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星と月の秘密 (1/2)
※主人公は転生トリップ(無知識)でネフェルタリ家長男
※ほぼ幼少ビビ
※多大なる捏造



 ビビには兄がいる。
 ネフェルタリ・ナマエと言う名の彼は、ビビの生まれ育ったアラバスタ王国の王位継承者であり、五つ年上の彼は、まるで大人のように落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「何をしているんだ? ビビ」

 じっと覗き込んだ部屋の中、本を積み上げてこちらをちらりとも見なかったはずの相手にそんな風に声を掛けられて、幼い体が飛び上がる。
 ビビの傍らにいた超カルガモの子供が、ビビと同じようにぴょんと上へ飛び跳ねた。

「どうして分かったの?」

 一緒にいた超カルガモに廊下にいるよう掌を示して、尋ねながらおずおずと室内へ入り込むと、可愛い妹のことだからね、と穏やかな声を零した相手が開いていた本を閉じる。
 厚みのある本は、まだ幼さの残る兄の手には大きすぎるように思えた。
 ビビもまた教育を受けている身ではあるが、きっとその中は頭がくらくらするくらいに難しいことばかりが書かれているのだろうと、そんなことを考えた。
 椅子に近寄り、ひじ掛けに両手を置いて相手を見上げると、椅子に座ったままの相手が微笑んでビビを見下ろす。
 おいで、と言葉を綴られて、ビビはすぐに椅子をよじ登った。
 大人のための椅子は大きいが、ビビと兄が二人並んで座るだけのスペースはない。
 結果的にビビの体は兄の膝へと腰を落ち着ける形になったが、兄は気にせず妹の体を片手で支えた。
 向き合う形になった兄の顔を見つめて、ビビが尋ねる。

「今日のお勉強はおわり?」

「今は休憩中。あとしばらくしたらもう一回かな」

 言葉と共に、先ほどまで見えなかった高さのテーブルを示されて、ビビは体をひねってそちらを向いた。
 いくつもの本を積まれたテーブルの奥に、大きめの砂時計が置かれているのが見える。
 さらさらと砂を落とし続けているそれは、すでに半分ほどの砂が下へ落ちていた。

「休憩時間なのに、本を読んでたの?」

 首を傾げて、ビビは自分を支える兄の方へ体の向きを戻した。

「読み始めたら止まらなくって」

 そう答えた兄がビビの方へ向けて本をぱらりと開いて見せるが、びっしりと細かく文字が刻まれているそれの面白さは、いまいちビビには分からない。
 国の為に、民を守るために、王になる人間にはたくさんのことを学ぶ必要がある。
 ビビもまたゆるりと受け始めた教育を、おそらくビビより五年早く受け始めているビビの兄は、いずれはこの国の王となるべき存在だった。

「お勉強が大事なのは分かるけど、外はすごくいい天気よ」

「そうか。それじゃあ、ビビがたくさん遊べるな」

 いいことだ、と微笑む相手に、そうじゃなくて! と声を上げたビビの額がぶつかる。
 思い切り相手を攻撃するつもりのそれは、しかし確かな痛みをビビへともたらし、ややおいて小さな体がふらりと後ろへ動いた。

「……いだい……」

「急にぶつかってくるからだ」

 大丈夫か、なんて尋ねながら、兄の手が優しくビビの額を撫でる。
 おそらく赤くなっているだろうそこを自分の片手で抑えながら、ビビは恨みがましく相手の胸元を見やった。

「なにが入ってるの」

 見た目には何の装飾もない衣類を着込んでいるはずなのに、兄の体にぶつかったはずの額に、何か硬いものがぶつかったのだ。いつもなら無い痛みだった。
 服の下に隠れた凶器を恨めしく思うビビの前で、少しだけ不思議そうな顔をした兄が、ああ、と声を漏らす。
 ビビの体を支えている片手はそのままに、ビビの額から離れた手が自分の胸元を探って、そうして何か紐らしきものを掴みだした。
 ネックレスのように首から下げられていた紐は細く、丁寧に糸を編んで作られたと思わしきその紐に通っていたのは、一つの輪だった。
 石か何かでできたもののようだが、丸く加工をされたそれが、持ち上げられる動きでふらりと揺れる。

