの膝へとそれを乗せてから武器を取り戻した上官へ、おれは椅子に座ったままで尋ねた。
失礼な格好かなとも思うが、毎回立ち上がっていたら『座ったままでいい』と言われたことがあるのだ。おれだって大きい方ではないが、椅子に座っていても見下ろすくらい、おれ達の上司は小さい。
「残念ながら、ねェな」
「じゃあ終わりですね。片付けて定時に帰ります」
「まァ待て」
椅子に座ったままで軽い敬礼をしたおれに、そんな風に言葉を放った牢番長がこちらを見上げた。
帽子の形のせいもあって、少し眠たげな目元には影が落ち、下から睨みつけているような目付きだ。
でも、本人には別にそんなつもりもないということを、おれは知っている。
小さくて、見た目の可愛らしさのわりに仕事人であるサルデス牢番長は、意味もなく人を睨んだりはしない。
囚人たちに対してはその限りではないかもしれないが、挑発されてもそれに乗ることなんてほとんど稀だ。
あのブルゴリ達を抑え従えることのできる司令官としての力量は本物だし、この人が配属されてから、食料供給はかなり改善されたと聞いている。
そして、尊敬できる上司でもあるこの人が、急な残業を申し付けてくることは、あまりない。
「何かありましたか?」
『定時に帰る』と言ったら止めてきた相手へ尋ねつつ、おれは敬礼の為に添えていた手を降ろした。
日常業務が裁縫作業ばかりになっているが、おれだって牢番の一人だ。
この人とブルゴリがいれば大概の力仕事は出来るにしても、人数が必要な何かがあったのかもしれない。
同僚達にはもう声がかかっているんだろうか。基本的にこの部屋に詰めているから外の様子が分からないが、電伝虫は鳴らなかったし、昼休憩の時にもそんな話は聞かなかった気がする。
「もしかして……海軍本部からの視察でも?」
「いや、そうじゃない」
不定期にあるあの胃が痛くなる行事が来てしまうのかとわずかに眉を下げたおれの前で、牢番長はふるりと首を横に振った。一緒に長い角二本が左右に揺れて、帽子がずれたのか小さな手が自分の帽子に触れる。
広がった帽子のつばを少しばかり引っ張り、何かを考えるように一旦よそを向いたその顔が、改めてこちらへ向けられた。
「……お前、今日誕生日だろう」
「え?」
言葉を紡がれて、おれの口から間抜けな声が漏れた。
思わず視線を壁に貼ってある予定表へ向けて、小さく書かれている日付を凝視する。
今日は〇月◇日。
確かに、おれの誕生日だ。
「…………忘れてた……!」
しっかり記されていたそれに、思わず声を漏らす。
おれの口から出た言葉を聞いて、なんだ、と牢番長が言葉を紡いだ。
「何か予定があったか」
「いえ……予定入れるのを忘れてました……」
悔しさに拳を握りつつ、そう言葉を漏らす。
どうやらおれは、自分の誕生日をただ仕事だけして過ごしてしまったらしい。
ただでさえインペルダウンは他と隔離されている場所だ。休みの予定でも取らなければ、離れることすら難しい。
子供じゃないんだから自分の誕生日にそこまではしゃぐ必要はないだろう、なんて言われてしまえばそれまでだが、折角の今日という日、せめて休暇を取れば良かった。
しっかり仕上げてしまった仕事の結果を膝に乗せたまま、深くため息を零す。
やっぱり定時に帰ろう。
「なら、ちょうど良かったな」
胸に誓ったおれをよそに、牢番長がそんな風に言葉を零す。
なんだろうと思って見やったら、いつも真面目な顔をしているその人が、何故だかにやりと口元を笑ませていた。
笑顔なんて初めて見たので、思わず目を瞬かせてしまう。
「ろ……牢番長……?」
戸惑い交じりに相手を呼ぶと、すぐに笑みをひっこめた牢番長が、なんだ、と尋ねてきた。
いつもの顔に戻られてしまったらそれ以上追及できるわけもなく、いえ何でも、と返事をするしかない。
おれの回答に少しだけ首を傾げてから、牢番長は口を動かした。
「誕生日おめでとう、ナマエ。少しおれに付き合え」
いまだかつてこんな真面目な顔で言われたことのない『おめでとう』に目を瞬かせている間に、言葉を続けた牢番長が手元の武器を自分の肩へと軽く当てる。
立つように掌で示されて、思わず膝の上のものを持ちながら椅子から立ちあがる。
おれを見上げた牢番長は満足げに頷き、行くぞと声を掛けてこちらへくるりと背中を向けた。
ついてくることを疑う様子もないそれに従って、とりあえず足を動かす。
途中にある大籠に最後の一枚を積んだ後、牢番長に付き従う形で部屋を出ると、通路は妙に静かだった。
そこそこの人数がいる筈だが、同僚達の姿すら見えない。
やっぱり何かあったんだろうかと周囲を見回しているおれを、牢番長がちらりと見やる。
「今日は特殊訓練の日だ」
「特殊訓練?」
「おれがいなくてもブルゴリを扱えねェと、囚人達にその隙を突かれちまうからな」
何かあれば連絡が来るとポケットから取り出した子電伝虫を見せられて、はあ、とよく分からないまま相槌を打つ。
手元の矛で傍らを軽く叩かれ、足を速めて隣へ並ぶと、牢番長の顔が正面を向いた。
「今から一日、おれは休みを取る。よって、ナマエ、お前はおれに付き合え」
「残業ですか?」
「残業代は出ねェ。休暇だ」
きっぱりはっきりとそんな風に言われて、少しだけ理解に時間がかかった。
しかしつまり、もうおれの今日の仕事は終わりで、明日は一日休みということか。
指定休暇は久しぶりだが、牢番長と休みが重なったのは、そう言えば初めてだ。この人はブルゴリにしっかりとした指示を出せる人で、基本的にインペルダウンに詰めているから、ちゃんと休みを消化しているかも疑わしい。
もしかしたら、久しぶりに休むことになって暇だから、暇つぶしの相手をしろということかもしれない。
「……おれ、買い物に出かけるか、部屋でダラダラするかしかしたことないんですが」
それでもいいですかと尋ねると、上等だと答えた牢番長が足を動かす。
おれの二歩に対して三歩を歩く牢番長と歩く時のこつは、相手の様子を見ながらゆっくり動くことだ。
決してわざとらしくちまちま立ち止まってはいけない。おれはそれをやられて酷く傷ついた。大体あれはデカすぎる署長が悪い。
「買い物ってのはマリンフォードか。定期船が出る予定だったな」
「今からだと着くの夜ですよ?」
「船で食事をして向こうで宿も取ればいいじゃねェか」
仕方ねェから奢ってやる、と続いた言葉に驚いて、恐縮しながらもその厚意を受け入れることになったのは、それから数時間後。
「…………仕切り直しが必要だ」
インペルダウンの牢番長の顔すら知らない市民から『子供』扱いされた小さなおれの上官が、いつもよりも仏頂面でそう唸って、ホテルの手続きを代わりに済ませたおれは『まあまあ』とそれを宥めて笑っていた。
まさか『牢番長との誕生日休暇』が毎年恒例の行事になるだなんて、その時のおれには考えもしないことだった。
end
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