コビーと同期主でハロウィン
※主人公はNOTトリップ主で海兵さんで雑用卒業したコビーの同期
※コビー→←主人公でコビーがそこそこ対ヘルメッポさん仕様
※名無しオリキャラがほんのわずかに出るので注意
ああ疲れた、とコビーは一つ伸びをした。
積み上がった仕事を片付けるのに手間取って、本部を出るコビーの頭の上に広がる空はすっかり暗くなっている。
円を描く月の明るさに少しばかり目を細め、明日も忙しいんだろうな、と考えながらコビーの足が家路につくために動き始めた。
けれども、そのまま大通りへ向けて歩き出してきたところで、まるでそれを待ち構えていたかのように暗がりから人影が飛び出してくる。
「コビー!」
「わ!」
急なそれに思わず声を上げてしまったコビーは、思わず両手で身構えながら影の正体を確かめようと視線を向けて、ぱちりと目を瞬かせた。
そこに居たのは暗がりから海兵を狙うよからぬ輩ではなく、同僚だったからだ。
やっと帰りかこの野郎、と唸る相手にそっと片手を自分の胸に当てて、驚かさないでよ、とコビーは相手を批難した。
そうしてそれから、すっと片手を額に添えて、海兵らしく目の前の相手へ敬礼する。
「警邏お疲れ様です、ナマエさん」
「おう」
コビーの言葉に何故だか不服そうな顔をしながら頷いたのは、ナマエと言う名の海兵だ。
今日は一日浮かれた町中を見回る役を得ていて、出て行ったあとは一度も見ていない顔だった。
同じように海軍本部を出てマリンフォードの町を回っている海兵達は他にもいて、その結果として本部へ残る組になったコビーや他の何人かの海兵達の仕事量が増えてしまったのである。
楽な方に当たったと喜んで出かけて行ったヘルメッポを思い出してきょろりと周囲を見回してみるが、近くにはナマエ以外には誰もいないようだった。
「ヘルメッポの奴ならヘバったから休憩中だぞ」
コビーの視線に気付いてナマエが言葉を放ち、そうなんですか、とコビーは軽く頷いた。
外回りの担当は、これからが『本番』の時間だ。きっと明日はみんな疲れた顔をしているんだろうなと軽くコビーが笑ったところで、それを見やったナマエがどうしてかむっと眉を寄せる。
不機嫌そうなそれにコビーがわずかに目を瞬かせたところで、しばらくコビーの顔を見つめていたナマエが、おい、と声を漏らした。
「もっとこう、なんかねェのか」
「もっと?」
「……言うことあるだろ! 見ろ、おれのこの姿を!」
わずかに声を荒げて、ナマエの片手が強く自分の胸を叩く。
放たれた言葉に、コビーは改めて目の前の海兵の姿を見た。
コビーよりわずかに上背があり、筋肉の厚みはまだ足りないのだろうがしっかりと引き締まった肢体をしているナマエの体を覆っているのは、黒い衣装だった。
ふわりとなびくローブに、小脇に抱えた作りの荒いほうき、頭の上の三角帽子に肩に乗せた黒猫のぬいぐるみとくれば、何を模したものなのかは一目でわかる。
しかし、胸元や腰についた赤くて大きな可愛らしいリボンが、それが『男性用』でないことをはっきりと示していた。
「え、ええっと……に、似合ってるよ……?」
「似合ってたまるかァ!」
慰めるように言葉を述べたコビーに対して、ナマエが理不尽な声を上げる。
『なんでおれは外回りになっちまったんだ』と嘆き始めた同僚を前にして、コビーは軽く肩を竦めた。
今日はハロウィンだ。
島民との親交を深めるためと言う名目で、今日の警邏の担当達はみな仮装をすることになっていた。
くじで警邏の担当と内部処理の担当を分けていて、コビーが引いたのは本部に残る担当の方だったのだ。
「そんなこと言ったって、くじで決まったんだから仕方ないのに」
仕事は多いが定時に帰れる本部組と、警邏のみを担当するが夜遅くまでの勤務となる外回り。
どちらも一長一短ではあるが、この時刻にそんなことを言われても仕方ないだろうと眉を下げたコビーを前に、ち、とナマエが舌打ちを漏らした。