「……指輪?」

 初めて見たそれを見つめて目を瞬かせたビビの前で、掴んでいた紐をするりと辿ってそれを掴まえた兄が、掌に乗せたそれを改めてビビへと差し出した。
 よく見ると、飾り掘りが施されているらしいことが分かる。ただ、何度も磨かれたのか、随分と溝との境目がすり減っていた。
 しばらく見つめて、それからそっと手を伸ばしたビビが、それを摘まみ上げる。
 輪を片手の指でつまみ上げ、穴の向こう側に兄の顔を確認するように翳してから、なんだか、とその口が言葉を零した。

「すごく小さい人用みたい」

 ビビの父はあまり身に着けないが、女官や他の人間が着けている姿を見たことはある。
 細くて丸い輪の上に宝石がついていたなら、間違いなく兄の為の指輪だと思っただろう。
 けれども、わずかに兄の体温が移って温いそれはいくらか飾り彫りのされたただの輪で、それにとても小さい。幼いビビでも、きっと小指くらいしか入らないに違いない。
 ビビの感想に、穴の向こう側にいた兄が微笑む。

「大事なものなんだ」

 言葉と共に手を差し出されて、ビビはそっと掌の上にそれを戻した。
 片手で受け取ったそれを、兄が大事そうに握りしめる。
 その様子は兄の言葉を裏付けるには十分で、じんわりと痛む額をそっともう一度さすったビビは、それから素直に向かいの相手へ頭を下げた。

「ぶつけちゃった。ごめんなさい」

「いや、いいんだよ。ビビも怪我をしていなくてよかった」

 可愛いおでこが赤くなっちゃってるけど、と声を漏らした兄が、『大事なもの』を元通りしまい込んで、それからそっとビビの額を撫でる。

「元気なのはいいことだけど、怪我には気を付けなきゃいけないよ」

 諭すようにそんな風に言葉を重ねられて、はあい、とビビは返事をした。
 しかしそれから、その手が兄の服を掴まえて、あのね、と声を漏らす。

「休憩時間なんだから、いっしょに出かけよう?」

 空は青く、今日も良い天気だ。城下のみんなは優しいし、楽しいことはいくらでもある。
 城から出られないのだとしても、一緒に超カルガモ部隊の様子を見に行ったりすることだってできるだろう。
 ビビの言葉に目を瞬かせて、それから兄がそっと微笑む。
 穏やかなその顔で、兄の唇が返事を寄越した。







 結局、今日もまたビビは兄を部屋から連れ出すことが出来なかった。

「もー……お兄様ったら!」

「クエ!」

 ぷん、と頬を膨らませて歩くビビの横で、幼い超カルガモがてちてちと足を進める。
 同じようにぷんと頬を膨らませているのは、兄の部屋から出てきたビビの様子をずっと見ていたからだろう。兄の教育係により、本だらけのあの勉強部屋は超カルガモの入室を禁じられていて、カルーは中へ入れないのだ。

「今日こそ、いっしょにあっちこっち行こうって思ったのに!」

 ぐっと拳を握って残念がるビビの横で、カルーがクエクエと相槌を打っている。
 可愛らしいそれを聞き、カルーも残念だよね、とそちらを慰めるように言葉を零してから、ビビは幼さに見合わぬため息をその口から零した。
 ビビは、五つ上の兄と出かけたことが、ほとんどない。
 もちろん式典などもあるのだから共に城を出ることはあるが、それ自体もまれなことだった。
 王位継承者としての教育は幅広いとは言え、どちらかと言えば当人が求めてその量を増しているのだとは、いつだったか聞いたことがある。
 ビビほどの年齢の時から大人のような受け答えが出来て、頭の回転も早く、類を見ぬ天才だと言われているビビの兄は、まるで自分を追い込むかのように知識を詰め込む努力をしているのだ。
 国王となることが定められているとはいえ、どうして兄がそこまで自分を追い込もうとするのかが、ビビには分からない。
 せめて気晴らしをしてほしいとも思うのに、妹を可愛がってくれる兄も、それにだけは頷いてくれなかった。

