逃走不可
※無知識転生トリップ主はドフラミンゴの
※若ドフィ
※軽く片腕欠損描写あります注意
「仕置きが必要か? なァ、ナマエ」
口元を大きく笑ませて、しかしながらまるで笑いを含んでいない声を零したドフラミンゴに、ううん、と声を漏らした。
首を傾げたいところだが、体がうまく動かない。
消毒液の匂いのする部屋の中、清潔なベッドの上に転がった身の上だというのももちろんだが、先ほどまで多少は動いた手足がまるでベッドへ縫い付けられたように動かないのは、どう考えても唐突に現れた彼の仕業だ。
病室の壁なんて刻まれて破壊されているし、家主は今頃卒倒しているに違いない。血の匂いはしないから、殺されていないと思いたい。
「やァドフィ、元気そうだな」
とりあえずベッドの中で声を掛けると、フッフッフ、と独特の笑い声を零した相手が足元の何かを踏みつけた。踏み抜かれて折れた音からして倒れた椅子だろうか。
足を痛めなかったか心配だが、俺を見下ろす大男は覇気を使える人間だったのも思い出した。
ゆらりと動く長い指が、俺の意思と関係なく俺の体を引き起こす。
向きを変え、おかしなところに力が入ったせいで体が痛い。じわりとまた、包帯へ血が滲んだ気がする。
眉を寄せ、痛いよと言葉を投げて見やると、俺を見下ろしていたドフラミンゴの膝が、どすりとベッドを踏みつけた。
身をかがめた相手の手が俺の顔を掴まえて、無理やりに上向かせる。
「返事を聞いてねェぞ」
口だけで笑いながら、言葉を落としたドフラミンゴは明らかに怒っている。
何故なのかは分かっているから、そうだなァ、とその顔を見上げつつ言葉を零した。
「ドフィが好きにしていいよ」
見つかった時点で、それ以外の選択肢なんて俺には無いのだ。
※
『仕事』で、へまをやった。
相手の力量を見誤ったのが最初の失敗で、あれやこれやと手を回され、目的は完遂したものの俺は利き腕を失った。
さらには体のあちこちにも傷を負い、もはや今までのように戦うことは不可能に近い。
自分の体の状態を確認してそう察した俺が向かったのは、ドンキホーテファミリーが根城を構える島ではなく、出来るだけそこから離れた方向の小さな島だった。
以前訪れて、『余生を過ごすならここがいいな』と思った場所だ。
小さな丘にあるいくつかの墓標が並ぶ霊園に墓まで購入してあるそこは、俺の気に入りの島だったのだ。
「……悪いことしたなァ」
唐突に現れた海賊に慌てたりゴマを擦ったりこっそり隠れたりと忙しい島民達を思い返しての感想に、全くだ、と返事をしたのは隣に座っていたディアマンテだった。
昔馴染みの彼は呆れた顔をしていて、行方をくらますお前が悪ィ、ときっぱり言い放つ。
「しかも片腕を落っことしてくたァドジな話だ。落とすのはガラスのハイヒールまでにしとけ」
「シンデレラか。懐かしいな」
もうずっと昔、路地で孤児をやっていたころに話して聞かせた少女向けのおとぎ話を持ち出されて笑うと、何笑ってんだと怒った顔をされる。
けれどもそのまなざしにはやはり呆れが滲んでいて、だって、と俺の口が言い訳を零した。
「もうドフィの役に立てねェと思って」
片腕を失い、足にも傷を負って、他の傷も深く、恐らくは再起不能。
これでは今までのように戦えないし、生まれる前の平和な世界なんていう妄想にとりつかれていた俺を拾って助けてくれたドフラミンゴの役に立てない。
そして、ドフラミンゴと言う人間は、一度『家族』と認めた仲間に対してはとてもやさしい男なのだ。
きっと今まで通りに過ごせない俺を受け入れて、許してしまう。仕事の内容を変えて、俺が過ごしていけるようにしてしまう。
そんなことは俺自身が許せないことで、かといって、自分で死ぬだけの度胸も無かった。
だからこそ、きっとこのまま死んだことになるだろうと判断して、落ちて刻まれた腕もそのままに、俺が殺した敵の死体と共にその場から逃げ出したのだ。
相手の死体は始末したから、足はつかなかったはずだ。
だというのにどうしてと首を傾げた俺の横で、馬鹿か、とディアマンテが言葉を零す。
「腕を落としてったんだ、ビブルカードを作るに決まってんだろう」
「……あ、なるほど」
つてでようやく見つけたという店で作らせる不思議な紙切れと言えば、俺もドフィからドフィのものを貰った覚えがある。
あれを使って探したのかと把握した俺の横で、仲間は深くため息を零した。
「猫じゃあるめェし、死ぬんならせめてドフィの足元で死ね」
