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人知れぬ供儀
※某進撃の巨人でのモブが某巨人に頂かれてワンピースへ死亡トリップした→無知識主人公
※生臭くないはずだけど若干のバイオレンス雰囲気有り



 目の前に迫ったその憎たらしい間抜け面と、大きく開かれた臭い口と、消化器官もないくせに物を食らおうとするずうずうしい喉奥と並んだ大量の歯に、俺は自分の末路を悟った。
 この絶望しか残されていない世界で、超大型に壁を蹴破られたあの日から、いつかはこうなるんじゃないかと怯えていた未来だ。笑えもしない。
 結局、あいつのようにはなれなかった。
 もとより怖がりな俺は駐屯兵団に入るのがせいぜいだったから、調査兵団で巨人を殺しまくっているあいつの言う通り無理な話だったかもしれないが。
 大きな両手で体を拘束されて、腕も一本しか動かない。
 腰から下が握りつぶされているから、下半身はもう駄目だ。
 馬鹿みたいに体温の高い化け物に触れている所為で、全身が煮えるように熱い。
 痛みを感じないのは、頭が麻痺しているのだろうか。
 逃げることはもう無理だ。
 後はもはや、この生物と呼びたくも無いおぞましい相手に食われるしかない。
 それでも、ただで食われてなどやるものか。
 最後まで足掻いて、足掻いて、抗って、矮小な人間の意地を見せてやる。
 恐怖に慄く右腕で必死に持っていた武器を握り直し、目の前にある巨大な顔の眼球へ向けて大きく振りかぶる。
 けれどもそれを振り下ろそうとしたところで、何かが俺の腕を捕まえた。


「おい、ナマエ、起きろい」


 声と共にぱちぱちと頬を軽く張られて、は、と目を開く。
 その瞬間目を眩い光が差して、思わず顔を顰めたら顔の上に影が落ちた。
 こんな暑いとこで寝てんなよい、と呆れた声を落としたそいつ自身の影を浴びながら、一度、二度と深呼吸をする。
 ぜい、と大きく息を吐いた俺を見下ろし、俺の腕を放したそいつが身を引いたので、俺はそのまま起き上がった。

「俺……寝てたのか」

 呟いて、周りを見回す。
 甲板の一角に詰まれた荷物の影に、俺は転がっていたようだ。
 当然ながら、あたりにあの憎たらしい巨大な顔は無い。
 そうだ、いるはずが無い。
 だってここは、『別の世界』だ。
 影を選んで寝ていたはずだが、いつの間にか太陽の角度が変わっていたらしい。
 頬を伝う汗を腕で拭ったら、ぽん、と俺の頭の上にタオルが落ちた。

「汗だらだらじゃねェかい。熱中症で死ぬこともあんだから気をつけろい」

「ああ……悪かった、ありがとう、マルコ」

 言葉を落として隣に屈んできた相手へ、素直にそう言ってありがたくタオルを受け取る。
 軽く頬を拭ったら、今度は膝に水筒が落とされた。
 それもありがたく口へ運んで、喉を通ったぬるい水分にふうと息を吐く。
 上がってきた心拍数が、大分落ち着いてきたようだ。

「落ち着いたかよい」

 言葉を寄越されて、俺は傍らを見やる。
 どうでもよさそうな顔でこちらを見やったマルコの手が俺へと伸びて、俺が首から掛けるようにしていたタオルの端を掴み、乱暴に俺の頬を拭いた。

「相変わらず、寝起きが一番ひでェ顔してるよい」

「……そうか?」

 そう言われても、今手元には鏡も無いから、自分がどのくらい『ひどい』顔をしているのかは分からない。
 まあ、ただの記憶の再生とは言え悪夢には違いなかったから、普段白兵戦で言われる通りの怯えきった顔をしているんだろう。
 先ほどの夢の続きを、俺は今生きている。
 あの日、俺は巨人に食われて死んだはずだった。
 最後の痛みを覚えているし、後は吐き出されるだけになった俺の死体は確かにあの間抜け面の腹に収まったはずだ。
 それが、どうしてか気付けば見知らぬ島の浜辺に落ちていた。
 手元にはガス欠になって半分ひしゃげた立体機動装置と剣しかなく、身に纏った制服は汚れていたが、体に負っていたはずの傷は全て消えていた。
 よく分からないものその島で生き延びるべく行動をしていたら、そこを根城としていたらしい見知らぬ海賊に発見され、逃亡すべく交戦して敗北した。
 珍しいものだと立体機動装置も剣も奪われて、俺自身も死ぬか服従するかを問われた。
 死んだら終わりだと知っていたが、またも『何か』に家畜扱いされるのだけは嫌だと服従を拒んで、馬鹿扱いをされて、望みどおりにと殺されかけて。
 その時に俺を助けたのが白ひげ海賊団だ。
 元々白ひげのナワバリを荒らすまねをしたその海賊団を討伐しに来たところとかち合っただけだが、確かに俺は彼らに助けられた。
 弱いくせに面白い奴だと笑った船長は俺を船に乗せてくれて、行くあてのない俺を『息子』にすると言った。
 俺の知っている世界とは全く違うこの世界に戸惑い、困惑して、彼らにとっては意味不明なことばかりを口走った、はたから見れば気狂いとしか思えない俺を『息子』にすると言ったのだ。
 巨人に全てを奪われた俺が、初めて手に入れることの出来た家族だった。
 だから、何が何でも守るし手放さないし離れないと、そう誓ったのは仕方の無いことだ。
 俺の『家族』に害なすものは、残らず肉を削いで駆逐してやる。
 『前の世界』でひっそり憧れていたあいつのように強ければ良かったのにと、これほど思ったことはない。

