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お決まりの幸せ
※『幸せ味』から続くセンゴク夢(幼少ロシナンテ多め)
※ロシナンテ捏造注意かつ若センゴクさん捏造
※ほぼロシー
※何気に既知トリップ系主人公
※名無しオリキャラ注意



「あっ!」

 リビングのローテーブルの下に隠れていた書類の包みにロシナンテが気付いたのは、昼食後の片付けをしている時だった。
 口の開いた紙袋の中に入っているのは間違いなく書類の束で、賢いロシナンテはそれが誰の物なのか知っている。
 朝食の前まで、いつもだったら読んでいる新聞の代わりにそれを広げていた人がいるのだ。

「ナマエ、これ……」

「え? ……ああ、センゴクさんの忘れ物だね」

 紙袋を手にぱたぱたとキッチンへ赴くと、洗い物を始めようと袖まくりをしたナマエが、ロシナンテを見下ろして軽く笑う。
 最近多いね、と続いた言葉に、うんとロシナンテは頷いた。
 春の陽気がなせる業か、ここ最近、この家の主の『忘れ物』が頻発している。
 家の前まで出てから忘れたことに気付くことも多いが、すでに何度かロシナンテとナマエで届けに行ったこともあった。
 大事なものでないなら帰ってきてからでいいだろうが、朝のしかめっ面を思い出すに、この書類はとても大切なものなのではないだろうか。
 うーん、とナマエが考えるように声を漏らしたところで、廊下の向こうの電伝虫が鳴き声を零す。
 それに気付いたナマエが素早く電伝虫の方へと向かい、ロシナンテもその後を追いかけた。

「はい」

『ナマエか? すまん、私だ。今朝、書類を忘れてしまったようなんだが……』

「ええ、ロシーが見つけてましたよ」

 いかめしい顔をしてセンゴクの声を出してくる電伝虫相手に、ナマエがそんなふうに言葉を返す。
 その目がちらりとロシナンテの方を見て、それから微笑みかけたので、ロシナンテも相手へ笑顔を向けた。

『そうだったか。こちらはすぐに家へ戻れそうになくてな。申し訳ないが、本部の方へ届けてくれないか』

「ええっと……はい、すみません、二時過ぎでも大丈夫ですか?」

 時計を見やりながら答えたナマエへ、用事があったか、とセンゴクの顔をした電伝虫が困ったような顔をする。
 そうなんです荷物が届くことになっていて、と答えるナマエのほうも申し訳なさそうで、これは、とロシナンテは小さなその手に拳を握った。
 これは、自分が役に立つまたとない機会ではないだろうか。

「ぼく! とどけるよ!」

 両手で書類の入った袋を持ち上げて、ナマエへ自分の存在を示すように背伸びをする。
 その拍子に口の開いたままだった紙袋から書類がこぼれかけ、それに気付いたナマエが慌てて書類の袋を掴まえてくれた。
 ぴらぴらと揺れていた紙袋の口が閉じ、くるりと紐が留め具に巻き付けられる。

「でも、まだ一人で出かけたことなんてないだろう?」

「だいじょうぶ! なんどもナマエといっしょに行ったもん!」

 この家から海軍本部までの道のりは、それほど複雑なものではない。
 何より、ここ最近のセンゴクの物忘れの多さによって、ロシナンテはナマエと一緒に何度かその道を往復したのだ。
 自信を持って薄くて小さな胸を逸らしたロシナンテに、だけど、とナマエが迷った顔をする。

『そうか、頑張ってくれるか』

 けれどもそれを後押ししたのは、『それはとてもありがたい』、と電伝虫が漏らす優しい声だった。







 頭には子供用の海軍帽をかぶり、同じメーカーの出している子供服に身を包む。
 見た目はすっかり可愛い雑用兵となったロシナンテが、きちんと書類の袋を入れた鞄を背負い、きりりと身を引き締めて敬礼した。
 掌を晒してびしっと背筋を伸ばす相手に、ナマエもまた見様見真似らしい敬礼を返す。

