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宝は腕の内にある
※『エンゲージ・フラッグ』の続編
※主人公はニューゲートの幼馴染で転生トリップ主(微知識)
※捏造満載(孤児設定・体格等)注意
※名無しオリキャラモブクルー注意



『何をしていやがるんだ』

 座り込んでいる子供に声を掛けると、小さな体がぴくりと揺れた。
 どことなくぼんやりとした顔がニューゲートを振り仰ぐ。
 ニューゲートとそれほど年の変わらないだろう子供の、子供らしくない眼差しに驚いたのが、ニューゲートの『ナマエ』という人間へ対する第一印象だ。
 釣って捨てられた魚だって、あれほど死んだ目はしていない。
 名を尋ね、親に捨てられたらしいという境遇を聞き、『行くところがないなら』とニューゲート一人だけが使っていた住処へ連れて帰った。
 ともに過ごすうちに『ナマエ』はどこにでもいるような普通の顔つきをするようになって、どうやら賢かったらしい彼にいくらか助けられ、また助けながら、ニューゲートは彼と二人で生きてきた。
 掴まえていたその手を手放さなくてはならないというのを、少しばかり惜しく思っていたのは事実だ。

「そうか……じゃあこれ、餞別な。表通りで買ったんだ。後で好きな柄でも刺繍しろよ。マークなんていいかもな?」

 けれども、あっさりと受け入れられるとは思わなかっただけに、ニューゲートはひどく戸惑った。
 顔にも出ただろうそれを見て、向かいに座る青年がふふんと鼻を鳴らす。
 その後で彼が語った内容によれば、ニューゲートが海賊になると決めたことは、どうやら同居人には筒抜けであったらしいということだった。
 確かに、ニューゲートは海賊になると決めていた。
 それは随分前からで、今島に来ている海賊団は、渡りに船と言うものだった。体格もよく腕っぷしにも自信のあるニューゲートを船長は買ってくれていて、出発は今晩だ。
 先延ばしにしていた別れの挨拶をしようとしていたら読まれていた、と言う事実への戸惑いが、ニューゲートの口を滑らせる。

「…………てめェも来ると言うかと思ってたぜ」

 いつだって、ナマエはニューゲートの近くにいた。離れたくないと言われたりしたことは無いし、別行動をとることはあるが、同じ塒で寝起きをする仲だ。何日も顔を見ないなんてことは一度だって無かった。
 それでも、もし『ニューゲートが行くなら俺も』と安直な決定をしようとするなら、それは止めてやらねばならない、と思っていたのだ。
 ニューゲートの呟きを聞いて、ナマエがゆるく首を傾げる。

「そうしたら、ニューゲートが『駄目だ』って言うんだろ」

「あァ」

「じゃあそう言うなよ」

 俺だってそんなにワガママじゃないし、とナマエが笑う。
 その顔には少しだけ寂しげな色が宿っていて、しかしその目つきはいつもと同じだった。
 かつての、初めて会った時のようなどうしようもない眼差しは、もう何年も見ていない。
 目の前の相手はすっかり成長したのだ、と言うことが感じられて、ニューゲートは先ほど手渡された黒いバンダナを緩く握りしめた。
 自分が手放すのだとばかり思っていたが、相手にその手を放されたのだという事実は、それからしばらく、ニューゲートの内側で燻っていた。







「うわっ!」

 短く、焦りの混じった悲鳴が聞こえる。
 それが誰の物なのか認識したのとほとんど同時に意識が覚醒し、それから素早く起き上がったニューゲートは、横に放ってあった武器を片手に体を反転させた。
 仮眠の為の部屋から勢いよく飛び出すと、ごっ、と頭に強い衝撃が走る。
 しかし気にせずそのまま近かった出口を飛び出し、先ほどまで閉じていた目にはまぶしい甲板で目を凝らすと、わずかに白んだ視界の向こうに驚いた顔のナマエが見えた。
 慌てた様子でその身がニューゲートへと駆け寄り、ニューゲートに比べて低い場所から両手が伸ばされる。

