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おやつの時間に仲間入り
※転生系主人公はカタクリの弟(幼児)
※本誌・最新刊バレ含めたカタクリの設定バレがあります注意
※ワンピースの世界にはナマエという名の甘い食べ物がある(という設定)



 生まれた時から『記憶』のある赤ん坊と言うのは、この世にどのくらいいるものだろうか。
 大勢いるんだとしても、俺のような体験をする人間はなかなかいないだろう。
 何せ、生まれ落ちた俺が経験しているこの世界は、どう考えても二次元から抜け出たような場所なのだ。

「ん、しょ」

 声を漏らしつつ、目の前の棒二本にしがみ付きながら、ずりずりと滑り降りる。
 途中で一生懸命伸ばした足が堅いものに触れ、ほっと息を吐いたところで手が滑って後ろへと倒れこんだ。

「あ」

「何をしている」

 頭から倒れる事実に目を見開き、思わず衝撃に備えようとしたところで、ぽんと頭ごと体を支えられる。
 とりあえず両足を降ろし、床にかかとまで付けてから、俺は殆どあおむけの状態で声を掛けてきた相手を見上げた。

「カタクリにーさま」

 さかさまになったいかめしい顔を見上げて名前を呼ぶと、ふう、と息を零した相手の手がくるりと俺の体を裏返した。
 そのまま服の背中側を掴んで持ち上げられて、足先が宙に浮く。
 ぶらんと揺れる足を畳みつつ正面を見れば、俺を自分の目の高さまで持ち上げている相手がいた。

「また脱走か」

 仕方のない奴だと続いた言葉に、えへ、とひとまず笑いかけた。
 ちらりと見やった方には、今先ほど俺が乗り越えてきた柵と、その中のベビーベッドがある。
 なんとも驚異的なことに生まれて一年足らずで歩けるようになって話せるようになり始めた俺が、ベビーベッドを抜け出すようになったのはここ一か月ほどのことだ。
 俺が生まれたこの世界は、どうも俺がかつて死ぬ『前』に定期的に呼んでいた漫画と同じようだった。
 海軍、海賊、悪魔の実、能力者。偉大なる航路にひとつなぎの大秘宝。
 知れば知るほど非現実的だが、目の前で他人をぎゅうぎゅうに絞ってジュースを作る『姉』を見た時に、いろいろと考えることを諦めた。体がモチになるよりもとても衝撃的だった。
 そして、漫画の中には『ナマエ』なんて名前の『息子』はいなかったはずなのに、俺はとある女海賊の息子として生まれている。
 もしや『原作』が始まる頃には自分が死んでいるんじゃないか、と言う疑いを持つには十分だ。
 それなら逃げ道くらいは確認しておきたいというのは人間のさがだろう。あと、基本的に一日放っておかれるので暇だった。

「大人しく寝ておけと言うのに」

 大きく育たないだろうと言葉を落としつつ、兄の手が俺をベッドへ戻そうとする。
 せっかく小一時間かけてよじ登った柵を逆戻りさせられると気付いて、俺は慌てて体をよじった。
 掴まれた箇所を支点に逆上がりの要領で足をあげて、がしりとそのまま太い腕にしがみ付く。

「やだ!」

 ついでに短いながら両腕も巻き付けて短く抗議すると、はあ、と兄の方からため息が聞こえた。
 そのままベッドの上へと移動させられたが、相手が俺の服を手放しても、今度は俺の両手と両足が相手を逃がさない。
 そのまましばらくぶら下げられて、どういう握力だ、と唸った兄がもう一度俺を自分の方へと引き寄せる。

「ナマエ」

 たしなめるような声を出されて、相手の腕にぶら下がったまま、俺はその顔を見上げた。

「カタクリにーさま」

「海へは連れて行かん」

 一人が駄目なら一緒に行こうよ、と頼む前にきっぱりと言葉を寄越されて、あう、と声を漏らす。
 なんで、とその顔を見つめれば、俺の質問が分かったかのように『海へ突進する奴がいるからだ』と言う返事が寄越された。
 いつのことだかわかっているので、むっと口を曲げるしかない。
 だって目の前に青く広がる美しい海があったなら、はしゃいでしまうのは人間の本能だ。
 何せ、生後半年以上も閉鎖的な一部屋に閉じ込められていたのである。はしゃいだって仕方がない。
 海の見える場所で俺を座らせた後、まだ俺が歩けないと思っていたはずの兄が俺をすぐさま掴まえたのは、俺が駆けだそうと立ち上がったその瞬間だった。
 可愛い弟と一緒にいるときまで見聞色の覇気を使うことは無いんじゃないだろうか。
 体を支える両手と両足をその腕に巻き付けたままで、じゃあ、と声を漏らす。

