遠い朝 (1/2)
※異世界トリップ主は怖がり
目が覚めて、自分の状況を確認した俺は、ただひたすらに困惑した。
「何だ、ここ……」
見渡す限り木々の生い茂ったそこは、どう考えても密林だ。
昨晩はいつもの通りに布団に入ったはずなのに、何で俺はこんな屋外にいるのだろうか。
「……夢?」
戸惑いながらすぐ傍の木へ触ってみると、ざらりとした感触を感じる。
しめった匂いもぎゃあぎゃあと騒ぐ不気味な鳥の鳴き声も、むんわりと漂う熱気も、とてもリアルだ。
意味が分からず首を傾げた俺の耳に、ふと、みしみしと軋む音が響く。
何か大きなものが移動しているのか、生い茂る木々や草を引き倒しながら進むその何かによって揺れた枝から、ばさりと鳥の飛び立つ羽音がした。
「な、何だ……?」
時折混じるばきりと木の折れる音に、少しびくつきながら俺が立ち上がったのとほぼ同時に、すぐ傍にあった木がべきりとへし折られる。
ぬっと顔を出したその生き物は、とても変な姿をしていた。
象くらい大きい、ライオンのような、イノシシのような、トラのようなこんなおかしな生き物を、俺は知らない。
確か、顔の正面に両目がついているのは獲物を狩る動物だって、前にテレビで言っていた気がする。まあそうでなくても、あれだけだらだらとよだれを垂らした口から鋭い牙を除かせておいて、肉食動物じゃありません、なんてことはないだろう。
肉食動物だろう化け物の目が、じっと俺を見ている。
お互い目を合わせて数秒の後、すう、と息を吸い込んだ俺は、すぐさまその場から駆け出した。
ぐるるると唸った化け物が飛び掛かってきたのか、俺が走り出してすぐに、真後ろでどしんばきりと地響きのような音と木の折れた音がする。
「ひぃいいいい!」
悲鳴を上げて足を動かし、俺は必死に逃げ出した。
生い茂った木々の間を潜りながらちらりと見やった後ろでは、恐ろしい形相の化け物が俺を追いかけてきている。
まずい、間違いなくあいつは俺を食べる気だ。
「いやだいやだいやだ食われるのは嫌だ!」
必死になって零しながら足を動かして、木々の間を潜って時折曲がって、苔に滑って転びながらもどうにか前進する。
なぜかは分からないが靴を履いていて良かった、と思ってしまったのは、いくつかの木の枝を思い切り踏んだからだ。
茂みにつっこんで手に細かな傷を受け、自分がまっすぐ進んでいるのかぐるりと回りこんでいるのかも分からないまま、必死になって走り続けていた俺は、やがて後ろから木々を折り進む音がしなくなったのに気付いて、ようやく縺れそうだった足を止めた。
大きな木の陰に身を隠して、ぜい、はあ、と息を吐きつつ、少しばかり耳を澄まして様子を見てみる。
生い茂った木々の向こうに、先ほどの化け物の姿は見当たらない。
うまく逃げ切れたんだろうか。
弾む息を整えながら考えてみるが、まだ油断はできない。とりあえずもう少し先へ逃げて、身を隠せる場所を探そう。
「つか、マジでここ何なんだ……」
少し休んだからか動かしづらくなった足をどうにか動かして、うっそうと茂る密林の狭間でうんざりと呟いたとき、不意に前方にひらけた場所が見えた。
どうやら、このジャングルじみた場所から出られるらしい。
「やったー!」
嬉しさのあまり声を漏らしながら、ぴょんと茂みから外側へと飛び出す。
開けたそこはやっぱり平らで、先ほどの悪環境と比べると雲泥の差だ。
喜びで走り出そうとした俺が、それでもぴたりと足を止めたのは、すばらしきその平地に、一人分の人影があったからだった。
「……あ、」
テンションが上がったところを見られたのはちょっと恥ずかしい。
そう思いつつ目の前の相手を見やって、あれ、と瞬きをする。
突然現れた形になっただろう俺に少し驚いた顔をしているのは、俺よりちょっと年上だろう人だった。
不思議そうに首を傾げたその人は、オレンジ色のテンガロンハットを被っていて、上半身裸というラフすぎる格好をしていて、顔にそばかすがある。
何だろう、俺はすごくこの顔を知っている気がする。
そうだ、昨日寝る前にも読んだコミックスの表紙に、確かいたはずだ。
「…………は? エース?」
しかし、現実で遭遇するはずが無い。