「ドフィに看取られるのか、ロマンだな」
魅惑的なことを言われてしみじみ呟くと、馬鹿か、とまたも詰られた。
馬鹿馬鹿言い過ぎじゃないだろうかと伺った先には、眉間にしわまで寄せたディアマンテがいる。
「ドフィがどんだけ手を尽くしたか、知らねェと見える」
「え?」
寄こされた言葉に目を瞬かせたところで、フッフッフ、と笑い声が頭の上から落ちた。
それと共にディアマンテが俺の傍から離れていって、空いた場所にどすりと大きな体が座り込む。
ふわふわとした桃色の羽毛のコートが傍らで揺れて、頬に触れて少しばかりむず痒い。
掻こうと利き腕を動かそうとして、しかしそこに自分の腕が無いことを思い出した俺は、身じろぎの途中で動きを止めた。
その代わりのように、伸びてきた手がごしごしと俺の頬を擦る。
「ドフィ」
「よォ、ナマエ」
顔色はよさそうだなと、こちらの顔を見下ろしたドフラミンゴが言葉を零した。
目元をサングラスで隠し、口元に笑みを浮かべたドフラミンゴはいつもと同じ顔をしているはずだが、まるで楽しそうじゃない。
その原因が己かと思うと申し訳なくもあり、俺は少しばかり眉を下げた。
「お仕置きはまだ終わらないのか?」
「おれの好きにしていいと言ったのはテメェだったはずだがなァ?」
当然だろうと言葉を寄こされて、ううん、と声を漏らす。
ベッドの上の住人だった俺を掴まえたドフラミンゴが課した俺への『お仕置き』は、なんと軟禁だった。
基本的にはドフラミンゴが、そして彼がいないときは幹部の誰かが、ずっと俺の横に座っている。
雑談をしていることもあればチェスや他のテーブルゲームをすることもあり、時間をつぶすことはできるし、そこまで退屈はしていないが、それにしても軽すぎる『お仕置き』だ。
夜は基本的にドフラミンゴが一緒にいるし、どちらかと言えばご褒美なのではないかと思わないでもない。完璧でなかったとは言え、荷の勝つ仕事を片付けたからだろうか。
「あと、今どこへ向かってるんだ?」
「テメェに教えてやる義理はねェ」
揺れる船の進路を訪ねてみても、なんとも取り付く島もない。
明らかに怒っているドフラミンゴが身じろいで、俺の方へその体を向けた。
何がしたいのかわかったので俺の方も体を向けると、まるで色気のない動きでシャツを脱がされる。
まだ体中に巻いてある包帯にはそこかしこに血が滲んでいて、それを見たドフラミンゴの口が舌打ちを零した。
悪いなァと思って肩を竦めるも、ドフラミンゴは俺の傷が軽く開いていることには言及せずに、伸ばしたその手でぺりぺりと俺の体から包帯まで剥いでいく。
血でくっついていたところを引っ張られて痛痒いが、何とか我慢してじっとしていると、包帯を解き終えたドフラミンゴの手が俺の体に薬を塗りたくり始めた。
それから今度は、新しい包帯がまかれていく。
昔からよく怪我をしていたドフラミンゴは、意外と包帯を巻いたりするのがうまい。
巻いてやるのもうまいのでそれを言って褒めたら、昔はよく弟の手当てをしてやっていたという返事があった覚えがある。
その時のドフラミンゴがどこか遠くを見ているような悲しい顔をしていたので、その『弟』について詳しく聞いたことはない。
「終いだ」
包帯を巻き終え、最後に新しいシャツまで着せてから、ドフラミンゴがそう言った。
ありがとうと素直に礼を言いつつ、俺は知らず強張っていた背中から力を抜く。
着せられた服は誰がどう見ても真新しいが、すぐに血で汚してしまうかもしれない。
「ドフィのお仕置きって、よく分からないな」
叩かれたりすることもなく、丁寧に手当てをされて優しくされている気がする。
だからこその俺の呟きに、あァ? と声を漏らしたドフラミンゴが額に青筋を浮かべた。
ぶわりと寄越される威圧感に、さらに怒らせてしまったことを感じて肩を竦める。
「ごめん」
素直に謝った俺の横で、サングラスの奥からじっとこちらを睨みつけていたドフラミンゴは、やがてわずかに息を漏らした。
スーツを着込み、ネクタイを締めたままの首元へ指をやって、わずかにネクタイを緩める。
「本当の仕置きはこれからだ。まずは傷を治さねえとな。死んじまう」
「死ぬようなお仕置きを?」
「フフフ! どうだろうな、テメェ次第だが」
言葉を零して、動いたドフラミンゴの手が島で会った時のように俺の顔を掴まえた。
ぐいと引っ張り寄せられて、抵抗することなくそれへ従う。座っていたソファへ膝立ちになり、それから相手へ体を寄せると、間近でドフラミンゴがこちらの顔を覗き込んだ。