「それならいいだろう」

 せめて部屋から出たい、と言う前に俺へ返事の言葉を放った相手は、空いていたもう片方の手でひょいと俺を掴みなおした。
 そのまま腕から引き剥がされて、いつもその口元を隠しているもふりとしたマフラーに押し付けるように体を抱えられて、慌てて両手で相手の押す。

「どうした」

「こしのとこにして!」

 ここはいやだ、と声をあげると、すぐそばの顔がむっと眉間の皴を深くする。
 何故だと尋ねてくるその目を見やり、だって、と綴った。

「このまえみたいに、まちがえちゃうかも」

 この前と言うのは、つい三か月前のことである。
 生後半年を過ぎ、自分の成長の早さに気付いてこっそりとつかまり立ちに挑戦し始めていた俺を、あの日はこの兄が構いに来ていた。
 お前俺が本当に赤ん坊だったら怖くて泣いているぞと言う高さまで持ち上げられて『高い高い』されて、驚いて開いた口から思い切りよだれが落ちたのは不可抗力だったと思う。
 滴ったそれが相手のマフラーを汚したことを、心の広い兄は気にしなかったようだが、やらかした俺の方はとても気にした。
 だから手を伸ばしてぬぐおうとして、赤ん坊相手に油断していた兄からマフラーを奪う格好になってしまったのである。
 わざとではないが、出てきた裂けたように大きな口を見た時に、しまった、と自分の馬鹿な行動に気が付いた。
 『カタクリ』と言うキャラクターのことだって、俺は知っていたはずなのだ。
 隠したくて口元を隠しているのにそれを暴いてしまうだなんて、女の子のスカートをずり下げてパンツを出させたようなものだ。
 だからこそ両手で掴んだマフラーをその口元に押し付けて、うまく動かない口でどうにか『ごめんなさい』を紡いだのが、もはや三か月も前になる。
 あれからこの兄が俺を構いに来る頻度は上がったが、こんなに口周りの近くに寄せられたのは初めてだ。
 大体、隠したいのだからもう少し自分でも気を配った方がいいんじゃないだろうか。超ミニスカートで急な階段をのぼる女子高生か。

「……覚えているのか」

「?」

 低く声を漏らされ、きょとん、と目を瞬かせると、ふむ、と声を漏らした相手が俺を自分の顔から引き剥がした。
 そうしてそのまま、俺の希望通り小脇に抱えられる。
 腰の高さでも、見下ろした先にある床は随分と遠い。
 相変わらず両手も両足も放り出した格好だが、兄の掌が大きいのと、しっかり抱えられていることで、落ちる心配はなさそうだった。

「これならいいだろう」

「ん!」

 落ちた言葉に返事をしたところで、ゆるりと兄が歩き出す。
 長い脚が交互に前へと出され、床が後ろへ流れていくのを見送っていると、そのうちにドアの外へと出た。
 あちこちに色んな気配がある。無機物すらも歌い踊り騒がしいのが、この場所の特徴だ。

「ちょうどいい、もうすぐメリエンダだ」

「メリ……」

「糖分を摂取する時間だ」

「……おやつ?」

 寄越された言葉に反応して顔をあげると、そうだと答えた兄がちらりとこちらを見下ろす。

「おれの為に用意させた糖分だが、お前にもいくらか分けてやる」

「やった! チョコレート? ドーナツ? プリン?」

 きっとどれもこれも舌がとろけるほど甘くておいしいに違いない。
 俺の知っている常識では一歳にもならない幼児には与えられないようなものも多いのだが、それはそれ、この世界では食べてもいいことになっているようである。そうでなくとも、海賊が世間に合わせるわけがない。
 ドーナツだ、と俺へ返事を寄越して、兄の腕が俺の体を抱えなおすように揺らす。

「その代わり、その場で見たものは他言無用だ。出来るな?」

「ん!」

 落ちてきた言葉に清く正しく返事をした俺が、その言葉の意味を知ったのは、メリエンダなるおやつの時間が『カタクリ』の『精神集中』の時間だったことを思い出してからだった。

「おいしーね、カタクリにーさま」

「ああ」

 硬いモチで作られた庵の中、穴まで美味しいドーナツを食べつつ見やった先では、俺の顔が入りそうなくらい大きく開いた口でどでかいドーナツをかじる兄がごろごろだらだらしている。
 どれだけおしゃれな女子高生だって、自宅の自室ではジャージで過ごしたりするもんだ。
 あんなに強くて格好いいのに外聞を気にするあたり、もしかすると俺の兄は可愛い方の人間なのかもしれなかった。



end


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