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明日のおやつはイチゴシェイク
※トリップ系主人公はロジャー海賊団クルー→バギー海賊団クルーでちょっとだけ年上



 ごほげほ、となんとも盛大な咳が聞こえる。
 音の濁ったそれにため息を零しつつ部屋の扉を押し開けると、俺のベッドが一人の青年によって占拠されていた。
 氷枕の上へ頭を置き、額に畳んだタオルを乗せて、熱のせいで顔をその鼻に追いつきそうなくらい赤くしながら、天井を睨みつけていたうつろな目がこちらを見やる。

「ナマエ……おれ、やっぱりド派手にヤバい病気なんじゃねェか……?」

「ただの風邪だって言ってんだろ」

 馬鹿を言い出した相手に答えつつ、手に持ってきたトレイと共に相手へ近寄った。
 先ほど用意した二脚の椅子の内の一つにそれを置いて、それからもう一脚に腰を下ろし、伸ばした手でタオルを奪い、床に置いてあった盥に放る。
 盥に沈んでいくそれへ手を伸ばしてしっかりと水を絞り、冷えたそれで顔を拭いてやりながらもう一度額の上に戻してやった。

「これに懲りたら、ガキみたいな意地の張り合いはやめるこった」

 久しぶりの冬島ではしゃいだのは分かるが、我慢比べだなんだと言って薄着でガタガタ震えながら雪原をうろつくなんて、正直言って正気の沙汰じゃない。
 せめて手洗いうがいを徹底していれば違っただろうが、残念ながら二人はそれを行うほど素直な子供の年齢でもなかった。
 同じ馬鹿をしでかしたもう一名も同じく風邪をひいていて、本来なら船医のところで説教を食らいながら大人しく並んで寝ているはずだった。
 だがしかし、この赤鼻のお馬鹿さんとあの赤髪のお馬鹿さんは、同室に置いておくと喧しくて仕方ない。
 大人しくしない患者へ怒り出した船医に『じゃあ俺が』と片方を引き取ると手をあげたのは俺で、俺の申し出にふらふらと近寄ってきたのはバギーだった。
 まあ実際バギーのことを引き取るつもりではあったのだが、当然の顔で近寄られた辺り、俺はこの五つ下の弟分にそれなりに懐かれていたらしい。

「ナマエにだって、ゆずれねえ戦いがあるだろ」

「もっと別のことで争えよ」

 子供みたいなことを言いだす相手にそう言いながら、持ってきたトレイの上から吸い飲みを持ち上げる。
 俺の手にした容器を見たバギーがその顔をしかめたのは、透明なガラス越しに見える中身が淀んだ色をしているからだろう。

「ほら、バギー」

 声を掛けつつ手元の物を相手の顔の近くへ寄せるも、ぎゅっと口を曲げたバギーが少しばかり顔をそむける。

「おい、何抵抗してるんだ」

「んなもん飲まなくたって治る!」

「飲んだ方が早く治るに決まってるだろうが」

 まさしく子供のようなことを言われて、呆れつつ吸い飲みを持っていない方の手を伸ばした。
 タオルを押しのけてその頭を掴まえ、ぐいと傾かせる。
 頑張って抵抗しようとしているようだが、熱で弱っているバギーの力なんて大したものじゃない。

「お前が『起き上がれない』って言いだすから、わざわざ吸い飲みまで用意してきたんだぞ」

 食事は座って食ってたくせに、薬の時間となると妙な抵抗を示されたのは、ほんの十分ほど前のことだ。
 今朝は自力で飲んでいたのに二回目から抵抗する辺り、恐らく薬がとんでもなく苦かったに違いない。
 唇にぐにりと飲み口を押し付けて、これでも飲まねえんなら頭だけ取り外して飲ませるぞ、と脅かしを口にすると、しぶしぶと言った風にバギーの口が吸い飲みの中身を飲む。
 口に液体が入った途端にますますいやそうな顔をして、逃げようとする口へ向けて吸い飲みを傾けた。