「お前、今すごい音したぞ、頭大丈夫か!?」

「……あァ」

 人の頭を気にする相手に、ニューゲートは眉を寄せて答えた。
 先ほどの強い衝撃を思い出して片手で頭に触れると、ぱらりとわずかに木屑がこぼれて落ちた。
 どうやら、また部屋の出入り口に頭をぶつけてしまったらしい。
 じんわりと痛む額を軽く抑えて、ニューゲートの視線がもう一度甲板へと向けられる。

「それで、さっきのは何だ?」

「さ、さっきの? あ、ああ……」

 ニューゲートの問いに声を裏返した相手が、両手を降ろして視線を逸らした。
 なんでもない、と答えた嘘つきをじろりとニューゲートが見下ろすと、寄越された視線を受け止めちらちらとニューゲートを気にした相手が、いやあの、と声を漏らす。

「さっきそこの積み荷にぶつかっちまったんだよ、船長」

 何事かを告白する前にナマエの上から言葉を落としてきたのは、見張り台の方だった。
 それを受けてニューゲートが真上を仰げば、見張りの当番をしていたクルーが、ひらひらと手を振る。
 その指が甲板の端にある積み荷を示し、丁寧に積み上げられたはずのそれがゆがんでいるのを見つけたニューゲートは、わずかなため息を零した。

「物にぶつかったぐらいで悲鳴なんか上げてるんじゃねェよ」

 言葉と共に甲板の端へと近寄り、列のゆがんだ積み荷へ触れる。
 ナマエの手では届かぬ高さを押しやり、緩んだ縄を締め直したニューゲートの横で、そこまででかい声出してなかっただろ、とそれを手伝うナマエが唸った。

「ニューゲートには聞こえなかっただろうから早く直しちまおうって思ってたのに」

 地獄耳か、と言葉を続けられて、聞こえたんだから仕方ねェだろう、とニューゲートは答える。
 視界の端で人が動いたのに気付いて一瞥すると、木材と道具を持った船大工が、てくてくと甲板の上を通過していくところだった。おそらく、先ほど壊れただろう場所を直しに行くのだろう。
 すまねェな、とニューゲートが声を掛ければ、軽く会釈を返される。先日の島で仲間になったあの男は、仲間の内でも輪をかけて無口だ。
 同じように、船にはニューゲートと他に、数人の『海賊』が乗っている。
 ナマエ以外の誰もがニューゲートを『船長』と呼ぶのは、この船がニューゲートを首領とする海賊団のものであるからだ。

「これで終いだ」

「うう……ありがとうな」

 強めに縄を縛り付け、軽く手をはたいたニューゲートの横で、ナマエが申し訳なさそうに声を漏らす。
 お前が歩いて物にぶつかるのは今に始まったことじゃねェだろう、とそちらへ向けて言い放ち、ニューゲートは肩を竦めた。
 ナマエは、手先は器用だが、どうにも周りを見て行動しないところがある。
 物にぶつかって何かを倒したりするのは日常茶飯事で、二人だけで暮らしていたあの塒でも、棚やそれ以外の物を壊していた。
 いつだったかは積み荷の下敷きになったこともあり、ニューゲートや他のクルー達の荷物を倒れぬよう縛り付ける術は磨かれるばかりだ。

「一応、気を付けてはいるんだ」

「まァ昔よりゃあ回数は減ったがな」

 寄越された言葉に返事をしつつ、ニューゲートはどかりとその場に座り込んだ。
 そうすると、先ほどまでニューゲートを見上げてばかりだった男の目線が、ようやく近くなる。
 島を出て、海にいる間に成長したらしいニューゲートは、それからもすくすくと成長を遂げた。
 結果として、ナマエとの体格には随分な差が付いてしまっている。
 ニューゲートの顔を見やり、そろりと近寄った男の手が、軽くニューゲートの頭を払う。
 巻いていたバンダナからぱらりと木屑が零れ落ち、まだついていたのかとそれを視線で追ったニューゲートの前で、何やらナマエが難しい顔をした。

