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いっぱい食べる、君が
※主人公は現地主人公(NOTトリップ主)で泥棒
※主人公はキッドくんとくまの下位互換的悪魔の実の能力持ち
※多種多様な捏造設定と名無しオリキャラ(モブクルー・モブ情報屋)注意



「……やっちまったァ……」

 ぽつりと呟きつつ、おれは目の前に横たわる男を見た。
 床板の上にぐったりと倒れこんでいるその男は、つい先ほどこの部屋へとやってきた人間だ。
 先客だったおれの姿をその目にとらえて、次の瞬間には腰の銃を抜こうとしたものだからうっかり慌ててしまって、手と足を出してしまった。
 転ばせるだけのつもりだったのだが、顎を床で打ったのが悪かったのか、すっかり伸びている。
 確認したところ、舌を噛んだりはしていないようだ。眉間の傷跡は古いので今ついた傷ではないし、他にも外傷は見当たらない。
 普段なら『こういうの』は人目に付きやすいところに運んで転がしておくのだが、さすがに『ここ』ではそうもいかない。

「悪いな」

 両手で拝んでから相手を軽く縛り上げて、おれは転がしてあった自分の鞄を肩から下げ直した。
 ちらりと見やった一角には、宝物庫らしい宝箱と、それから溢れる金貨や財宝が転がっている。
 あちこちに苔むしたものまで入っているのは、それらがつい最近無人島から持ち出されたものだったからだった。よそ様の隠し財宝なのだろうが、一度手放したなら、宝は見つけた奴のものなのがこの海の上での流儀だ。
 そして、残念ながら、『発見者』はおれじゃない。

「まァ、こっちは貰うけど」

 ふふん、と鼻歌を零しつつ、おれは鞄と共に宝物庫を出た。
 こそりと周囲を見回し、誰も見当たらないことを確認してから出口へ向けて足を動かす。
 その途中でぐうと腹の虫が鳴き、しまった、と眉を寄せて片手を腹に当てた。

「『使っちまった』からなァ……」

 暴れると腹が減るのは毎度のことだ。
 だから携帯食料を持ってきていたのだが、ついさっきその分まで消費してしまったらしい。
 なんとも燃費の悪い体だとため息を零しつつ、何か食い物も頂いていくか、と考えながら通路を歩く。
 食糧庫なんてのはどの辺りにあるもんだろうか、と適当に予想を付けて進もうとしたところで、ふと鼻をくすぐる匂いに気が付いた。
 ついでに、わずかに物を鍋で炒める良い匂いがして、更に腹の虫が鳴く。
 明かりに集まる羽虫みたいにふらりとそちらへ足を向けると、薄暗い通路に明かりを零していたその一室は、どうやら食堂のようだった。
 深夜遅く、酒盛りをしている連中がいることを想定して覗き込んだが、人影は見当たらない。
 覗き込んだおれに背中を向けているのはただひとりで、機嫌よく鍋を振るっているその手慣れた動きと格好からして、どうやら料理人のようだった。

「よっし、出来上がり……おぅわ!」

 鍋に盛り付けたものを手にくるりと振り返った相手が、知らずのうちに近寄っていたおれを見つけて悲鳴じみた声を上げる。

「な、何してんだ、声も掛けねえで」

 その手がぽんと皿を放りかけ、慌ててそれを支えてからそう声を漏らした相手は、こんな夜中だというのにしっかりと髪を整えていた。料理するなら身だしなみは大事なもんだしな、とそれを見上げつつ、いや、と声を漏らす。

「すごい腹が減って、いいにおいがしたもんで、つい」

「いいにおい? ああ……」

 言葉と共にじっと見つめると、おれの視線を追いかけるように片手へ視線を向けた男が、皿の上に丸く盛られた炒飯を見やる。

「……食うか?」

 しばらく見つめた後、ぐう、と三度目の鳴き声を漏らしたおれの腹に誘われるようにしてその目がもう一度こっちを向いて、そんな風に言葉を寄越された。
 なんとも素晴らしい誘いに、ごくりと喉がなる。