「んぐっ!?」

 漏斗のように扱われた吸い飲みから自分で吸うより大量に入ってきた薬液に、バギーが驚いた顔をする。
 それでも、俺が『こぼすなよ』と声を掛けると必死になって口の中身を飲み込むので、いじらしいそれによしよしと掴んでいた掌で手元にあった頭を撫でた。
 褒めるように頭を撫でられただけで少しばかり表情を緩めたあたり、ちょろい弟分だ。
 吸い飲みの中身のほとんどが空になり、その口から吸い口を引き抜くと、口の端から少しばかりひどい色の薬液が漏れる。
 こぼれたそれを親指で軽くこすり落としてやると、どうにか口の中身を飲み込み切ったらしいバギーが、少しばかり涙目でこちらを見上げた。

「ひ、ひでェぞナマエ……」

「お前に付き合ってると時間がかかってなァ」

 どっちにしたって飲むという選択肢しか与えられていないんだから、さっさと飲んで欲しいところだ。
 やれやれと吸い飲みを傍らのトレイへ戻し、もう一つを持ち上げる。
 なみなみと綺麗な水が入ったそれを差し出すと、バギーの両手が俺からそれを奪い取った。
 ついでにひょいとその体が起き上がり、吸い飲みの蓋を開けて直接中身を飲み始める。

「起きられるんじゃねェか」

 その様子に笑って言いながら、軽く肩を竦めた。
 口の中をスッキリさせて、二つ目の吸い飲みの中身も綺麗に飲み込んだバギーが、ガラス製のそれをこちらへ押し付けてくる。
 受け取ったそれを俺がトレイへ戻すのとほとんど同時にその体がベッドへ沈み込み、うう、と短く唸る声がした。

「ナマエのせいで絶対悪化した……派手に頭がいてェ……」

「急に動くからだろ」

 人のせいにするんじゃない、と声を掛けつつ、落ちてしまったタオルを拾い上げる。
 先ほど冷やしたばかりなのにもう温くなっているそれを盥の水で冷やし直し、あおむけに転がったバギーの頭へと乗せた。
 されるがままのバギーが、まだ口がいがいがする、と文句を垂れた。

「もっとこう、甘くていいじゃねェか」

「二度とこんな馬鹿な真似はさせねェって言ってたからな」

 親の仇を殺すような顔で薬をすりつぶしていた船医のことを思い返しつつ、よしよし、と横たわる相手の頭を撫でる。
 さっきは快く受け入れたくせに、俺の仕草にぎゅっと眉を寄せたバギーが、赤い鼻と一緒にその視線をこちらへ向けた。

「ガキ扱いするなよ、ナマエ」

 『もう子供じゃねえんだからな』なんて、子供みたいな理由で病に罹った相手に言われても、まるで説得力がない。
 はいはい、とそちらへ適当な相槌を打って手を放し、俺は肩を竦めた。

「飯も食って薬も飲んだんだ、あとは寝ちまえ。もう少ししたら熱も下がるだろ」

 俺と違って、この船の人間は回復力がものすごい。
 きっとすぐに元気になるだろうし、そうしたら久しぶりの冬島を探索したがるに決まっていた。
 一番近い島での買い出しだってまだ終わっていないのだ。

「元気になったら、何か甘いもんでも食いに行こうな」

「ナマエの作ったもんがいい」

「……お前も相変わらず物好きだな」

 そこまでうまいとも言えない自分の料理を所望されて、思わず呆れた気持ちでベッドの上の住人を見やる。
 マスクをしていても俺の表情が分かったのか、くふ、とわずかに笑い声を零したバギーが、そのままげほげほとせき込んだ。
 喉を痛めそうなそれに大丈夫かと声を掛けると、咳の収まった口が大丈夫だと返事をする。
 このまま喋っているとまたせき込みそうだなと判断して、俺は片手でバギーの目元を覆った。
 俺の動きの意図が分かったのか、されるがままになったバギーの目が閉じたのを、掌に触れたまつ毛の感触で把握する。

「おやすみ」

 あとでコックにでも、簡単に作れる何かを手習いしておくか。
 冬島らしくイチゴが名産だという話だし、材料に使ってもいいかもしれない。
 そんなことを考えつつ、俺は人様のベッドを占拠している相手が眠りにつくのを待つことにしたのだった。







