目減りした秘密 (1/2)
※異世界トリップ主人公は白ひげクルー
俺には秘密がある。
誰にも言わないでいようと誓った、たった三つの秘密だ。
一つ目の秘密は、俺がこの世界の人間ではないということだ。
俺はこの世界が『漫画』だった世界の人間だった。
ある日突然この世界に来て、密林を彷徨って、やっとたどり着いた普通の場所にも馴染めなくて、どうにもならなかったところを拾ってくれたのは見ず知らずの商船の人たちだった。
行くあても無かった俺に笑いかけてくれて、俺を他の島まで連れて行ってくれると言ってくれた。
だから、俺は優しいその人達についていった。
そうしたら、商船は俺が知らない名前の海賊団に襲われた。
優しかったおじさんが目の前で殺されて、俺自身も殺されるところだった。
そこを助けてくれたのが白ひげ海賊団だ。
それから、俺はずっとこのモビーディック号に乗っている。
白ひげが俺を『息子にする』と言ったから、俺はこの海賊団の末席に名を連ねることを許された。
だったら役に立たなくてはと、毎日毎日必死こいて働いている。
闘えなくては殺されるのだとも分かったから、強くしてもらいたくて時々稽古もつけてもらっている。
俺には筋力が全く足りないので、小さい子供にするように簡単に相手をしてもらっているだけなんだろうが、それでも俺が知っている『昔』の俺よりは、強くなったんじゃないかと思う。
そして俺の二つ目の秘密は、今から俺が迎えに行く『誰かさん』に関することだ。
「エース」
「……ナマエか」
足を向けた先で声を掛けると、いつものように甲板の端に座り込んでいたエースが、ばつが悪そうな顔でこちらを見やった。
しばらく前にジンベエに負けて、そして昨日の夜、ようやく白ひげ海賊団へ入ると決めてくれた、俺達の新しい『家族』の一人だ。
最初のころよりは和らいだ表情の相手を見やってから、その前にひょいと屈みこむ。
ちょっと痒くなった気がして、自分の右眉を短くしている傷跡を軽く指で触りながら見つめたら、俺の前で少しばかりエースが瞳を揺らした。
「そんな顔してないで、食堂行こう。そんなに怖がらなくても、『家族』しかいないから」
もうそろそろ朝食の時間だ。
ずっと俺や元スペード海賊団の誰かや他のクルーがエースの食事を運んでいたけれども、もうやめろと昨日の夜にサッチに言われてしまったのだ。
『家族』なんだから、いい加減甲板じゃないところで食事をすべきだと言うサッチの言葉はもっともだった。
だからちゃんと食堂に行かないと、俺の何倍も食べるエースが飢えてしまうことはまず間違いない。
「……別に怖がったりしてねェけどよ」
極まりが悪そうな顔をしたエースが、ぽそぽそと声を零す。
『家族』になるんだと決断をしたのに、どうしてそんなに困った顔をしているんだろうか。
よく分からず、俺は首を傾げた。
俺はエースの『秘密』を知っている。
エースがどうなるのかを知っている。
俺は、今の時点から見ての『未来』を知っているのだ。
だから、俺の中での『エース』は白ひげ海賊団の二番隊隊長で、ルフィと同じ眩いばかりの笑顔を浮かべていて、めちゃくちゃに強い海賊のままだ。
俺が知っている時点まで一年やそこらあるかないかくらいだと思うのだが、本当にこのエースはあの『エース』なんだろうかと、少しばかり疑問でもある。
まあ、まだ背中に白ひげの入れ墨も彫っていないし、きっと慣れるまでは時間がかかるんだろう。
歓迎会の宴は夜にやると言っていたし、そのせいで今日は朝からクルー達が食料調達に大わらわだ。
酒を買い付けに飛んで行ったマルコを手漕ぎで追いかけて行ったクルー達は、夕方頃には帰ってきてくれるだろうか。
「ほら、行こう」
宴の時間まで、エースを面倒見ることが今日の俺の仕事だ。
そっと手を出した俺へ、やや置いてからエースがぽんと掌を乗せてきた。
それを掴んで立ち上がれば、俺につられてエースも立ち上がる。
がっしりとその手を掴んだままで、俺はくるりとエースに背中を向けて歩き出した。
ぐいと引っ張れば、当然ながらエースもついてくる。
「……ナマエ、今日も元気だな」
「今日のエースは元気がないな」
寄越された言葉にそう返事をしつつ、俺はまっすぐに食堂を目指した。
俺の手に掌を握られたままで、火になって逃げようともせずについてきたエースが、通路に足を踏み込んだところでぽつりと言葉を落とす。
「……だって、『カンゲーカイ』するんだろ?」
「うん?」
寄越された言葉に、俺は歩きながらちらりと後ろを見やった。
俺の視線を受け止めて、エースが俺の隣に並ぶように少し足を動かす速度を上げる。
近寄ってきた相手の隣に並んでその顔を見やれば、ちら、と俺を見やったエースが、それからぷいと視線を逸らした。
「改まってそういうことされんの、慣れねェ」