「それじゃあロシナンテ、気を付けて行ってくるんだぞ」

「うん!」

「寄り道はしないようにな。迷子になったら、右のポケットだ」

「わかった! いってきます!」

 小さな紙片の入った布袋を持たされた右ポケットを叩き、放たれた言葉にきびきびと答えて、ロシナンテはぐっと足に力を入れる。
 この前新しく買ってもらった靴で土間を踏みしめ、そうして玄関を出てからもう一度見送りへ敬礼を送り、小さな彼はずんずんと門へと近寄った。
 そして、家の敷地から出る前で足を止めて、こわごわと門の向こう側を覗き込む。
 大きな家の敷地の外は、ロシナンテにとってはナマエかセンゴクとしか歩いたことのない場所だ。隠れる場所も、とても少ない。
 ロシナンテが過ごしたあの島よりも危険の少ない場所だということは分かっているが、どうしたって一人で外に出ようとは思わなかった。
 人に見つかり、蔑まれ、凄まれ、追いかけられて、痛い目に遭わされる。
 この島にいる人間のほとんどはロシナンテの素性など知らないのだから、あんなことは起こらないと分かってはいるのだ。
 けれども、誰も歩いていない道を見やって、どきどきと心臓が鳴る。
 冷や汗がにじんで、ごくり、と一人でつばを飲み込んだところで、めえ、と響く鳴き声が耳に届いた。
 それを聞いて顔を向けると、庭先で日向ぼっこをしていたはずの仔ヤギが一匹、その鼻先をロシナンテの方へと向けている。
 まるでロシナンテの方をじっと見つめているような相手は、ロシナンテがそちらを見つめ返したのを認めたのか、もう一度めえと鳴いた。
 どういう意図をもってか分からないが、まるで『頑張れ』と応援されたような気持ちになって、ロシナンテはぐっと歯を食いしばる。
 そのまま、今度はペットの仔ヤギにまで敬礼してから、意を決した子供が門の外へと飛び出した。
 きちんと戸を閉めて、いつもの道を進みだす。
 背の高い塀の並ぶ道は、やはり人の一人も歩いていなかった。
 穏やかな昼下がり、みんなは家で家事をやっているのだろう。時たま、洗濯物を干しているような音が聞こえる。
 あちこちの家から道へ張り出した木々が、石畳の上へ木漏れ日を落とし、ロシナンテのこともちらちらと照らした。
 ふわりと抜ける風に潮の匂いが混じるのは、海が近い証だ。
 もし何かあって隠れるならどこがいいだろう、なんてことを考えながら歩いている途中でわずかな歓声が聞こえて、ロシナンテの体がびくりと震える。

「うっ」

 そのせいでべちりと道に転び、慌てて起き上がりながら声のした方を見ると、小さな公園があった。
 たまにナマエと一緒に向かうそこにはいくつかの遊具があって、数人の子供が遊んでいる。
 わあわあ、きゃあきゃあと騒ぐ様子は楽しそうで、まるでロシナンテを誘うかのようだ。
 しかし、背中の重みを思い返し、ロシナンテはごしごしとぶつけた顔をこすりつつ立ち上がった。
 この届け物は、ナマエとセンゴクの役に立つためにもらった仕事なのだ。放り出して遊ぶなんて、そんなことしてはいけない。

「……かえったら、ブランコ行こうって、おねがいしよう」

 きっとナマエだったら、いいよ、と笑ってうけいれてくれるに違いない。
 そんなことを考えると、少しだけ気持ちが明るくなる。
 もしかしたら遊んでいる間にセンゴクが帰ってきて、この前のように一緒に遊べるかもしれない。
 ロシナンテを育ててくれている彼はとても大きくて、強くて、ブランコなんてすぐに高い位置まで揺らしてくれる。きっと楽しいだろう。
 石畳を踏みつける足取りが軽くなり、けれども時々道の角にびくびくとしたり転んだりしながらロシナンテが海軍本部へたどり着いたのは、恐らくは家を出てから三十分も経たぬうちのことだった。

