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世の道理
※主人公はふんわりと有知識(微知識?)トリップ
※若サカズキ捏造中(口調は大将サカズキ寄り)



 世の中、自分で確かめてみなけりゃ分からないこともある。
 例えば自分が生まれて育った世界とは別の『世界』があるだとか、そこがどう考えても昔よく読んでいた『漫画』の中のようだってことだとか、常識なんてのはいる場所に合わせて作られていくものだとか、生きていく為なら死に物狂いで働ける自分だとか。

「……なんじゃァ」

 マグマってのは、雫が滴り落ちるだけでも周囲に熱気を振りまくってことだとかだ。
 じゅうじゅうと熱した鍋に水を垂らしたような音を立てているのは敷き詰められた石畳で、漂う匂いからしてそこが焦げているのは間違いなかった。
 あちこちでうめき声が聞こえるのは、俺と同じく地面に転がる人間達が、数人いるからだ。
 俺とそいつらの違いと言えば、俺がうっかり角から飛び出しただけの通行人で、連中が見た目からしてどう見ても賊だってことだろうか。
 港が騒がしいのはいつものことだから、気の荒い連中に見つからないようにとこっそり移動していたはずなのに、吹き飛ばされてきた人体にぶち当たって転んでしまったのである。
 荷物の無事を確認しながら顔をあげたら、目の前に恐ろしい顔の男が立っていた。
 怒りだとか苛立ちだとか、そういったものを煮詰めて煮えたぎらせたような眼差しが、じろりとこちらを睨んでいる。
 両腕の先や足のあたりからぽたぽたと滴り滲んでいく熱源は、今まで一度だって見たことがないが、マグマと呼ばれるものなんだろうと言うことはなんとなく分かった。
 そうして、相手の白い羽織るコートは、誰がどう見ても『正義の味方』の象徴だ。
 脳裏に過ったのは、ずっと昔読んだ『漫画』の、徹底的な正義を掲げる海軍のお偉いさんだった。
 自分が悪と決めたものを根絶やしにするためなら自分側の人間ですらその手に掛ける、恐ろしい海兵だ。
 『漫画』と違って、その見た目は随分と若い。
 多分俺と同じくらいなんだろうが、俺がいるこの『世界』はあの『漫画』のしばらく前なのだということは派手なことを始めた海賊の名前を聞いて分かっていたから、すんなりとその男が『そう』なのだと理解できた。

「……ひ……っ」

 『知っている』からこその恐ろしさに、思わず喉からひきつった声が出る。
 ぞわりと冷えた背中に汗を掻いて、耳の奥で心臓がうるさく脈打った。
 誓って、悪いことはしていない。
 幾度か誘われた『悪事』は全部断ったし、真面目にコツコツと働いて生活してきた。
 それは胸を張って言えるが、物陰から出てきた俺を転がっている連中の仲間だと勘違いされたらどうしよう。
 言い分なんて、あの『赤犬』が聞いてくれるものか。
 せめて逃げればと思うのに、腰が抜けたのか立ち上がることすらできなかった。
 それでも、どうにか距離を取ろうと、ずり、と後ろへ下がる。

「………………」

 そんな俺を見て、『サカズキ』がわずかにその目を眇めた。
 こちらを睨みつけるようにしながら、眉間に皴が寄せられて、一歩後ろへ足を引いた。
 そしてそれから、ふい、と目が逸らされる。

「…………え……?」

 なんだかそれが、どことなく傷ついたかのように見えたのが、一番最初の『発見』だった。







 いずれは海軍大将となり、そして海軍元帥となる、今はまだ『赤犬』の二つ名ももらっていないサカズキと言う名の海兵は、どうやら俺が住む島に配属されたらしかった。
 俺がその噂を聞いたのは、こちらを見なくなった海兵の傍から這う這うの体で逃げ出して、たどり着いた職場でのことだ。
 お偉いさんが目を掛けている海兵が来ている。出世する海兵が配属されることの多い支部だし、きっとコネだろうな、なんて言って笑う同僚に『なんて恐ろしいことを言うんだ』と顔を引きつらせはしたが、それきりになる筈だった。
 しかしながら、それから三か月。
 どうやら島での生活圏が被ったらしく、俺はほぼ毎日、どこかで『サカズキ』と顔を合わせることになった。
 例えば本屋だとか、食料品を扱う店だとか、雑貨を買い足しに行くとき。
 朝方や夕方にすれ違うこともあるし、生活臭のする荷物を持って歩く姿を何度も目撃した。
 この世のすべての悪に対する怒りを煮えたぎらせたような顔つきをしている割に、あのマグマ人間も、ちゃんと生きている『人間』だったのだ。

『あ、あの』

 そう気付いたら、あの日怯えたのが申し訳なくなって、呼び止めて謝ったのは顔を合わせだして一週間くらいしてからのことだったろうか。
 あの日はごめんなさい、と子供みたいに謝る俺を見下ろし、睨みつけて眉を寄せていたサカズキは、多分戸惑っていたんだろうなと、今なら分かる。
 そして多分、初対面のあの時は傷付けてしまったんだろうな、と言うことも。

