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キッドにおねだり
※トリップ系主人公はキッドに拾われた十代



 キラーから見て、ナマエというのは怖いもの知らずな男である。

『どっちかって言うと菊!』

 目を覚ましてぼんやりした後唐突に意味不明な発言をしてキッドを指差した彼は、キッドが気紛れで拾い上げた漂流者だった。
 髪型のことを言われていると気付いてキッドは当然怒ったのだが、この上ないほど謝り倒されて流されてしまっていた。
 キラーもあそこまで平伏する人間は見たことが無かったので、正直なところ『お前にプライドは無いのか』と尋ねたくなったほどだ。
 そして、そうやってキッドに謝り倒したくせに、ナマエは失言や失敗の多い男だった。
 時々わざとやっているんじゃないかと思えるほどだ。
 そのせいで毎回キッドを怒らせたり苛立たせたりしているくせに、命の恩人だからとキッドに怯えることなく近寄っていく。
 『船長』とキッドを呼んで、手に負えない何かがあったらまずはキッドに助けを求める。
 良い物を見つけたらキッドのところへ持ち運んで見せびらかして、キッドに奪われたらしょんぼりするが諦める。
 前述を訂正したい。
 キラーから見て、ナマエはまさしく怖いもの知らずな『犬』だ。

「だーから、船長! 『トリックオアトリート』!」

 そして今日もまた、船の中の一番広い部屋で、ナマエはキッドにわんわんきゃんきゃんとまとわりついている。
 せっかくのハロウィンなんだから付き合ってと続いた言葉に、キッドが鋭く舌打ちを零した。

「何がハロウィンだ、馬鹿みてェな格好しやがって」

「むしろこの船に似合ったパンクな格好になったでしょ。見てよこのベルトのトゲトゲを」

 おさがりを貰ったんだと自慢しながら自分の恰好を見せびらかしているナマエは、いつもと見た目が違っていた。
 わざとボロボロになった服を見繕ったのだろう、あちこちに穴が開いて最近ようやく日に焼けてきた肌が覗く服は古びていて、あちこちに無理やりつけられたのだろう汚れが見える。
 腕や足にはペンで適当に描かれた縫い目があり、ゾンビだと言っていたのはキラーも聞いていた。
 今日はハロウィンだ。
 キラーたちにはあまり縁がなかったが、ナマエの生まれ故郷では仮装して練り歩く日であったらしい。
 変な格好をして都を歩くのだと言っていたが、それの何が楽しいのかはキラーには分からない。
 キラーならその恰好にチェーンソーを持てば完璧だとも言われたが、わざわざ武器を携帯して歩かなければならないような場所なのだろうか。
 それはまた随分と荒んだ故郷だ。ナマエが暮らすには向いていそうにない。

「一応設定も考えたんだけど、一番いいのは元ロックバンドミュージシャンのゾンビかなって」

「知らねえよ」

「船長がボーカルだとして、俺はベースとかがいいなー、やったことないけど」

「何で今おれを巻き込んだ」

 仮装はしねェぞとじとりと目の前の相手を睨みつけたキッドは、どうやらご機嫌斜めのようだ。
 凶悪な目つきが普段よりも凶悪になっているのだが、それを受け止めたナマエのほうには動じた様子がない。
 ただ子供の様に口をとがらせて、なんで、と言葉を紡ぐばかりである。

「せっかくなんだし一緒にやろうよ。いや、仮装はしなくてもお菓子を撒く係にはなってもいいでしょ」

「おれがやるわけねェだろ」

「船長からお菓子が貰いたいんだってば!」

 船長が配るんならみんな参加してくれるに決まってるし、と続いた言葉にはなんともナマエの下心が滲んでいる。
 確かに、この海賊団は当然ながら、キッドと呼ばれるあの海賊が集めたクルー達で出来たものだ。
 誰しも船長を優先しているし、船長がやるというのなら、まあどうでもいい行事の一つくらいは参加して構わない。
 ナマエからみてもそれは顕著な傾向だったらしいが、しかしあいつは一つ間違えている、とキラーは思った。
 菓子の入った籠を持ちだして、キッドの膝に乗せて、ね、と言葉を零したゾンビ男の手がキッドへ向けて差し出される。

「船長、『トリック・オア・トリート』!」

 わずかに声を弾ませて、キッドなら付き合ってくれると信頼をにじませた男を睨みつけたキッドが、膝に籠を乗せたままでぷいと顔を逸らした。

「下らねえ」

「えー!」

 うなった相手にナマエが声をあげ、先ほどと変わらぬやり取りが進んでいく。
 耳を傾けていた堂々巡りにため息を零して、キラーは手入れをしていた刃物を片付け始めた。
 本当に、ナマエはひとつ間違えている。
 それも、とてもとても大事なことをだ。

「一緒にやってくれたっていいじゃん!」

「うるせェな」

 子供の様な言葉を放つゾンビ男の向かいに座る海賊は、きちんと行事に参加している。
 怖い者知らずで、キッドがどれだけ脅かそうともまるで怯えなかったナマエという男を、キッドがそこそこ気に入っているがためのことだ。
 そして、『トリック・オア・トリート』なのだから、菓子がもらえなければどうするべきか、選択肢なんて一つだけのはずである。

「船長ってば!」

 いつになったらあいつは悪戯を始めるんだろうかと、そんなことを考えつつ、キラーはひとまず武器を片付けるためにその場を後にした。
 ようやくナマエが察したのは、一時間ほど後、みかねたヒートが横からキッドに呪文を唱えて菓子を貰った時のことである。



end


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