「……うーん……」

「なんだ」

「いや……お前、またでかくなったよな……?」

 言葉を紡いで、ナマエがしげしげとニューゲートを見やる。
 寄越された言葉に、そうかもしれねェな、とニューゲートは適当に答えた。
 しかし確かに、前は部屋の出入り口に頭をぶつけるなんてことはなかった筈だ。
 数人の仲間を加え、手狭になってくるだろう船を買い替えたのは半年ほど前のことだが、その時にナマエがなにやら念入りに天井の高さを気にしていたのは知っている。
 その時は確かに、ニューゲートの頭はぶつかったりはしていなかった。

「いつになったらその成長期は終わるんだ?」

「知らねェよ。おれに聞くな」

 それにでかい方が強くていいだろう、とニューゲートが笑うと、子供か、とナマエも笑う。
 ニューゲートとしては、自分の巨躯を煩わしく思ったことは一度もなかった。
 さすがに巨人族とまでは言わないにしても、大きな体は仲間を守り庇うにはうってつけで、体格に見合った膂力も備わっている。口にした悪魔の実の能力も、以前よりも使いやすくなったような気がしているのだ。

「この船も、ちょっと改築して、あともう少し増築すべきなのかもなァ」

「そんな金がどこにあるってんだ?」

「ふふん」

 ニューゲートが座ったままで尋ねると、何故だか胸を張ったナマエが何やらかみきれを取り出した。
 折りたたんでいたそれを広げて目の前に掲げられ、古びたそれにニューゲートがわずかに目を細める。

「……また、どこで掴まされてきたんだ」

 呟くニューゲートの目の前にさらされているのは、どうやら宝の地図であるらしかった。
 端にかかれた海賊団の名は、ニューゲートでもかつて聞いたことのある、随分昔の賞金首の物だ。

「いやァちょっと、この前の島で?」

 声を弾ませて、ナマエがかみきれを折り畳む。
 その顔はとても楽しそうで、『宝』と言うものに胸を躍らせているのが見て取れた。
 髪も肌も日に焼けたナマエは、島にいた頃より体つきもたくましくなっている。見た目からして、もはや明らかに海を往く人間だ。
 攫ってきた『宝』が海賊を満喫しているのを眺めて、ニューゲートの口からはもう一度ため息が漏れた。

「まァ、てめェが楽しいんなら構わねェが」

 地図が出回るんなら宝の無い可能性の方が高いだろう、と言葉を重ねたニューゲートの前で、いいのか、とナマエが瞳を輝かせる。
 眩いそれを見やって、好きにしろ、と告げたニューゲートの前で、嬉しそうに拳を握った海賊が、天高くつき上げたそれを何故だか見張り台の方へと向けた。
 見張り台から見ていたらしいクルーが、何やら笑っている。
 楽しげなそれを聞き、胡坐をかいたニューゲートの視線が見張り台より更に上へとずれて、風を孕んではためく黒旗へと向けられた。
 ニューゲートの誇りを乗せたそれは、ニューゲートが海賊団を立ち上げたあの日、ナマエがその手で作ったものだ。
 自分の旗を掲げるなら、それはナマエをそばにつれてきてからだと決めたのは、海へ出てどのくらい経った頃だったろうか。
 そういえばそう言ったら変な顔をしていたなと思い出したニューゲートの横で、よォし、とナマエが声を漏らす。

「たくさん宝が見つかったら堅実に貯金もしような! またニューゲートもでかくなるだろうし!」

「なんだそりゃァ」

 馬鹿なことを言いだした相手に笑いつつ、自分で見つけた分は好きに使え、とニューゲートは相手へ答えた。
 金を使うことを惜しむつもりはないし、見つけた金銀財宝に執着するつもりもない。
 ニューゲートの手に入れた『家族』達が使いたいというのなら、好きにさせてやりたいというのがニューゲートの気持ちだった。

「貯金は大事なことだぞ。この海賊団は大きくなるんだからな」

 ニューゲートの一番最初の『宝』が、真面目な顔でそんな言葉を放つ。
 何よりもニューゲートを信じた台詞に、さすがに面映ゆさを感じたニューゲートの目が少しばかり逸らされる。
 そうか、と相槌を打ったニューゲートの真上で、揺れる黒旗の髑髏が笑っていた。



end


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