「どうしたらいいと思う?」

「クエ〜……」

 尋ねたビビの傍らで、困った顔をしたカルーが首を傾げる。
 超カルガモと同じように首を傾げて唸り、しかし明確な解決策など出せなかったビビは、もう一度ため息を零してから歩く向きを変えた。
 ついてきたカルーと共に、向かった先は兵達が訓練を行っている広場だ。
 物音がそれほど聞こえないのは、おそらく今が午後の休憩時間だからだろう。それでも誰かはいるはずだし、出かけたいと言えば護衛を付けてくれるに違いない。
 何か兄の興味を引くものを見つけたら、今度こそ兄も一緒に出掛けてくれるかもしれない。
 そんな考えで兵士達がいるあたりを訪れたビビは、座り込んでいる一人の兵に気付いて、あれ、と目を丸くした。

「ペル、何やってるの?」

「ビビ様」

 座り込んでいた青年が、ビビの言葉に気付いて立ち上がろうとする。
 それを掌で制止し、素早く近寄ったビビは、ペルと呼んだ彼が持っているものを覗き込んだ。

「なあに? それ」

 尋ねたビビの丸い瞳に映り込むのは、片手に握られたナイフのようなヘラと、そしてもう片方の手に握られた灰色の塊だ。
 石のようだが、指に握られるまま柔らかく形を変えているようで、どちらかと言えば粘土の類のように見える。

「土石細工です」

 ビビの言葉にそう答えて、ペルの両手が持っていたものをビビの方へと少しばかり差し出した。
 手に持っていたヘラの向きすら変えてきた相手に、ビビの両手がおっかなびっくりそれを受け取る。
 粘土のような塊は思ったより硬く、ビビが強く握っても曲がる気配すらない。
 受け取ったヘラを押し付けてみても同様で、むっと眉を寄せて力を込めたビビが、しかしなんの変化もないことに眉尻を下げると、ふふ、と向かいで笑い声が漏れた。

「……これ、すごくかたいよ?」

「コツがあります」

「本当に?」

 さらりと寄越された言葉に、尋ねながらビビが両手を相手へ差し出す。
 先ほどと逆の動きでそれを受け取ったペルがヘラを扱うと、まるで魔法のように粘土のようなものが削り取られた。
 力を込めている様子は全く見られないだけに、ビビの目が丸く見開かれる。
 素早く動いたその手が、見る見るうちに形を整えて、やがて羽を畳んだ小さな鳥がペルの手の中に生まれた。

「すごーい!」

「クエー!」

 感嘆の声を上げたビビの横で、カルーも同じように声を上げる。
 差し出されたそれを両手で受け取ってみるが、少しぬくもりのあるそれはやはり硬い。

「あとは一度火に入れてしまえば、その形のままで固まります。少し小さくなりますが」

「へえ!」

「随分前に流行ったもので、昔はよく遊んでいたものです」

 今日は久しぶりに見かけたので懐かしくなって、と言い訳のように言葉を重ねられて、休憩時間なんだから何をしたっていいじゃない、とビビは笑った。
 真面目な彼が、ビビの言葉に少しだけ微笑みを浮かべる。
 するすると指で羽の形を撫で、それから興味深そうに顔を近づけてくるカルーの方へとビビが持っていたものを差し出すと、カルーが両翼で嬉しそうにそれを受け取った。

「ねえ、どうやったらあんな風に綺麗に出来るの? カルーの形も作れる? 私でも出来る?」

「コツさえ掴めば、どのような形でも」

「コツさえ?」

 きらきらと瞳を輝かせて、ビビがじっと向かいの青年を見つめる。
 寄越された視線に、言わんとすることを感じ取ったらしいペルは、口元の微笑みを深め、自由になった片手を自分の胸元へ当てた。

「ビビ様さえよろしければ、僭越ながら私がお教えしましょう」

「よろしく!」

「クエ!」

 声を上げたビビと共に、同じようにカルーも声を上げる。どうやら、超カルガモも創作意欲がわいているらしい。
 それなら道具を用意しなくては、と声を漏らしたペルが立ち上がり、その姿を見上げたビビが、傍らのカルーから帰ってきた作り物の鳥を掴まえる。
 嘴すら丁寧に再現されている小鳥は、羽さえ広げられるなら飛んでいくのではないかと思えてしまえるほどの姿をしている。