「あ、あの!」

 民間人が入ることの出来る受付へと赴いて、受付をしている海兵へカウンターの下から声を掛ける。
 寄越された言葉にきょろりと周囲を見回した海兵が、それからやがて下を覗き込んで、カウンターの向こう側にいるロシナンテに気が付いた。

「ん? どうした、坊主」

「えっと、えっと、センゴクさんに、お届けもの、です!」

 きりっと顔を引き締め、そう声を上げたロシナンテに、海兵がぱちりと目を丸くする。
 それから、何を思い出したのか『あー』と声を漏らして、優しげな笑みを浮かべた。

「そういやそんな話も聞いてたな。坊主一人で来たのか? お疲れさん」

 呼ぶからちょっと椅子に座ってな、と小さなエントランスに二脚ある長椅子の方を指差されて、はい、と答えたロシナンテがそちらへ向かう。
 ナマエと一緒にきたときと同じ場所へ腰を落ち着け、背負ってきた鞄を降ろして自分の膝の上へ乗せた。
 大事な書類が入っているかを少しだけ開けて確認して、きちんと荷運びが出来た自分に満足感を得て頷く。
 受付の海兵が、小さな電伝虫を使っている。きっとセンゴクへ連絡してくれているのだろう。
 エントランスから伸びる通路は二つあり、今日はどっちからくるのかな、と左右へ視線を動かしたロシナンテは、そのうちの片方から出てきた女海兵が自分の方へ近寄ってきたのを見て、ぱちりと目を丸くした。

「随分と小さな海兵さんだね」

 ロシナンテを見下ろしてそんな風に言い放ち、彼女はしげしげとロシナンテの姿を見下ろした。

「おつるさんだあ」

 微笑む相手を見上げて、知った顔を見つけた安堵に気を緩めたロシナンテの顔が笑みを浮かべる。
 『つる』と言う名前らしい彼女は、センゴクの同僚だった。
 何度か家に来たことがあるし、何でも綺麗に洗ってくれる人だということをロシナンテは知っている。この前来たときは、ロシナンテが汚してしまったソファを、まるで布巾のように簡単に洗ってくれたのだ。
 『おつるさん』と言う呼び名は、ナマエが使っているものだ。たまに舌が回らなくて変な発音になるのだが、彼女は気にせず許してくれる。
 近寄ってきたままどかりと隣へ腰を下ろしたつるが、届け物かい、と尋ねてくる。
 それへうんと答えて、ロシナンテは膝の上の鞄をしっかり掴まえた。

「今日はね、ぼくひとりでもってきたんだよ」

「そりゃあ偉い、忘れん坊の為に頑張ったね」

「セ……センゴクさんはわすれんぼーじゃないよ!」

 全く、とあきれたように落ちたため息に、ロシナンテは慌ててそう言い返した。
 確かに最近少し忘れ物が多いが、『忘れん坊』と言われるほどではないはずだ。
 ロシナンテの反論に、おやそうかい、と片眉を動かして笑ったつるが、少しばかり片手を動かす。

「この陽気で腑抜けてるってんならちょいと洗ってやろうかと思ったが、坊やが言うんなら見逃してやろうかね」

「センゴクさん、あらっちゃうの……?」

 『なんでも』洗える女海兵の言葉に、ロシナンテは困惑した。
 汚れたソファすらもまるで布地のように洗えている彼女だったが、さすがに人間は洗えないのではないだろうか。
 けれどもロシナンテの疑問にふふふと笑い声を零して、女海兵が言葉を紡ぐ。

「洗ってみてほしいかい?」

「だ……だめっ」

 なんとなく興味を引かれたが、ロシナンテは強く拒否した。
 まっさら綺麗になったソファは、まるで新品同然だった。
 例えば人間が洗えたとして、その結果センゴクがどうなるのか、考えると恐ろしい。
 もしも『まっさら』になって、ロシナンテやナマエのことまで忘れてしまったら、それはとても悲しいことだ。
 うる、と目を潤ませたロシナンテに、おや、とつるが少しばかり困った顔をした。