「懐かしいな」

「あん?」

「いや、なんでも」

 もはや十何年も昔のことを思い出してしみじみとしていると、怪訝そうな顔をした相手がこちらを向いた。
 そちらへ笑顔を向けてみたが、俺の口元はマスクで覆われているので相手には伝わらない。
 ロジャー海賊団が解散して、もう何年になるだろう。
 そうなるだろうな、とぼんやりと『知っていた』俺の予想通り、バギーは自分の海賊団を立ち上げた。
 予想外だったのは、東の海でのあの処刑の後、適当な島へ行こうとした俺を引き留めて連れて行ったことだ。
 確かに懐かれているとは思っていたが、自分の旗揚げに連れて行こうと思うほどだとは思わなかった。
 ずっと船に乗り続けているおかげで、俺はバギー海賊団の中でも古参の人間だ。

「死に瀕したおれに対して、何か言うことあるんじゃねェのか、ナマエ……」

 ぜい、はあと息を零しながら恨みがましく寄越された言葉に、あのな、と声を掛けつつ近寄る。

「ただの風邪だって言われただろ、船長」

 久しぶりに高熱を出して弱気になるのは分からないでもないが、ただの風邪をそこまで悲観しないでほしい。
 当人がこのざまだから、バギーを慕って募った仲間達の中には『船長が死ぬのではないか』と通夜の顔をしている連中までいる始末なのだ。
 単純で可愛いクルーが多いのは良いことなのか、悪いことなのか。とりあえず、俺は看取りに来る連中を締め出しているわけだが、さっさと治ってくれないと士気にも影響が出そうだ。
 船長に甘い船医のおかげで甘ったるい薬も出たし、それをしっかり飲んだ男をベッドの傍から丸椅子に座って見下ろすと、どうだかな、と声を漏らした相手が毛布を掴まえる。

「こんなに暑くて寒くて苦しいんだ、ド派手にやばい病気に違いねェ……」

「だァから、風邪だって」

 まだ言うか、と呆れつつ、俺はタオルの乗っている頭を軽く叩いた。
 頭痛がしていたのか、痛いと悲鳴が上がる。
 それを無視して手を滑らせた俺は、ひとまずバギーの頭から乗っていたタオルを奪い取り、温くなっていたそれを傍らの盥で冷やし直した。
 きつく絞り終えたタオルを元の場所へ戻すと、ほう、とバギーの口から息が漏れる。
 首の後ろを冷やす氷枕へぐりぐりと頭を押し付けて、それからじろりとこちらを見やってきた相手に、はいはいと声を零して手を伸ばした。
 頭の下から引きずり出した氷嚢は、いつの間にやらすっかり柔らかくなっている。どうやら全部溶けてしまったようだ。

「新しい氷もらってくるか」

「おう……おれが死ぬ前に戻ってこいよ」

 暴君のような発言をされているが、船長になってからと言うもの、自分を大きく見せる術を模索したバギーが身に着けたものだ。
 別に気にせず、分かったよ船長、と答えて椅子から立ち上がる。
 しかしそのまま離れられなかったのは、ぐい、と服を掴んで引っ張られたからだった。
 おや、と視線を下へ降ろせば、毛布の隙間から出てきた手が、がしりと俺の服を掴んで引き留めている。

「……バギー?」

 どうした、と尋ねて視線を向けるも、ぜい、と息を零したバギーの方はいつの間にやらこちらから目を逸らしていた。
 わざとなのか無意識なのか、探るようにその顔をしばらく眺めてから、仕方なく相手の手を掴まえる。

「よっと」

 ぐい、と引っ張ったら手首から先だけが外れたので、どうやら意識的なものだったようだ。
 服の端に生首ならぬ生手首をぶら下げて、ぽん、と軽く手の甲を叩いてから、そっとベッドのそばを離れる。

「すぐ戻ってくるから、大人しく寝てろよ」

 声を掛けても反応しない相手へ笑いつつ、俺は自分の服の裾を掴んでいる手を握りしめた。
 昔は俺の掌で隠せるほど小さかったのに、今じゃすっかり俺の手に余る大きさだ。
 月日の流れを感じるが、ちょっと病気になっただけで甘えてくるあたり、バギーはいまだに可愛い弟分である。

「元気になったら、甘い物でも食いに行こうな」

「……ガキ扱いしてんじゃねェ!」

 部屋を出る前にそう声を投げると、今度はそんな反論が来た。
 しかし、急に大きな声を出したせいでせき込ませてしまったので、ちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。



end


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