「……ナマエ、またひでェ顔になってるよい」

 ぼんやりそんなことを考えていたら、俺へ向かって呆れた声を出したマルコが傍らから立ち上がった。
 それに気付いて顔を上げれば、面倒だと言いたげに肩を竦めて、マルコの目が俺を見下ろす。

「もう少し肩の力を抜いたらどうだい」

 言葉を寄越されて、俺は首を傾げた。
 俺の様子を見下ろして、無自覚かい、と呟いたマルコの手がこちらへと差し伸べられる。
 超人的な能力を備えていて、俺よりはるかに強いその手に促されるままに手を伸ばすと、掴んだマルコの手が俺の体を引っ張り上げた。

「わ」

「そういや、お前をオヤジが呼んでたんだよい」

 だから探しに来たんだと言われて、ふらついた足に力を入れる。

「お……『オヤジ』、が?」

 そう呼べと言われているから口にするが、そんな風に誰かを呼んだことがないからとてもむずがゆい。
 俺の戸惑いを分かっているんだろう、俺を見下ろして頷いたマルコが、ほんの少し笑った。

「今度の偵察にお前を連れてかねェかって言われてるから、その話じゃねェかい」

「偵察に? 俺が?」

 そんな大役を、まだ新入りの分類だろう俺に与えていいんだろうか。
 目を瞬かせた俺に、まあただ休めってだけだろい、とマルコが呟く。

「どっかの馬鹿が働いてばっかりで休みもしねェからねい」

 非難がましい言葉に、う、と声を詰まらせる。
 だって俺は弱くて弱くて弱いのだから、体を鍛えるなり他のことで『家族』の役に立つ努力をしたりしていたいのだ。
 兵団でもあいつの強さに近付きたくて必死に体を鍛えていたから、大してその頃と生活は変わっていない。
 そういえば、俺に調査兵団は無理だと言い放ち、一人でどんどん強くなっていったあいつは、今頃どうしているだろう。一人で一個旅団相当だなんて言われだしていたから、もしかしたら兵士長にでもなっているかもしれない。

「ほら、とっととオヤジに会って来いよい」

 言いつつ俺の背中を叩いて、マルコは俺を日当たりの良い物影から追い出した。
 タオルを首から掛けたまま、水筒も片手に、仕方なく俺は船長室へ向けて足を動かす。
 途中で大部屋へ寄って自分のスペースにタオルと水筒を置いて、すぐに廊下へ出て向かえば、船長室なんてすぐに辿り着いた。
 扉の前に立ち止まって、ほんの少しの深呼吸をする。
 助けてもらった。居場所をもらった。家族にしてくれた。
 大恩ある相手に会いに行くのに、緊張しないはずがない。
 思わず直立不動の姿勢を取っていた俺は、扉を叩こうと手を伸ばして、それより先に中から響いた笑い声に動きを止めた。

「どうした、入って来い、息子よ」

 優しげな低い声を掛けられて、俺の気配は気付かれていたらしい、ということを知った。
 今日もちゃんと、部屋の主はここにいるようだ。
 入ればきっと、いつものように笑って俺を迎えてくれる。
 俺がそう呼ばれると喜ぶと気付かれているのか、船長は俺を『息子』と呼びかけることが多かった。
 扉を叩こうとしていた右手を引き戻して、拳は握ったまま、自分の左胸にそれを押し付ける。
 左腕を後ろに回したこの敬礼は、『この世界』では俺以外の誰も意味を知らない。
 だから、俺は、本来の意味を勝手に変えることにした。
 だって、これ以外に、最上級の誓いを俺は知らないのだ。
 俺は『家族』を守る。害なすものは駆逐する。例え刺し違えてでもだ。
 どれだけこの身が弱くて、守るべき相手のほうが強いのだとしたってこの思いはただひとかけらも変わらない。

「……失礼、します」

 やや置いて、敬礼を解いてから扉を開き、中を覗き込む。

「何をかしこまった口ぶりをしやがる。呼ばれて家族の部屋に入るのに、失礼も何も無ェだろう」

 そんな風に言った俺の心臓の主は、今日もまた、グラララと機嫌良く笑っていた。



end


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