「悪かったよ。泣かせるつもりじゃあ無かったんだけどね」

「ないてないもん……」

 むむ、と眉を寄せて、ロシナンテは目元をごしごしと擦った。
 男の子だね、とよく分からないことを言ったつるが、やれやれと腕を組む。

「その分じゃ、センゴクは随分好かれてるようだ。家でも厳しくやってんじゃないのかい?」

「……センゴクさん、やさしいよ」

 女海兵の言葉に怪訝そうな顔をしつつ、ロシナンテは答えた。
 ロシナンテが出会ってから今日までの間、一緒に過ごした海兵は、いつだって優しかった。
 もちろんロシナンテが悪いことをすれば叱るが、それだって相手の優しさがあればのことだし、いわれのない暴力なんて一度だって受けたことがない。
 ロシナンテの返答に、へえ、とつるが声を漏らした。
 まるでこちらを信じていない様子のそれに、むっと眉を寄せたロシナンテが、ずいっと相手へ身を寄せる。

「本当だよ! 昨日もね、ぼくがお皿わっちゃったのいっしょにかたづけてくれたし、おフロだっていっしょだったし、それに」

 彼女には、センゴクと言う海兵の優しさをしっかりと伝えねばならない。
 そんな使命感にあふれたロシナンテは、自分の声がだんだんと大きくなっていることに気付かなかった。







「……うう……」

「センゴクさん、抑えて抑えて」

 なんとも言えない顔で唸る傍らの相手に、ナマエはそっと声をかけた。
 こっそりと窓から入れてもらった海軍本部の内側、エントランス近くの壁に隠れる二人が伺っているのは、エントランスの内側で演説を繰り返す少年だ。

「あと、お願いしたらヤギさんも飼っていいって言ってくれたし、この前もセンゴクさんが助けた猫がセンゴクさんに仔猫見せに来てて」

 ひたすら『センゴクは優しい』と事例を交えて訴える子供に、センゴクは明らかに恥ずかしがっている。
 家でのことをここまで赤裸々にされては確かにそうだろうと思うだけに、微笑ましい相手にナマエも少しだけ笑った。
 しかしロシナンテの言う通り、ナマエの傍らの海兵は優しいのだ。
 一人では決して外に出ようとしない子供を気にかけて、何度も『外』へ出かける理由を作った。
 今日にいたっては一人で出かけられるよう後押しまでして、ナマエに後から尾行を頼むほどだ。
 もちろん最初からナマエもそのつもりであったので、海軍本部近くまではずっと子電伝虫を片手に諜報員のような気持ちで小さな子供を追いかけてきた。
 転ぶたびに焦ったが、べそもかかずにすぐさま起き上がり、まっすぐに目的地へ向かうロシナンテの背中に、子供のたくましさを感じて感慨深い思いだった。
 さすがにすぐに出迎えては不自然だろうと時間を潰している間に女海兵が現れて、『他の大人とも会話が出来るように』と気遣って様子を見ていたのだが、センゴクにとっては裏目に出た思いだろう。
 遮りたそうにしているが、せっかくだからとそれを押しとどめているのはナマエである。
 間違いなく、長椅子に座る彼女はナマエとセンゴクの存在に気が付いている。遠巻きにして通り過ぎていく海兵たちがいるのだから、当然と言えば当然だ。

「坊やは随分とセンゴクが好きだねェ」

「うん、大好き!」

 ようやく終わったのか、そんな風に言葉が響いて、その可愛らしさから伝わる凶悪な攻撃力がセンゴクに酷いダメージを与えている。
 とにかく、そろそろ顔を出した方がいいだろうとその背中を押しかけたナマエは、そこで響いた声にびくりと身を震わせた。

「もう一人のことはどうだい? センゴクが優しいんなら、そっちが怖くしてやしないかい」

 気遣う声音だが、明らかに面白がっているその真意に気付かず、そんなことないよ! とロシナンテが慌てたように否定した。
 これは、とセンゴクを更に押しやろうとしたものの、ぐっと足に力を入れた相手によって遮られた。
 それどころかセンゴクの手がしかとナマエの腕を掴まえて、ぽん、ともう片方の手がナマエの肩を叩く。

