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オニグモと誕生日
※NOTトリップ主人公はオニグモさんの幼馴染な海兵さん
※主人公の外見が金髪碧眼美形と決まっているので注意



 オニグモには、幼馴染がいる。

「あれェ、オニグモ?」

 少し巻き癖のある金髪で日差しを弾きながら、ふとオニグモに気付いたらしい相手が体を向け直してふんわりと微笑むのを、オニグモは近寄りながら眺めた。
 今日は非番であるらしい相手は海兵としての正義をその背に背負っていないが、しかししっかりとスーツを着込んでいる。
 できるだけ露出を控え手袋までしているが、着込んでいる衣装が殆ど暗い色味であるせいか、どうしても肌の白さや髪色の淡さを目立たせていた。
 海と空の合間から奪ってきたような青い瞳を長い睫毛で縁取り、高すぎず低すぎない鼻と誰かが狙って作ったのではないかと思うほど完璧な位置にある唇。
 左の目元には黒子があり、伸ばした金髪を後ろで一つに編み上げた男は、そのひと房をくるりと肩から前へと流している。
 決して女性的ではないが、しかし間違いなく美しいその顔が浮かべた微笑みに、街角の市民女性が目を奪われているのがオニグモの視界に入った。

「……無闇に笑うんじゃない」

「ええ?」

 すぐそばまで近寄り、忠告したオニグモに、クスクスとナマエは更なる笑い声を零した。
 ひどいなァと言葉が漏れるが、酷いのはこの男の方であると、幼馴染のオニグモは知っている。
 ナマエは美しい男だ。
 男性にそんな言葉を使っても仕方ないとは思うのだが、美しいものは美しい。
 そこまで粗野なそぶりは見せず、市民には分け隔てなく優しさを示し、海賊を排除する理想的な海兵だ。
 しかし、悪い男でもある。

「それより、こんな時間にここを歩いてるってことは、オニグモも非番か。休みなら教えてくれよ」

「警邏だとは思わんのか」

「お前ひとりで?」

 絶対にないだろうと続いた幼馴染の言葉に、オニグモは眉を寄せることで答えた。
 確かに、オニグモが一人で町の中を警邏することは殆どない。
 力が足りないということはないが、強面な外見のせいか、それともオニグモの戦果が評判となっているのか、はたまた醸し出す雰囲気がそうさせるのか、どうしても市民が近付きにくいからだ。
 市民から情報を得たくとも、他の同僚や部下のように気さくに市民へ話しかけることは難しい。何せオニグモが人ごみに足を向ければ、なんとなく道ができる有様である。
 その横を歩いて『お前と出かけると楽だなァ』と無神経に笑った幼馴染を思い出し、オニグモの口からため息が漏れた。

「……午後に指定休暇を頂いた。今から帰るところだ」

「なるほど。休まないもんなァ、オニグモは」

 人聞きの悪いことを零しながら、ナマエの視線がふと何かを捕らえてオニグモから逸れる。
 それからひらひらと何かへ向けて手を振り、その意味を求めて視線を動かしたオニグモの視界に、きゃあと黄色く悲鳴を上げた数人の少女が映った。
 恥じらうように身を寄せ合って逃げていく彼女らを見送り、ははは、とナマエが笑い声をこぼす。

「可愛いなァ、今の見た?」

 幼いというには年齢を重ねた少女たちを見送って、まるで犬や猫の仔を見たような言葉を零したナマエに、オニグモの視線が戻された。
 町中で日差しを浴び、佇んで微笑む顔はそのままならば、まるで絵画の中の人間のようだ。
 見目麗しいナマエが市民に人気であることは、さすがにオニグモも知っている。
 ナマエは昔から、自分の見た目の活かし方を知っている人間だった。
 微笑んで、素直に接して、涙を浮かべて、相手の懐に入り込む。
 ナマエの『お願い』を聞かない人間はなかなかおらず、彼の父母に至っては彼を溺愛していた。
 オニグモと共に自分も海軍へ入隊するとナマエが言った時は、何故だかオニグモのところにまで入隊を辞めないかと説得しに来たほどだ。
 オニグモは決してそれに頷かなかったし、結局はナマエの『お願い』で事態を収束させたが、面倒な一か月だった。

「ところでオニグモ、今日が何の日か知ってるか?」

 懐かしい思い出を反芻していたオニグモへ、ナマエがそんなふうに言葉を紡ぐ。
 寄こされたそれに片眉を動かしたオニグモは、それから少しばかり思考を巡らせた。

「今日は……〇月◇日だったか」

 それがどうした、と言いかけて、そこから閃いた日付の意味に、視線をナマエへと戻す。
 オニグモと同い年の幼馴染は、オニグモが『思い至った』ことに気付いたのか、瞳をきらりと期待に輝かせた。
 〇月の◇日。
 それは、オニグモの向かいに佇む男の誕生日の日付だった。

「誕生日おめでとう。プレゼントは無いがな」

「プレゼントなんていいよ。ありがとう」

 望まれた言葉を出したオニグモに、ナマエがとてつもなく嬉しそうに笑う。
 眩いそれに細い眼をもう少し細めたオニグモへ、ナマエの手が伸びた。

「折角だし、どこかで食事でもしよう。久しぶりに」

「奢ってほしいわけか」

「違うって。プレゼントなんていいって言っただろ? ……まァ、でも」

 仕方の無い奴だと呟いたオニグモへそう言葉を述べて、オニグモの腕を掴んだナマエがぐいと手を引く。
 海兵らしく力の強い手だが、オニグモが振り払ったなら簡単に逃げられる掌だ。
 それでもなんとなくそれを振り払えずにいたオニグモの傍で、ナマエが楽しそうに笑う。

「オニグモが一緒に食事してくれるんなら、それが何よりの誕生日プレゼントだよ」

 柔らかな声がそんな風に響き、オニグモはわずかに息をつめた。
 ナマエという男は、誰にでも分け隔てなく優しい。
 しかしながら、幼馴染であるオニグモに対しては、より甘えた面を見せることが多かった。
 小さな頃から共にいるせいか、オニグモの見た目に怯えたこともないし、同じ海軍に所属しているせいか、オニグモがどれだけ容赦なく悪を裁こうともそれを怖がることもない。
 やり過ぎればたまに『やりすぎだよ』と注意してくるが、決してオニグモを避けようとはしなかった。
 ナマエは良い人間で、理想的な海兵だ。見目もいい。
 しかし、悪い男だ。

「な? お願い」

 今もまた、そんな風に言って、上背のあるオニグモを下から覗き込んでくる。
 上目遣いになった美しい顔が、その吸い込まれるような青い瞳でじっとオニグモを見つめている。
 子供のような言葉で甘えられて、例えばこれが部下や他の同僚だったなら、気色の悪いことをするなと吐き捨てて手を振り払い、この場に置き去りにしていっただろう。
 しかし、それがナマエであるからこそ、オニグモにはそれが出来ない。
 そして、ナマエ自身も恐らくそれを知っている。

「………………いつもの食堂でいいな」

「やった! ああ、もちろん」

 ナマエの『お願い』を断れなかったオニグモがため息を零す傍で、はしゃいで声を漏らしたナマエがオニグモの腕を手放す。
 うきうきと歩き出した幼馴染を追いかけて、オニグモもその場から歩き出した。
 いつもの食堂ならデザートメニューにケーキがあったはずだ。ついでにそれを頼んでやろうと勝手に決めてしまった辺り、オニグモは結局、幼馴染に甘いのだ。


end


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