「……いいのか?」

「いいけど、半分な。もともとおれの夜食なんだしよ」

 恐る恐る尋ねるとそんな風に言葉が寄越され、にかりと笑った相手が一番近くの机と椅子を示す。
 言われるがままにそこへ座ると、ちょっと待ってろ、と声を掛けてから男はおれへ背中を向けた。
 どうやら皿を分けているらしいその背中を見つめつつ、少しばかり首を傾げる。
 もしかして、この船にはおれにそっくりな誰かがいるんだろうか。
 それとも、この料理人はあまり人の顔を覚えないたちなのか。
 もともとは大所帯な連中だという話だし、案外顔と名前が一致しない相手も多いのかもしれない。
 どちらにしても、分けてくれるという料理を食べない手はない。すごく良い匂いもするのだ。

「ほら」

 やがて戻ってきた男がおれの前に皿を置き、自分の皿をおれの向かいに置いた。
 いただきますをおざなりに言って、用意されていたスプーンでひと掬いを口に運ぶ。

「……うまい!」

「そりゃ当然だろ」

 自信ありげに言葉を寄越され、相手も食事を始めたようだった。
 それを視界の端にとどめつつ、おれは流れるように片手を動かす。
 パラパラに炒められた米も、香ばしくほどよい味付けも、間に入っている卵や鶏肉や野菜の細切れも、文句なしにうまい。
 一口食べ始めたら止まらなくて、口に入れては噛みしめた。
 半分になったとは言え随分な量を飲み込んで、皿の上のものを丁寧に集めて平らげてから、ふは、と息を吐く。

「……うまかった……ごっそさん……」

「おう。いい喰いっぷりだな」

 二、三日食ってねェみたいだったぞと笑う相手は、まだ皿の上のものを半分も片付けてはいないようだ。
 そっちにも手を伸ばしたいくらいだが、素晴らしい料理を作ってくれた相手から食い物を奪うなんて外道はできないので、おれはそっと皿の上にスプーンを置いた。

「今まで食ってきた中で一番うまかった。陸で店開いたら絶対に島一番の料理店になる」

「すげェ褒めっぷりだな、ありがとよ。……ところでよ」

 言葉と共に立ち上がったおれの向かいで、食事途中だというのに相手も立ち上がる。
 醸し出された不穏な空気におや、と眉を動かして視線を向けると、先ほどと変わらず笑ったままの相手が、じっとこちらを観察しているのに気が付いた。
 テーブルに触れていた片手が、ひょいとこちらを指で示す。

「お前さん、どこのどいつだ?」

「サッチ隊長、大変だ!」

 うちのもんじゃねェよな、と声を掛けられて目を見開いたのと、通路から誰かが飛び込んできたのは殆ど同時だった。
 『サッチ』と言うらしい男が飛び込んできた相手に気を取られたうちに、おれはすぐさまその場から駆け出す。

「あ、おい! 待て!」

 おれのそれに気付いて相手が追いかけてきたのを感じたが、まさかこの状況で待つ馬鹿はいない。
 肩に掛けた鞄のベルトを握りしめつつ、おれはそのまままっすぐに甲板を目指した。
 どうやら、先ほど宝物庫へ置いてきた誰かさんが発見されたらしい。
 侵入者がいる、と騒ぎ始めた船内を慌てて駆けて、甲板へと飛び出す。

「……待てっつってんだろうがコラァ!」

 そのまま船の端まで駆け、それより先の無い船尾で足を止めたところで、どたばたとたくさんの足音が付いてきた。
 振り向けば、一番先頭にいたあのコックコートの『サッチ』が、こちらを睨みつけている。
 先ほどの柔らかい笑顔が嘘のような怖い顔をしていて、どうにも怒っているというのが分かる。
 『侵入者』なんだから、その対応も当然だ。
 その様子を見やり、ちら、と彼方を窺ってから、おれは後ろへ足を一歩引いた。

「それ以上行っても海があるだけだ、大人しくしてろ。海王類と泳ぎたくはねェだろ」

 じり、とおれを追い詰めるように距離を詰めながら、先頭を歩く相手が言葉を紡ぐ。
 確かに、浅い縁の向こうにあるのは、暗闇に包まれた海だけだ。おれは泳げないから、落ちれば大変な目に遭うことは分かっている。
 けれども、船内から外に出たならこちらのものなのだ。