「おれァ、自分の手から自分のもんが奪われるのは我慢ならねェんだ」
わがままな子供みたいな、けれども随分とドフラミンゴらしいことをドフラミンゴが口にする。
「それが本人の意思であってもな、ナマエ」
さらに続いたその言葉で、俺はドフラミンゴの示す『自分のもの』が俺のことだということに気が付いた。
顔を覗き込まれたままで瞬きをすると、考えたこともなかったか、とこちらを見下ろしたままのドフラミンゴが言う。
「テメェを拾ったのはおれだろう、ナマエ。ヴェルゴも一緒に食いついていた野良犬を追い払ったが、テメェを見つけたのはおれが先だった」
寄こされた言葉は、俺がドフラミンゴに拾われたあの日のことを、ドフラミンゴが覚えているという事実だった。
自分の持っていた夢想の中の常識が通じない世界で叩きのめされ、さびれた路地裏でもはや死にそうだった頃、ついには腹をすかせた野良犬に襲われた。
よく分からないがこのまま死ぬんだと思って、最後の抵抗すらもやめて食いつかれるのを待つだけだった時に、俺を助けてくれたのは確かにドフラミンゴだった。
『おれが助けたんだ。おれの役に立て』
きっぱりそう言って、もはや忘れた名前の代わりに俺へ『ナマエ』と名付けてくれた。
なるほど確かに、言われてみればあの日から、俺はドフラミンゴの『もの』だったかもしれない。
「……だけど、俺はもう、役に立たないのに?」
相手を見上げて、そんな風に言葉を零す。
どれだけ手当てをされたって、失った利き腕も、素早く逃げる足も帰ってこない。
見た目にもわかる怪我のせいで隠密行動も難しいし、かといって海賊や敵対する相手と戦って勝てる自信すら無くなった。
ならばもう、俺がドフラミンゴの手元にあっても、何の価値もないのではないか。
「だから治療を拒んでたって?」
唸るように落ちた声はとてつもなく低く、思わず肩を竦めた。
そんなことまで知っていたのかと見上げると、医者を締めあげたに決まってんだろう、と笑っているようで笑っていないドフラミンゴが口を動かす。
「まるで手当てをしてねェなんてとんだヤブだと思ったが、まさか患者の意思だったとはな」
「あ、島の先生は……」
「迷惑料は積んでやった」
今頃は新しい診療所でも建ててるころだろうよと言葉を寄こされて、それならよかった、と少しだけ胸をなでおろす。
俺が死ぬためのベッドだけ貸してほしいと頼み込んで、見ていられないなら見ていなくていいからと小さい病室一つを借り上げた形だったのだ。俺が寝ている間に応急処置しようとしてくる医者との数日間の戦いを思い出すに、あの医者は良い医者だ。ひどい目に遭っていなくてよかった。
「他人の心配はするのか」
安心した俺を見下ろし、ドフラミンゴがそんな風に言い放つ。
その手が俺の顔を手放して、代わりのように糸を手繰った。
巻き付かれて操られた片手がそっとドフラミンゴの体へ触れて、体が傾く。
「あ」
倒れ込むところを抱えられ、痛みに息をつめた俺は気付けばドフラミンゴの膝へ座る姿を取らされていた。
成人した男が男の膝へ座るなんてどうかと思うのだが、体格差もあるせいかドフラミンゴに気にした様子がない。
抵抗しようにも体は糸で縛られたままで、何より強く身じろぐと傷がずきずきと痛んだ。
ドフラミンゴに見つかって、船へ連れてこられてから数日。
きちんとした処置を受けるようになった体はいくらか回復しているが、深かった傷はどこもかしこも痛いままだ。
「テメェの仕置きはちゃんと考えてある。心配するな、ナマエ」
「何をされるか分からないのが一番心配だよ」
寄こされた言葉へそう言いつつ、唯一自由になる顔を上向けた。
こちらから視線を外したらしいドフラミンゴが、俺の体を抱えるように片手を回したまま、フッフッフと笑う。
「簡単な話だ。おれは案外物持ちの良い方だからなァ。壊れたんなら直して、今まで以上にこき使ってやる」
逃げようとした罰だと言葉を落としたドフラミンゴが俺を連れて行った先にいたのが、おかしな科学者だったのはそれから数日後のこと。
金に糸目をつけず機械の体までくれておいて『お仕置き』というのはどうにも腑に落ちないが、どうやら俺はこれからもまだ、ドフラミンゴの役に立てるようだった。
end
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