- ナノ -
TOP小説メモレス

甘くておいしい
※幼少ペロスペロー注意
※主人公は無知識系トリップ主(技能持ち)



「ナマエ、いるか?」

「おや、ペロスペロー坊ちゃん」

 ひょこりと顔を出してきた小さな相手を見やって、俺はそんな風に口を動かした。
 派手な髪に派手な帽子を被った幼い姿はまるで海賊船に似合わないが、しかし間違いなくこの海賊団の一員だ。
 むしろ、船長が産んだ一番初めの子供なのだから、誰より海賊らしいと言っても良いかもしれない。
 ちょろちょろと子ネズミのように部屋の端を伝って侵入してきた相手に肩を竦めつつ、俺は手元の物を片付けた。

「今日のママのおやつか?」

「はい、まァ。ケーキの上に飾るんだそうですよ」

 近寄ってきた相手が俺の傍で背伸びをしてテーブルの上の物を確認して問いかけ、片付けをしながらそれへ返事をする。
 子供が『ママ』と呼ぶ相手、シャーロット・リンリンは、この船の船長だ。
 もっと詳しく言うならば、巨体の女性で食べ物に目が無く、食べたいものを食らうためなら何でもする。
 右も左も分からぬこの世界へ迷い込んだ俺が、手に持っていた技術でどうにか暮らしていた甘味が名産の島を襲ってきたのだって、『美味しいキャンディを乗せたケーキがどうしても食べたい』なんていう幼女みたいな欲求の果てだった。
 島民の中で唯一身寄りがなく、手に持っていた職のおかげで職人としては一目置かれていた俺が海賊の前へ連れていかれたのは、まあ仕方のないことだ。
 服従か、死か。
 問われて『服従』を選んだのだって、死にたくなかったからだった。
 それからと言うもの、海賊船の中で雑用をこなしながら飴細工を作るという日々を送っている。
 さすがに毎日飴を求められることはないが、それでもまあまあの頻度で頼まれるので、この工房と化した一室にいることは多かった。
 今日だって、ふわりと膨らむ大きめの飴細工を作るのには時間がかかった。糸飴のドームの上に浮かぶゼウスとプロメテウスを作れなんて、なんとも無茶な要求だ。

「あまくてうまそうだな、ペロリン」

 ぺろりと舌を動かしつつ、坊ちゃんが言葉を零す。
 人種的に人より舌が長いのか、よく口からはみ出ている赤い舌先を見やってから、俺はひょいと手を伸ばした。
 端によけてあった余りの飴を手に取ってそれを機材で軽く熱し、柔らかくしたものを棒に刺してからこねる。
 数分もかからずに出来上がったそれが冷めたことを確認してから側へ差し出すと、俺が作った飴細工をずっと見つめていた坊ちゃんが目を瞬かせた。

「ナマエ?」

「坊ちゃんのおやつにどうぞ。『ママ』の飴と同じものですよ」

 小さいですけどねと言葉を零しつつゆらりと揺らすと、棒についた小さなオレンジの鳥を見つめた坊ちゃんの両手が俺から棒を奪い取った。
 じっとそれを見つめ、その手が広げられている翼を掴まえる。

「……かてェ」

 ぐいと引っ張り、思ったより動かなかったのか眉を寄せて唸った坊ちゃんに、おや、と首を傾げた。

「坊ちゃんも飴細工に興味が?」

 思わず尋ねると、ちょっとだけな、と大人ぶった言葉を零した坊ちゃんの手が飴の端を逃がす。
 ちょっとだけ、というのは、形をいじりたいということだろうか。
 小さな子供と言えば粘土でも遊んだりするもんだしな、と納得して頷く。
 この船には娯楽が少ないから、乗り込む何人かの『息子』や『娘』達はみんな自分達で思い思いの遊びを見出している。
 昨日は確か、坊ちゃんとその下の弟達が船全体を使って鬼ごっことやらをしていたんだったか。誘われたが、工房で飴を作るからと断った覚えがある。

「でも、これかてェ」

「あっためなけりゃ駄目ですよ」

 不満げに言葉を寄こされて、そう答えた俺は端によけてあった素材をまた一つ手に取った。
 この世界で初めて遭遇した素材で作った飴は、そこまで熱さなくても柔らかくなる。子供が触ってもまあ平気だろう。手を洗わせていないから、捨てるしかないが。
 専用の機械から取り出したそれをそのまま棒に刺して、どうぞと差し出すと、坊ちゃんの手が俺から飴の刺さった棒を受け取った。

「温かいうちに」

「おう!」

 意気込んだ坊ちゃんの手が、恐る恐ると言った風に飴を触る。
 むにりとつまみ、ぐいぐいと引っ張っては伸ばしていく動きを見守っていると、冷めてきたらしい飴はやがて動かなくなった。

「…………またかたくなった」

「タイムアップですね。犬ですか?」

「プロメテウスだ!」

 ぐいぐいと引っ張られて形を変えた飴を見下ろして尋ねると、むっとした顔でそんな風に返事が寄越された。
 そいつは失礼しました、ととりあえず謝るが、誰がどう見ても手元の飴はプロメテウスには見えない。
 本人もそう分かっているんだろう、つまらなそうに眉を寄せた後で、坊ちゃんは俺の方へと失敗作を差し出した。
 片付けてくれと言う意思表示を得て受け取り、端へ置き直してからテーブルの上の成功作をまずは隣の机の上のケースへ仕舞っていく。
 途中で崩れたりしないよう、細心の注意を払って運び、仕舞い終えた俺を見上げて、あーあ、と坊ちゃんが声を漏らした。