「あー……えっと、『サッチ』?」

 別れの言葉を投げるべく相手の名前を呼ぶと、なんだ、と言いたげに相手が眉を寄せた。
 『隊長』と呼ばれていたその名の海賊を見やって、少しばかりの笑顔を向ける。

「倒れた奴、顎ぶつけてたから、船医にそう言ってやってくれ」

「……は?」

「あと、さっきの飯、うまかった。お前いい奴だな」

 先ほどの様子からして、おれを見た時には『不審者』だと分かっていたはずだ。
 だったら料理に細工するなりなんなり出来ただろうに、そうせずにうまい飯を出してくれた相手に『ありがとう』と素直な感謝を口にして、足の裏に力を込める。
 いつものように足元へわずかな違和感が生まれ、ぽん、と音を立てて体が海側へ躍り出た。
 驚いた顔をした相手が反応するより早く、遠くから近付いてきていた影がおれを掴まえて飛び去る。

「ありがとな」

 ばさばさと翼を忙しなく動かした相手を仰いで言葉を投げると、おれの相棒である超フクロウが、猛禽類らしい鳴き声を零した。
 大きな足にしっかりと体を固定されて、押し付けられた鞄が痛いが、とりあえず島へ着くまでの我慢だ。
 遠ざかっていく帆船を少しばかり見ていたが、夜の海の向こうに隠れてすぐに見えなくなってしまった。







 とんでもなく不味いものでも、腹に入れなくちゃならないほどの飢えがあった。
 だからこそ食らったそれが悪魔の実と呼ばれるものだと知ったのは食べてしばらく経ってからのことで、売り払えばよかったという後悔はおれを半年悩ませた。
 何という実だったのかも知らないが、出来ることはほんのわずかだ。
 ついでに言えば能力を使えば使うほど腹が減るので、食うための稼ぎが必要となり、そしてまともな働き口なんて生まれの悪いおれには無かった。
 その結果が『盗人』なんだから、おれと言うのは随分と泥にまみれて生きる人間だ。
 一応、盗む相手は海賊などに限定してはいるが、お宝だって海賊に奪われた先で他の人間に盗まれるなんて思ってもいないだろう。
 それでも、大体いつでも、宝は売れば随分な金になる。

「はー、食った食った」

 胃袋に物を詰め込んで、ほっと一息ついたところで、すげェ喰いっぷりだったな、と向かいの男が言葉を投げた。
 それを受けて見返せば、見慣れた男がいつの間にやら向かいに座っている。
 いくら夕暮れのオープンテラスとは言え、客の少ない店で勝手に相席されるのはおかしな話だ。

「あれ、おれ何か約束してたっけ?」

「いや、そろそろ島を離れるもんで、挨拶がてらな」

 おれの言葉に笑った情報屋がそう言って、片手に持っていた紙を揺らす。
 どうやら最後に情報の押し売りに来たらしいと理解して、おれは懐からベリーの束を取り出した。
 取り決めた金額分を相手へ放れば、相手の方からも紙が放られる。
 皿の上に落ちる前にそれを掴まえて開くと、中にはこの前にちらりと話した海賊団の『宝島』の場所が書いてあった。別れの品にしては大盤振る舞いだ。

「いいのか?」

「あァ……それより、お前さん、最近『白ひげ』に手ェ出したんだってな?」

 おれの言葉に適当な返事をしてから、相手がそう言葉を紡ぐ。
 寄越された言葉は真実だったので、まァ、とおれは頷いた。
 正確には『白ひげ海賊団』の分船に入り込んで、本船へ届けられるところだったお宝を少しばかり頂いた、と言うだけのことだ。
 もともとあの島の宝はおれも目を付けていて、先に見つけられてしまったから乗り込んだ、と言うのが成り行きである。
 ほんの数日前のことを思い出したおれの向かいで、相手が探してるぞ、と情報屋が脅かすように声を潜める。
 寄越された情報に眉を寄せて、おれは首を傾げた。

