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蟲毒の檻 (1/8)
※主人公は有知識トリップ主(?)で死亡転生
※暴力表現・殺人表現等ありにつき注意
※若サカズキさんもいますが口調は大将サカズキさん
※欠損表現が少しだけ
※名無しオリキャラが複数人がっつり出ます
※キャラが死亡します
※特殊&独自設定ありにつきなんでも許せる方向け




 大人の慌てる声が聞こえる。
 『商品』として放り込まれた部屋でそれを認識してから、すぐに扉の近くに行って様子を確認したのは、その只ならぬ状況を感じ取ったからだ。
 嵐が来ているのかずっと船は激しく揺れていて、何より先ほどとても大きな衝撃があった。
 まさかと考えていた俺の耳に、『座礁』という単語が聞こえる。

『な、なあ! フネがしずむって!』

 青ざめた俺が振り向くと、怖がって縮こまっていた同室の『商品』達が悲鳴を上げた。
 慌てたように扉へ駆け寄ってきた数人と協力して、どうにか扉を引っ張りこじ開ける。
 ばきばきと音を立てたそれを開いて、逃げようと促すと、同じ部屋にいた子供達はすぐに扉の外へと出ていった。
 俺もそれを追うように逃げようとして、部屋の隅に座り込む一人に気付く。

『なにしてるんだよ、にげないのか?!』

 駆け寄って声を掛けると、両足を抱えたままの子供が、暗い目をしてこちらを見た。

『にげたところで、なにがかわる』

 恨みがましくそんなことを言われて、何を言ってるんだと相手を見つめる。
 ひどく傷付いた目をしている子供の素性はしらないが、そんなことより早くここから逃げなくては、助かるものも助からない。

『いいことあるかもしれないだろ、いきてたら!』

 だからそう声を張り上げて、俺は子供の腕を捕まえた。
 ぐいと引っ張れば、体重をかけた分簡単に子供が立ち上がる。
 驚いた顔をした子供の手を引いたまま、俺は放り込まれていた船室から逃げ出した。
 他のみんなはどっちに行ったんだろうかと、そんなことを考えつつ逃げ場所を探して駆けだす。

『……いいことなんぞ、あるもんか』

 あちこちをうろうろと駆け回り、一応は大人から隠れていたら、俺に腕を引かれてずっとついてきた子供がぼそりとそんなことを呟いた。
 とんでもない後ろ向きな相手に、おまえな、とあきれた声を出してから後ろを向く。

『あるにきまってるだろ、ばか』

『さっきは『かもしれない』というとった』

『あるにきまってるってば。いきてるだけでも『いいこと』だろ!』

 拳を握って力説する。
 なにをばかなことをと呆れた顔をされたが、その顔をしたいのはこちら側だ。

『いきてかえってはらいっぱいゴハンたべて、あったかいフトンでねるんだおれは』

『メシくってねる……おどれ、ドーブツか』

『いーからとにかく、いきのこる! しんだらなんにもなんないんだからな、おまえもいきのこるんだぞ』

 きっぱりとそう言い放ち、まだ眉を寄せている相手の腕を握りなおして、俺は子供と一緒に通路を走った。
 そうして、飛び出した甲板で、飛び込んできた荒波に攫われて海へ放り出された。

 気を失うぎりぎりまで小さな腕をしっかりと握りしめていたのに、目が覚めたら、もうあの子供はいなかった。







 ぱちり、と目を開く。
 ぼんやりとしていた視界が数回の瞬きと共にはっきりしてきて、見上げた先の見知らぬ天井に眉を寄せた。
 それから、すぐに記憶がよみがえってきたことに、ああ、と小さく声を漏らす。

「マリンフォードだった……」

 応急手当を受けてすぐに呼ばれた船で島を出て、つい昨晩マリンフォードへと戻ったのだ。ここは海軍ご用達の病院で、しかも個室だった。
 俺は、わずかな痛みを感じてゆっくりと自分の左手を持ち上げた。
 丁寧に包帯を巻かれた腕の先には、あるべき掌がない。
 応急手当を受けた診療所で、焦げて指より下が壊死したと言われて、切除に同意したからだ。
 何故だかまだ掌があってそこで痛みを訴えているような気がするのだが、これが幻肢痛という奴だろうか。
 夢の中で見た小さなあの腕の感触すらある気がして、そういえば、と呟く声が掠れた。