「おれだってできるとおもったのに」

「何事も練習が必要なもんですよ」

「ナマエはカンタンに作れるだろ」

「俺だって相当練習したもんです」

 口すらとがらせて寄こされた言葉に、俺はそう返事をした。
 この世界に来る前から得ていた技術だ。
 しかもそれを飯のタネにするために、あの島でも相当に練習に練習を重ねていた。
 その結果をちょっと触っただけの子供が真似できるわけもないくらい、年端のいかぬ子供にだってわかったことだろう。
 シュトロイゼンと同じことを言う、とケーキを作ってるだろう男の名前を口にして、とたりと足音を立てた坊ちゃんがこちらへと近寄ってきた。
 どうしたのかと思って見てたら、俺のすぐそばで足を止めた子供が、仕方なさそうに言葉を零す。

「じゃあ、今回はあきらめてやるから、次はおれもできるように練習させろ」

「……今回は?」

「そのプロメテウス、おれがつくりたかった」

 だけどナマエのほうがうまいから今日は仕方ない、となんとも傲慢なことを言われて、俺はぱちりと目を瞬かせた。
 それから改めて、もうじき連れていかれるだろうケースの中の作品を見やる。
 糸飴で作られたドームの上に転がる能天気な顔の雷雲と太陽が、照明を弾いてテカリと輝いた。
 糸飴で支えられる程度の重さに抑えて、しかしきちんと形を残せるようにと、朝から何度も何度も作り直した顔である。
 簡単に言ってくれるなァ、とため息を零してから、足元に佇む子供へひょいと手を伸ばす。
 それから掴まえた相手をひょいと持ち上げると、わあ、と坊ちゃんの口から悲鳴が漏れた。

「なんですか、坊ちゃん、俺の仕事を手伝ってくれるってんですか?」

 舌を零す相手の顔を覗き込みながら尋ねた俺へ、おう、と坊ちゃんが返事をした。
 ぶらぶらと足を揺らして、それから少しばかり膝を折りたたむようにして動きを止めた後で、その手が体を掴まえている俺の腕に触れる。

「だって、ママはナマエのキャンディをおいしいって言うから」

「……そいつはまた、光栄なことで」

「ナマエの飴で作ったら、おれのもおいしいって言ってくれるかもしれないだろ? ペロリン!」

 期待に瞳を輝かせて、そんな言葉を寄こされ、俺は目を瞬かせた。
 こちらを見やる子供の顔に、嘘の色は見当たらない。
 本気でそんな考えを持っているらしいと分かって、少しばかり眉を寄せる。

「……別に、もっと簡単なもんを、ペロスペロー坊ちゃんが作って持って行きゃあいいでしょう」

「それはこの前やった。ホットケーキ、まァまァだねって。全部食べてくれたけどな」

 どうせなら美味しいって喜ばれたいだろうと口にされて、なんだか頭痛がしてきた気がする。
 俺の知る限り、シャーロット・リンリンと言うのはとんでもない悪魔の名前だった。
 自分が好きなように生き、自分の欲求を満たすためになら何でもする、海賊と言えば海賊らしい女だ。
 けれども彼女は今すでに数人の子供を連れており、そしてその子供たちはみんなが揃いも揃って、『ママが大好き』だ。
 子供たちにとってあの母親はそれこそ『目指すべきヒーロー』のようなものなのかもしれない。
 そうやって海賊は連鎖して生まれていくんだろうか。俺には理解できない話だ。

「……それじゃ、形だけ練習するんじゃあなくて、ちゃんと配合からやりますか」

「! いいのか? そういうのはモンガイフシュツで誰にも知られちゃなんねェもんだって、シュトロイゼンが言ってたのに」

「あのお人は『ママ』を喜ばせるのが生きがいですからねェ」

 俺は別に構いませんよと答えて子供を小脇に抱えると、ふうん? と声を漏らした坊ちゃんが片手に持ったままだった飴細工を引き寄せた。
 ぺろり、とオレンジの鳥をその舌で舐めて、不思議そうな眼がこちらを見上げる。

「ナマエだって、ママを喜ばせたいから作るんだろ?」

 まっすぐな目は相変わらずで、何も疑っている様子がない。
 そりゃ違うと言えたらどんなにいいか悩んだが、俺はそれを口にしなかった。
 俺がこの船に乗っているのは、従うか死ぬかを選べと迫られたからだ。
 そして、『逃げる者を許さない』という方針を知っているから、逃げることだってもはや叶わない。
 俺が船に乗った頃、生後半年だった坊ちゃんは、俺がどうしてこの船に乗ったのかなんて知りもしないのだ。
 初めて顔を合わせたときは乳飲み子だったのに、今やすっかり大きくなったご長男の重みを片手に感じて、しみじみと息を零す。

「坊ちゃんが喜んでくれるのも嬉しいですよ。俺を超える飴職人になってくれたら、俺はお役御免かもしれませんね」

「なんだ、恩人を追い出すマネはしねェぞ。おれが一番キャンディをうまく作れるようになっても、ナマエはちゃんと船に乗せてやる! おれの助手だぜ!」

 ものすごい自信に満ちた発言を寄こされて、はっはっは、と笑いながら、俺は子供を工房備え付きの手洗い場へと連行した。
 子供には高いそこで手を洗わせて、それから一緒に作った飴は、砂糖が多くて甘すぎたものの、初めて作ったにしては上出来なものだった。


end


戻る | 小説ページTOPへ