「全部持ち出したわけじゃねェのに、なんで追われてるんだ?」

 確かにお宝は頂いたが、島から根こそぎ持ち出された分から見ればほんのわずかだ。おれが持ち運べる分として選んだんだから当然である。

「知らねェよ。何かしたんじゃねェのか」

「何か? あー……ひとりのしちまったけど怪我はさせてねェはずだし、あとは飯食ったくらいで」

「……盗みに入った先で飯を食うのもアンタくらいなもんだろうな」

 独り言じみたおれの言葉に、向かいから呆れた声が漏れる。
 そういうけどとそれに笑って、おれは片手を顎に当てた。

「あんときの飯すげェうまかったぜ。『白ひげ』はいつもあれ食ってんのかな、羨ましいくらいだ」

 今日の飯もうまかったが、思い出すだけでも幸せな味と言うのはそうはない。
 何ならもう一回食いたいし、と言葉を続けたおれの肩を、誰かが後ろからぽんと叩く。

「食わせてやろうか?」

 真後ろから続いた言葉に、驚きすぎて体がはねたおれを誰も馬鹿にはできないんじゃないかと思う。
 慌てて振り向けば、おれの肩を掴んでいる相手がにこやかにこちらへ笑いかけてくる。
 目にまぶしい白いコックコートにばっちり決まったリーゼントの相手は、どことなく知っている顔だ。
 『サッチ隊長』、と呼ばれていた海賊が真後ろにいるという事実におののくおれをよそに、にこやかな顔をした相手が口を動かす。

「よォ、『ナマエ』」

「な、なな、なんで」

 友好的な声音で名前を紡がれて思わず身を引いたおれは、は、と気付いて自分の向かいの席へ視線を向けた。
 いつの間にやら、先ほど勝手に相席してきていた情報屋の姿が無い。
 間違いなく売られたらしいという事実に、何とも言えない気持ちになる。
 もしや、この手元の情報は詫びのつもりだろうか。
 一応顔を出して『探してるぞ』と言ってきただけ、得意先として贔屓を受けたのかもしれないが、ここまでこの海賊を連れてきたのも間違いなくあいつだろう。
 その事実は少しばかり悲しいが、悲しんでいても仕方がないので、意識して肩を動かしながら立ち上がる。
 ふっと肩を掴んでいた掌がおれの肩を離れ、驚いた顔をした相手が手に力を込めると、それで押し出されたおれの体が勝手に相手から距離をとった。
 体に触れそうだった椅子やテーブルも勝手に浮き上がって倒れ、おれから離れる。がしゃんと音がしたので、多分皿が割れただろう。
 そのまま相手から数歩の距離をとって佇むと、戸惑うように自分の手を見た相手の目が、もう一度おれを見た。

「すげェな、それ、悪魔の実の能力か?」

 面白がるようにこちらを見やった相手に言われて、まァ多分、とそれへ適当な相槌をしてから、とりあえず身構える。

「それで、何か用か? 宝なら、もう売っちまって手元にはねェんだけど」

 間違いの無いように金貨や小粒の宝石ばかりを選んだはずだが、あの中にとんでもない希少品があったんだろうか。
 どこに売ったか吐けばいいのか、と相手を窺うと、ああいやいや、と声を漏らした『サッチ』が首を横に振る。

「宝のことじゃねェんだ」

「……? じゃあ、船に侵入されたのが気に喰わねェ、とか?」

 寄越された言葉に、自分が怪訝そうな顔になったのが分かる。
 おれの言葉に、『サッチ』はまたも首を横に振った。

「何人かはそう言ってたが、まァ、でも、おれの用事はそれでもなくてよ」

 言葉を並べられて、訳が分からず首を傾げる。
 何が言いたいんだ、と相手を窺ったところで、ふと周囲に不穏な気配を感じた。
 ちらりと周囲を見回せば、物陰に数人、人が隠れているのが分かる。
 これは、間違いなく囲まれている。
 誰にかと言えば、まず間違いなく『白ひげ海賊団』に、だろう。
 いくら何でも、これは明らかにお礼参りの状況ではないか。 
 何故だと考えて、思い出した出来事に少しだけ気分が暗くなる。

「あー、ほら、あれだ、あの」

「……サッチ」

 うまい脅し文句を見つけられないのか、言葉を零しつつ少し困った顔までし始めた相手に声を掛けると、おう、とどことなく焦ったように返事をされた。
 そちらへ視線を戻して、ぎゅっと眉を寄せる。

