イナズマと誕生日
※notトリップ主人公は革命軍(未成年)
「あ、イナズマさん。おかえり」
ひょこりと現れたその姿を見やり、おれはそう声をかけた。
二色に分かれた髪を黒いフードで隠して、ついでにサングラスまでかけた相手が、『ただいま』と返事をしながら、少しばかり周囲をうかがうようにする。
「イワさん達はまだ戻ってないよ」
聞かれる前に返事をすると、なるほど、とばかりに一つ頷かれた。
ここ数日拠点にしている屋敷は小さく、周囲には木々が生い茂っている。
情報を集めるために島へ散って、すでに一週間。
この人と、ほかの数人が帰ってきたら、みんなでここを離れる予定だ。
「ナマエ君はいつからここに?」
「二日前! 一番乗りだったんだ」
「それは凄いな」
イナズマさんがそう言いながら、こちらへと近寄ってきた。
その手がしゃきん、と形を変えて、大きな鋏が現れる。
その切っ先が、おれが先ほどから持ち上げようとしている木箱に触れて、側面二か所が刻まれた。
刻んだ部分をくるりと曲げられて、厚みのある木製の取っ手が作られる。
「ありがとう」
滑らかに曲がったその内側に手を入れて持ち上げると、なかなか運びやすい。
どういたしましてと答えたイナズマさんの手が鋏から人の手に戻り、箱の上についていた汚れを軽く払った。
「一人で待っていたなんて、心細かっただろう……もっと急ぐべきだった。泣いたりはしなかったか?」
「おれ、そんな小さい子供じゃないから」
海で拾われ、革命軍の一員になって、もう何年もたつ。
確かにおれはまだ大人とは言えない姿だけど、一人を寂しがって泣くような子供じゃないのだ。
小さい頃から顔を合わせているからか、イナズマさんはいまいちそこのところを分かっていない。
ほかの誰に言われたって笑って流すようなことだけど、イナズマさんに言われると、何となくむっとする。
首を傾げて覗き込んでくる相手へ言い返しながら足を動かすと、イナズマさんもついてきた。
「怒らせてしまったかな」
「怒ってないよ」
そんな風に会話しながら、そのまま二人で屋敷に入って、イナズマさんが扉を閉じる。
小さな屋敷の中は薄暗いが、ランプに火を入れるほどじゃない。
「イナズマさんは休んでてね」
遠く離れた所からここまで来たんだろう相手へ言いながら、おれは一人でそのまま屋敷の中を進んだ。
木箱を運んだ先はキッチンで、テーブルの上に置いてから軽く手を払った。
昨日と一昨日は持ち帰った食料で時間を過ごしていたが、さすがに無くなったので隠してあった食料を出してきたのだ。イナズマさんも帰ってきたし、ちょうど良かったかもしれない。
箱のふたを開けて、中からいくつか保存食を取り出したところで、奥から出てきた小さな瓶を掴みだす。くるりと布で巻かれたそれは、確かワインだ。
おれは別に酒なんて好きじゃないけど、イナズマさんはこの銘柄が好きだった。だから、出発前に木箱へ食料を詰める時に、端っこの方に押し込んだのだ。
ねぎらいついでに飲ませてあげようと考えて、木箱の中をもう少し漁る。
さすがにチーズは無かったので、適当に干し肉を捕まえて、それと一緒に一度キッチンを離れることにした。
「イナズマさーん」
ぱたぱた駆けて、多分イナズマさんがいるだろう部屋を目指す。暖炉のある居間とキッチンと、トイレと風呂場と後は二人用の寝室くらいしかこの家には無いから、多分居間だ。
そしておれの予想通り、居間でちょうどフードのついたコートを脱いだところだったらしいイナズマさんが、片手にコートを持ったままでこちらを向いた。
「ナマエ君?」
「はい、これ」
飲んでて、と続けながら、持ってきたものを差し出す。
ワインのボトルと干し肉という明らかなセットに、おや、とイナズマさんが首を傾げる。
「箱に入っていたのか?」
「そう」
「なるほど……それでは、それは他の誰かの物だ」
「イナズマさんのでしょ、イナズマさんがいつも飲んでるやつだし」
「私は入れた覚えがない」
「イナズマさんのだから!」
言いつつ拒否する気配を示したイナズマさんに、とりあえずそう言って押し付ける。
押し当てられた二つを片手で受け取ったイナズマさんは、おれのことを少しばかり見下ろして、それからわずかに笑ったようだった。
そこまで言うなら受け取ろう、なんて言いながら、ボトルと干し肉がどうしてかテーブルの上へと置かれる。
その手がコートを持ち直して、何故だか片手がその内側を探った。
「イナズマさん?」
どうしたのかと尋ねたおれの前で、あった、と声を漏らしつつイナズマさんが手を引き抜く。
自分の意思でいつでも鋏に代わるその手は、何か小さなものを掴んでいるようだった。
握ったこぶしを差し出されて、戸惑うおれの前でその手が上を向き、順番に長い指が開かれる。
そうしてその手の上にあったのは、不思議な塊だった。
滑らかな曲線の石は半透明で、内側に星が散っているような不思議な模様が入っている。
そうしてそれの端はどうしてか途中から板のように平たくなっていて、さらにはその部分が見えない何かに巻き付くようにとぐろを巻いていた。
装飾品としか見えないそれに、ぱちりと目を瞬かせる。
「キミの為に用意したものだ。受け取ってくれ」
「え……おれに?」
言われた言葉に驚きながら、おれはイナズマさんの手の上からそれを受け取った。
くるりと巻いたところに指を入れてみると、きちんと指が通る。指輪だったみたいだ。
裏返してみると石の裏側には溝があって、左右だか上下だかにあるとぐろの部分は、そこから剥がしたものも使っているようだった。
「この間、〇月◇日が誕生日だと言っていただろう」
「え? あ、うん」
イナズマさんへ頷きつつ、おれは視線を相手へ戻した。
確かに、つい二か月前の〇月◇日は、おれの誕生日だ。
当日はハックやみんなが祝ってくれた。
目の前のこの人はその日はいなくて、数日後に会えたからその時にひとつ歳をとったって話をして、おめでとうと言われた覚えがある。
『プレゼントも用意しておくべきだったわね』
『いいよ、子供じゃないんだし』
あの時は女性の姿をしていたイナズマさんは笑っていて、そう言わずに欲しいものを言いなさいと言われた。
欲しいものと言われたって、いつもみんなに良くしてもらっているし、あれが欲しいこれが欲しいとおねだりするような小さな子供じゃないのだ。
だから、結構考えて、それじゃあ手作りの何かが欲しいなと、答えたような。
「…………これ、おれの誕生日プレゼント?」
「もちろん」
おれの問いに、イナズマさんは真面目にこくりと頷いた。
確かに、どう見てもこれはイナズマさんの手作りだ。土台もなく、石だけで指輪を作れる人なんてそうはいない。
しかし、なんで指輪なんだろう。
よく分からなくて首を傾げつつ、おれは渡されたものをそっと握り込んだ。
何はともあれ、せっかくイナズマさんがくれるというんだから、貰わないなんて選択肢はない。
「ありがとう。大事にするね」
指につけていると割ってしまいそうだし、あとできちんと片付けて、バルティゴに戻ったら部屋に飾ろう。
おれの言葉を受け取って、そうしてくれると嬉しい、なんて言い放ったイナズマさんは、その後は優雅にワインを嗜んでいた。
少し機嫌が良さそうに見えたから、イナズマさんの方の情報収集はかなり順調だったのかもしれない。
end
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