「コビーのくせに生意気だ」
「またそんなこと言って」
子供みたいな口ぶりの相手に笑って、それからコビーは改めて目の前の男を見やった。
上から下までしっかりと仮装をしているナマエが着ている服は、恐らくは魔女らしいスカートか何かなのだろう。
しかしきちんと中からズボンを履いているようだし、赤いリボンを大目に見れば、それほど女性らしさの滲む不釣り合いな雰囲気とも思えない。
ナマエは黙っていれば知的に見えることすらあるのだから、『魔法使い』と言うのは案外似合っている姿なのではないだろうか。
「やっぱり、似合ってるよ」
だから微笑んでそう告げたコビーの前で、ナマエはすこしばかり押し黙った。
真剣な眼差しがコビーへと注がれて、どうしたのかとわずかに困惑したコビーの方へと近寄ったナマエの手が、そのままひょいとコビーに触れる。
「わっ」
頬に触れた掌に驚いて身を竦めてしまったコビーをよそに、何かを確かめるようにコビーの頬を押さえて指を動かしたナマエが、じっとコビーの顔を覗き込んだ。
「……お前、視力いくつだ?」
どことなく心配そうな声音で寄越された失礼極まりない発言に、な、とコビーが声を漏らす。
それを気にした様子もなく、どことなく心配そうな眼差しをしたナマエが、それとも熱があるのか、とコビーの額を押さえながら言葉を零した。
「こういう可愛い格好はもっとこう、可愛い奴がやるべきだろ。ほら、お前とか」
「ぼ、ぼぼ、僕は可愛くなんてないから!」
急におかしなことを言い出した相手に思わずそう声を上げて、コビーは慌ててナマエの手から逃れるように身を引いた。
男に面と向かって『可愛い』だなんて言い出すなんて、本当に信じられない海兵だ。
しかしもっと信じられないのは、そんなことを言われても怒りなどわかず、わずかな羞恥とほんの少しの喜びを感じてしまう自分自身だった。
近くに街灯があるために見えてしまうだろう自分の顔を腕で少しだけ隠すと、コビーのそれを見ていたナマエがにやりと笑う。
悪童にしか見えないその顔のまま、しかし声だけが柔らかく紡がれた。
「そう謙遜するなよ、可愛いって。ガープさんがあれだけかわいがるだけある、可愛い可愛い」
「ナマエさん!」
適当極まりない、そしてまるで無責任な賛美にコビーが批難の声を上げると、そこでようやくナマエが『可愛い』の連呼をやめる。
そう怒るなよ、と悪びれた様子もなく言葉を放ち、ああそうだ、とナマエが軽く手を叩いた。
「忘れるところだった」
「な、なにを……」
「ほら。『トリックオアトリート』」
言葉と共にひょいと片手を差し出されて、コビーは目を丸くした。
ナマエのつむいだその呪文は、ハロウィンに、子供が菓子をねだるためのものだ。
外回りをしている海兵達も大量に菓子を持ち歩いていて、町中でその呪文を紡いだ子供にひたすら菓子を配るのだという話だった。
どうして急に、と戸惑いながらも、コビーの両手が自分の服についているポケットをいくつか叩き、眉を寄せてその視線がナマエへと戻される。
「お菓子なんてもってないよ……」
「お前な、海兵を見たら子供が群がってくるんだから、ちゃんと対策しなきゃダメだろ」
コビーの回答に、ナマエが呆れた顔で手を下ろす。
『悪戯されまくったら家に帰れなくなるぞ』と続いた恐ろしい発言に、なんでそんなことに、とコビーは思わず足を引いた。
しかし、一年先にこの本部にいる目の前の同僚が言うのだから、恐らくその半分くらいは事実だろう。
期待してお菓子をねだりに来た子供達にがっかりさせてしまうのは、さすがに忍びない。
本部の中に戻って何か対策をするべきか、しかし子供に配れる菓子なんて売っていただろうかと少し考えたコビーの前で、仕方のねェ奴だな、とため息を漏らしたナマエがごそりと自分の服を漁った。
どうやら上から羽織っていたらしいローブの内側から、ごそりと出てきたのは白い袋だ。