「……あの、ほら、あん時のしちまってた、眉間に傷のあったやつ」

「ん? あ、ああ……」

「………………死んだのか?」

 顎を打っただけだと思っていたのだが、もしや、ものすごく打ちどころが悪かったんだろうか。
 仲間が死んだんだったら、もはやその原因と言っても仕方のないおれを狙ってくるのも道理な話だ。
 いくら海賊でも、殺すつもりなんてなかった。
 これは一、二発殴られるのは覚悟した方がいいのか、とぐっと歯を喰いしばったおれの向かいで、何故だかコックコートの男がぽかんと目を丸くする。
 間抜けな顔をされて少し困惑したおれの耳に、あんなんで死ぬかァ! と怒号に似た声が届いた。
 驚いてそちらを見れば、先ほどまで物陰に隠れていたうちのひとりが、怒った顔を晒して立っている。よく見れば、それはあの日宝物庫で鉢合わせした海賊だ。

「……生きてるじゃねェか」

「生きとるわ!」

 思わず指差して呟いたおれへ対して、聞こえたらしい相手が怒ったように声を上げる。
 随分とぴんぴんしている相手にぱちくりと目を瞬かせたおれの前で、何故だか『サッチ』が噴き出す。
 人のことを笑い始めた相手にむっと眉を寄せて、何にも用がないならと足を引くと、目ざとくそれに気付いたらしい男が慌てておれの方へ掌を向けた。

「ふ、ちょ、ちょっと、待てって」

「笑われて待てる男がいるか」

 引き留めてくる相手につんと顔を逸らして、すぐにそのまま足を動かす。
 慌てたようにサッチが追いかけてきたので、周りに潜んでいる連中からも距離をとるようにしておれが向かったのは、店のすぐそばから延びる路地だった。
 おれが横に三人並べる程度の細い路地の向こう側に、不穏な雰囲気のある男が二人立っている。顔は見えないが、あれも恐らく『白ひげ海賊団』の誰かだろう。

「なァ、おい、ナマエ」

 これはもうさっさと街を出た方がよさそうだ、と考えたところで、後ろに追いついてきていた『サッチ』の手が肩に触れようとする。
 けれどもそれを許さなかったのは、おれの展開した能力による反発力だった。
 まるで磁石の同じ極のように、おれは体に触れる任意の物体を弾くことが出来る。
 引き寄せることはできないが、練習をしたおかげで反発の強さも操ることが出来るので、極端に強い力を後ろに掛けた。
 足を浮かせたおれの体の方が前へと勢いよく滑り、体がそのまますぐそばの壁へと向かう。
 ぶつからないように前へも反発力を使って、まるでそういう玩具のボールが弾かれて飛んでいくように、おれの体が左右の壁で弾かれて上へと上がる。
 たどり着いた屋根の上で反発力を消し、夕暮れに染まる屋根の上に足を落ち着けた。
 そこで彼方へ響くように指笛を吹いてから、ちらりと足元を見下ろす。
 あっけにとられた顔でこちらを見上げている『サッチ』は、どうやらおれを弾いた際に後ろへ倒れ込んでしまったようだった。結構強い反発力を感じたから、同じだけの反動を受けたに違いない。

「頭ぶつけてねェか?」

 真上から自分の頭を指差して尋ねると、ますます変な顔をされる。
 しかし痛がっている様子はないので、どうやら転んで頭をぶつけたりはしていないようだ。
 これなら逆恨みもされないな、とほっと胸をなでおろしたおれの耳に、ばさりと大きな翼が羽ばたく音が届く。

「じゃあな」

 真下へ向けて軽く手を振り、それから上へ飛び上がると、いつものように飛んできた相棒がおれの体を掴まえた。
 まだ日差しのある夕暮れ時、眠かっただろうにすぐ飛んできてくれた相棒は、とても良い超フクロウだ。

「ナマエ!」

 待て、と何度も寄越された制止の声の後ろに、『サッチ!』とあの海賊を詰るような声が複数聞こえる。
 ヘタレだとか、ちゃんとやれだとか、明らかにおれを襲撃するための囮役を詰る声に、『海賊』って怖いな、と身を竦めながらさっさと相棒と島を去ったのは、その日のうちのこと。
 それから何度もあちこちで追いかけてきた『白ひげ海賊団』の『サッチ』が、別におれをぶちのめす目的で追ってきていたわけではなかったと知ったのは、それからずっとずっと先のことだった。



end


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