「あ、サカズキ」

「あァ」

 道の向かいからやってきた相手に軽く手を挙げて挨拶すると、俺に気付いた相手の方から会釈が返った。
 いつもはむやみに翻している白いコートを羽織っていない。きっと今日は休みなんだろう。
 サカズキが足を止めたので、近くへ寄ったところで俺も止まる。
 サカズキのその片手は紙袋を抱えていて、買い出し中なんだろうということは一目で分かった。

「角の店、缶詰なら安売りしてたけど」

「前に買うたんが残っちょる」

 いつもの店がある方を指差すと、サカズキはあっさりとそう言う。
 きちんと在庫を確認してから買い出しに出ているらしい海兵殿はさすがだ。俺はよく在庫をだぶらせてしまう。まあ、缶詰なら許容範囲だと思いたい。

「おどれも買い出しか、ナマエ」

「ま、今日は休みだから」

 散歩がてら買い物をするのは休みの日課だ。何よりいつもは仕事で疲れているので、買い物なんて雑務はしたくない。
 俺の返事に、ほうか、とサカズキが相槌を打った。
 年は近いものの、俺の常識で言わせれば規格外な体格の相手を見上げて、少しばかり首を傾げた。
 何故だか、視線にマグマが宿るなら大やけどをしているんじゃないかと思うくらい見られている。

「サカズキ?」

 どうしたんだ、と尋ねながら窺うと、俺を見下ろしていたサカズキが、ふ、と短く息を吐いた。
 何かを確かめるようだった眼差しがわずかに逸らされて、なんでもありゃあせん、とごまかすような言葉が落ちる。

「時間がありよるんなら付き合え。荷物持ちじゃァ」

「民間人に荷物持ちをさせるのはどうかと思うんだが」

 続いた言葉にそんな風に答えてから、いいよ、と俺は返事をした。
 この様子だと、きっとどこかでまた店員を脅かして来たんだろう。
 サカズキは見た目からして威圧感があるし、やることが相変わらずなせいで、いまだにあちこちの店で怖がられているのである。
 買い出しの時には、誰かを店員との間に挟んだ方がスムーズな時すらある。

「何か買いたいのがあるんですかね、サカズキさんは」

「ふん」

 言葉を並べつつ歩き出すように促すと、鼻を鳴らしたサカズキが来た道を戻るために体を反転させた。
 目的の店へ向かうらしいその隣を歩きつつ、やれやれと肩を竦める。
 横から見上げた先にあるのは、例えば自分が『海賊』だったら絶対に出くわしたくない海兵の横顔だ。
 海賊や悪を許さず、根絶やしにするためなら手段を選ばず、徹底的に自分の正義を振りかざし、そしていつか海軍の中を駆けあがっていく彼は、けれどもただ『それだけ』じゃなかった。
 息もするし食事もするし、自分がちゃんと『正義』側の人間だという自覚もある。
 そうでなければ、何もしていない相手に怯えられた時に、一歩を引くわけもない。
 この間島にマグマの被害を出した時だって、わざわざ海軍支部に挑んできた海賊達を島の近くで沈めたからだった。
 サカズキが海で連中を沈めたから、砲弾の一つだって港には打ち込まれなかった。代わりにマグマが漁船の一部を焦がしたが、人への被害はなかったと聞いている。
 俺達を守ってくれた側なのに、守った側に怯えられるというのはどうにも不憫だ。

「普通にいい奴なのになァ、サカズキ」

 横から見上げてしみじみ呟くと、俺のそれを聞いたサカズキがぎゅっと眉間に皴を寄せた。
 下から見ても分かるくらいのしかめっ面で、じろりとその目が俺を見下ろす。
 それと同時に相手側から圧力のような熱を感じて、思わず横に一歩足を引いてしまった。
 けれどもそれ以上逃げてはいかずに窺うと、俺の様子を見ていたサカズキの口がため息を漏らす。

「……普通たァなんじゃァ、普通たァ」

「普通は、まあ、普通かな」

「訳の分からんことを」

 唸るように声を漏らし、無駄口を叩くな、とこちらを叱るような言葉を放ったサカズキが、歩く速度を少しだけ速める。
 そんなことをされると俺との距離がすぐに広がって、離れていく背中を見送りながら歩いた俺は、じゅ、と聞こえた音に気付いて傍らの地面を見やった。
 街中に敷かれた石畳に、じゅう、じゅうと小さく音を立てている点がある。
 黒く焦げたそれに、げ、と思わず声を漏らして、慌てて前方をいくサカズキへ声を掛けた。

「サカズキ、マグマ、マグマ出てる!」

 どこかの兄妹の光る石のように歩いた跡を残していく熱源を追いかけながら、とりあえず先にある花屋で水を借りようと決めて足を速める。
 この世の中、自分で確かめてみなけりゃ分からないこともある。
 例えば自分が生まれて育った世界とは別の『世界』があるだとか、そこがどう考えても昔よく読んでいた『漫画』の中のようだってことだとか、マグマもほんの少しなら水でどうにか消火できるってことだとか。
 出くわした『登場人物』だって、『漫画』で読んだときの印象そのままだとは限らないだとか。
 『いい奴』と言われたくらいで照れてしまうような友人殿が、照れているのにどうしても怒ったような顔をしてしまう奴だってことだとかもだ。



end


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