落ちた呟きに、どうやらエースが騒がしいモビーディック号に戸惑っているらしいと、俺は理解した。
けれども、新しく『仲間』が出来たら、歓迎会をするのが普通じゃないだろうか。
ましてや、この白ひげ海賊団は『家族』なのだ。
誰にも言えない秘密を抱えた俺ですらも息子にしてくれた白ひげに、新しく『息子』達ができるのに、それを歓迎しないはずが無いじゃないか。
ましてや、それが『エース』なら当然だ。
「これから慣れたらいいじゃないか。何か失敗したって大丈夫だ、エースも『家族』なんだから」
だからそう言ってやって、俺はへらりと笑って見せた。
俺の顔を見やったエースが、ぱちりと瞬きをする。
「何だったら予行練習するか?」
「予行練習?」
「今からひとっ走り行って準備してくるから。それで、エースが食堂に入ると同時にその場の全員から『これからよろしくな、弟よ!』と一斉に声かけと乾杯を」
「……いらねェ」
せっかくの俺の提案に、どうしてかエースは拒否を寄越した。
眉間に皺が寄っているので、どうやら本気で嫌がっているらしいと判断する。
何だ、いい案だと思ったのに。
「それじゃあ、椅子に座ると隣に入れ替わり立ち替わり誰かが座ってグラスに酒か水かジュースを注ぐから、入った分だけ必ず一気に」
「飲まねェ」
「じゃあ、食堂の真ん中にステージ代わりに台を用意するから、そこに上って改めて自己紹介を」
「絶対しねェ」
俺からの提案を淡々と断ったエースへ、俺はため息を零した。
「何だ、わがままだなエース。それじゃあ、どんな予行練習がいいんだ?」
俺もこの船では新参な方だから、あとは飲み比べくらいしか歓迎会の風景で覚えているものはない。
昼間から酒を飲んでいたら、夜の宴ではすぐに潰れてしまうのではないだろうか。そうなると、いたずらされ放題だがいいんだろうか。
そんなことを考えた俺の横で、エースの手がぎゅっと俺の手を握りしめて、驚いて緩んだ俺の手からぱっと逃げ出す。
「あ」
「どうせ、『カンゲーカイ』つっても酒が主役だろ。練習なんていらねェよ」
そうして寄越されたきっぱりとした声音に、エースが本気でそう思っているらしいと理解して、そうか、と頷いた。
エースがいいというんなら、別に俺は構わない。ちょっと見てみたかった気もするが、どうせ全部夜になれば見られるものだ。
エースの自己紹介ってどんなのだろうか、と少しばかり考えている間に、俺とエースは食堂へとたどり着いた。
すでに朝の一番人がいる時間帯は過ぎていて、いい具合に空いた中を歩いてカウンターから朝食を貰う。
内側にいた今日の当番のクルーは何度かエースに食事を運んだことがあるクルーで、エースがよく食べることを知っているからか、俺のトレイよりエースのトレイの方がどっさりと食事が乗せられた。
エースのトレイの上の物が崩れないかちらちら確認しつつ、とりあえずエースを一番近かったテーブルまで誘導する。
「そこ、右」
「わーってる」
「に、足を出したサッチ隊長がいるから踏んでいい」
「は」
「ナマエ、ひっでェな」
思わず動きを止めたエースのすぐ右側で、もしエースが転んでも受け止めてやれるよう両手を構えながら足を出していたサッチが笑った。
そういう対策をするくらいなら、まずは足を出さない方がいいと思う。
とりあえず自分のトレイをテーブルへ置いて、エースの手からもトレイを奪い取る。随分な重量に少しばかり腕が震えたが、まあ何とかちゃんとテーブルへ運ぶことができた。
手から食べ物を奪い取られてしまったエースが、良好になった視界で自分の前に足を出しているサッチを確認して、少し困惑した顔をしている。
それを見上げて笑ったサッチが、すぐに足をひっこめてから、引っかからなかったからデザートを出してやろう、なんて偉そうなことを言ってカウンターの向こうへと移動していく。
その様子を見やってから、俺はエースを置いて自分のトレイの前に座った。
やや置いて、サッチを見送っていたエースも椅子へと腰を下ろす。
「……なんだったんだ、あれ」
「構ってただけだと思うけど」
サッチはちょっかいを掛けてくるのが好きな方だ。
本気でマルコにうざがられているのを、何度か見たことがあるし、俺も、肩をつつかれて振り向いたら頬を人差し指でぶすり、なんていう古典的かつ屈辱的ないたずらをされたことが数回ある。
まあ、あまり痛い思いをさせたりひどい目にあわせたりはしない分、同じようにいたずらが好きなハルタよりはマシだ。
そうだ、エースはまだ知らないから、そういったこともそのうち教えないといけない。
そんなことに気付いた俺の横で、いただきますを言ったエースがぱくぱくと食事を始めた。
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