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ダルメシアンと誕生日
※無知識トリップ主は海兵さんでダルメシアン中将の部下で実は犬が好き
※中将に対する能力の捏造があります



 海の上というのは、日付の感覚が怪しくなってくるものだ。

「……あ、俺、今日誕生日だ」

 一日がやがて終わる夜遅く、日常業務となっている日誌を付け始めて、俺はようやくその事実に気が付いた。
 今日は、〇月◇日だ。
 前日の日付を確かめて、それから日付を記入しているのだから間違いない。
 また一つ年を取ったのかと感慨深く思いながらペンを紙から離したところで、はあ、と落ちたため息が耳に届く。
 寄こされたそれを追うように視線を向けると、斜め向かいに座っていた上官が、呆れた目をこちらへ向けていた。
 表情がよく分からないのは、俺の直属の上司であるその人が悪魔の実とかいう不思議果物を食べた超能力者で、身体能力向上のためにと起きている間は基本的に人と獣の入り混じった姿を取っているからだ。
 さらに言うなら、体に現れている犬種もそのお名前も『ダルメシアン』だった。悪魔の実というのは後天的なものらしいし、種類まで選ぶことはなかなか出来ないということなので、神の悪戯とでも呼ぶべき偶然だ。
 おかげで俺は、長いこと、自分の上官は覆面レスラーか何かの亜種なんだと思っていた。
 大浴場で遭遇した時にようやく気付いたのだが、あの日は斑の入った尻尾ばっかり見つめてしまって、尻を注視するなと怒られた覚えがある。

「大声で騒げとは言わんが、もう少し日付にも興味を持て。航海の上では重要なことだ」

「はい、すみません」

 怒られたので素直に謝ると、謝れとは言っていない、と唸られる。
 それととともにぱた、ぱたと小さく音がし始めたので、どうやらまたあの滑らかな尻尾が椅子の足を叩いているらしい、と俺は判断した。
 当人が無意識に行うそれは、見た目通りの名前であるこの人のご機嫌によってなされるものだ。
 実際の犬と同じものを当てはめていいのかは分からないが、嫌な思いをさせてしまったのかもしれない。
 せっかく楽しみにしているだろう晩酌の時刻にそんな思いをさせてしまうだなんて、これは困ったなと眉を下げながら、悩みつつ今日の天気を記入する。
 今日は朝から、晴れて飴が降ってまた晴れてから今度はわたが降ったのだが、字面だけ見るとふざけているようにしか見えない。
 しかし、この世はどうも俺が知るのとは違う世界で、おかしなことで満ちていた。
 斜め向かいの上官も含めて自分の常識とは違うことだらけなので、俺はもう額面通りそれはそう言うものとして受け入れることにしている。

「うーん……あ、そうだ」

 必要な内容をどうにか埋めていきながら、ふと思いついて手を止める。
 それから視線を向けると、酒瓶を片手にしていたダルメシアン中将が、俺のそれに気付いてこちらを見た。

「なんだ」

「いえ、ほら、せっかくだから祝ってください」

 俺の誕生日なんてどうでもいいが、とりあえずおねだりをしてみる。
 この隊に配属されてそろそろ半年、最近気付いたのだが、俺の上司はどうも甘えられたり頼られることがお好きなようだ。
 犬人間なんてそれだけで誰からでも好かれそうなものだが、それならばとあれこれ甘えていることも事実だった。
 誰かと戦うことが得意でなく、他のみんなより体力も少ないために下っ端として使い走りばっかりしていた俺を自分の隊へ引き取ってくれた時は驚いたが、前より給料も上がったし、今までより色んな仕事を任されている。
 体力づくりのメニューにも意見を貰ったし、今日の仕事は終わっている筈のこの人が今斜め向かいに座っているのだって、俺が書いた日誌を読み直して添削するためだ。
 休むべき時間に仕事の話をするのは申し訳ないのだが、どうしても綴りの間違いが多いので、とても助かっている。
 そんな相手に、ね、と念押しするようにして首を傾げると、こちらを見ていたダルメシアン中将が、はふう、とまたもため息を零した。
 いつだったか、この世界へ来る以前、実家の犬にしがみ付いた時の反応に似ている気がする。

「仕方のない奴だな」

 思い出の中の犬を代弁するかのような言葉を寄こされて、その後で中将は、近くに置いてあった酒瓶の一つをこちらへ寄せた。
 コルク栓のついた緑色の酒瓶の中で、液体がちゃぷりと揺れる。

「誕生日おめでとう、ナマエ。おれのラム酒を飲むといい」

「えっ、いや、あの」

「なんだ、おれの酒が飲めないか?」

 ぱた、とまた音がした。
 それに慌てて手を伸ばし、酒瓶を引き寄せて受け取る。
 瓶にはラベルがついているが、くるりと回してみても、どこにも度数がついていない。
 一応、水割りはされているらしいが、それでも多分、強いだろう。

「まだ仕事中なので、終わったら頂きます。ありがとうございます」

 半分しか書けていない日誌を指さして言うと、うむ、と中将が分かっていたかのように一つ頷く。
 つまみも残しておいてやろう、と正面の皿のチーズを半分に分け始めた上官に、俺はひとまず早めに仕事を終わらせることにした。
 酔いに任せてあの滑らかそうな毛皮を触らせてもらえないかと閃いたが、間に立ちはだかるテーブルは広く俺の腕は短いので、多分無理だろう。残念だ。



end


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