ポートガス・D・エースというのは、漫画の登場人物なんだから。
コスプレイヤーさんという奴だろうか。
そんな風に思った俺の前で、呼びかけられた形になった彼が、ん? と声を漏らす。
「何だ、お前?」
漏れたその声も、アニメでよく聞くその声に似ている。
何だこれ、意味が分からない。
目をぱちぱち瞬かせる俺の前で、エースににた彼がにかりと笑う。
「マルコの奴、この島を無人島だっつってたけど、誰か住んでたんだな。お前、この島の住人か?」
初対面なのに、何だか随分フレンドリーだ。
笑いかけてきたその顔を見つめてしばらく置いてから、俺は知らず強張っていた体の力を抜いた。
何だ、やっぱり、ここは夢の世界らしい。
そうでなければ、見たことも無いような場所で、見たことも無いような猛獣に追いかけられて、漫画の登場人物に遭遇するわけがない。
「何だー……」
「どうしたんだ?」
「あ、いや、何でも」
思わずはーと息を吐きながらしゃがみこむと、エースが不思議そうな声を出してくる。
それに対して返事をしつつ、ひらりと手を軽く振った。
さっき茂みで引っかいた手がちょっとひりひり痛いような気もするけど、気のせいだ。そうでなかったら、痛覚も感じる珍しい夢なんだ。
自分に言い聞かせるようにそんなことを考えながら、しゃがみこんだままでちらりとエースを見上げる。
俺の様子を不思議そうに見下ろしたエースは、俺の中のイメージの所為か、随分と気さくだ。
これだったら、目が覚めるまで一緒にいて欲しいとか言ってみたら、頷いてくれるかもしれない。
「あのさ、突然で悪いん、だけ、ど……」
そんな風に思いつつ声を掛けてみようとした俺は、エースの向こうに見えたものに目を見開いて、ゆるりと口を動かすのを止めた。
だって、エースの向こうに、さっき俺を追いかけてきた猛獣より更に一回り大きい奴が現れたのだ。
全く気付かなかった。どこから現れたんだろうか。
「な、なな、な……っ」
「ん? ……お!」
がたがた震えながら獣を指差した俺の前で、首を傾げたエースが後ろを振り返って、何故かとてつもなく嬉しそうな顔をする。
喜んでいる場合か、とそれへ声を上げかけた俺を置いて、エースはすぐさま猛獣へ向かって飛び込んでいった。
「エース!?」
「はっ!」
がおうだかぎゃおうだかと吠えた猛獣が大きく口を開いたのをひらりと避けて、真上まで跳んだエースのかかとが巨大な猛獣の頭に叩き込まれる。
がきん、と酷い音を立てて強制的に口を閉じさせられた猛獣は、かみ合わせた牙を折りながら、そのまま地面へめり込むようにしてその場に沈み込んだ。
「おらっ! だっ! よっと!」
そこへ更に何発か攻撃を放ってから、完全に頭の潰れた猛獣の傍に着地したエースが、足元の獣が息絶えていることを確認してにかりと笑う。
「おっしゃー、食料ゲット! これでおれの勝ちだろ」
朗らかな声音に、足元の地獄絵図が全く似つかわしくない。
あんまりにも一方的な攻撃に、ひやりと背中が冷えたのを感じて、俺は思わずその場から立ち上がった。
そっと後ずさったところで何かを踏んでしまって、ぱきりと音の立ったそれに気付いたらしいエースが、ああそういえば、とばかりにこちらを振り返る。
「で、なあ、お前……」
「う……うわああああああ!!」
声を掛けられたのに驚いて、思い切り叫んだ俺はその場から逃亡した。
怖い。何だあれ、ものすごく怖い。
あんなにも恐ろしく強そうな猛獣を一人で倒せるなんて、夢の世界でとはいえ、ポートガス・D・エースは明らかに人間兵器だ。
その腕の一振りで、俺なんてあっさり死んでしまうに違いない。
「無理無理無理無理! 怖い!」
怖いものからは全力で逃走するに限る。
早く目が覚めないものかと走りながらぺちぺち顔を叩いてみても、痛いだけで一向に目が覚めなかった。
何だこの夢、おかしすぎる。
とにかく誰か他に人がいないかと思いながら走りまくっていたら、平地に砂が混じり込んできた。
どうやら砂浜が近いらしい。ちょっと変な匂いがする。海が近いんだろうか。
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