「うまくできたら、お兄様にも見せてあげなきゃ」

「ナマエ様でしたら、私よりもお上手でいらっしゃいますよ」

 こぶしを握って決意を浮かべたビビの傍へ、そんな風に言葉が落ちた。
 驚きに目を丸くしたビビが顔をあげると、通りかかった兵の一人へなにがしかを言いつけたペルが、その視線をビビの方へと戻す。
 どうかしましたかと尋ねてくる相手を見上げて、ビビは少しだけ首を傾げた。

「お兄様も、こういうの作ったことあるの?」

 『昔流行った』とペルは言っていたのだし、そのころのことだろうか。
 そうは考えてみるものの、何かを作って遊ぶ兄の姿というのが、ビビにはあまり想像が出来なかった。
 ビビの知る兄は、大体いつでも机に向かっている。
 まるで時間を失うことを恐れるかのような姿ばかりで、妹の遊びの誘いにすら乗ってくれないのだ。
 ビビの言葉に、ああ、と声を漏らして、ペルの目が何かを懐かしむように細められる。

「そうですね、私にこの『遊び』を教えてくださったのも、あの方でした」

「へえ……!」

 落ちた言葉に、大事な発見をしてしまったビビが瞳を更に輝かせる。
 物づくりが好きなのかしら、と呟くと、そうかもしれませんね、という肯定が寄越された。
 それなら、ビビがこの遊びの仕方を覚えれば、兄もそれに付き合ってくれるかもしれない。
 一緒に外へ出られないのは変わらないが、兄の好きなことから始めるのは良い試みだ。
 兄は一体どんなものを作ったんだろう、と考えてわくわくと胸を躍らせたビビの脳裏に、ふと、兄が大事にしていたものが浮かんだ。
 まるでおもちゃのように小さな、けれども丁寧に磨かれた指輪だ。

「……これって、指輪も作れる?」

 同じ大きさのものを作ったら、自分の物も同じようにしてくれるだろうか。
 そんなことを考えただけのビビの問いに、どうしてだかペルが少しだけ目を瞬かせた。
 戸惑いを浮かべたその顔に、どうしたのだろうとビビが見上げたところで、はた、と自分の失態に気付いたかのように表情を変えたペルが、そうですね、と声を漏らす。

「指輪のような形は、あまりお勧めはできません。指を通す穴を削り開けなくてはなりませんし、滑らかになるように何度も磨かなくてはなりませんから」

「そうなの?」

「ええ。それに、大きさの調整がとても難しいのです。焼けば小さくなる分、失敗もしやすいですし」

 指輪が作りたいのなら別の物を用意しましょうか、と寄越された言葉に、ふうん、と声を漏らしたビビが少しだけ首を傾げる。

「……ペルも、指輪を作ったことがあるの?」

 ペルの発言は、まるで自分でも『失敗』したことがあるかのような口ぶりだ。
 そして、ビビの発言は図星だったのか、少しだけ押し黙ったペルが、やがて、はい、と小さく返事をする。
 何故だか秘密を打ち明ける響きを持っていたそれに瞬きをして、ビビは目の前の相手へそっと尋ねた。

「どんなものを作ったの?」

「さあ……忘れてしまいました」

 もう手元にない物なので、とわずかに笑ったペルの紡いだ言葉は、なんとなくほのかな偽りの匂いがする。
 手元に無いのは、もしかしたら本当なのかもしれない。
 しかし、どんな形だったのかを忘れたというのは、きっと嘘なのだろう。
 きっとその手で、身に着けられるように丁寧に磨いたのだろう。誰かに渡すために作ったのだろうか。そうだとしたら、それは一体誰だったのか。
 子供らしい純粋な疑問が浮かんだが、どうしてだかそれ以上の追及することが出来なかったビビは、ふうん、と声を漏らしてからそっとペルから視線を外した。
 もじ、と体を揺らしたビビの横で、カルーが不思議そうに首を傾げる。

「…………お兄様、どんなのだったらもらってくれると思う?」

「ビビ様のおつくりになったものでしたら、きっとどんなものでも」

 ぽつりと呟いたビビへペルがそんな風に言葉を落としたところで、先ほどの兵士が返ってくる足音がその場に届いた。







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