「この際だ、ナマエ。観念しなさい」

 仏の顔で微笑まれ、一蓮托生という文字が脳裏に過って冷や汗を零したナマエの耳に、ナマエはね、とロシナンテの必死な声が響いた。
 日頃自分が普通にやっていることを大声で『優しい』と評価されることの恥ずかしさを、ナマエはその日、初めて知った。







「ただいま!」

 足取り軽く家へと戻ったロシナンテが声を上げると、めえ、と仔ヤギが返事をした。
 可愛いそれを見やって手を振り、そのままロシナンテが玄関の戸を開く。
 もう一度『ただいま』を告げると、おかえり、と声が響いた。
 奥から出てきたナマエが、どうだった、と尋ねながら扉を閉めたロシナンテから帽子を受け取る。
 帰ってきたときのセンゴクのように世話を焼かれて、そのことになんとなくくすぐったくなりながら、鞄をナマエへ手渡したロシナンテが靴を脱いだ。

「ちゃんと届けたよ! センゴクさんに!」

 女海兵との会話がひと段落したところで、ひょっこりとやってきた相手の顔を思い出し、ロシナンテが笑う。
 ありがとう、助かったと言われただけでものすごく嬉しくなったし、頑張ってよかった、と心から思えた。

「それはよかった。お疲れ様、ロシー」

 俺も助かったよ、と微笑んで言葉を寄越されて、さらなるくすぐったさを感じたロシナンテはもじもじと身を揺らした。
 ごまかすように靴を揃えるロシナンテの頭を、ナマエの手がやさしく撫でる。
 センゴクの大きな手とは違うそれは、けれどもやっぱり、センゴクと同じ優しい感触だ。
 そしてそこから甘い匂いがして、くん、とロシナンテの鼻がそれを嗅ぐ。
 それに気付いたナマエが、そっとロシナンテの頭から手を放し、代わりにぽんと背中を叩いた。

「帰ってきたら一緒に食べようと思っておやつを用意してたんだ。手を洗って、うがいをしたら食べようか」

「おやつ!」

 寄越された言葉に背筋を伸ばして、ロシナンテがその顔を輝かせる。
 そういえば、もうそろそろおやつ時だ。今日のおやつは何だろう。きっと甘くておいしいに違いない。

「ぼく、手あらってくる!」

「ああ、おやつは逃げないから、あんまり走って転ばないようにな」

「うん!」

 寄越された言葉に答えながら、ドタバタと洗面所へ向けて走り出したロシナンテは、角を曲がったところではたと思い出して足を止めた。
 勢いあまって転びかけたが、何とか踏みとどまり、とんとん、とたたらを踏んで後ろへ戻る。
 途中で戻ったロシナンテに、玄関から後を追いかけようとして来ていたナマエが少し驚いた顔をしていた。
 戸惑いの見えるそれを見やって、ロシナンテが声を掛ける。

「おやつ食べたら、一緒にブランコいこう」

 子供達が遊んでいた公園が、ぐるりとロシナンテの脳裏を回っていた。
 放たれたロシナンテの要望に、少しだけ驚いていたナマエが、すぐににこりと優しげに笑う。

「ああ、いいよ」

 そうしてあっさりと寄越された了承に、嬉しさがロシナンテの心を満たして、やった、と弾んだ声が漏れた。
 ロシナンテを引き取ってくれたこの家の住人は、とても優しい。
 ロシナンテに勇気があったなら、道行く人みんなに言いふらしたいくらいだ。
 そうでなくても、いつか本人達に恥ずかしくて言ったことのないあの言葉を言ってみたいなと思いながら、ロシナンテは手を洗うために洗面所へと急いだ。

『だからね、ぼくは、二人とも大好きなんだよ!』

 女海兵に向けて必死に重ねた言葉を聞かれていただなんて、幼いロシナンテは知る由もないことだった。



end


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