ちらりと見えたローブの内側には似たようなものがまだいくつかあるようで、片手で持てるそれが、ずいとコビーの方へと差し出された。
「おれのを少し分けてやるよ」
ほら、と声を漏らして差し出されて、コビーの手が思わずそれを受け取る。
中身はキャンディなのだろうか、わずかにがさりと音を立てたそれを手でしっかりと掴まえると、また自分のポケットを探ったナマエが、コビーの持つ袋の上に一つ荷物を追加した。
薄く白い紙の包みを、コビーのもう片方の手が支える。
「あ、ありがとう」
「この紙包みの奴、超うまいから。連中も狙ってくるから、ちゃんと隠して持って帰れよ」
「……配給品なのに食べたの?」
「これは自分の金で買ったっつーの」
当然だろうと呆れた顔をされて、コビーはそっか、と声を漏らした。
見た目は知的ながらも口調と性格が粗野なナマエは、しかし意外と真面目な海兵だ。
見回りをしている時、よく市民から声を掛けられていることをコビーは知っている。
上官や要人に対してはさすがにもう少し丁寧だが、どこでもたいして裏表なく、分け隔てなく人と付き合えるナマエという人間は、コビーにとっては好ましい類の人間だった。
きっと、他の誰かにも同じように分けたのだろう。
持ち帰って大事に食べよう、なんて考えたコビーの耳を、ナマエが続けた言葉が打つ。
「すげェ人気の店なんだよ。買い占めちゃ悪ィから一つしか買えなかったし、ありがたく食えよ」
「え?」
「ん?」
さらりと寄越された発言に思わずコビーが聞き返すと、ナマエのほうも不思議そうな声を漏らした。
思わずコビーが見やった先で、まるで自分の発言を思い返すかのように少しだけ目を逸らしたナマエが、なにかに気付いたようにハッと息を飲む。
「……いや待て、今の無し。おれののついでに買った余りだから、それ」
言葉の綾だったとわけのわからぬことを言いながら、ナマエの顔が明後日の方向を向く。
頭を掻くその仕草は彼が照れているときのそれで、その様子を見ていたコビーは、なんだか微笑ましくなってしまってその口を緩ませた。
なぜかは分からないが、どうやらナマエは、わざわざコビーの為にこの菓子を買ってくれたらしい。
いい人だな、と見やった先で、コビーの視線を感じたのかちらりとコビーを見やったナマエが、一度その手を引く。
「ふん!」
「あいた!」
そうして素早く振りぬかれた掌にべちりと額を叩かれて、両手を菓子で塞がれていたコビーはなすすべもなく悲鳴を上げた。
ひりつく額もそのままに、何するんですか、と批難の声を上げれば、許せない顔をしていた、とナマエが眉間にしわを寄せて低く唸る。
しかしやはり、その顔は誰がどう見ても照れている。
「……あー、じゃあおれァ行くからな。気を付けて帰れよな!」
暴力的な照れ隠しをしてきた相手は、コビーへそう言い放ってくるりと踵を返した。
そのままさっさと大通りの方へと向けて歩いていく背中を見送って、コビーの目がちらりと自分の手元へと向けられる。
白く薄い紙で出来た包みを片手で持ち上げて、どうやら焼き菓子らしいそれを、そっと自分のポケットへとしまい込んだ。
「……今度、どこのお店なのか聞いてみようかな」
あれだけ言っていたのだから、きっとナマエにとっても好みの味なのだろう。
差し入れしたら喜んでくれるかもしれない、なんて呟き、その口元ににんまりと笑みを浮かべたコビーもまた、ナマエが姿を消した大通りへ向けて歩き出す。
ナマエの言う通り、大通りへ出てすぐに子供たちがコビーへと近寄ってきて、口々に菓子をねだった。ナマエから渡されたキャンディ達は大活躍だ。
「ねー、海兵の兄ちゃん、なんでオデコにシール貼ってるの?」
しかし、ちょっと恥ずかしい悪戯をされていたということを子供達に言われて知ったので、今度ナマエへ何かやり返そう、とコビーは心に誓ったのだった。
end
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