「……あの子供、どうなったかな……」

 先ほどの夢はもはやほとんど朧気だが、ずっと昔の記憶を再現したものだった気がする。
 俺はあの日、船の中で子供の手を引いていた。
 そうして逃げ出して、甲板で波に攫われ、結局海兵だった『父』に助けてもらえたのは俺だけ。
 俺が手を出さなかったら、あの子供はどこかで助かっていたんじゃないだろうか。
 それとも、俺が手を出さなくても船と一緒に沈んだのか。
 考えても仕方のないことを考えて、小さく息を吐きながらのそりと起き上がり、周囲を確認した。
 当然ながら、室内には俺以外には誰もいない。
 静かな室内は刺激の少ない色で統一されていて、見やれば壁際には花が生けられていた。あれは確か、後輩達から贈られたものだったはずだ。
 軟弱なことに片手の切除の後から熱を出してしまって経過観察で入院をしているが、すぐに退院できるらしい。
 ぼうっとそのまま室内を眺めていると、不意に部屋の扉ががらりと開かれた。

「お。もう起きてるのか」

 ベッドに座っている俺へ向けてそう言い放ったのは、俺の上官殿だった。
 あれ、と思わず今日の暦を思い出そうとしたところで、おれだけ任務から戻ったんだと答えた相手が部屋に入って扉を閉める。
 そのまま近付いてきた中将は、ベッド脇に置かれたままだった椅子へと腰を下ろした。

「大変だったらしいな。まさか島内に海賊が潜み、海兵が誑かされてたとはな」

 サカズキか他の誰かが作ったのか、報告書を読んだらしい相手の発言に、そうですねと返事をする。

「とんだところで休暇をとらされました」

「はっはっはっは! いやあまったく、悪かった」

 俺の発言に明るく笑い声を零してみてから、中将が両手を組んだ。
 俺より少し大きなその手がベッドの上に置かれ、前かがみになったその目がこちらの顔を見つめる。

「『今回』の件について、問題点はお前の素行だ、ナマエ」

 民間人まで手にかけようとしたらしいが、本当か。
 続いた言葉に、はい、と俺ははっきりと返事をした。
 俺の返事を予想していたのか、そうか、と頷いた相手がうつむき、深く長くため息を零す。

「……そこはお前、嘘でも『いいえ』と答えるところだろう」

「正直者なので」

「その美徳は時と場合で使い分けてくれ。せめてうっかり巻き込んだとか、そういう」

 ふるふると首を横に振られるが、そんなことを言われたって仕方ない。
 大体、大勢の島民があの現場を見ていたのだ。もみ消しだって出来ないだろう。
 俺の傍でしばらくうつむいていた上官は、やがて小さく息を吸い込んでから顔を上げ、改めて俺を見た。

「おれは、お前をよそにやらなきゃならん」

「降格ですか」

「まァ、そうだな。本部から離されて、支部に行くことになる。偉大なる航路の中だろうが」

 手を失ったのも原因の一つだと続けられて、俺はちらりと自分の左手を見やった。
 あの時『人質』を殺すために敵から奪ったナイフを握っていた掌は、今はもうどこにもない。

「サカズキが憎いか?」

 先のない腕を見ていた俺へ向けて言葉が寄越されて、俺は上官へ視線を戻した。
 こちらを伺う眼差しを受け止めて、それからそっと言葉を吐き出す。

「サカズキが止めなかったら、俺は多分あの子供を殺していました」

 俺が知っている漫画の中の『サカズキ』だったら、止めなかったかもしれない。
 それでも、俺の知らない『サカズキ』だった俺の同僚は、その手で俺を止めてくれた。
 サカズキにどんな思惑があったとしても、その結果あの子供は助かったのだ。
 あの日島で俺を殴った後から、明らかにこちらを避けて顔を出さない相手を思い浮かべて、口元に笑みを浮かべた。

「恨む理由がありません」

 そう言葉を返した俺に、上官はわずかに眉を寄せた。
 そうか、と落ちた小さな声が、病室の中で転がって消えた。


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