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就職先がクロコダイルさん家
※ドフラミンゴ夢『就職先がドフラさん家』ネタの、クロコダイルIF)



「ぐるるるる」

「ああ、おはよう」

 唸り声を零しながら近寄ってきたバナナワニへ、ナマエが言葉を投げた。
 それの返事に、傍らの大きなバナナワニの一匹がぴしんと尾で水面を叩く。
 ぱしゃんと水しぶきの上がったそれを見送ってから、ナマエの手がよっと、と気合を入れてゴミ袋を持ち上げた。
 細い腕には荷が勝ちすぎたゴミ袋の重量に、ナマエの体がふらりと傾く。

「おっと、とっとっ……と?」

 軽くたたらを踏んでそれを堪えようとしたナマエは、自分の体を何かが支えたのに気が付いてぱちりと瞬きをした。
 ぐいと体を引っ張った何かがそのままざわりと風を起こしながら去っていったのを見送って、その先に立っていた毛皮コートの男に、あ、と小さく声を漏らす。

「ありがとうございます、オーナー」

 礼を言ったナマエへ、片腕を砂から元へ戻しながらクロコダイルが軽く笑った。
 口に葉巻を咥えたままで近付いてきた相手に、ゴミ袋を下ろしたナマエが首を傾げる。
 ここはバナナワニの水槽の中にある陸地部分で、つまりは水辺だ。
 水を弱点とするクロコダイルは、基本的に近付かない場所のはずである。
 どうしたのかと見上げた先で、近くまで来て立ち止まったクロコダイルがナマエの傍らのバナナワニを見やった。
 海王類すら捕食するという種族の彼は、その視線に気付いた様子もなく背中を伸ばして体を大地に預けている。

「相変わらずだな」

「そうですね」

 呆れた様子もなく呟いたクロコダイルへ、ナマエが同意した。
 近くまで寄ってきたクロコダイルにバナナワニが襲い掛からないのは彼がバナナワニ達の飼い主だからで、ナマエが襲われないのはナマエのおかしな体質の所為だった。
 もしナマエが猛獣に襲われない体質で無かったなら、ナマエの命は既にもう無かったはずだ。
 ゴミをつめた袋が倒れたりしないよう気を配りつつ、ナマエの視線がクロコダイルを見上げる。

「お出かけですか?」

 この砂漠の国には似つかわしくないほど厚着をした相手へ尋ねると、ああ、とクロコダイルは簡単に頷いた。
 にやりと笑ったその顔に、どうやら悪いことをしにいくらしい、とナマエは判断する。
 クロコダイル自身が把握しているよりも多くのことを、ナマエは知っている。何せこの世界は『漫画』だった『ワンピース』の世界で、クロコダイルはそこに出てきていた七武海の一人だったのだ。
 バナナワニを見てまさかまさかとは思っていたが、オーナーの姿をその目で見た時、相手がクロコダイルだと気付いたナマエは一目散に逃げ出した。
 どうしてか追いかけてきたクロコダイルに捕まらなければ、今頃他の島で就職活動をしていたに違いない。
 バナナワニに襲われず世話の出来る奴を手放すはずがあるか、というのがクロコダイルからの言葉だった。
 そうしてその言葉の通り、ナマエはそれ以上のことは何も任されていない。
 有給もあれば給与も随分高く、バナナワニ達も世話がしやすい。
 意外といい仕事なんじゃないかと気付いたのは、働き始めて少ししてからのことだ。

「お怪我などなさらないでくださいね」

 雇い主へ向けたナマエの言葉へ、クロコダイルが鼻で笑った。
 誰にモノを言ってやがる、とまで言われて、そうですよね、とナマエも頷く。
 ナマエが知っている『話』まで、まだまだ時間はあるらしい。
 それまでクロコダイルはこのアラバスタで七武海として楽しげに過ごしていくはずなのだから、無事でないはずが無い。

「おい、ナマエ」

 少しばかり視線を逸らして納得顔をしたナマエへ声がかかり、ナマエが改めて視線を戻すと、クロコダイルが葉巻を指で摘んで唇から離したところだった。
 ふわりと香るその臭いは、クロコダイルがいつも撒き散らしている香りだ。
 好みに煩いクロコダイルはいつだって同じ葉巻を吸っているらしく、その匂いをかぐことの多いナマエは、最近ではその匂いを感じるとクロコダイルを連想するようにすらなってしまった。
 葉巻を指で摘んで燻らせたままで、クロコダイルが唇を動かす。

「帰ったら食事へ連れて行く。とっとと与えられた仕事をこなせ」

 寄越された言葉に、どうやら夕食代が浮くと気付いてナマエは瞳を輝かせた。

「了解です、オーナー。いってらっしゃいませ!」

 汚れた手を隠すように海軍式の敬礼までして見せたナマエへ、海兵かお前は、と笑ったクロコダイルが少しばかり眉を寄せる。
 どことなく不満そうにも見えるその顔に、手をおろしながら目を瞬かせたナマエは、あ、と声を漏らしてからきょろ、と周囲を見回した。
 二人以外にはバナナワニ以外にいない水槽の中で、少しばかりのためらいを置いてから、ええと、と声を漏らしたナマエの視線が少し置いてクロコダイルへと戻る。

「お気をつけて、……クロコダイル」

「…………はっ、当然だ」

 むずがゆい気持ちで紡いだナマエの言葉に、鼻で笑ったクロコダイルが背中を向けた。
 どうやら仕事へ向かうらしいその背中を見送って、姿が見えなくなってから、ナマエの手が改めてゴミ袋へと触れる。
 クロコダイルを見送り終わった視界に、傍らで体を伸ばしているバナナワニが掠った。
 手を伸ばせば簡単に触ってしまえるような距離に寝そべった凶暴なはずのワニは、けれどもナマエへ襲い掛かるでもなく、ゆうゆうとそこに寝転んでいる。
 どうしてナマエがこんな距離でバナナワニ達の世話をできるのかと言えば、『この世界』へ来てしまったナマエが、どうしてか動物に襲われにくい体質になってしまった所為だ。
 むしろ好かれていると言ってもいいかもしれない。空腹のバナナワニ達にすら襲われないし、バナナワニ以外の動物達も親愛に満ちた行動をとってくれている。
 もしかするとその体質は、『主人公』に『ワニ』なんて呼び方をされていた海賊にすらも通用しているのではないだろうか。

「……なあ、どう思う?」

 尋ねたナマエへ、バナナワニはぐるるると唸っただけだった。



end


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